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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
23.涙が出そうなほど1
しおりを挟む「あー……ゆっくりしてたら、ずいぶん遅くなっちゃったね」
店主のおじさんに朗らかに見送られて、外に出る。
その頃にはもう人影もまばらになっていて、通りでクダを巻いていた酔っ払い達も、そこかしこの地べたに倒れて眠りについていた。
これだけ無防備に寝れるって事は……まあ、犯罪とか起こらないんだろうなあ。
起こさないようにブラックと静かに通りを出ると、流石に大通りも人の行き来が少なくなっていて、何故だか二人連れの人々ばかりになっていた。
多分……というか、きっとあれって、大人な関係の人達なんだろうな……。
女や男をぞろぞろ連れたハーレム状態な人も時々見かけるが、女だけならとても羨ましいなと思う。つーか妬ましい。くそう……あんなビキニアーマーみたいなえっちなカッコしたお姉ちゃんを連れ歩けるなんて……。
「ツカサ君、よそ見しちゃヤダよお」
思わず美女軍団に目を奪われた事が不満だったのか、ブラックは拗ねたように言いながら、急に俺の手を握って来た。
「あ……う…………」
「大丈夫だよ、ほら、みんな……僕達みたいに男同士でも手を繋いでる。何も変じゃないよ。それに……恋人だらけだから、恥ずかしくないよね。……ね?」
戸惑う俺の言葉を遮るように、ブラックは緩んだ顔で笑う。
そう言われてしまうと、何も言えなくて……俺は、ブラックの手を拒めずに簡単に絡め捕られてしまった。いつもなら、もうちょっと何か言えるはずなのに。
「いこ、ツカサ君」
酒が入って少し浮かれてるのか、ブラックはいつもより目がとろんとしている。
よっぽどいい酒だったのかどうかは俺には解らないが、その心地良さも手伝ってか、俺の手に絡んでくる指は少し強引だった。
人の事言えないけど……ほんと、喉元過ぎれば何とやらというか……。
少し考え込んでしまったせいで、手を引かれるのに反応できず思わず腕をぴんと伸ばしてしまう。すると、途端にブラックは不安そうに顔を歪めてしまった。
「や……やっぱり……まだ、おこってる……?」
あっ、ヤバい。拒否ったと思われたみたいだ。
慌てて首を振って、俺は小走りしてブラックとの距離を縮めた。
「怒ってない、あの、ちょっと周りを見て遅れただけだから」
「ほんと……?」
「う、うん……大丈夫だから……帰ろ?」
大きな手を、軽く握り返してブラックを見上げる。
戸惑う子供のような顔を見せていた相手は、まだ不安そうに眉を顰めていたが……俺の目に怒りが無い事が解ったのか、渋々頷いて歩き出した。
――――だけど、なんだか会話が出来なくて。
俺達と同じようにしっかりと手を繋いだ恋人達とすれ違っても、周囲の明かりが淡い色に変わって来ても、宿が見えて来ても……なんだか、ダメだ。
話す事なんて色々あるはずなのに、何も言えなかった。
……ただ、互いに握った手の感触だけが伝わって来て。
――……どうしよう。
なんか、変だ。なんでこんな感じになるんだろう。
さっきまで普通に話せてたのに。今だって、恥ずかしがらずに手を握れているのに。なのに、何だか胸が詰まって、何も言えなくて、ブラックの顔も見れなくて。
……腹もいっぱいになったはずなのに、なんでなんだろう。
「…………あの、ね、ツカサ君」
「……?」
俺を引っ張るようにして少しだけ前を歩いていたブラックが、不意に呟く。
通りの喧騒に掻き消えそうな声だけど、一番近くにいる俺にはどうにか届いて、ふっとブラックの少し遠い横顔を見上げた。
歩く度に、薄暗い空気に染まった頬を街並みの明かりが照らして消えていく。
菫色の瞳と赤い髪が、鮮やかになったり暗い色に染まったりするのが不思議で、ただその姿を見つめていると……ブラックは、少し歩みを緩めて俯いた。
「……ぼ、僕……連れてったこと、ないから……」
「……?」
「僕、あの……じ、自分から、誰かをお店に連れて行ったの……ツカサ君が、は、初めて……だから……っ! つ、ツカサ君、しか、連れてってないから……!」
「え…………」
思わず立ち止まった俺に、ブラックは振り向く。
その顔は、泣きそうなんだか緊張してるんだか、よくわからない顔で。
どういう反応をして良いのか解らず戸惑う俺に、ブラックは一歩近付いて来た。
「あ、あのね、僕……ツカサ君……ツカサくん、しか……連れてかないよ。だって、僕の大事な人は、ツカサ君だけだから。僕に…………僕に……どこかに、連れて行ってほしいって、頼んでくれたのは……ツカサ君、だけだから……」
「ブラック……」
「……だから、その……えっと……だから……っ」
ブラックが、何を言いたいのかは解らない。
俺の態度にどういう事を思ったのかも、理解出来なかった。
だけど、何か……一生懸命伝えようとしてくれた事だけは、理解出来て。
俺の手を握る大きな掌が汗ばんでいるのを感じて、俺は無意識に笑っていた。
「ツカサ君……」
「……うん…………。うん……わかった……」
……ほんとは、何一つだって解ってない。
だけど、ブラックが俺の為を思って、一生懸命に話してくれた事だけは確かで、俺はそれが……いや、そのことだけで……とても、嬉しかった。
どもりながらも、掌を汗でびしょびしょにしながらも伝えてくれた事が、どうしてか、胸が締め付けられて泣きたくなるくらい……嬉しく思えてしまったんだ。
「……ぼく…………」
不安そうで、今にも泣き出しそうな顔のブラックが、こちらを見ている。
その顔が答えを求めているような気がして、俺は笑みになっているのか自分でも判らないような顔で、ブラックを見上げた。
「……ありがと、ブラック」
汗ばんだ大きな手を、ゆっくりと握り返す。
それだけで見上げる相手の目が緩く見開かれて、俺は口だけを弧に緩めた。
「ツカサくん……」
「怒ってないよ。大丈夫だから」
「う…………」
もう一度そう言うと、ブラックは泣きそうに顔を歪める。
やっぱりまだ不安だったんだと思うと可哀想で、俺はどう言おうかと迷ったが……ヒルダさんとの事を思い出して、迷いを捨てた。
――――誰だって、おためごかしなんて聞きたくない。
本当に思ってる事だけを、話して欲しいんだ。恥ずかしがって察して欲しいと思ってるだけじゃ、何も解決しない。このまま、怒ってないとだけ言い続けても……ブラックは、苦しみ続けてしまう。
だってもう、短い言葉だけじゃ安心できない程に怯えてしまっているんだから。
……だったら、覚悟を決めるしかない。
俺は一息置くと、大きく息を吸い込んで――――しっかりと、ブラックを見た。
「……俺は、不慮の事故で殴られたくらいで嫌いになったりしないし、それに……嫌いになるなら……で……でーと、とか……しないし……」
「あ、ぅ……」
ああ、泣きそう。大人らしくない、情けない顔になってる。
「嫌い」という言葉を聞くだけで不安になるのは、酔って余計に心が不安定になっているからなんだろうか。それを思うと、相手の表情を見るのが辛かった。
結局、良かれと思って明るく何事も無く振る舞い、奢って貰てチャラにしようとした事は、ブラックの為にはならなかったんだ。ブラックの恐れている物は、その程度で消える事は無い、長い間ずっと苦しみ続けてきた物だったんだから。
……その事を考えると、泣きそうな双眸を見ているだけでこっちまで喉が痛くなるようで、俺はぐっと堪えて唾を飲み込んだ。
だからこそ、伝えてやらなきゃいけないんだって思ったから。
「……そりゃ、驚いたけど……でも、あれは俺も悪かったし、急には止められない事だったんだ。そんなの怒ったって仕方ないだろ? ……俺だって男だし、こんなのどうってことないよ。コレで怒ってたら、冒険なんて出来ゃしないだろうし」
「つか、さ、く……」
「……でも……お前はまだ……不安なんだよな?」
握った手は、震えている。
……そうだよな。
アンタ、前にも「どうして俺を殴らなきゃ行けないんだ」って言ってたし、本当は俺を殴りたくなんてなかったんだよな。
でも殴っちゃって、こんなこと初めてで、だからどうにも出来なくて。
本当に俺が許しているのかも判らなくて怖かったから、どうしたら許して貰えるんだろうって勝手にぐるぐる悩んでるんだよな。
俺は、怒ってないってのにさ。
だけど、それが解らなくて、信じられないんだから、仕方ないんだよな。
ブラックは今まで、こんな風になった事なんて無かったんだろうから。
だったら、俺は…………――
「…………したら……信じて……くれるか……?」
「え……」
聞き返されて、顔が熱くなってくる。
だけど、どうしても言わなきゃ行けないっていう気持ちが後押しして――――
「や……約束してた、こと、したら……怒ってないって……信じてくれる……?」
今までずっと言い出せなかった言葉を、吐き出していた。
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