異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編

36.近すぎて気付かないこともある

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 ああ、朝日がまぶしい。
 朝が来たんだと思うと同時に、俺はやっと自分が微睡まどろんでいる事に気付いた。

「…………今何時だ……」

 朝の鐘が鳴ったかどうかも判断が付かない。
 ベッドからもぞもぞと起き上がって座り込むが、朝の空気を感じるだけで、何時なのか見当もつかない。リオルが起こしに来ないって事は、寝坊したんじゃないと思うけど……。うう、わからん。頭がぼうっとする。

 ぶっちゃけた事を言うと、俺はほとんど眠れなかった。
 ……いや、眠った時間も有ったかもしれんが、それでもその時になるとちょうどクロウが寝惚ねぼけて尻を揉むわ耳を赤ん坊のごとくちゅぱちゅぱ吸うわで、何度も起きてしまっていたのだ。

 ……まあ、子供の頃を思い出して毛布やぬいぐるみに吸い付く事も有るだろう。
 尻を揉むのも、手に何かを握ったままゆえの反射と言う事も充分にありえる。
 だから、ここでクロウの反応をとやかく言う気はないのだが……

「とにかく揉みすぎ舐めすぎ……み、耳がもう感覚ない……」

 時間が経つとさすがに寝返りも何度か打つので、片耳ちゅぱからは解放されたが……それにしたって、耳がまだぞわぞわする。
 あと、その……さ、さんざん色々されたから……なんか体が変な……

「つかさ……おきてたのか……」
「うわぁっ!?」

 考えてる途中でいきなり後ろから抱き付かれて、思わず叫んでしまう。
 しかしクロウは「うぅむ」と唸っただけで、こちらの反応などまるで気にしていない。それどころか、俺の肩にあごを置いてぎゅうっと抱き締めてくる。

「くっ、くろう……っ」

 背後からの温かい熱と息を感じて思わず硬直する俺に、クロウは頭を擦りつけながらグウグウと低い音で喉を鳴らしてなついて来た。

「んぐぅ……つかさ……いいにおい……」
「あっ、ちょ……ちょっと、待って……っ」
「またなぃ……」

 寝惚けた声でそんな事を言いながら、クロウは力任せに俺を引き倒して二度寝をしようとする。だが、俺はそんな訳には行かない。
 今日は時間も有るし、ヒメオトシやらカレンドレスやらの商品づくりをやろうと思ってたのに……っていうか、俺メシ係だから、朝食作らないといけないから!

「クロウ、朝だってば! こら、起きろ!」
「ぐぅ……」

 離れようとするが、全然体が動かない。だけどなんとか離れないとと思って体を反転させてクロウをみやると、相手はいつもは縛っている髪を解いて、安らかな顔で目を閉じていた。……こりゃだめだ……完全に寝るつもりだよ……。
 でもここで負けてはいられない。
 俺は手を伸ばすと、クロウの頬を痛くない程度にぺちぺちと叩いた。

「こーら、クロウ! 起きろってば!」
「んん……つかさ、いじわる……もうちょっとねたいぞ……」
「じゃあ起きなくてもいいから離せ! 俺は朝食を作らなきゃいけないんだよ!」

 ちょっと強い口調でそう言うと、クロウは目蓋を薄ら開いて橙色の瞳を見せると、口をむにゃむにゃと動かしながらとんでもない事を言い出した。

「ちょうしょくなら……ここにもある……」
「へ……?」

 そう言うと、クロウは俺をじっと見つめて……いきなり俺の顔をぺろぺろと舐めだした。

「ぶわっ、お、おいやめろ! 犬かお前はっ!」
「ム……犬じゃないぞ……オレはほこりたかき熊…………ぁ……あう……?」

 あからさまに不機嫌そうな声音の途中で、いきなり声が戸惑う。
 何事かと思ったら、やっと目が覚めたようでクロウは慌てて俺を抱き起した。

「すっ、すまんツカサ、美味しくてつい……!」
「いや、顔を洗えばいいから別にいいけど……クロウって意外と寝惚けるのな」

 これが別の奴だと容赦なく殴ってるが、クロウは獣人だし俺の気や汗が美味しいと言ってはばからないちょっと不思議なオッサンなので、本当に食べ物としてうまいと思って舐めていると知ってるから別に怒ってはいない。
 寝惚ねぼけてる時に口に何か入れられたら、とりあえず舐めるって現象と一緒だな。
 なので、クロウに限っては別にいい。

 そんなことを思っての何気ない言葉だったのだが……クロウはベッドの上で肩を丸めて縮こまると、何故か急に赤面してしまった。
 ……ん? 赤面?

「クロウ?」
「は、恥ずかしい……いつもはこんな事ないんだが、その……ツカサがそばにいてくれると思ったら……そ、その……子供みたいに、なって……」

 浅黒い頬が一目で分かるくらい紅潮してる上に、耳が忙しなく動いている。
 目の前で大柄な男がもじもじしているのは妙な感じだったが、それ以上にクロウの照れた様子が珍しくて、何だか俺はちょっとキュンとしてしまった。
 やだ、なにこの可愛い生き物……いやオッサンだけど……。

「う、うう、すまない……良く考えたらオレはツカサになんというやらしい……」
「わっ、も、もういいから! そう言うのは忘れよう! なっ、な!?」
「うぐぅ……」

 ああっ、熊耳がシュンとしてる。ぐ、ぐぬぬ、そう言うのは卑怯だぞクロウ。
 俺がケモミミに弱いとかそう言う性癖など関係なく、ナチュラルにショボンと耳を垂らすから、余計にケモミミ萌えの心が刺激されてしまうというか……!
 オッサンなのに。熊耳がついてるのはガタイのいいオッサンなのにぃい……。

「ツカサ……怒ってないか……? 幻滅しては……」
「ないない! 大丈夫だから。ほら、変な事考えてないで起きようぜ」
「格好悪く」
「ないない。ほーら、髪の毛ちゃんと縛って顔洗いに行こうぜ」

 未だに顔を赤くしてもじもじしているクロウの肩を叩いて、背中を向けさせる。
 クロウが動くとベッドがギシッと音をたてたが、それでもやっぱりヤバい感じはしない。マイルズさんは本当に良いベッドを作ってくれたもんだ。
 改めて感心しつつ、俺は竹ぼうきのように思いっきり広がっているクロウの髪を手で優しく梳いて、纏められる分の髪を纏めて上に引き上げた。

 しかし、クロウの髪色って結構不思議な色だよな。
 黒に近い紫がかった青髪……とは思ってるけど、実際そこまで紫がかってるワケでもないし、濃いのはやっぱり青だ。光が当たると、深い青の髪に薄ら紫がかった光の環が出来るなって感じだから、色をちゃんと言えってのがムズイんだよなあ。
 こういう複雑な髪色って、そう言えばクロウ以外には見たことが無い。

 もしかしたら獣人は髪色が特殊なのかな。それとも、クロウの一族だけがこんな風に不思議な髪の色だったりするんだろうか。
 ……この爆発的な毛量のあるちょっと硬めの髪質も、一族譲りなのかね。

 ポニテに縛っても髪がぼさっとなるから、正面から見たら縛ってるように見えないし、なにより前頭部あたりの髪の毛もぼさっとしてるもんで、纏めた部分が正面から全然見えないんだよな。これって獣人特有なんだろうか……。

「なあクロウ、この髪の色や質って、クロウの一族特有なのか?」

 わら色の色気のない紐でポニテに纏めた髪を縛りつつ訊くと、クロウはうーむと唸って僅かに首を傾げた。

「髪の質は多分一般的だと思うぞ。大型の獣人族なら、だいたい髪がボワッとしている。獣の時の毛質が関係してるのかもしれん。ただ、オレの母上や他の女衆は髪がサラサラしていたから、必ずと言う訳でもないようだがな」
「なるほど……」
「色に関しては……そうだな……多分、一族特有だと思う。オレの一族は、大体が形容しがたい髪色をしていた。恐らく、この特別な体質がゆえだろう」
「ディオケロス・アルクーダ……だっけ? 特別な種族名まである一族なんだから、多分色々といわれがあるんだろうな」

 どういう意味を持つ名前なのかは俺には解らないけど、ここまで特殊なんだからただの一氏族という訳ではあるまい。
 そう思いながらクロウの髪を整えていると、クロウは誇らしげにむふーと鼻息を漏らして胸を張った。

「さすがはツカサだ。そう、オレの一族は誇り高き熊の一族。特別な名を持つ、とても尊い一族なのだ」

 そう言いながら嬉しそうに耳を動かすクロウに、なんだかおかしくてクスクス笑ってしまう。さっきまで「子供みたいに……」とか言って赤くなってたくせに、こう言う事になると子供みたいに偉ぶるんだから、本当に敵わないよ。
 まあ、そう言う無邪気な所が憎めない所なんだけどさ。

 そう思って髪を整え終えると……俺は、ふとある事に気付いた。

「そう言えば……お父さんの件って、どうなったんだ? クロウはヨアニスに先代皇帝の日誌を見せて貰ったんだよな? お父さんの事何か解ったのか?」

 実は、日誌を見せて貰ったのはクロウだけで、俺達は何も聞いてないんだよな。だって、先代皇帝のプライバシーってのも有るだろうし、第一日誌に用が有るのはクロウだけだったし……。

 困った事が有れば話してくれるだろうと思ってたから、それが無いって事は多分大丈夫だったって事なんだろうけど、結局どういう結果だったんだろう。
 何の気なしにそう問いかけると、クロウは何故かびくりと肩を動かした。
 ……ん? なんでビクリ……?

「クロウ……?」

 問いかけるが、クロウは振り返ってくれない。
 どうしたのかと思っていると……俺に背中を向けたまま、クロウは呟いた。

「……ツカサ、もしオレが一つの場所から動けなくなったとしたら……どうする」
「え……」
「オレを置いて行くか。それとも……」

 そう言って、黙り込んでしまった。

 なんだろう。どういう意味なんだろうか。
 無意識に鼓動が早くなったが、けれど、答えない訳にもいかない。
 何を言えば正解なのかすら分からなかったけど……俺は、ただ、答えた。

「……お前が望むなら、無理にそこから動かさないと思うよ」
「…………」
「でも、理由を聞かないと絶対納得しない。だって、お前とは……約束、したもんな。ずっと一緒にいるって。だから……納得するまで、絶対に離れない」

 そう。それは、疑いようのない本心だ。
 俺は、クロウがそこから動きたくないと言うのなら無理に動かしたりはしない。
 だけど、それだって理由を聞かなければ納得なんて出来ないし、一ミリでも俺達と一緒に居たいって思いが有るのなら、俺はそのままにして置いたりはしない。

 だって、約束したから。
 クロウが俺に、ずっと一緒にいるって言ったんだから。

 だから……何を言われたって、引き摺ってでも連れていくからな。

「……お前が自分から約束を破るなんて事、絶対にないだろ?」

 髪を整えて、優しく頭を撫でる。
 すると、クロウは……くるりと振り返り、有無を言わさず俺を抱き締めた。

「……ツカサ…………」
「クロウ……?」

 呼ぶが、クロウは俺の胸に顔を埋めて目を合わせてはくれなかった。

「ツカサ……好きだ……。誰よりも、何よりも……お前の事が……」

 ……なんだろう。
 なんで、急にこんな……。

「クロウ……どした……? もしかして、なんか怖い夢でも見たとか……?」

 心配になって頭を撫でるが、熊耳がぴこぴこと動くだけで顔を見せてくれない。
 だけど、クロウは鼻を鳴らして俺の胸に顔を擦りつけるだけで、何も言わずにしばらくそのまま沈黙していた。










 
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