異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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セレーネ大森林、爛れた恋のから騒ぎ編

5.美しさと怖さは同時に存在する

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 亡者ヶ沼――――セレーネの森の北部にある湿地帯である。

 名の由来はおどろおどろしいが、実際の風景は驚く程に美しく、そして静かだ。
 朝は薄靄うすもや微睡まどろみ、まるで幻のような風景になるが、陽が高く昇れば亡者ヶ沼は本来の姿を取り戻す。森を切り開いたのかと思う程に見晴らしが良いその風景は、確かに人を引き寄せる魅力を持っていた。

「うわぁー……すっげえ……」

 湿地帯と言うので、ゲームでよく出てくる「水に浸かったドロドロのマップ」を思い浮かべていたのだが、この亡者ヶ沼はそんな場所ではなかった。

 確かに水に沈んではいるが、しかしそれは透明な水であり、沼と言うよりは池に沈んだ草原と言った方が近い。青々しい草花や木々を飲み込んで陽の光を反射するその光景は、美しいとしか言いようが無かった。

 昨日は散々だったけど、頑張って朝早く起きてここまで来て良かったよ。
 こんな幻想的な風景が見られるなんて、本当ファンタジー世界って良いよなぁ。

 朝靄あさもやの消える様を草原からじっと眺めていた俺の横で、ブラックが感心したように息を吐いてあごさすった。

「なるほど……。確かに、沼というには綺麗すぎる風景だね……」

 素直に感嘆するブラックに、クロウも頷きながら腕を組む。

「まるで雨季に沈んだ森のような清らかさだな。水がにごっていないのは、山からの水が絶えず流れて生き続けるからだろう。この分だと、泥に潜る生物も少なそうだ……まあ、奥に行けばそんな物も居るかもしれんが」
「へ~……そっか、そうだよな。水が濁るって、そういう理由も有るもんな」

 ガッテンガッテンとてのひらをポンポン叩く俺の言葉に、ブラックが付け加える。

「そう。泥を撒き散らす魚だとかモンスターが、主な原因だね。他の原因なら、葉っぱや土の混入だけど、この湿地はそう言う物が滞留たいりゅうにくいみたいだ」

 あー、なんかそういうの池の水を抜く番組で言ってた気がする。
 ブラックもクロウもほんと博識だなあ……。俺「きれー」しか言う事ないわ。
 まあ、こう言うのは適材適所っていうからな! 俺は現代知識で無双すればそれでいい……って俺が無双できてんのは今の所料理しかないんだけども……。

 いかん、考えたら終わりだ。とにかく亡者ヶ沼は凄い。そう言う事なのだ。

「それで……何を探すんだっけ? 確かナミダタケって奴とー……」
「モンスターのネバネバ体液! ……ほんとは取りたくないが」
「ネバネバか……まずそうだ……。」

 さもありなん。ってかクロウ、お前もしかしてモンスターの体液も吸えるの?
 ネバネバは不味そうって、いつも俺から搾取さくしゅしてるアレもネバネバなのでは……と一瞬考えてしまったが、問うと色々と駄目な気がしたので言わないでおく。

「ナミダタケは、この水没地帯の中にあるのか……これ、急に底なし沼地帯になって沈んだりしないかなあ」
「長い棒でも持って歩くか。自分の身長より長い物を先に突き立てながら歩けば、少なくとも足元をすくわれる事は無いぞ」
「うーん……でも、体重をかけたら沈むこともあり得るくないか?」

 ゲームや漫画でよくある展開だぞ。
 先に小石を投げて「おっ、沈まねえな! 大丈夫だ!」なんて思って進んだら、自分が進んだ途端に重量オーバーで沼に沈んじゃうんだよ、こういうのは。
 綺麗な湿地帯だからって油断しちゃいけないよな。

 だけど、他人の案を否定してばっかりってのも頂けないな。
 俺も何か良い案が有ればいいんだけど……と、思って、クロウをみやって、俺は良い事をぴーんと思いついた。

「そーだ!! クロウ、お前だよっ!」
「ン? お、オレ?」

 珍しく驚くクロウに、俺は得意満面の笑みを浮かべて大きく頷く。

「そう。クロウ、お前は土の曜術師でもあるだろ? だったら、俺の黒曜の使者の能力を使って曜気を倍加してお前に与えたら、あの時みたいに水なんて突き破れるくらいの大地を出現させる事が出来るんじゃないか?」
「ほう……」
「そうか、沈んでしまう大地なら、ツカサ君の力を使って“沈まない大地あしば”を作れば良いと……ツカサ君考えたね!」

 褒めてくれるブラックに、俺は得意満面の笑みでピースする。
 ふっふっふ、たたえるがいい。これぞ天才の発想と言う物だよあけちくん!

 なにせ、俺の能力は魔法のような異質な能力。少なくとも、その場に存在する物であるなら、俺のイメージ通りに操る事が出来る。その上、他人に無尽蔵の曜気を流せば、その人物の能力は飛躍的に上昇するのだ。

 俺自身がその力を使って発動する場合だと、上手く想像できなかったら失敗する可能性がある。だから、道を作るぞ作戦を土いじり初心者の俺一人でやるのは危険だが……それならクロウに手伝って貰えばいいのである。
 あのラフターシュカで畑を再生させた時のようにな。

 そう。これは、俺とクロウが居るから出来た発想だ。
 特異な土の曜術師であるクロウと、黒曜の使者というチート能力者である俺。
 この二人が揃ったからこそ出来る天才的な戦術なのである!

 ……調子乗ってるのは解ってるからつっこまないで。
 俺もたまには讃えられて気持ちよくなりたいの!!

「ツカサ、お前は本当に凄いな……普通、道を作るという発想は出来んぞ」
「仮に考えられたとしても、普通の曜術師じゃ不可能な事だからねえ……。水中の土を隆起させるなんて事は、限定解除級の曜術師でも数秒が限度だし……」
「だがオレは、ツカサの力を借りた時に海上に【沈まない小島】を作った」
「そうそう。だから、ここでも出来るんじゃないかと思ってさ」

 ブラックは俺とクロウが……その……まあ、あの……したから、あの小島を出現させる事が出来たってのを知ってるけど、でもクロウはその前に曜術師の最高位である“限定解除級”の荒業をばんばんやってたからな。

 海上に地面を引き上げて足場にするなんて芸当、それこそ普通に出来る事じゃないよ。だから、俺もこんな事を考える事が出来たんだ。

 ……にしても、クロウもやっぱ凄い曜術師なんだな……。
 確か前にブラックも月の曜術師で炎と金の曜術は限定解除級って言ってたけど、なんつーかハイスペックすぎない……?
 今更だけど二級どまりの俺がすげー惨めなんだけど。
 いや、俺だって試験を受ければ多分昇級できると思うんですけどね!?
 でも昇級しちゃうと都合が悪いからね、仕方ないね!

「じゃあ、まあ……とにかくやってみよう! クロウ、手ぇだして」

 片手を差し出しながら言うが、クロウはムッと口を曲げて目を細める。

「なんだそれは」
「いや、だから手を繋いで曜気を……」
「この作戦はオレがかなめなのだろう? ならば、それ相応の待遇をしてほしい」
「待遇」

 一体どうすりゃいいんだい、と首を傾げると――クロウは、両腕を勢いよくバッと広げて見せた。

「抱擁……いや、ぎゅっとしてくれ」
「こーのーだーぐーまー」
「抑えて抑えて!! 俺一人じゃできないし、ブラックだって底なし沼にハマるのヤだろ、格好悪いし何より俺そんなブラック見たくないし!?」

 顔に青筋を立て肩をいからせるブラックを必死になだめて、男としては他人に見られたくない事を必死に引き合いに出す。
 すると、ブラックは俺をじっと見つめて……ぐぬぬと口を歪めながらも、素直に引き下がってくれた。だよね、見られたくないよね、一歩進んだ瞬間に地面に埋まる間抜けな姿なんて……。

「ツカサ君に変な事をしたら焼き殺すからな駄熊」
「お前の方がよっぽど変な事をしているだろうに」
「あーあーもうやめい!! ほら、抱き着くぞクロウ」

 どっちも変態だから不毛な争いはやめろと歩み出ると、クロウは嬉しそうに耳をぴんと立てて、再び俺に向かって両腕を広げてウェルカム状態を作る。
 そうあからさまにされると妙に照れるのだが……仕方ない。

 嬉しそうに口だけを緩めるクロウに、ゆっくり近付く。
 相手の腕の範囲に入って来たなと思った刹那、強く抱きしめられた。

「はぐっ」
「ツカサ……お前の美味い曜気、貰うぞ……」
「ぁ、え」

 貰うって、どういう事? 俺が流すはずじゃ……。
 そう思っていたら、クロウは唐突に俺の首筋にかじりついた。

「うあぁああっ!?」
「ン゛……ンン……ッ」

 低く籠る声を漏らしながら、クロウは軽く歯を立てて俺の首筋に食らいつく。
 瞬間、体の奥から熱い何かが湧き上がるような感覚が有って、俺とクロウの体は暖かな橙色の光に包まれた。

「くっ、クロウ……っ」
「フゥーッ、フーッ……グ……ウグッ……」

 首筋を舌でなぞられ、ぞくぞくした感覚に思わず体を震わせる。
 足の力が抜けそうになって無意識にクロウにしがみ付くと、相手は俺を深く抱き直して、体を密着させながら俺の首筋を満遍なく舐めはじめた。

「ふぁ、あっ、や……やだっ、くろぉ……っ!」
「まだだ……ツカサ……まだ…………足りない……もっとくれ……」

 もっと、と言われても、俺は何もしてない。
 クロウが舐める度に、体の内から何かが引き摺り出されるような感覚を覚えて、ぞくぞくして、痺れるような刺激が体をじくじくとさいなんでくる。
 こんなの、知らない。なんで。クロウが「力が欲しい」と思ってるから?
 俺の意思とは関係なく、力が流れてるからなのか……?

「クロ、ウ……や……ぞくぞくする……! も……だめっ、だめ……!」
「ツカサ……ハァッ、ハァ、つ、ツカサ……ッ」

 首筋を舐めていた舌が、顎を伝って頬をざらりと舐め上げる。
 それだけで俺は妙な感覚を感じてしまい、いつのまにか爪先立ちになっていた足にぎゅうっと力が入った。だけど、もう、足は震えていて。

「だめ、クロウ、も、俺……俺ぇ……っ!」
「はいそこまで終わり終わりもう終わりいいだろ絶対終わりー!!」

 俺の声にかぶせるように、早口の怒鳴り声が聞えた……と思ったら、俺は空中に思いっきり引き上げられて、間を置かずに背中から何かに捕えられていた。
 ってこれ、ブラックの腕の中か?

「なんだ良い所だったのに」
「何が良い所だこのクソ熊ぁああ!! お前本当に曜気貰ってたんだろうな!? 僕にはお前がツカサ君を食おうとしてるようにしか見えなかったぞ!!」
「失礼な。ツカサから曜気を貰うなら、ああした方がより早く多く曜気や気を貰えるんだぞ。それはお前も解っているだろう」
「グッ……そりゃそうだけど……」

 えっ。そうなの。
 ブラック達がああ言うセクハラをしながら曜気を貰いたがるのって、俺への性的いやがらせかと思ってたんだけど。
 でもブラックが言いよどむんだから本当なんだろうか……。
 まあ現に今物凄く曜気吸われてましたけどね俺。

「ブラック、クロウは嘘は言ってないよ。俺、体から橙色の光が出るの見たもん」
「ああ、それは確か土の曜気か……むう……。だけど、ツカサ君にあんなエッチな顔をさせるなんて……」
「わーもう蒸し返すな! とにかく、これで気力充填だろ!? クロウ、頼むよ」

 ブラックに抱えられたままでクロウに頼むと、相手は何だかやる気満々で頷くと、息を吐き出しながら腕をグルグルと回した。

「む、解った。今ならこの湿地帯全部を隆起させられそうだが……ツカサが望んでいるのは道だったな。……しかし、水をき止めるのは自然の流れに反する事……。それを考慮して…………」

 ぶつぶつと言いながら、クロウは水に沈んだ地面に手をひたす。
 どんな道を作ってくれるのだろうかとブラックと一緒に息を飲んで見守っていると……クロウの体から、膨大な量の橙色の光が溢れ始めた。

「うわ……!!」

 なんだ、あの光。まるで炎のように揺らめいていて、まるでクロウが炎の中にひざまずいているかのようだ。だけど、あの光はブラックの目には見えていないのか、つまらなそうな顔をしてじっとクロウを見ていた。
 ああ……やっぱり、曜気って「その属性が使える」人にしか見えないんだ……。

 それを思うと、なんだかとても不思議な感じがした。

「…………」

 じっと見つめる俺達を余所に、クロウが深く息を吸う。
 その瞬間、炎のように空へ伸び上がる光が、一気に活性化した。

「深き水底に眠る我が同胞よ……今こそいしずえとなりて我が前に姿を現せ……。
 我が血に応えろ――――【トーラス】!!」

 訊いた事のない詠唱。
 強く発されたその言葉に目を見張った俺達の、その、向こう側。


 水に沈む大地から――――
 幾つもの島が、道のように一気にその場に出現した。











 
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