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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
32.すてきな観光地をつくろう!―速攻建築―
しおりを挟む※また大幅に遅れてしまってすみません…_| ̄|○
事実は小説よりも奇なり、とは言ったもんだが……まさか、子供が考えるような荒唐無稽な妄想が現実になるなんて思ってなかった。
だけど、考えてみればここはファンタジー世界であり、俺の世界でもありえない事象が起こるんだから、この世界でもそんな事が起こらないとは限らない訳で。
しかし、その「ありえない事」が目の前で起こっていたら……やっぱり、ポカンと口を開けて驚いちゃうよなあ……。
「……僕達は何を見てるんだろうね……?」
「はぇ……」
ブラックの疑問形の言葉に、俺はぽけらと口を開けたままで返す。
残念ながら、それ以外の言葉では何も答えられなかった。
だってもう、あまりにも目の前の光景が凄すぎて、頭が真っ白になっていたんだもん。そら俺のみならず大人二人も驚かざるを得ないでしょうよ。
……三人で並んで体育座りってのもどうかと思うけどね。
だけどそれも仕方ない。
何故なら、目の前の光景はそうなるのも無理はないものだったのだから。
俺、ブラック、ラスターで三人揃って座り、目を点にしながらじっと見つめる先には、無数の煉瓦と謎の液体がいくつもふよふよと浮かび上がっている。
それらは全て橙色の光に包まれており、指揮者の指一つで美しく整列し、煉瓦の壁という一塊の存在に収束して行った。
何もなかった更地には石が組まれ、煉瓦が並び、俺達がサンドイッチを一口食む間に一つの大きな壁が出来上がって行く。
あらかじめ作られた窓枠を嵌め込み、土が木材を押し上げ、その上に再び土台が跳び上がってくる。その合間を大工たちが動き、壁の素材を嵌め込み整え、巨大な洋館が早送りの映像のように姿を現していった。
やがて。
「…………ふむ、あとは屋根と細かい所だけだな。仕上げは頼むぞ」
何もない更地になっていた場所に、一日も間を空けずに立派なレンガの洋館を造ったクロウは、さらっとそう言って踵を返す。
完成間近の館に背を向けこちらに歩いて来るクロウは、何だか物凄く威厳があるようにみえるが……なんだろう……なんか……あれだ。建築王的な……。
背後に敬礼をする大工さん達がいるから、そう言う風に見えるんだろうか。
「ツカサ、楽しかったか? カンが取り戻せるかどうか解らなかったから、今回は離れていて貰ったが……満足出来ただろうか」
服のホコリをはらいながら俺に近付いて来るクロウに、俺は立ち上がって頷く。
なんだか誇らしげなのは、男の仕事をやったって感じだからだろうか。
確かに、指揮者みたいにレンガを動かしていたのは格好良かったな……。
ここは素直に褒めるべきだろうと思い、俺は立ち上がってクロウを見上げた。
「うん、つーかめっちゃ凄かった……。土の曜術師ってあんな事出来るんだな」
「土の曜気とそれを動かす事の出来る力があれば容易だ。オレの中にもう少し曜気があれば、より凄い事が出来るのだが……」
「え……」
よ、より凄いこと……?
あれ以上に凄い事なんてあるんだろうかとクロウの顔を見やると、相手は自信満々に頷いて己の胸をドンと叩いた。
「感覚も取り戻したし、今ならもっと凄い事をみせてやれるぞ。それに、あの大工達が煩わしいと思う仕事も減るし、いいことづくめだ。……で、どうだ?」
「ど、どうだって……えっと……」
橙色の瞳でじっと見つめて来るのは、要するに……俺に曜気をくれって言ってるんだろうか。どうしたものかと思わずブラックを振り返ると、案の定ブラックの顔は不機嫌になっていて、思いっきりクロウを訝しむように睨んでいた。
「…………何をする気だ?」
「ツカサに曜気を貰うだけだ。あと、ツカサを特等席に連れていく」
「は?」
「別にいやらしい事などしないぞ、お前じゃあるまいし。ただ連れていくだけだ。集中せねばならんから、お前達は連れて行かないが」
「あ゛?」
お願いなので半ギレしてる声で返さないで。雰囲気が怖いってば。
つーかラスターも思いっきり睨むような顔しないの。美形が台無しでしょ。
「あ、あの、あれだろ。受け渡すのは手で良いんだよな?」
「うむ」
「だったらほら、良いよな。クロウは計画を手伝おうとしてくれてるんだし、早く計画が進むなら協力しなくちゃ! なっ、な!?」
疑い出すと長いので、俺はあえて明るく振る舞ってブラックとラスターに安全である事をアピールし、クロウの大きな手を握った。
ううむ、でっかい。あつい。あさぐろい。
「さあクロウ曜気充填いっくぞー!」
「むっ、頼む」
……本当は勝手に俺から曜気を引き出せるのに、それでもクロウは俺が自分から気を流すのを待ってくれている。多分、俺が衰弱したことを気にしてくれてるんだろうけど……気を使われるとなんだか申し訳なくなる。
あれからブラックも我慢してくれてるし、ほんとは結構元気なんだけど……俺が不安になったのと同じで、ブラックやクロウも不安になっちゃってるんだろうか。
……ほんと、どうにかしなきゃ行けないよな、この問題……。
そんな事を思いつつも、俺はクロウに土の曜気が流れるようにイメージする。
すると、俺の手にはあの橙色の蔦のような光が巻き付いて来て、それらが媒介しているかのようにクロウの方へと光が流れていった。
「おお……これが曜気の譲渡か……」
ラスターが驚いたような声を上げる。
土の曜気の光は見えていないけど、ラスターは光の動きは見えてんだよな。
こう言う反応をされると、やっぱり本当に見えてるんだと実感するわ……。気が見えてないのなら、ブラックみたいに表情一つ変えないはずだし。
神に愛されし者の能力……とは思わないけど、ラスターの一族ってマジで特殊な一族なんだなあ。
「…………ツカサ、もういいぞ」
「あっ、う、うん」
クロウの言葉に、慌てて手を離す。
すると、俺の腕に巻き付いていた光は消え、同時にクロウの体に流れていた橙色の光も消えてしまった。
「……獣人の体の気が増大している……。やはりお前の力は凄い物だな、ツカサ」
「ま、まあね」
ラスターの言葉にぎこちなく笑いながら、俺は頭を掻く。
借り物の力ではあるけど、使いこなせているなら得意になってもいいよな。
と言うか、ここで謙遜したら、なんかそれもそれで変な感じがするし……。
こういう時に振る舞い方に困るんだよなあと思っていると、隣にいたクロウが俺の肩をポンと叩いてきた。
「よし、では特等席に案内するぞ」
やけにツヤツヤした顔で、ぶんぶんと腕を振り回しながら言うクロウ。
どうやら、新たな曜気が補充されて元気になったみたいだな……なんて考えていると、クロウは急に俺の腰に手を回した。
何をするのか問いかけようとする前に、クロウはそのまま俺の体を傾けて、一気に掬いあげる。こ、これは……お姫様抱っこの体勢……!
つーかまたか。また俺は抱っこされんのか!!
「おいっ、ちょっと!」
「では行ってくる」
「おいこの熊こ……」
ああああブラックが何か言う前にクロウったら走って逃げた……
と思ったら、急にクロウは地を蹴って跳び上がった。
「うえええええ!?」
た、高っ、ジャンプが高すぎるううう!!
ダメダメこの状態でこのジャンプは怖いってば駄目だって!!
思わず目の前に有る太い首に抱き着いた俺に、クロウは満足そうにむふーと息を漏らして耳をぴこぴこと動かしながら、そのまま家の屋根へと簡単に着地した。
い、いつもながら、滅茶苦茶な身体能力だ……。
「ツカサ、見ていろ」
「え……?」
俺を抱っこしたまま、クロウはある方角を向いて目を閉じる。
すると、クロウの体からふわりと曜気の光が漂い始めて、俺は何をするつもりなのかとクロウが向いた方をみやった。
クロウの見ている方向。そこには、トランクルの村の家々が並んでいて。
一瞬何をしようとしているのか解らなかったが……その家屋の多くが、解体しなければいけない物だと気付いて、俺は息を呑みこんだ。
まさか、クロウ……。
「価値を失いし過去の栄光の群れよ……新たな歴史を刻む礎と成れ。
我が血に応えろ――――【ルイーナ】!!」
そう、クロウが詠唱を終えた瞬間。
ゴッと鼓膜を押すような凄まじい音が聞こえて、クロウが纏っていた橙色の光が一気に周囲へと広がった。
「あ……!」
広がったと同時、壊さなければいけない建物が土の曜気の光に包まれていく。
まるでマーキングしたようだと思った刹那。その建物たちの壁が一気に崩れ落ち凄い轟音を立て始めた。先程も見た光景だが、しかし俯瞰の立場から複数の家が一斉に崩れる所を見るのは、やはり迫力が違う。
思わず目を見張った俺に笑うように、クロウはふっと息を漏らした。
「まだだぞ、ツカサ。お前に貰った力は、こんなものではない。見せてやろう……オレ達“土の曜術師”の本来の能力を……」
そう、言って。
クロウが片手を離し、崩れた建物の方へと手をやって指をくいっと曲げた。
と、同時――――
「あっ…………!?」
崩れ落ちた家屋が再び橙色の光に包まれて、何かがふわりと空中に漂い始める。しかし、それは一つでは無く、崩れ落ちた家々から次々に浮き上がり、まるで柱になるかのようにくるくるとその場で対流しながら立ち上り始めた。
「う、わぁ……!」
古ぼけた色をした、いくつもの茶色の柱。
橙色の光に包まれて規則的に流れ動くそれらは――――レンガだ。
そう、あの流動する幾つもの柱は、一つ一つの小さなレンガの群れ。
クロウは、そんなレンガを自由自在に操っているのだ……!
「どうだ、ツカサ。凄いだろう」
「うっ、うん、すごい、凄いよこれ……!! マジ魔法、魔法じゃん!!」
興奮して思わず首にしがみ付いた腕をぎゅっと強めるが、クロウは痛がりもせずに得意げな声を漏らした。
「もちろん、レンガは全て壊れていないぞ。壊すと勿体ないからな。あのレンガは建材として再利用するために、その場に積み上げておく」
「そんなことまで……! クロウ、お前凄いよ~!!」
至れり尽くせりじゃん、めっちゃエコじゃん!!
建材を補充する必要も無くなるし、それに、あのレンガって漆喰とかの接着剤も完璧に取り払ったモンなんだろ!? そんなの普通出来ないって!
うわ、ほんと凄いよ、土の曜術師ばんざい!!
「クロウ~! お前すごいよっ、ほんとすごい!!」
嬉しくなってクロウの頭を撫でると、相手は激しく耳を動かして気持ちよさそうに目を細めた。褒められて得意満面になっているようだな、無表情だけど!
いやでも、これは本当凄いから仕方ないね!
「ツカサ、もっと撫でてくれ」
「いいよー! よーしよしよしよしわしゃしゃしゃ」
こんなんじゃ褒めてる内に入らないかも知れんが、撫でろと言うのならム○ゴロウさん並みに撫でてやろうじゃないか。
ボリュームのあるボサボサ髪を掻き乱すようにしながら、クロウの頭をわしわしと撫でていると、クロウはグルグルと喉を鳴らし始めた。
これは獣人特有の猫のゴロゴロみたいなリラックス音だ。
そう言えば……最近はブラックの方ばっかりで、クロウの髪を梳いてやる機会も少なくなってたなあ……。三人部屋で宿に泊まってる時は、ブラックばっかりずるいからってクロウの髪もちゃんと梳いてやってたっけ。
髪が広がり過ぎててポニテにみえないポニテも解いて、長くてモッサリした髪を念入りにな。
クロウの髪は少し硬くてごわついており、ブラックとは違う髪質なんだけど……それでも絡みやすいのは変わらなかったから、そこそこ面倒なんだよな。
「グゥ……。ツカサ……気持ちいいぞ……」
「こらこら、集中して最後までやるんだぞ」
「フグッ、グ……わ、解った。……だがツカサ、撫でるだけは少し寂しいぞ」
「ん? 寂しいって何が?」
クロウの方を向いちゃってるので背後で何が起こっているのか解らないが、何かガシャガシャと音が鳴っている。もしかして、レンガが落ちている音だろうか。
気になったけど、問いかけた手前視線を逃す訳にもいかず、じっとクロウを見ていると……相手は、少し上目遣いで俺を見返し、自分の頬を指で押した。
「……ご褒美をくれるなら…………キスをしてほしい」
「えっ……」
き、キスって……ほっぺにキスしろってこと……?
思わず固まる俺に、クロウは切なげな声でおねだりしてくる。
少し耳を伏せて寂しそうに目を潤ませ、叱られた子犬のように俺を見詰めてきやがった。う、うう、そ、そういうのに俺が弱いって知ってるくせに……!
「ツカサ……オレもツカサに甘えたい……。それくらいなら、いいだろう……?」
「う、うううう……」
き、キス、キスって……いや、でも、クロウが凄い物を見せてくれたのは確かだし、それにみんなの為にもなってるし……。
だ、だったら、キス……くらいは…………その…………。
大丈夫、だよな。これくらいだったら、ブラックも怒らないよな……?
「ツカサ……」
「わ……解った……」
そう言うと、クロウはすぐに目を輝かせてぴんと熊耳を立てて来る。
明らかに喜んでいると解ってしまうのが妙に恥ずかしくて、俺は目を泳がせながら、クロウの目を隠した。
「ン゛ッ。つ、ツカサ、みえない」
「見んでいい! ちょっと黙ってろ!」
落ち着け、落ちつけ俺。
まあ、ここは屋根の上だし、だ、誰も見てないし……。
ブラックだって……ほっぺにちゅーくらいなら怒らないよな……?
よし、やっ、やってやる。
俺は深く息を吸うと、目の前の浅黒い肌を見て……恐る恐る顔を近付けた。
「ツカサ……」
「…………ん……」
微かに動く頬に、口を近付けて……そっと、触れる。
そういえば、初めてクロウのほっぺにキスしたな。そう思うと同時に、クロウの頬が思ったよりも熱く、そしてブラックよりも固くてハリが有る事に気付いて、俺は体中がカッと熱くなるような感覚を覚えた。
だって、その、唇で触れてみるとなんか感覚が違って。
こんな肌なんだって妙に思っちゃって、なんか、す、すごく居た堪れなく……
「ツカサ……! 嬉しいぞ、ツカサ……っ」
「うわあっ!?」
キスをするなり、クロウにぎゅうぎゅうと抱き締められる。
そのまま押し倒されてしまいそうな程に上半身を押し付けられて抱き締められる物だから、妙に心臓がどきどきして痛くなって、俺は逃れようと必死にクロウのほっぺを手で押した。
だけど、手でほっぺを触ると、さっきの口で触れたほっぺの感触が……!
「もっ、もういいだろっ、いいよな!? おおお降りようっ、おりようって!」
「ツカサ……そういえば、添い寝の約束がまだだったぞ……」
「え!?」
何だよ急にそんな話!
驚いてクロウをみるが、相手は不満げに口を尖らせて続ける。
「最近ごたごたしてて忘れていたが、オレはまだ添い寝をして貰ってないぞ。……ツカサ、約束はちゃんと守る物だ。添い寝を反故にするのは許さん」
「いいい今そんなこと」
「今だから言うんだ。添い寝の事をブラックに言わないと、降ろさないぞ」
「わーっ、わかった、解った言うからぁ!!」
だからもう抱き締めながら至近距離で喋らないでええええ!!
顔が痛いくらいに熱くてどうしようもなく、観念してそう叫ぶと、クロウは嬉しそうに口元を緩ませて……一度、俺の頬にキスをした。
「ふふ……きっとだぞ、ツカサ」
うううう……な、なんでこんな事に……。
でも、クロウのおかげで大幅に計画が短縮できたし、それを考えると俺の添い寝くらい安い物なのかもしれない。
だったら、お礼としての添い寝をしない方が失礼だとは思うが……いざ「添い寝するぞ」と言われたら、何故だか妙に恥ずかしくなってしまう訳で……。
ああ、なんでこんな約束しちゃったんだろう俺……そんなことを頼んだら、またブラックの機嫌が悪くなるぅう……。
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