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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
例え貴方が泣くのだとしても2
しおりを挟むクロウに抱っこされたまま部屋に運んで貰い、俺はとにかく泣きながらラスターに告げられた事を洗いざらい話した。
衰弱していた事も、その理由も、俺が泣いたワケも、全部。
そんな情けない独白を、ベッドに座った俺の隣で静かに聞いていたクロウだったが、やがて話し終えると思わしげに顔を歪め、俺の顔を綺麗な布で拭いてくれた。
「…………そうか……そんなことが……」
クロウだって、にわかには信じられない事だろう。
だって証拠が無いし、これは俺とラスターだけが示し合える事なんだ。ラスターのように気の流れが見えないのだから、疑ったって仕方ない。
そう思い、俺は何だか申し訳なくてクロウに情けない声で謝った。
「……なんか、ごめん……取り乱して……」
こんなことを急に話したって、すぐには受け止められないだろうに。
ようやく冷静さを取り戻し、涙が収まってきた俺は、今度は異様に恥ずかしくなってクロウの顔を見られなくなってしまった。
……良く考えたら、ああも泣くなんて格好悪いよな。
ショックで混乱していたからとは言え、物凄く不甲斐ない……。
「つ……ツカサ、甘い物をたべるか。それとも水がいいか? 喉が渇いた時にと思って水差しを貰ったんだ、ほら」
己の情けなさに落ちこむ俺の事を心配してくれたのか、クロウはいつになくアワアワしながら、コップに水を入れて差し出してくる。
クロウのせいでは無いんだけど、でも、俺のために何かをしたいって言う思いが見て取れる行動をしてくれるのが嬉しくて、俺は笑顔になり切れてないぎこちない笑みを口に浮かべて、コップを受け取った。
「ありがと……クロウ……。ごめんな、気を使わせて……もう大丈夫だから」
「大丈夫なものか。まだ顔が青いし、かすれ声……は、まあ、先程の話のせいではないか……。とにかく、まだツカサは悲しい顔をしている。そう遠慮するな」
ふんすと鼻から息を漏らして熊耳をびっと立てるクロウは、なんだかやる気満々で飼い主の指示を待つ犬のようで、少しだけ気分が浮上する。
顔には出にくいけど、それでも分かり易いくらい心配してくれてるんだ。
いつまでも泣いてばっかりじゃ、クロウにだって悲しい思いをさせてしまう。
それに、何の解決にもならないんだ。不安になるのは仕方ないけど、絶望するのなら、その前にとことん考えてみなくちゃな。
泣いて打ちひしがれるのは、それからでも遅くない。
クロウにもらったぬるい水を飲んで一息つくと、俺は息を吸ってクロウを見た。
「ツカサ……大丈夫か」
「うん。全然……ってワケじゃないけど……でも、大丈夫だよ。泣いてるばかりじゃ仕方ないからな。それより、真面目に考えなきゃ。えっと……」
ラスターは、俺とブラックがえっちすると俺の気が食われると言っていた。
どうも、俺の曜気を分け与える力が悪い方に作用しているらしく、体を合わせると、俺の体の中の気は相手に奪われてしまうようだ。
だから俺はえっちの時に毎回失神してて、かなり体力を消耗しているんだとか。
……あいつの“気の流れ”を見る力は、不本意ながら俺が一番理解している。ある意味、俺の正体を一番早く見破ったのだって、ラスターだしな。
それに、ラスターは本当に真剣に俺に「もうやるな」と訴えていた。
あの剣幕が演技だとは思えない。ラスターも基本的には真面目な奴だし。
だから、俺の体に起こっている事はラスターの言う通りなんだと思う。
それを考えると、今までの俺の行動にもなんだか納得できる所が出て来る。
今までの俺は、黒曜の使者の力を使った時に、何度か意識を手放す事が有った。それが、“今の俺が発生させられる曜気”を限界まで消費した結果なら、えっちの時の失神も同じ事が言えるんだよな。
どっちも、蓄えていた曜気を放った結果の失神なんだから。
でも、自分の気を奪われてるなんて思ってもみなかった。俺はただ「ブラックが激し過ぎるから失神する」のだとばかり思ってた訳で……まあでも、そうだよな。数えるのすら面倒臭くなるくらいえっちしてるのに、二三度でいつも失神するなんてちょっと変だもんな……。
それでも、今までは一日に三回掘られようが、その次の日は安息日だったりしたので何とか体力が回復出来ていたわけで……だから俺も衰弱しなかったんだな。
……待てよ。それを考えると、今回の三日連続えっちって、ある意味俺の限界を測るベンチマークテストとも言える訳か。それくらい何度もヤったら、俺が衰弱するほど気が枯渇するっていう……。
でも、どうしよう。あいつ三日でも全然足りない感じだったのに、俺がこれ以上えっち出来ないって解ったら……どんな顔するかな……。
ブラックが満足するような事も全然出来てないのに、えっちまで出来なくなったら、アイツどうするんだろう。
……別れる……なんて、こと……ないと思いたい……けど……。
「………………っ」
アイツがそんな薄情な奴じゃないって解ってるし、ブラックの「好き」って言葉を疑ってる訳じゃない。それが嘘じゃない事くらい、俺だって解るから。
だけど、嫌われるかもしれないと一度思い始めたら、怖くて。
相手の事を疑いたくないのに、俺の臆病で最低な部分がドロドロと溢れて来て、最悪の事態を信じ込ませようとして来てしまう。
アイツは俺が想像するような酷い奴じゃない。解っているはずなのに、“もしも”を考えてしまう弱い心が俺を苛んでくる。
信じたいのに。こんな事を考える俺の方がダメだって、信じきれてないんだって解ってるのに。なのに、どうしても不安な気持ちは消えなくて。
ブラックがえっちする事が一番好きだって解ってるから……余計に……。
「……ツカサ、悲しい顔をするな。お前は何も悪くない……」
延々と悩んで押し黙っている俺を、クロウが横から抱き締めて来る。
その大きな体と強く抱き寄せて来る腕に、思わず震える息が詰まりそうだったが――堪えて、俺は明るく振る舞った。
「あ……。い、いや、えっと……だ、い、じょうぶ、だから。だから、俺……」
「無理をするなと言っているんだ。……独りで悩むな。お前にはオレがいる。……ツカサとずっと一緒にいると約束したオレが、傍にいるだろう……? ツカサ……頼むから、オレを置いて行かないでくれ……」
そう言って、クロウは俺を自分の腕の中に捕えてしまうと、切なげに唸って俺の髪に顔を埋めて来た。
「っ……」
「オレは、お前を離さない。獣人は命を掛けた誓いを絶対に破りはしない。どんな事が起ころうとも、オレはツカサの傍にいる。オレは、何が有ってもお前の味方だ。不安なら、オレが一緒に考える。力になる。だから……独りで、我慢するな」
「く、ろう……」
ああ、駄目だ。泣きそうになる。
泣いてる場合じゃないのに。折角、頑張って考えようとしたのに。
これじゃまた元通りじゃないか。
優しくされたからって、また甘えて、感情を優先させて。そんな事してたら、ずっと解決策なんて見つけられっこないのに。なのに……。
何で俺、泣いてるんだろう…………。
「っ、う……うぇっ、え……ひぐっ、ひ、ぅ……うぅう……~~~ッ」
「……ツカサ…………ありがとう、オレの前で泣いてくれて…………」
クロウの声が、優しくて。
嬉しそうな音を含んでいるのが、俺の弱さを肯定してくれているようで。
情けないけど……その声が、涙が出るほど嬉しくて。
みっともない俺の泣き顔も、他人に話すべきじゃない悩みすらも受け入れてくれるクロウに、俺は縋りついて泣いてしまった。
正直もう、自分を抑え込もうとすればするほど辛くて、耐え切れなかったから。
だけど、クロウは俺が落ち着くまで、ただずっと抱き締めてくれていた。
獣人の耳には、俺の泣き声なんて煩かっただろうに。
いくら好きだからって、男がこんなに泣いてる所なんて、みたくないだろうに。
――――それから、数分くらいだろうか。
散々泣けば落ち着くもので、やっと本当に平静に戻った俺は息をついた。
しかし、そうなると、今の状態が少し気になる訳で……。
「……あ、あの……クロウ……」
「落ち着いたか、ツカサ」
「う、うん……ごめんな、ありがと……も、もういい……」
「では、これからどうするか考えよう。オレもツカサと交尾出来ないのは嫌だからな。ブラックがどう思うかはともかくとして、もしツカサと交尾するだけで誰でもそうなるのなら……対策を考えなければならない」
「ぅ、あ……あ、ああ……」
なんだろう。なんか今凄く丸め込まれた気がする。
でも、クロウの言う事は尤もだし……。
「ツカサ、お前は曜気を受け渡す能力のせいで、体内の気を食われると言っていたが……オレが曜気を貰った時も意識してなかったのか?」
もちろん、それはえっちの時の話じゃなくて戦闘の時の話だ。
それは解っていたので、俺は抱かれながらクロウの顔を見上げて小さく頷いた。
「う、うん……。前はそうじゃなかったんだけど、ブラックの時も、クロウの時も、俺の意思と関係なく曜気が持って行かれた。気のせいだと思ってたけど……」
「……ふむ……。それは、他の奴も同じなのか?」
「え……どうだろ……。俺、お前達以外にこんな事したことないから……」
そう言われてみるとちょっと気になる。
俺の体調不良の原因は解っても、何故それが引き起こされるのかって所までは、ラスターも解らないみたいだったし……。
「オレ達とブラックだけか」
「うん……。だって、その……ずっと一緒にいるのって、あんたらだけだし」
「グ…………そ、そうか……。しかし、それが本当なら、ツカサが衰弱する問題はツカサだけの問題でないのかもしれん」
「……? それ、どういうこと?」
イマイチ良く解らないな、と眉根を寄せると、クロウは熊耳を動かした。
「もしかしたら、オレ達もお前から曜気を受け取る事に慣れて、知らず知らずの内にお前から曜気を受け取る事を第一としているのかもしれん」
「えっと……」
「要するに、ツカサから曜気を貰う事に慣れてしまうと、お前からしか供給したくなくなるのではないか、と言う事だ。だから、ブラックも必要以上にお前から曜気を奪うようになったのかもしれん。アイツは炎と金の曜術師なのだろう? だったら、本来は曜気を取り入れる事も面倒だろうからな」
「……なる、ほど……」
俺には未だに良く解らない事なのだが、この世界の人達は誰でも何らかの属性に分けられていて、例えば……炎属性なら、炎から曜気を取り入れて体内に循環させたりしなければ衰弱してしまうらしいのだ。
水や木、土であれば循環は容易だけど、炎や金はそもそも用意が難しい。
曜気を扱う曜術師であればなおさら供給の問題は悩ましいだろう。
となると、クロウの言う事にも一理あるが……。
「それを話して、ブラックが納得してくれるかな……」
「解らん。だが、それで怒ってお前を詰るのなら、お前の恋人である資格はない。ツカサの優しさに付け込んだ挙句、自分勝手に怒るような輩なら、今度こそオレは容赦なくお前を攫って逃げる」
「く、クロウ……」
嬉しいけど、さすがにそこまでは……。
焦って見上げるが、クロウは至極真剣そうな顔で口を曲げながら頷く。
「オレだって、お前に触れて思う存分犯したいのに我慢してるんだ。そろそろいい機会だろう、ブラックにも、その辛さを教えてやろうではないか」
…………クロウ、もしかして今の状況をちょっと根に持ってる?
色々と思う所はあったけど……でも、俺を心配して言ってくれている事だと思うとなんだかくすぐったくて、ホッとして……。
今までは、ブラックと距離が出来たらどうしようって事ばかり考えていたけど、クロウのお蔭でなんだか解決策が見つかりそうで、希望が出て来た。
そう、泣いてたって仕方ないんだ。
だったら、まだちょっと怖いけど……しっかりブラックに伝えないとな。
うむ、なんだか気合が出て来たぞ。
クロウに慰めて貰ったから……と言うのが情けなくはあるが、俺は大人じゃないんだから別に良いよな。
人間、誰だって不安な時は誰かに支えて貰いたくなるものだ。
とにかく元気が出たんだからそれでよし!!
とか思っていたら、依然として俺を抱き締めているクロウが顔を近付けて来て、橙色の綺麗な瞳でじぃっと見つめて来た。
「ツカサ、それはそれとして……今夜はどうするんだ」
「え?」
「この部屋で寝るか? オレは構わないが」
えっと……それって……。
この部屋で、クロウと一緒に寝るってことかな……?
…………いや待て、そんな事すると余計にブラックの怒りを買うような……。
駄目、だよな。それはさすがに駄目だよな?!
寝るにしても、ブラックに一言言わないと……。
「あ、えっと、今日は……ひとりで大丈夫……」
「……ツカサはオレの事が嫌いなのか」
「ち、違うってば! だって、その……ブラックが怒りそうだし……」
「ツカサを慰めたのはオレなのに……同衾するのもだめなのか……」
うう……確かにクロウにはご迷惑をかけましたが……でも、こういうのはやっぱ不義理になるんじゃないかなあと思う訳で……。
でも、クロウは別にやらしい気持ちで言ってるんじゃないし……慰めて貰った恩も有る訳だし……うーん……。
「……ひ、一息ついたら……頼んでみる…………」
「ホントか?」
「う……うん……」
おずおずと頷くと、クロウは解り易く耳をぴんと立てて震わせた。
一気に周囲の空気が明るくなったのは気のせいだろうか。
「よし、わかった。俺もツカサが同衾を頼みやすく出来るように、頑張って協力するぞ。明日は頑張ろうな、ツカサ」
そう言いながら俺をぎゅっと抱きしめるクロウに、俺は一抹の不安を感じながらも……なんだか怒り切れなくて、頷く事しか出来なかった。
→
※すみませんまた遅れてしまった……_| ̄|○
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