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セレーネ大森林、爛れた恋のから騒ぎ編
16.ナントカ喧嘩は犬もくわない
しおりを挟む※ただの痴話喧嘩回になってもうた…すんません……
あとまた遅れまして申し訳ないです……
向こう三日くらい誰とも喋りたくなかったが、喋らないと言うワガママが通るのなら、俺は台所でせっせと麦茶のもとを作ったりはしていなかっただろう。
そう、俺にはする事が有る。しなきゃならん事がたくさんあるのである。
「ね~、ツカサくーん、やっぱりベッド頼むのやめにしない? 熊公は敷物で充分らしいし、僕達だってベッド一つで事足りるよね~? ね~、だからさ~、ね~」
たくさんあるから、あんな醜態を曝した翌日もこうして働かねばならんのだ。
特に今日は忙しい。麦茶の予備を補給したら、次はセイフトのギルドへ出発だ。部屋に詰めて寝ているヒマもないのだ。
背後からオッサンに抱き着かれて麦を炒るのが大変でも、背中にひっついたでっかい図体を引き摺って台所を移動しなきゃ行けなくても、黙って部屋に籠っている訳にはいかないのである。例え、おんぶしてる中年がどんなに煩くても。
……というか……こいつらと一緒にいる以上、引き籠りなんて出来っこない。
部屋に籠ろうもんなら絶対にドアをぶち破ってくるだろうしな……。
「つーかーさーくぅーんー。やめようよー、恋人同士は同衾するものなんだよー? 一つのベッドで二人で眠るのが清く正しい恋人だって本にかいてあったよー? だからさあ、強化剤を作るのは諦めてまた仲良く一つのベッドで……」
「だーっ煩いなあもう!! ここでやめたら何の為にカエルにベロベロ舐められたか解んねーじゃねーか! 大体、もう下拵えは出来てんだ、誰が何と言おうと俺は安眠を勝ち取らせて貰うぞ!!」
我慢出来なくなって後ろのオッサンを引き剥がすと、ブラックはぶーぶー言いながら、抗議のつもりなのか片腕をぶんぶん振り回し始めた。
「はんたーい! 倦怠期の夫婦みたいな距離の置き方はんたーい!」
「俺の世界じゃ夫婦は別の布団で寝るのが普通なの! っていうか、夫婦じゃねーから俺ら!!」
ええいもう血管切れるぞいい加減。
怒鳴りながら炒った麦をきちんと保管する俺に、ブラックは何か言いたげだったが……ぐぬぬとでも言わんばかりに唇を噛んで肩を竦めた。
何だ。今ので引き下がるなんてブラックらしくないな。
まだまだ新品の白いエプロンを脱ぎながら首を傾げると、ブラックは眉をぎゅっと顰めて俺を上目がちに見た。
「つ……ツカサ君のトコじゃ、夫婦でも一緒のベッドで寝ないの……?」
え、そこが気になったの?
ちょっと驚いたが、まあこの世界はベッドが基本だし、庶民の暮らす家は基本的にコンパクトだからな。二台も置いて家を狭くするより、ダブルベッドで済ませると言う手段をとる家の方が多いのだろう。
しかし、日本での寝具は基本的にお布団だ。和室に於いてもっとも有用であり、且つコンパクトで畳んで収納して置ける。そういうものが主流なのだ。だから……と言う訳ではないだろうが、無理して同衾する必要もなく別々に眠るのだろう。
そんな寝具に慣らされた俺としては、正直一緒のベッドで誰かと眠るのは非常に違和感がある。……というか、本音を言うと、凄く困る。
だ、だって、すぐ傍にブラックが居て、今の俺はブラックの恋人で、それでいて抱き着かれるのも普通の事で、い、いつえっちなことされるかと思うと寝息にすら時々ドキドキしちゃうし、その……だから、ええと、嫌なんだよ!
「ツカサ君、顔赤い……」
「う、ううううるさいなあ! ええと、その、俺の故郷じゃベッドより……ええと……布団っていう、寝袋をもっと豪華にしたような奴が一般的で、それがあれば狭い家でもゆったり寝られるから、一緒に寝ても布団は別々が普通って言うか……だ、だから違うの! 恋人でも通常は一緒に寝ないの!!」
なんかしどろもどろになってる気がするけど、それが普通だから!
おおお俺だって好きで赤くなってんじゃねーよって言うか赤くなってねーよ! お、お前が夫婦だの恋人だの同衾だの言うから、何かおかしくなるんじゃんか!!
落ちつけ、落ちつけ俺、深呼吸だ。
「フトンは恋人でも別々……い、いや、騙されないぞ! ツカサ君がそんな可愛い顔をしてるって事は、僕達のような相思相愛の性欲溢れる二人なら、おフトンでも一緒に寝るはずだ、そして毎晩セックスするはずだ! 危ない騙される所だった」
「その飛躍した発想やめて!! 流石に毎晩はしないと思うよ!?」
「でも一緒には寝るんだね?」
「う…………」
ヤバい……痛い所を突かれた……。
チクショウ、なんで俺の表情筋はこんなにバカ素直なんだよ。そんなんだから、誤解されて余計な情報まで引き出されるってのに。
また鉄仮面つけるか。
いや石仮面か。もう石仮面を付けて人間をやめるしかないのか俺は。
「ほら、やっぱり恋人も夫婦もずっと、ずううっと一緒にいるんじゃないか……。嘘ついて僕を騙そうとするなんて悪い子だねツカサ君は……。そんなに自分の都合を押し通したいんなら、僕だって我慢しないよ……?」
「っえ……ま、待て待て待て! なんで怒ってんだよ!」
顔が怖い、待て、近付いて来るな!
慌てて逃げようとするが、ブラックは巧みに俺の前に立ちふさがって来る。高度なディフェンス能力をこんな無駄な事に使うな。
内心で冷静に突っ込むが、結局逃げきる事など出来るはずもなく。俺は壁に背を付けた状態で、ブラックに詰め寄られてしまった。
「つーかまーえた」
無表情で顔に陰を被せながら、抑揚のない怖い声でブラックは呟く。
思わず息を呑んだ俺を更に怖がらせるように、ブラックは俺の顔のすぐ横の壁に凄い音を立てて手をドンと叩きつけて来た。
「ひっ……!」
思わず声を漏らしてしまう俺に構わず、ブラックは両手で俺の退路を断つと、鼻がくっつきそうな程に顔を近付けて来て、言い知れぬ狂気を孕んだ菫色の目でじぃっと俺を凝視してくる。
顔を反らしたいのに、睨まれるともうどうしようもなかった。
「なんで怒るって……? 怒るよそりゃ……ツカサ君の恋人は僕なんだよ……? 許されるなら僕の体に縛り付けておきたいし、ツカサ君に色目を使う奴らを殺したいし、山奥にでも引き籠ってツカサ君を閉じ込め逃げないようにして毎晩毎晩思う存分愛して満足したいって思ってるのに我慢してるんだよ? ツカサ君が嫌がると思うから我慢してるのに、一緒に寝る時も毎晩犯したいのを我慢してるのに、なのにツカサ君はこれ以上僕に我慢させるの……?」
「あぅ……う、うう……」
ううう……怖えぇ……怖えぇよぉ……。
ブラックの目が完全にイッちゃってる。何故一緒に寝る寝ないでここまでキレるのか本当に理解出来ないが、どう考えてもおかしいだろこの台詞。
い、色々我慢してるって、今まで「我慢してるつもり」だったって、本気になったらどんだけ酷いんだよ。恐ろしいよ本当に。
いや、でも、我慢してるのは俺だって一緒だぞ。俺はその、ブラックとスるのは嫌じゃないけど……でも、その……エロ大好きだっていっても、じ、自分がえっちするのは、どうでも良いし、恥ずかしいし……そ、それに! それに変態なコトだってされたくないのに、我慢してるし! 許容してるし!!
ブラックが我慢してるんなら、俺だって我慢してるんだからな。
こ、怖いけど、だからってこんなヤンデレで怯む訳にはいかん。俺だって男だ、対等な恋人同士なんだ、怖がって震えてふええってなっているだけじゃ、男として恥ずかしい。俺はブラックを普通にしてやるって決めたんだ、だ、だったら口喧嘩ぐらいで負けてられない。
それに、このままだとまた流されてえっちになだれ込まれてしまう。
ほ、本気の喧嘩くらい出来るようにならないと!
目の前の病んだ表情をしているオッサンに、俺は覚悟を決めると精一杯顔に力を入れて、思いっきり相手を睨み付けた。
「お、おれ……だって……」
「……ん?」
「俺だって、が、我慢してるし…………」
「は?」
「がっ、我慢してるんだってば! アンタがえっちな事してくるのだって、は……恥ずかしい事すんのだって、その……こ……こぃ、びと……だし……。だから、俺だって、アンタのこと……う、受け入れようって、頑張ってるけど……」
「ツカサ君……」
ああもう、ちくしょう、顔が痛い。熱い。なにこれ、俺何言ってんの。
よくわかんない、近い、やだ、見るな、そんな間抜け面で凝視するんじゃない!
「ぅぐ……だ、だから……お、俺だって我慢してんだよ!! アンタと一緒に居るから我慢してんの! だから、お、俺にだって、ちゃんと休める時間が欲しいって言うか、そう言うのが付き合う上では大事っていうか……!」
「…………ツカサ君……僕の事嫌い……?」
「はっ、はぁ!? 何でそんな事になるんだよ!」
「だって……休める時間って、僕といると休めないってことだろ……」
ああもう何ショボンとしてんだよ。
お前の事が嫌いなんて一言も言ってねーだろ……。
あんなに怖い顔してたくせに、なんでこんな事を言うだけでそんな情けない顔になるんだよ。さっきのドスの効いた顔はどこに行ったんだよ。
そんなんだから、俺だって……心が休まる暇がないのに……。
「…………ばか……」
目の前の情けない相手の頬を両手で包んで、顔を少し上に上げさせる。
ブラックはいつの間にか目を潤ませていて、もう怖い雰囲気なんて欠片も無い。
むしろ、泣き出してしまいそうな程に情けなく歪んでいた。
勝手に怒って勝手に落ち込んで、本当に面倒臭い奴だ。
だけど。
「……アンタと一緒のベッドで寝ると……ドキドキして、あんま寝れなくて……。だから、その……色々、困るから……。なるべく一人で寝たいって言うか……」
「どき、どき……? つ……ツカサ君……僕と一緒に寝てる時は、ずっとドキドキしてたの? ぼっ、僕に……ドキドキ、してたの……?」
段々と顔を輝かせていく相手に、また恥ずかしくなっていく。
だけど負けていられない。何としてでも、安眠を手に入れるのだ。
恥ずかしいからとかじゃないぞ、俺はただ、安らぎが欲しいから……。そ、そうだ、話がずれてる、俺はドキドキするから別々に寝たいんじゃなくて、コイツがエッチな事をするからだなあ!
ああもう俺ってば何言ってんだ、修正、今の話修正!!
「ちっ、違う時も有るぞ!? す、すぐに寝れたりするし、あ、安眠する時だってあるっていうか、その」
「安眠……!? 僕と一緒で、ドキドキして、安眠して……!? つ、ツカサ君は僕と一緒に居て、そんな、そんな可愛い事を思って……!」
「わーもーそういう事じゃない!! だ、だから、俺にも安らぐ時間が欲しいの! 毎回スケベな事されてんだし、気力を充填する必要が有るの!! 解る!?」
「分かる分かる解るよぉおおおツカサ君は僕が大好きだからすぐえっちな気分になっちゃうんだね興奮しちゃうんだねえっちな気分になっちゃうんだねえええ!」
おいテメェ同じ事を二度も言うなああああ!!
さっきのショボンは何だったんだよ、ヤンデレはなんだったんだよ、お前の頭は全てをエロい方向にしか考えらんねーのかアホおおおおおお!!
「そ、そんなにえっちな気分になるなら、今すぐにここでセック」
「おい、いい加減に出かける用意をしないと、セイフトに行けなくなるぞ」
「うわあああああああ!!」
いきなり声を掛けられて、俺の体は反射的にブラックを突き飛ばしてしまった。
やべえ、アカンぞこれ。っていうかクロウかよ今の声!
助かったけど、急に出て来るなよ!!
「ツカサ、ブラックと乳繰り合うのもいいが何を持って行くのか教えてくれ。骨を持って行くのなら包んで持って行かねばならん」
「あ、そ、そうだね。よーしがんばるぞーい」
「うぐ……つ、ツカサ君の乱暴もの……」
なんか言われたけど無視。もうこの話は終わり終わり。
とにかく今日はやる事が沢山あるんだってば!
だから、べ、ベッドの事だって…………
「ツカサ、顔が赤いが……また変態な事を言われたのか」
「ちっ、違うヨ!? ほ、ほら早く包んで出かけようぜ!!」
ああもう何で分かり易いかな俺の顔はァ!
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