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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
きみのことが2
しおりを挟む※再び遅れてすみません…_| ̄|○
「……つかさ、くん……」
呆けた声で名前を呼ばれて、思わず喉が締まる。
顔が、熱い。心臓がドクドク言ってる。
これだけの事で顔が赤くなってるだろう自分に嫌になるが、自分ではどうする事も出来ない。ゴシキ温泉郷ではもっと恥ずかしい事だって言いきったのに、こんな段階になると、どうしても赤面する事を止められなかった。
何度恥ずかしい事を言ったって、覚悟を決めたって、自分から好意を示すという行動はやはり慣れる物ではない。
ブラックの事を見習えよと自分でも思うけど、性根を直せない以上どうにも出来ない。でも、だからと言って退く訳にもいかなかった。
俺はじんじんと熱くなった頬を内側から噛むと、硬直している手の指の股に自分の指を強引に入れ込んだ。そうして、握る。
「ぁっ……つ……ツカサく……」
それだけで、ブラックはびくりと反応する。
でも、もう俺はブラックの顔が見れなくて、少し目を伏せた。
だけどそれでも止まる訳にはいかない。だって、こんなの……こんなままじゃ、ブラックらしくないし……それに、俺だって、その……ブラックの、こ……恋人なんだから、こんな事くらいで投げ出したりなんて出来ない。
覚悟を決めて、俺はぎこちなく首を動かしてブラックの顔を見上げた。
「た……食べて……」
「えっ!?」
「あのっ無理しなくていいから! 食べなかったら俺がクッキー食べるし……」
「……あ、そっちか……」
そっちって何?
思わず眉を寄せるが、ブラックは照れ隠しのように笑って誤魔化すと、クッキーを口に入れた。と、目を見開く。
「ん……! 甘くて、サクサクしてて……美味しいね、これ……!」
ホントかな、と顔色を窺うが、その表情に嘘は見えない。
直感的にそれを確信して、俺は内心でホッと胸を撫で下ろした。
「麦茶は甘くしてないけど、クッキーが甘いから……どうかな」
「……うん、甘いお菓子なら砂糖が無い方がいいかな。僕もさ、最近は砂糖を入れない麦茶も美味しいと思えるようになって来たんだよ」
「あれ、そうだっけ?」
「ツカサ君の世界でそれが普通なら、僕だってそうしたいからね」
かるく微笑むブラックに、胸がきゅうっとなる。
だけど同時に俺の事を考えて歩み寄ろうとしている事も解ってしまって、何だか自分が凄く恥ずかしくなった。
……この羞恥は、自分の行動に対しての物じゃない。自分がブラックと同じ位に歩み寄れていない未熟さを顧みてのものだ。理解はしているし、悔しく思っている。だがそれを自覚していても、すぐに矯正できる物じゃない。
解っている。解っているから、恥ずかしいんだ。
それがまだ出来てない自分や、相手に歩み寄って貰っている自分が。
「ツカサ君?」
「あ、いや、何でもない……」
「……一緒に食べよ。ね?」
また気を遣わせてる。
……ホントは失敗作を食べ過ぎてお腹いっぱいなんだが、ブラックが望んでるんだから食べない訳にはいかない。ま、まあ、お菓子は別腹らしいし大丈夫だよな。
俺は頷くと、ブラックに見つめられながらクッキーを口に入れた。
「……ん、我ながら完璧だな!」
何度も失敗して造り上げたんだから、そら美味いに決まってるんだが、そんな事をブラックに説明するのは格好悪い。
男だったら一発で成功しましたイェーイって余裕でいたいじゃん。失敗してたんだとか思われるのは癪だしな。ちょっと自画自賛過ぎる気もするけど、上手に出来たんだし、ブラックも美味しいって言ってくれたんだから良いんだ。
甘さ抑え目で少し粉っぽいクッキーに、甘酸っぱくてとろりとしたジャムが合わさって口の中で上手く調和してくれる。バターの配合が充分なクッキーならまた味も違っただろうが、お茶とジャムとクッキーの三位一体で食べるならこれでも良い。
ジャムが充分に甘くて適度な水分が有るので、クッキーの足りない面を補って、麦茶がその甘さを洗い流してくれる。
俺には茶の作法なんてよく解らないが、甘いクッキーをバクバク食べて、お茶をごくごく飲むのは最高だな! というかお菓子なら何でも美味いか!
「ふふ……ツカサ君、幸せそう」
「あ゛っ…………お、お恥ずかしい……」
「良いんだよ。……僕、ツカサ君の料理を食べるのも好きだけど、ツカサ君が僕の横で幸せそうにしてる方がずっと好きだから」
「う……」
ば、ばか、またそんなこっ恥ずかしい事を……。
いや、駄目だ。そう言う事を言えないから俺は駄目なんだ。
イタリア人ばりの行動も出来ないから、ブラックだって不安定になって……。
でも、お、俺だって。俺だってあんな恥ずかしい事を言えたんだし、だったら……もう、好きって言う事くらい平気なはずだ。
まだ他人に「恋人だ」って宣言出来るほど素直になれてないけど。もう少し時間が掛かるけど、でも、ブラックの前で、だけなら。
ブラックの為だと、思うのなら…………
「あ……あの、さ……ブラック……」
ああ、駄目だ。顔がブラックの方に向けられない。
口にクッキーの食べかすが付いてないかとか、口が甘ったるいとか、そんな事ばっかり考えようとして、言いたい事と行動が全くかみ合わない。
大事な事を伝えようとしてるのに、俺の手は口を拭うし顔は俯くしで、ブラックの方をしっかりと見る事が出来なかった。
手の甲で熱い頬ごと口を拭って、息を吸う。
せめて言いたい事は言うべきだと思って、俺は痛いくらいに胸を打つ鼓動に耐えながら、震える情けない口で、必死に言葉を発した。
「お……俺…………」
「……?」
「俺…………そんな……ヤワじゃ、ない……から……」
「え……」
驚いたようなブラックの声に体が震えてしまうが、これしきの事で一々反応するんじゃないと自分を叱咤して、ブラックの手に重ねていない左手を握り締める。
もっと、ちゃんと言わなきゃいけない。ちゃんと、言うんだ。
「お、俺……ヤワじゃ、ないし……それに……そ、それにっ、この前のは、三日も四日も連続でヤッたからだし、さ、三回以上したっぽい時だって、俺って二日目にはケロッとしてたし! だから、その……だから……」
「ツカサ君……」
やだ。隣で、そんな近くで、低い声で名前を呼ばないでくれよ。
耳がくすぐったくて、じりじりする。こんな時に名前を呼ばれると逃げたくなっちまう。だから、まだ何も言わないでくれよ。頼むから。
「大丈夫、だから……。でも、今まで、何にも言えなくて……俺が、そういうのに慣れてないせいで……。け、けどさ! そんなの、言い訳にしかならないよな! ……だから……不安にさせたんだし……」
「…………」
「ブラックみたいにちゃんと言えなくて……だから……お前を今までずっと、不安にさせて……俺が、恥ずかしがってばっかりで、何もしてやれてないせいで……」
「ち、違うよツカサ君、これは僕が……」
「アンタのせいじゃない!」
思わずブラックに振り返って、俺は自分でも驚くほどの声で否定していた。
……だって、もう、ブラックには自分自身を責めて欲しくなかったから。
自分のせいだなんて、それだけは絶対に違う。
ブラックが気に病む事なんて何もない。
俺の能力が関係している事ならば、それは俺に原因が有る。体内の曜気の循環はごく自然な物なんだし、それを行うのは当然だ。えっちをしたら俺から曜気を吸い出せるって体が判断したのなら、無意識にそうなったって何も変じゃない。
生きるための行動なら、責められる事じゃないんだ。
だから、ブラックは悪くない。
俺が弱いから、バカだから、こんなことになってるだけだ。
えっちをし過ぎて俺が倒れたって、アンタは何も悪くないんだよ。
恋人になるって自分が決めたくせに、努力しろって人には言うくせに、アンタを受け入れる為の努力も何もしてなかった俺が……ただ、未熟だったんだ。
だから、ずっとブラックらしくなく、しょげてる……なんて……。
「あ……ああ……泣かないで、ツカサ君……解った、わかったから」
「っ……!? あっ……うわっ、ち、ちがっ……ごめん、これ、違う……っ」
嘘、なんで。堪えてたはずなのに、何で泣いてるんだよ俺は。
慌てて目に手をやると、いつの間にか目からは涙が流れていて。
勝手に昂ぶって泣いてるなんて、また俺は自分勝手に嘆いて……ああもう、本当に自分が嫌になる。何でこんな時に自分の感情最優先なんだよ!!
今大変なのは、悩んでるのは、ブラックなのに……!
「待って、ごめ……っ、ご、ごめん……ちがう……これ……っ」
そうじゃない。お前にこんな情けない所みせたいんじゃないんだ。
俺は、ただ。
「無理してるのは、ツカサ君の方だよ……っ」
そう言って、見上げた顔が辛そうに顔を歪めたと思ったら――
俺はいつの間にか、ブラックに強く抱き締められていた。
「っ…………」
「努力してる、ツカサ君は努力してるよ! 何もしてないなんて……なんでそんな事いうのさ……! 今だって、僕の為にクッキーを焼いてくれたじゃないか、何かしようって、恥ずかしいけどちゃんと僕に気持ちを伝えようって、頑張ってくれてたじゃないか……!! ごめん、僕が……僕が悪かったんだよ、ごめんね……!」
「ブラック……」
体に少し痛みを覚えるくらいに腕で締め付けられて、俺は思わず息が詰まる。
だけど名前を呼ぶ以外にどうにもできなくて、ただブラックの言葉を呆けて聞いているしかなかった。
「僕、知ってるよ……解ってるんだ……。ツカサ君は今まで無垢だったから、こう言う事に慣れてないって事も、恥ずかしがり屋だから好きだって思ってても、僕にちゃんと伝えられない事も……」
「っ、ぅ……」
「でも……でもね、ごめん……僕は……汚くて、いつもツカサ君に甘えてて……いっつも“大人のくせに”って言われる事ばっかりで……。えへへ……な、情けないよね……ツカサ君の恋人なのに……」
「そ、んな……」
アンタ頑張ってるじゃないか。
そりゃ、やり過ぎる時はあるけどさ、でもヒルダさんに「変わった」って言って貰えるぐらいに成長したし、今だって我慢してるじゃないか。
確かにアンタは大人らしくないよ。だけど……。
「お……俺は……」
「……?」
ブラックの心臓の音がする。あったかい息が首筋にかかって、柔らかい髪が肌を擽って……。ブラックに抱き締められる事なんて珍しい事でもないのに、何故か今は卒倒してしまいそうなほど体中が熱くて、耳が聞こえなくなりそうなくらいに、鼓動の音が強く煩く高鳴っていた。
だけど、言わなきゃ。
ちゃんと言えないかも知れない。でも、言わなきゃいけないんだ。
俺は…………ブラックの……恋人、なんだから……。
「…………っ」
息を、吸って。
ブラックの胸元の服を、掴んで……――俺は、震える情けない声で、告げた。
「おれ、は……そういう、アンタが……す……好き、だから……」
「っ……!」
「す、スケベで、いつも勝手に発情してて、大人っぽくなくて、自分勝手で、へらへらしてる……あんたが……」
「っ……は……」
「だから、俺は……そ……そういう、いつもの、アンタで……居て、欲しい……」
そう、言った瞬間。
俺はいつの間にかソファに押し倒されていた。
「…………ぁ……」
何が起こったのか解らず、ただ俺に圧し掛かっている相手を見上げる。
ブラックは目を見開いて、荒い息を何度も漏らしながら収縮した菫色の瞳で俺をただじいっと凝視していた。
――――興奮、してる。
そうは思ったけど、それ以上、何も考えられなかった。
「う……う、うぅ……ぁ、あ、あぁあぁ……!」
「――!」
苦しそうな呻き声を漏らしたと思ったら、ブラックはいきなり俺の首筋に噛みついて来た。思わず体が硬直するが、しかしブラックは構わずにむしゃぶりつき、俺の服を迷いなくたくし上げて肌に触れて来る。
「あ、あぁ……はっ、はぁっ、つかさく……う、うぅう……っ」
いつも以上に余裕のない行動と、苦悩するかのような呻き声。
泣く寸前でぐずっている子供みたいな声に思わず眉根を寄せると、相手は俺の胸元に顔を埋めて体を密着させてきた。
「う、う゛うぅ……ぼく、最低だ……。ツカサ君に、好きって……やっと、普通に“好き”って言って貰えたのに……勃起して、犯そうとして……! そんなの、そ、そんな事するから、ツカサ君が衰弱するって解ってたのに、が、我慢してたら……我慢、のせいで、抑えられなくて、好きで、だからっ、だから……っ!」
「ブラック……」
ブラックが情けない歪んだ声で叫びながら、俺の体をまさぐっている。
荒い息で興奮しているのに、なのに泣いていて、俺の事を抱き締めながら、自分の事を責めていて。
「…………いいよ。ブラック……大丈夫だから……」
「う、ぅ……」
ただ、そう言って……震える大きな体を抱き締めた。
「変な所で興奮して、泣いて……そういう所を受け入れたから、俺は……アンタに、好きって言ったんだ」
「つ、かさく……」
「……もっと、頑張るから。アンタが不安にならないように……恋人だって、好きだって何度も言えるように、頑張るから。だから……泣かないで……」
一緒にいるから。
だから、不安にならないで。もう我慢しないで。
詰まりそうな声で必死にそう伝えると……ブラックは、麦茶がすっかり冷めてしまうまで、ただずっと俺を抱き締めていた。
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