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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
領主さまと一緒2
しおりを挟む「このゴシキ温泉郷は、祖父……夫の父が建設を推し進めていたもので、なんでもその切欠はパーティミル家に残されていた古い文献からだと言います」
「文献……ですか?」
馬車で移動する途中、何故かジャングル探検でもするかのようなサファリルックに変装したヒルダさんに訊き返すと、彼女は軽く頷いた。
「ええ、とても古い文献です。そこには、ある冒険者の手によって【災禍の山】に“温泉”なるものが発見されたとあり、その冒険者がこのゴシキを整備し、他の冒険者達に口伝で噂が広がって行ったとの記述も有りました。祖父はその文献に着目し、岩山に掘っ建ての商売小屋が立っていたみすぼらしい状態から、この地を改革し始めたそうです」
温泉郷への山道を快速で登る間に訊かされた話は、さすがは才媛と言うべきか、俺のみならず村人達にも分かり易いもので、気付けば俺達はすっかり温泉郷の歴史をだいたいの所まで覚えてしまっていた。
先程説明にも会った通り、ゴシキ温泉郷は冒険者によって発見されたものの、先々代の領主が目を付けるまでは、冒険者が苦労して辿り着く秘境の温泉……いや、お湯の水たまりみたいな場所という感じだったらしい。
冒険者からしてみれば温泉にタダで入れるのは有り難かっただろうが、しかし、その代わりに今現在のように温泉は整備されていなかった。
温泉同士が混ざったり、曜気がお湯の川から流れて行っちゃったりして、狙った温泉に入れるかどうかは運頼みみたいな所も有ったんだそうな。
そのため、日によっては効能が全く発揮されない事も有ったようで、ゴシキは名も無き温泉として長く辛酸の日々を味わっていたと言う。
だが、先々代の領主が発見した文献には、その温泉の詳細と同時に、ある冒険者から伝え聞いたと言う理想……いわばアイディアも記されていたのである。
「冒険者が話が“具体的な都市計画”は、祖父にはとても魅力的に見えたそうです。歩きやすい歩道に客の心を擽る扉のない土産物屋、湯気を利用し他とは違う場所だと客に認識させると同時に、その湯気すらも利用し名物を作る無駄のない考え……何故冒険者がこれほどの聡明さをと驚いたそうですが、祖父は恥を忍んでその知恵を拝借し、自分なりに納得の出来る“観光地”を作り上げたそうです」
「それが……ゴシキ温泉郷……」
「……その冒険者ってのは、一体なんなんだい?」
ブラックが問うと、ヒルダさんは少し間を置いて軽く眉根を寄せた。
「それが……よく、解らないのです。異国からの冒険者との事でしたが……どうも出自がはっきりしなかったのですよ。ベランデルンから来たと言っていたようですが、容姿は……そう、ツカサさんのように、幼げで……しかし、冒険者だと言うのに学者や貴族のように眼鏡をかけている不思議な冒険者だったらしくて……」
…………ん?
今、なんて?
俺みたいにガキっぽくて、しかも眼鏡をかけてる冒険者だって……?
それって、もしかして……俺と同じ異世界人――いや、同郷の人間か……?!
「ひ、ヒルダさん、そいつ……なんか変な事喋ってたりとかしましたか」
恐る恐る訊いてみると、彼女は頬に指を当て、空を見ながら首を傾げた。
「ええ……私達も知らない用語を使っていたようです。文献にはプレインで新しく作られた専門用語だろうと書かれていましたが……。ああ、それに、年若いようでいて本当は十七歳とかで、その年齢では立派とも思える所帯持ちだったとも」
「しょたい」
「曜術師と、賢者……今の言葉で言えば学者ですわね。それと、身分の高そうな女騎士に、あと拳闘士の獣人の娘を連れていたそうで……側室が多数いるというよりは……ハーレムみたいな物でしょうか? まあ性豪な男だと」
……もう疑う余地もない。それ俺の世界の人間だ。絶対俺の世界の人間だ。
魔法少女にクール賢者ちゃんにくっころ女騎士に萌え萌えけもの娘って、完全に良く見るパーティー編成すぎるだろ、もう疑う余地もないだろ。絶対そいつは俺と同じチート小説大好きな萌え豚野郎だ。そうに違いない。
しかも俺とは違って、思い通りにチートしながらハーレムを作ってるって言う、王道タイプの主人公じゃねえかああああ!!
なんだ全員女って! こっちは全員男で全員年上だわバカヤロー!!
「ツカサ君。ツカサ君? なんで涙目になってるの?」
「人が多くて酔ったか。ツカサ、オレの膝に頭を乗せても良いぞ」
「やめろ獣人、ツカサにケモノ臭が移る。俺の方にこい」
ほんと殴り倒そうかなこいつら……。
理不尽だと解っていても、目の前のおとこだらけな状況に気分が落ち込むわ。
俺だって、出来るものならそういう酒池肉林ハーレムを作りたかったよ……。
「あら、ツカサさん車酔いしてしまいましたか? もうゴシキが見えて参りましたので、見て回る前に先に宿屋に行きましょうか」
目の前で野郎ハーレムが繰り広げられていると言うのに、ヒルダさんはそれを物ともせずに、俺の体調を優しく気遣ってくれる。
多分、俺の立場を解っていて、敢えて何も触れないようにしてくれてるんだろうけど、その優しさが嬉しくもあり辛くもあり……なんかもう変な光景みせてすんません。
「では、先に宿に……」
「あーっ、いや、大丈夫、大丈夫ですっ!! 歩けますから歩いて行きましょう! 何度も観察しないと見えてこない事も有りますし、村長さん達もそのためにココに来たんですし! ね!?」
今まで蚊帳の外だった村人三人衆に向き直ると、俺の勢いに押されてか三人はコクコクと頷く。ヒルダさんとラスターの前だから緊張してるんだろうけど、今の今まで一言も喋らないって相当やばいなこの人達も。
「……やっぱり、先に宿にお連れした方が……」
そんなカチンコチンの三人を見て、ヒルダさんは困ったように俺を見る。
ああ、なるほど。俺だけじゃ無くて、この三人の緊張を解す為でもあるのか。だったら、俺が断ったら駄目だよな。
このままだとちゃんと視察も出来なさそうだし、一息ついて貰うと言う事も必要かもしれない。彼らをここに連れて来たのは、彼ら自身にも案を出して貰いたいって言う思惑があっての事なんだから。
「……そうですね。じゃあ、その……先に宿に」
そう言うと、やっとヒルダさんは微笑んでくれた。
「では、少し道を逸れますね。ゴシキでも最高と言われる宿……紫狼の宿は、馬車専用の道が有りますので」
「え……紫狼の宿?」
「あら、ツカサさんご存知でしたか?」
「はい、以前泊まった事があって……」
とは言っても、アレはブラックの金でだけどな。
そういえば……この温泉郷に初めて来た時、ブラックも「紫狼の宿は格式高い宿だよ」とかなんとか言ってたっけ。
俺としては番頭さんみたいなおじさんとの話の方が記憶に残ってて、紫狼の宿のこと自体は気にしてなかったけど……そうか、あの宿ってやっぱりすんごく高級なお宿だったのか……。
ブラックは黒歴史時代に何度か泊まったとか言ってたけど、ということは若い時からこいつは金持ちで、娼姫に対して湯水のように金を使って淫欲三昧を……。
「え? なに? ツカサ君今度は何で僕の事睨むの!?」
「睨んでない!」
ちくしょう、なんで俺だけ童貞捨てれてねーんだよマジで。
そのうえ俺は今からブラックに対して何やらしてやろうとしてんだろ。何だこれ。いや別にブラックの事は嫌じゃないし、自分で決めた事を曲げる気も無いんだけど、ほら、正統派チートハーレムの話を聞いたら、女の子大好きな俺としてはどうしても自分の境遇を嘆かずにはいられないわけでさ。
いやもうほんと、俺と同じ幼い感じに見えたって書き記されてるるのに、どうしてそのヤリチンクソ眼鏡はハーレムパーティー作れたんだよ。
それこそまさにチートじゃねえか。
俺も黒曜の使者の能力よりハーレム作れるチートの方が良かったわもう。
……なんてことを心の中で愚痴っている合間に、馬車はゴシキ温泉郷の入口から少し離れ、馬車専用の整地しただけの道路に入ると専用の駐車場へと辿り着いた。
駐車場にはさまざまな馬車が並んでいて、勿論その馬車を守るべく厳つい警備員がそこかしこで目を光らせている。馬はどこに行ったのだろうかと思ったが、皆宿に併設されている馬房でお世話をされているらしい。
ヒルダさんとラスターの言う事には、宿代を踏み倒す不届きな金持ちもいるので、その対策としてもあえて馬を切り離している……のだという。
歴史が有る所だから、わりとそういうシビアな面もしっかりしてるんだな。
馬車から降りて、専用の通路を歩いて行くと……なにやら見慣れた通路が先に見えた。あれは……フロントに繋がる廊下かな?
ヒルダさんを先頭に大所帯でぞろぞろと歩いていくと、俺の予想通りフロントへと到着した。おお、このシャンデリアですよ。あの時と全く変わらない。
きょろきょろと見回していると、ヒルダさんとラスターは「俺達はロビーで休んでいてくれ」と言い、フロントへとチェックインをしに行ってしまった。
ほんとこう言う所はさすがだよなあ、貴族……。
「それにしても、久しぶりだねえ。と言っても、そう久しぶりでもないか」
「だな。でも、今度は貴族様と連れ立ってなんて、親父さん驚くだろうなあ」
「ふふっ、そうだね。何事かと思うかも」
それを考えると面白くて、ブラックと二人で笑っていると、クロウが不満げに俺の横から顔を覗かせて来た。
「なんだ、ココの主と知り合いなのか」
「ああ。といっても、ブラックがだけどね。でも、俺もさ、前に泊まりに来た時にここの人には良くして貰ったんだ」
「泊まりに来た? 何故?」
「…………えっと……」
娼姫としてブラックとやってきて、お時給が発生する出張サービスしてました……とか言える訳がないんだけど、どうしたらいいんだろう……。
って言うか凄い事やってるな俺。なんだ出張って。
恋人じゃないのにえっちしてんのもアレだけど、ホステスかってレベルで色々と金を払って貰ってるのも恐ろしいわ。本当冒険者に成れてよかった……他人の金を食い潰しかねない恐怖を味わうくらいなら、ワリカンの方がよっぽど楽だわ。
……じゃなくて、どうしよう。クロウにどう言おう。
正直に言ったら酷い事になると俺の第六感が告げているし、何より俺の口からそんな事言える訳がない。だけど、黙っているといらぬ疑念を持たれてしまいそうで、口を開かないのもどうかと思うし……うーむ……。
「理由も無く泊まりに来たのか?」
「あ、いや、ええと……」
「ツカサ君を買ったから、温泉郷までデートしに来ただけだよ」
ちょっとブラックぅうううう!!
俺が必死で言い逃れる言葉を考えてたのに、なんでお前はそう要らん時ばっかり正直に物事をおおおおお!
「ツカサを……買った……?」
ああほらクロウめっちゃ眉間にしわ寄せてるしぃい!
今の返答絶対に誤解された奴じゃん、クロウに変な風に取られた奴じゃん!
訂正したいけど実際その通りだし、ここで詳しく説明すると村人三人衆にも聞かれちゃうから何も言えないし。
ここでラスターまで聞いてたら確実にロビーで修羅場だったぞ……。
「おおいお前達、部屋の事だが、運よく幾つか開いているそうだぞ。どうする?」
えっ、好きな部屋決められるんですか。
俺が驚いた、と、同時。
「じゃあ僕はツカサ君と一緒の部屋で!」
「ならばオレはツカサと一緒の部屋が良い」
俺の左右から、立体音響で聞きたくない希望が聞こえて来て、俺は思わずその場に倒れ込んでしまった。もう限界だったのだ。
「つーかおい! お前ら!」
「は? 僕を差し置いて二人部屋って何様のつもり?」
「希望を言っていいのだから、なんの問題もあるまい。お前こそツカサを思い通りに出来ると自惚れ過ぎだ。買っただのなんだの、オレは酷く不快だぞ」
「そうなった理由も知らないくせに、勝手に不快にならないでくれるかなあ」
お前らっつってんのに話聞いてませんねチクショウ。
「ヒィ……また喧嘩だ……」
「お、お二方落ち着いて……」
「今度は何で喧嘩を……」
ああ、村人三人衆が慄いてる。ごめんなさい、ごめんなさい。
村長さん、こんな状態なのに仲裁しようとしなくてもいいんですよ。
「まったく……このような優雅な場所で喧嘩とは、本当に無粋な輩どもだなお前らは。そこまで争いたいのだったら、賭けでもしたらどうだ」
「賭け?」
不機嫌そうに同じ言葉を吐き出してラスターを見やるブラックとクロウに、相手は大きく頷いてピッと指を立てた。
「賭け……そう、武人ならではの賭けだ。勝ち負けが付けば文句はあるまい?」
「あら、そうですわね。ここには丁度訓練場も有りますし……。必要ならば、用意させますわ」
ラスターの言葉に、ヒルダさんがぽんと両手を合わせて何故か嬉しそうに言う。
……あの、武人ならではの賭けってなんですか。
つーか、なんでこんな事になってんの!?
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