異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編

21.下手に止めると危ない

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※遅れました…すみません……_| ̄|○







 
 
 そう言えば、紫狼の宿には曜術師の為の練習場があって、個室とか色々な設備があったような覚えがある。
 俺はそこで黒曜の使者の能力に気付いてしまい、ブラックはその事で自暴自棄になりデロデロに泥酔したりとかして、まあ色々と有った訳だけど……あそこで武人ならではの“賭け”をするって、一体なにをやるんだろうか。

「あの……武人的な賭けとは一体……」

 何が何だか解らなくてヒルダさんに問いかけると、彼女はにっこりと微笑んだ。

「あら、簡単な事ですわ。体術で決着を付ければよろしいということです」
「体術って……素手でこう、ビシバシと」
「ええ。貴族たるもの、有事の時の為に己が体を国の武力として鍛える事も大事な務めです。剣術の前にまず体を鍛え、突然向けられる凶刃にも対応できるようにする……そのために体術を習う貴族も少なくはないのです」

 と言う事は、ヒルダさんも剣術とか体術の訓練を受けてるって事か……。
 まあ戦争とかに駆り出されるから鍛えてて当然だけど、俺としては貴族が普通に拳闘するとは思ってなかったな。……ん? 待てよ、と言う事はヒルダさんも実はかなりの筋力女子……。

「で、どうするんだ。やるのか?」
「……良いよ。やってやろうじゃないか。この駄熊も最近は調子に乗ってやがるし、ここらで一度しつけ直して、二度と刃向わないようにしてやる」
「望むところだ。お前もオレに言えた義理ではないほどに、ツカサに対して迷惑をかけているだろうが。二番手はおさの愚行を止めるのも役目だ」
「ほーぉ? 言うじゃないか……」

 お、おーい……。
 駄目だ、二人とも完全に相手憎しで乗せられちゃってるぞ。
 どうすんだよこれ、それもこれもブラックが正直に言っちゃうから……。

「ちょうど今はが空いてるとの事でしたから、すぐに出来ますよ。ああ、村人の皆さんは、わたくしが責任を持って部屋にご案内しておきますので……申し訳ありませんが、ラスター様、よろしくお願い致します」
「うむ、解った」

 そう言いながら、ヒルダさんはポカーンと口を開けたままの村人三人を連れて、さっさと歩いて行ってしまった。
 こうなってしまっては、もう訓練所に行かないわけにはいかず。
 鼻息荒く睨み合っているオッサン二人と俺は、ラスターに連れられて訓練所へと続く廊下を歩くことになってしまった。

 しかし……武人ならではの体術の賭けって、どういうもんなんだ。
 まさか、顔がボコボコになるまで戦うとかじゃないよな……そんなんヤだぞ。

「なあ、ラスター。体術とは言うけど、危なくはないんだよな……?」

 完全に周りが見えていないオッサン達から離れてラスターの隣に並ぶと、相手は俺に視線をくれながら「うむ」と声を漏らした。

「やりようによっては危険かもしれんが、制約を付ければそう酷い事にもなるまい。少なくとも我々貴族は限度をわきまえているからな」
「そ、そっか……ボコボコにすんなって約束させればいいんだな?」

 でも、守れるかな二人とも……隙あらば抹殺しようとするような二人だし……。
 ルール無用の残虐ファイトとかされたらこっちが泣くぞ。
 色々と心配だったが、そうこうしている間に訓練場に到着してしまった。

「こっちだ」

 しかし、曜術師達の訓練場には入らず、俺達は少し奥まった所に有るいかつい両扉の前に連れて来られた。
 ラスターが鍵を開けて、うながされるままに中に入ると。

「うわ……マジ闘技場……」

 そう、そこは天井を取り払われた円形の広場だったのだ。
 観客席はないが、しかし円形の広場を取り囲む柱はそこを明確に周囲と切り分けている。柱の囲んだ内側は、戦う為の場所なのだと。
 その証拠に、柱の内側には剣で傷つけられて欠けた痕や、打撃によって不自然にへこんだ部分がある。多分これは、ここで冒険者達が鍛錬を積んだ証なのだろう。そう思うと何だか凄い場所のように思えた。

「この闘技場は、暇を持て余した冒険者達が曜術師の仲間を待つ間に、小競り合いやら賭けやらを行う為に使う闘技場だ。この周囲は強いモンスターもいないからな。欲求不満の戦闘狂どもが暴力的な欲求を発散すべく、ここで暴れまわっているんだ。ちなみに使用料は一刻につき銀貨二枚だ」

 ……前言撤回。とんでもねえ場所だったわ。
 オーデルみたいな鍛錬の場じゃねーのかよここ! あくまでも遊興施設扱い!?
 勝負をビリヤードや卓球と一緒にすんな! どんな温泉地だココはー!!

「まあ、拳闘するにはそこそこの場所なんじゃない」
「ごちゃついているより、まっさらな場所の方がやり易い」

 そんな事を言いながら、ブラックは肩当て付きのマントを外し、クロウは自分の拳を掌にぱしんぱしんと当てて、如何にもやる気なポーズをとる。
 や、やっぱ止めた方が良いんじゃないかな。

「あの、ブラック、クロウ、何も部屋決め程度でこんな事しなくても……」
「ハァ……。ツカサ君、これは駄熊のしつけも兼ねてるんだよ? このクソ熊、最近じゃ調子に乗りまくって、拒まないツカサ君にやりたい放題じゃないか。だから、ツカサ君に代わって僕がぶちのめすんだよ。むしろ感謝して欲しいくらいさ」
「調子に乗っているのはブラックの方だ。優しいツカサが怒らないのを良いことに、いつもツカサが羞恥で泣き叫ぶ性行為ばかりを強要しっ」
「わー!! わーっ、わー!!」

 ばかっ、クロウっ、なんて事言うんだラスターがいるのに!!
 慌てて口を塞ごうとするが、時すでに遅しで。

「…………ツカサ、お前……こいつらと普段どういう付き合いを……?」
「き、聞かないで…………」

 羞恥で泣き叫ぶって、この時間が一番羞恥だわこんちくしょう。
 なんで知り合いにシモ関係の話を聞かせなきゃいけねーんだよ……ああもうほらラスターが哀れな物でも見るような顔して見下ろしてくるしぃいい!!

「ツカサ……。可愛いお前をあまり責めたくないが、お前がそんな風に生娘きむすめみたいな反応をするから、この性獣どもがサカるんじゃないのか……?」
「は……!?」

 あれ、ちょっとまって。これ俺が悪いの。俺のせいなの。
 ……いやいや、絶対違うだろ。俺は別に優しくないし、拒めない……っていうか、我慢してるのも「二人が怒るのももっともだな」と思って反省してたからだぞ。

 俺だって負い目がある訳だし、怒ったら理不尽かなって思って我慢してるのに、怒らなかったら「何故怒らないんだ」と三方向から駄目出しされるとは。
 そうか、怒っても怒らなくても、この理不尽なオッサンどもが相手だったら、どっちにしろなじられるのかーはっはっは……マジで嫌になって来たぞこれ。
 つーか生娘ってなんだ!! 俺は男だっつーの!!

「そんな事より早く始めようよ。僕は早くツカサ君と部屋に行きたいんだから」
「……そういう発言がおごっていると言うんだ。ツカサの希望も聞かずに易々と……オレが今からその性根を叩き直してやる」
「よし、お前ら中央につけ。俺が審判をしてやる」

 あああああもう話が進んでるうううう。

「ツカサ君マント持っててね」
「えええ」

 わりかし軽い肩当付きマントをばさっと渡されて、一瞬視界が遮られる。
 俺の体以上にデカいマントを四苦八苦して腕にまとめて前方を見やると、三人はもうリングの中央に立って、それぞれ睨み合っていた。
 こうなってしまっては、もうどうしようもない。

「賭けをするにあたって、ツカサから『ボコボコにならないように』と言われたので、今回は相手が足の裏と手以外の部位を地面につけた時点で勝敗を決する」
「ツカサ君、またそんな負ける奴の心配して……」
「ツカサ……そんなにブラックが大事か……」

 いやいや待て待て、なんで心配されてるのに嫉妬オーラ出して来るのお前ら。
 俺は二人に怪我をして欲しくないからラスターに約束事の事を聞いただけなのに、どうしてそんな……まさか、二人とも自分が負けると思ってないのか?
 だから、ブラックもクロウも「負ける相手を心配してる」と受け取ったと……?

「えぇえ……なんで心配した奴らに恨まれなきゃなんないんだ……」

 人間ってこんなにコミュニケーションが上手く行かない存在でしたっけ。
 もうやだこのオッサン達。俺はロクのいる森に帰りたい。速攻帰りたいぞ。

「ああそれと、夕刻前に決着がつかなければツカサは俺と一緒の部屋にする」
「ハァ!? なにそれ!」
「横入り金髪め、どういう魂胆だ」
「魂胆も何も、元々こんな事は要らん争いだろう。それに、お前達が事実上ツカサと関係を持っているから俺は遠慮してやっているし、視察の時間を浪費して付き合ってやっているんだ。本来の目的を無視して、半端な小競り合いを続けられても困る。審判をやってお前らを助力する以上、それなりの見返りは貰わねばな」

 きっぱりと言うラスターの言う事には一理あると思ったのか、ブラックとクロウはぐっと言葉を詰まらせる。そう思う程度には理性が有るみたいだけど、ならどうして勝負なんてやっちゃうのか……。

 男には退けない時が有る、というのは俺も重々承知している事だが、こう言う事に関しては大人な対応をしたってバチは当たらないと思うんだけどな……。
 つーか、そこまでもめるなら俺一人部屋でいいんですけど……でも、それを言うと「絶対にダメ」って言われるのは目に見えてるからなあ。

 今更ながらに俺に選択権は無いんだなと落ちこみたくなったが、ここまで来てしまったら仕方ないので、黙って見守る事にした。
 こうなったらもう止められないのは解り切ってるし……はあ……。

「では両者、離れて構え」

 ラスターの言葉に、ブラックとクロウは後ろ足で数歩下がり、それぞれ構える。
 クロウは足を前後に軽く開いて重心を落とし、ブラックは一度息を深く吸って、肩を使ってふうと息を吐いた。全く違う構えだ。
 そう言えば、ブラックが拳で戦う所って全く見た事ないな。
 曜術と剣を使う、いわゆる魔法剣士みたいなタイプだから、そう言う事は不得手なのかと思ってたけど……あの緩い構え方からして、そうでもないみたいだし。
 ブラックの体術か……ちょっと、興味あるかも……。

「両者、用意は?」
「いつでも」
「応」

 二人の応えに、間に立っていたラスターが数歩下がる。
 そうして――彼は、二人の間の空気を切り裂くように、強く声を発した。

「それでは――――始め!!」

 声が、闘技場に響いた瞬間。
 クロウが瞬きをする暇もない程の速度でブラックに迫り、大きく振りかぶった拳を思いきり腹に打ち込もうと体を捻った。
 が、ブラックはその動きを読んでいたかの如く、拳が振り切られる前にしゃがみ込み、足払いをかける。クロウの瞬発力には敵わないが、しかしその動きも充分に速く。

「クッ……!」

 相手の狙いを悟ったクロウは拳を流した方へ体をわざと持って行くと、ブラックの足蹴りを避け、側転して距離を取った。
 だが、ブラックは追わず再びその場に立って、こちらに来いとばかりに手招きをする。それが挑発だと言う事は、その場の誰もが解っていたが……クロウはそれに抗う訳にもいかず、再び低い姿勢を取ろうとした。

 だが、今度はブラックが地を蹴って跳ぶと、姿勢を崩そうとするかのように足でクロウの頭を狙う。

「あっ……!」

 思わず声が出たが、しかしクロウは寸での所で四つん這いになると、そのまま両手を付いて逆立ちし回転蹴りをブラックへ見舞った。

「!!」

 あまりにも早い対応。
 これにはブラックも付いていけなかったのか、蹴りをガードしながらも衝撃に吹っ飛んでしまった。

「ブラック……!」

 や、ヤバい。あれ骨とか折れてないよね?
 音はしなかったけど大丈夫だよね?

 ハラハラしてしまうが、ブラックは吹っ飛んだものの器用に空中で体を捻って着地する。……クロウが猛獣そのものだというなら、ブラックは猫か鳥のようだ。
 息を呑む俺の目の前で、ブラックは体勢を立て直そうとするクロウめがけて再び跳び、無防備になっていた背中に思い切り拳を入れた。

「ッ、グ……!!」

 クロウが、うめく。俺が見ている以上に強い一撃だったのだろうか。
 思わず足が動いたが、しかし、止める事も出来ない。
 俺が二人の攻撃を認識しようとする間にも、ブラックとクロウはまるで早送りにでもしているような素早い動きで、どんどんお互いを傷付けあっていく。
 殴って、蹴って、打ち上げて……それでも倒れない二人は、口から血を流しながらも勢いを殺すことなくただ打ち合い続けた。

 だけど、もう、俺は見てて耐えられなくて。

「や、やっぱ駄目だ……駄目だって……」

 そもそも、なんでこんな風に戦わなきゃ行けないんだ。
 賭けったって、トランプとか釣りとかサウナ耐久とか、とにかくやりようは色々あっただろ。こんなんで決着付けようだなんて、絶対おかしいよ。
 ボコボコにならない為にラスターにルールを付け加えて貰ったのに、なんで二人ともその範囲内でこんなに耐えて、ボロボロになっちゃってるんだよ。

 これじゃ、ルールの意味がないじゃないか。
 誰だって、痛いのなんて嫌なはずだろ。その痛みが自分のせいだったら、余計にやって欲しくないじゃないか。どうしてこんな長引く殴り合いしてんだよ。

「……や、やっぱ止めなきゃ……! このままじゃどっちも倒れずに、延々と殴り合いを続けるぞ……」

 ブラックもクロウも、見えない部分に相当ダメージを負ってるはずだ。
 なのに、意地を張ってこんな風に戦うとか……こ、こんなエグい戦いになるなんて思ってなかったんだよ。ああもうやるって言う前に止めれば良かったのに、何で今焦るかな俺の馬鹿野郎!

 と、とにかく「もう良いから」って言おう。もうマントなんて持ってられっか!

「おいっ、それ以上はもう駄目だって!!」

 頼むからもう戦うな。そう叫びながら駆けだすが、俺の目の前の二人は向かい合って、ぜえぜえと息を切らしていて。
 これが最後だとでも言うように、互いに聞き手を大きく振りかぶっていた。
 うわあ!! だ、だめだ、これ絶対重い一撃が来る奴だああ!

「まって、ちょっと待って、タンマだってばー!!」

 叫びながら、二人を両手で止めようとして間に入った、と、同時。

「えっ」
「あっ」

 そんな間抜けな声が聞こえたと思ったら、次の瞬間――――
 俺は何故か、空を見上げて吹っ飛んでいた。



 …………あ、なんか鼻血が出てる。



 そう思い、何だかよく解らない強烈な感覚が二か所から脳に這い上がって来て――そのまま、目の前が真っ暗になった。









 
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