異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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セレーネ大森林、爛れた恋のから騒ぎ編

8.違う国の事は知らなくて当たり前

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※すんませんちょっと短くなっちゃったです(´・ω・`)




 
 
 アンナさんに協力を頼みに……行く前に、赤唾液まみれで可哀想なブラックの為に、お風呂を沸かすべく俺達は貸家へと帰って来た。
 こういう時に風呂が有るって言うのは本当にありがたい。

 浴槽に水を溜めて手早く【ウォーム】で適温に温めると、俺は唾液塗れの服を貰って素っ裸のオッサンを風呂場に蹴り入れた。「一緒に入ろう」とかダダをこねだしたからな。やむをえずだ。

 とにかく、ブラックが体を洗い終える前に洗濯しておかないと。
 血の臭いには正直もう慣れたけど、やっぱり“それ以上の臭い”って言うのは何度嗅いでも慣れないものだ。人間の本能が無意識に拒否しているからなのか、それとも現代人な俺にはまだまだ許容できないにおいだからなのか。
 解らないけど、そう言う臭いなら無くしてしまった方が良いよな。

 ぬるま湯で丁寧に洗って、クロウにもチェックして貰い、やっと干す。
 しかし……今日中に乾くかなあ……。
 このまま曇らなければイケるかもしれないが、難しいかなあ……おっと、シワを伸ばしておかねば。クロウにもやって貰おう。

「あれ、ツカサちゃんなにしてんの?」

 クロウと一緒に服のシワを伸ばしていると、納屋の扉から顔を出しているリオルが声をかけて来た。と、クロウが俺とリオルの視界の間に入って来る。
 おお、警戒しとる……。

「ブラックの服を洗ってただけだ」
「加齢臭が落ちないって?」
「そ、そうじゃなくてね」

 かくかくしかじかと話をすると、リオルは少し驚いたように顔を歪めた。

「な……こ、ここにヴァリアンナ様がいらっしゃる……だって……」
「え? リオル、アンナさんの事しってんの?」
「魔族なら知らねー奴ァいないって! ヴァリアンナ・ランパント閣下と言やあ、中央統制軍の【七曜星】の一人、炎竜公だぜ!? 最近はいくさもないからってどっかで隠遁いんとん生活してるって聞いてたが……まさか、こんな西の果てにいるとは……」

 ま、魔族の中央統制軍で、しかも四天王みたいなクラスの人だと……。
 単語の意味自体はぼんやりとしか解らないけど、俺が知ってる漫画やゲーム等の知識と照らし合わせると、アンナさんって物凄い地位の人って事になるんだよな。でも、それヤバいな。そりゃ妖精王のウィリー爺ちゃんも彼女に頼むわけだわ。

 アネゴ系お色気爆乳お姉様だとは思ってたけど、しかしまさかそんな人、いや、魔族だとは。ロクったらそんな凄い人を師匠に……。

「えっと、じゃあ、アンナさんに頼んだら絶対大丈夫かな?」
「おう、そりゃ大丈夫だと思うぜ。ランパント閣下は竜人族で下位に連なる種族の言語全てを把握はあくしていらっしゃるからな。モンスターとの意思疎通も、ある程度は出来るはずだ。俺達は妖精族だからそういうのは無理だけど」
「良く知ってるな、リオル……」

 流石は魔族と感心すると、リオルは得意げに笑ってウインクした。

「ふふふ、俺は冒険も出来る家事妖精だからな! おう、そうだ。もし良ければ、俺がツカサちゃんの伝言をランパント閣下に伝えようか? ホントなら、ツカサちゃん達はまだ会いに行っちゃいけないんだろ? 俺なら二人の居場所も解るし、マーサの足ならソッコーで伝言しに行けるぜ?」
「そんな事を自主的に……さてはお前、逃げ出す気か」

 リオルの提案が信じられないらしく、すぐに攻撃の体勢を取るクロウ。
 確かにリオルは要注意人物だけども、そんなあからさまに威嚇しちゃいかん。どーどーとクロウを抑えながら、俺はリオルに問いかけた。

「逃げる事はしない……よな?」
「信用ねぇなあ。まあしょーがないけど。でも俺にだって恩返しって道義はきちんと根付いてんだぜ? ちったぁ信用してくれよ。な、な? ツカサちゃーん」
「そう軽く言われると信頼度が下がるんだけど……」
「んじゃアレだ、シンジュの枝を括りつけてもいーからさ。帰って来なけりゃ閣下に言って、俺を罰して貰っても良いぜ。炎竜公は俺みたいな三下さんした魔族なんかでもねーしな」
「リオル……」

 そこまで言うんだったら、信用してみても良いかも知れない。
 どうかな、と抑えていたクロウを見上げると、相手は難しそうに眉だけをぎゅっと顰めて耳をもそもそと動かしていたが、リオルの態度を見て信じてみようと言う気になったのか、警戒を解いてこくりと頷いた。

「よし、決まり! じゃあ早速アンナさんに伝えて来てくれ。よろしく頼むぜ」

 リオルに近付いて、片方の腕にシンジュの枝を巻きつけると、俺は期待を込めて少し高い所に有る肩をポンと叩いた。
 ま、思惑が何かあるにしても前向きなのは良い事だ。こうやって家事妖精らしい仕事をしていたら、傷が癒える切欠きっかけも見つかるかもしれないしな。
 そんな事を思いながら見上げると、リオルは嬉しそうに笑った。

「ツカサちゃん、ほんとイイなあ」
「ん?」
「あ、いやいや、なんでもない。じゃあ行ってくるぜ!」

 先程まで納屋から動こうとしなかったリオルが、軽く外に出てくるりと回る。
 まるで何かから自由になったかのような仕草に目をしばたたかせていると、リオルはその場で軽く宙返りをして――――姿を、一瞬のうちに変化させた。

「ホホ、じゃあ行ってくるぞい」

 リオル……いや、マーサ爺ちゃんは、好々爺の顔で笑いながらそう言い、返事を待たずにそのまま凄いスピードで行ってしまった。
 な、なんだか目まぐるし過ぎて何も言えない……。

「何度見ても信じられんな……マーサ老人とあの軟派男が同じ存在とは……」
「それな……。つーか爺ちゃん本当凄い体力だよ……魔族って凄いんだなぁ」
「む。体力ならオレも負けんぞ。精力だってブラックと同じ、いやそれいじょ」
「わーもーそういう事言うなってば!!」

 誰もお前の性欲の強さの話なんぞしとらんわい!!
 クロウも一旦火が付くとこんな事ばっかり言い始めるから困るよもう。
 貸家に長逗留してからこんなんばっかだな。二人とも気が緩んでこんな事ばっか言うようになっちゃったんだろうか。
 だとしたら、滞在してのんびりするってのも危なくないか……?

 くうっ……異世界で一軒屋の拠点を持つってのは、チート小説では定番の展開だってのに……! なんで俺の周りにはえっちな美少女じゃなくて厳ついオッサンしかいないんだ。一人くらい美少女居ても良いだろ!
 普通のオッサンならまだしも、こいつらとんでもない変態だしぃい……。

「ツカサ、また何か変な事を考えてるな」
「か、考えてません考えてません。さあてブラックの方はどうなったかなーっと」

 今日はもう不用意に煽りません。煽りませんとも。
 ブラックが風呂から上がって、まだ夕方まで時間が有るなら、藍鉄に乗ってちょっぱやでセイフトに行くつもりなんだからな。
 冒険者ギルドに出向いてクラッパーフロッグの情報とかを貰って、早い所対策を立てねばなるまい。あと、あの謎の警笛の正体も知りたいしな。

 クロウの追求から逃れつつ家の中に戻ると、俺は風呂場に居るブラックに軽く声をかけてみた。

「ブラックー、どうだ~? 唾液だえき取れたー?」

 風呂の扉越しにそう言うと、少し間が有ってからうなるような音が聞こえる。
 何事かと思ったら、次に情けない声が漏れて来た。

「つ、ツカサ君……助けてぇ…………髪が上手く洗えないんだよぉ……」
「はぁ!? あ、あんたいい大人だろ!?」

 女の子のようにケアをしろとは言わないが、しかし洗髪ぐらいは男のブラックだって出来るはずだろう。つうか、どんなに不器用でもお湯をかぶってわしゃわしゃするだけなら簡単なはず……なのに、出来ないってどういう事なの。

「まさか、罠……いや、今のは多分本当に困ってる声っぽいし……」
「ツカサ君んん~~……」

 ……やっぱマジで困ってるっぽいな。

 しゃーない、一肌脱いでやりますか。
 俺はズボンを膝上までまくり、ベストを脱いでシャツの袖をぐいっとに巻き上げると、覚悟を決めて風呂場に入った。と、そこには。

「ううぅ……ツカサくんん……洗っても洗ってもとれないんだよぉお……」
「ひぃ…………」

 タイル張りの床の上でこちらに背中を見せ、ぐしゃぐしゃの赤い髪の中から菫色すみれいろのドロドロした瞳を覗かせている幽霊が……ってブラックだったな。
 でも台詞と相まって一瞬マジで怖かったんですけど!!
 ちくしょうなんだよもう、何が洗っても取れないんだよ!
 ここは皿屋敷じゃねーんだぞ!

「も、もお! 何だよ、ちゃんと洗ったのか!?」
「洗ってるけどなんかまだネバネバしてとれないの……。ツカサ君洗って……」

 カワイコぶるなよオッサン……いやでも泣き言を言いたいくらい困ってるっぽいし、まあ、今回は仕方ないのかも。だけど洗っても取れないってどういう事?

「ちょっと触るぞ」

 ブラックの言っている事を確かめる為に、髪を一束掴んでみると――――

「うわっ!? な、なんかマジでぬるぬるする……!?」

 いつもの手触りと違う。なんかあの、あれだ。海藻みたいなぬめぬめした感じがするんですけどコレ。これじゃ本当に赤いワカメじゃないのよ。
 だけど、どうしてこんな事に……ブラックの洗い方が悪いのか?
 でも、体の方は何ともないみたいだし……。

「ブラック、他の所はぬるぬるしないの?」
「んー……そう言えば、顔とか手が変な感じかもしれない……」
「んん? どれどれ、ちょっと手ぇ出してみ」

 裸のままでしょぼんと項垂うなだれているブラックは、力なく俺に手を伸ばす。
 大きな手を両手で受け取って、ちょっと掌を指で擦ってみると……確かに、なんだかリンスでもぶちまけたときみたいなぬめりがあった。

「うわ、マジだ……。もしかして、あの唾液が掛かった場所みんなこんな感じなのかな……? 服で隠れてた場所はなんともないんだろ?」
「うん……どうしよぉツカサ君……」

 まさに縋るような瞳で俺を見るブラックに、俺はどうすべきかと顔を顰めた。










 
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