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白砂村ベイシェール、白珠の浜と謎の影編
26.大人の世界は複雑怪奇
しおりを挟む「ほう……では、離婚の呪いはケーラー夫人を思う存在の仕業だったと……」
村役場の、村長の為の執務室。
背後に美人な秘書さんを従えつつ、村長はソファに座って興味深げに呟く。
俺とブラック、そして何故だか左頬が腫れている可哀想なクロウは、村長さんの向かい側のソファに座ってその言葉にそれぞれ頷いた。
「彼は、実際まあ村全体を恨んではいましたが……それ以上に、ある特定の年代の“伴侶を愛していて、男慣れしていなかった”純真な女性を、助けようとしていたんだと思います。彼女達がケーラー夫人のように夫に虐げられて、心が壊れてしまう前に。もちろん、それは独りよがりな行動でしたし、夫達はパーテルのような男ではなかったとは思ってますが……彼にとっては、それが正義だったんでしょう」
村長さん達には、この村で起こった異変の正体を「やんわりと」伝えた。
魔族のリオルが行った事と言う事は伏せ、俺達が彼らと出会った事も内緒にした上で、今回のリオルのやった事を今さっきまで説明していたのだ。
そう。
リオル……いや、犯人が「誘惑」という固有技能を使って、妙齢の女性達を絡め捕って、離婚を促していた事を。村長さんはその事に驚いていたが、異常なほどの離婚の件数には恐ろしさを感じていたのか、俺達の話をすんなりと信用してくれた。まあ、誰かのせいでもなきゃおかしいもんな、こんな事……。
「では、呪いに……と言うか、その存在に『誘惑』されて、彼女達は離婚を自分の意思で決め、村を出て行ってしまったと」
俺達の話を全面的に信じてくれているのか、村長さんは興味深げに聞いて来る。脅威が去ったとなると、色々と聞きたくなってくるのだろう。
まあ人間そんなもんだよな。対岸の火事ならみんなヤジウマにもなろう。
人間の業は深いなあと考えつつ、俺は村長さんの問いに続けて答えた。
「ええ、不満を抱いていない妻は術に掛からなかったらしいので……あの離婚は、彼女達にもある程度の不満が有って、それを突かれたからだったんでしょう。彼が言っていましたが、対等な関係での結婚もあれば、妻が力によって虐げられる不等な関係の結婚も有るらしいですから」
リオルがやった事は悪い事だけど……でも、現実にそういう夫婦が居る事を考えると、何とも言えないよな。……とは言え、まだリオルにはその辺りの事を聞いてないし、これは俺の推測にすぎないけど……でも、きっと正解だろう。
だって、リオルはそれに近い事を、先に俺に教えてくれていたんだから。
……ほんと、ああいうのってどうして全てが終わった後で気付くんだろうな。
俺が名探偵だったら気付けたのかも知れないけど、現実はそう上手く行かないよなあ。確信が無い時にヒントを出されたって、普通は気付けないもんだ。
ちょっと落ち込んでいる俺を知ってか知らずか、村長さんは先程の推測に何やら深く感慨を覚えているのか、何度も納得したように頷いていた。
「ああ、なるほど……。それを考えると……何というか、断罪が難しいですな。私も不等な婚姻には賛同できませんので……いやしかし、夫のある身を誘惑する事は罪ではあるし……うーむ……」
「この国の現行法では、妻の姦淫は裁かれるけど、それ以外は罰金を払えばいい。それはまあ、罪が無いのも一緒という事ですが……やっぱり罪は罪ですからね。しかし、この村で断罪を行うとしても、私刑の噂が立てば観光地としては外聞が悪いですし……難しいですよねえ」
ブラックの小難しい言葉に、村長と秘書さんはびくりと肩を震わせた。
カンインとかゲンコーホーとか何だかよく解らんが、確かに村の中で死刑とか血腥そうだしもう観光客が来なさそう。
元々はラブラブカップルの聖地みたいな所で、実際砂浜や入り江はとっても綺麗だったのに……そんなの勿体ないよな。
でもやっぱ、死刑とかにしちゃいたいんだろうか。
この村の収益を大いに減らしてしまったし、なにより活気を失わせてしまった。
それは、村長にとっては断罪するべき事のはずだ。やっぱり、リオルはこのまま罪を被ってしまうんだろうか。……お爺ちゃんも一緒に……。
「その……それで、犯人は、一体どこに?」
話を切り替えるように秘書さんが問いかけて来たのに、ブラックは判り易い営業用スマイルでニッコリと微笑んだ。
「ある場所に隔離してあります。ああ、もう悪さは出来ませんので安心ですよ? 呪いは起こりませんし、なんならお望みとあらばこちらで処分しますが」
ブラックはさらっと流したつもりなんだろうが、あまりにも朗らかに言い過ぎて、「処分」の所で村長さんと秘書さんが同時にビクッてしてたぞおい……。
ツッコミを入れたかったが、ぐっと堪えて耐える。
そんな俺や村長さん達をよそに、ブラックはペラペラと捲し立てた。
「村長さん達も、調査を依頼したは良いものの……犯人が捕まるとは思ってはいなかったのでしょう? だから、呪いやまじないではなかった事や、犯人が存在したこと自体に驚いておられる。そして、今更出て来た犯人の処分にも困っている……ならば、いっそ後腐れなく冒険者に託してみるのも手では……?」
人懐っこい笑顔で笑いながら「自分が殺しましょうか?」と遠回しに言ってくるブラックに、村長さん達は大いに怯えたのかガクブルしていたが、秘書となにやらコソコソと話し出した。
そして、やっと会話を終えると俺達に改めて向き直って来た。
「…………依頼に依頼を重ねるというのも、大変失礼ではありますが……。もし、そちらが引き取って、犯人が“今後一切この村に迷惑を掛けない”と約束できる形にして頂けるのであれば……是非とも、お願いしたい」
「い、いいんですか?」
思わず聞くと、村長さんは苦笑交じりで笑った。
「正直な話、私は小心者でしてね。この事を“呪い”ではなく“事件”にしてしまえば、色々と困った事になるでしょう? 今更もう、過去の事まで掘り返して波風を立てたくはないのですよ。……ケーラー夫人の為にもね。だったら、信頼の置ける貴方達にすべてお任せしようかと思いましてね」
「こちらから言うのもなんですが、よく信用出来ますね」
「実はわたくし……フィルバード家と親交がありましてな。珍しい黒髪の冒険者のお話を何度か聞いた事が有ったのですよ。とても可愛らしい、誠実な方だと」
「え……」
フィルバード家って……ラクシズの街を治めているリタリアさんの家だよな。
ある事件のせいで重い病に臥せっていた彼女を、俺が偶然発動させた黒曜の使者の力で助けて危うい所を救ったんだっけ。
それが縁で、俺はライクネス王国を出立する際に、とんでもないプレゼントとかを貰った訳だけど……そうか、そうだな、あの時は気付かなかったけど、彼女達が純粋に「恩人」として俺達の事を誰かに話す事は充分考えられたよな……。
だけど、それをここで知らされるとは思っても見なかった。
「まさか、リタリアさんとお知り合いだったとは……」
「ええ……ですから、セイフトから許可の連絡を貰った時に、貴方がたならばこの呪いも晴らす事が出来るかもしれないと……。まあその、過度に期待を掛けますと気後れしてしまうかと思ったので、今まで黙っていたのですが……」
「そう言う事だったんですか……」
俺はてっきり「冒険者来たしちょっとコナかけとくか」みたいな奴かと……。
でもまあ結果的に一応の解決はした訳だし、リタリアさんの顔に泥を塗らないで良かったよ。これで何も見つけられなかったら、合わせる顔も無いよ。
だって、それって彼女達が信用を失くすだけじゃなくて、俺達もリタリアさんの信頼を裏切っちゃった事になる訳だからな。
うう、貴族と知り合うってこう言う事か……。
今更ながらにドキドキしていると、村長さんがまた朗らかに笑った。
「リタリア様は、幼少の頃からこのベイシェールを気に入っておられましてなあ、新婚旅行は是非こちらにと仰って下さっていたので……解決して本当に良かったですよ。ああそうそう、倒木の事ですが、後でこちらからお送りいたしますね」
もちろん、倒木は無償、別途で報酬もお支払いしますので。
そう笑って言う村長さんに、俺は頭を振って、有る事を切り出した。
「あの……今回の事は、報酬は要りません。だから、代わりに……旧村長宅の花畑を……そのままあの場所に残して、世話をして貰えないでしょうか」
「え……?」
「そうすればきっと……もう、呪いが掛かる事は無いでしょうから」
俺の申し出に、村長さんと秘書さんは不思議な顔をしたが……頷いてくれた。
◆
お爺ちゃんがリオルの暴走を止められなかったのは、ケーラーさんが大事にしていた花達を守りたかったからだった。
大切な物を全て奪われても、彼女の存在が消えても、それでも花は毎年再生して綺麗に咲いていた。彼女が大好きだった花は、まだそこで生き続けていたのだ。
まるで……忘れ去られた彼女の形見のように。
だから、お爺ちゃんは村長の「廃墟を潰して施設を作る」という話を村で聞いて、リオルの苛烈な感情に押し流されてしまった。彼の呪いが続いてこの村が廃れれば、施設を作る余裕すらなくなるだろうと思って。
……結局は同罪だと言っていたのは、この事だったんだろうな。
村長さんはこの村の事を考えて、あの廃墟を潰そうとしていたんだから、それは仕方がないと思うけど……でも個人的には、お爺ちゃんの気持ちも解る。
だって、このままあの家が潰されてしまえば、ケーラーさんが存在していた証もお爺ちゃん達の存在意義も、なによりあの事件の記憶すら風化してしまってたかも知れないんだからな。
誰だって、自分の愛した人を「最初からいなかった存在」と切り捨てられるのは、辛い。救われなかった彼女の魂を思えば、花畑くらいは……。そう思うのが、人情というものだろう。
花をどこかへ植え替えると言っても、周囲は砂地でそれに適応した植物しか育たないし、そもそも主を失った家事妖精には家の物を動かす権限が無い。
だから、そうするしかなかった……というのが、お爺ちゃんの自白だった。
「気持ちは解るけど、そう言う時くらいは掟とか破っても良かったんじゃないのかなぁ。自由にしろって、それは『どこに行っても、良い好きにしろ』って事だったんだろうし。なーんかツメが甘いって言うかさー」
砂地を覆う草原を歩きながら、ブラックが呆れたように片眉を上げる。
クロウもそう思っているようで、相変わらず頬を腫らしたまま何事も無いようにコクコクと頷いていたが、俺は眉を顰めて「そんな事を言うな」と怒った。
「人にはそれぞれ事情ってもんが有るんだから、そう簡単にいかないもんなの!
大体アンタだって幻術使うくせにすぐ眠らされたりするし、何でもできるからって、上手く行かない事だってあるだろ?」
「う…………」
「ぶらっうあ、ひほろきおひはわからう」
「クロウ、お前は意地張ってないでちゃんと回復薬飲んでね……」
回復薬を渡すと、やっとクロウはごっきゅごっきゅ飲み始めた。
俺が居ない間に何が有ったのかは知らないが、どうやらやっぱりあの件がバレたみたいで、クロウはブラックにしこたま殴られたらしい。
……俺がいると止めるからって、俺を探すより先にボコるってどうなのと思ったけど、本人同士が納得してるんならその……まあ……良いようにされてる俺には、口出しする権利は無いわけで……。
それに、リオルの口車に乗ってまんまと支配されちゃってたんだから、あの事は大目に見て欲しいと思う。クロウだって本意じゃ無かったんだろうし。
……まあ、俺をどうこうしたいっていう欲望はクロウの本心だったらしいから、そこを突かれると痛いが……。
でもさあ、ほんと殴り合うのやめてね!?
俺どっちが怪我してもどっちも責められないんだからね!?
「頼むからもうちょっと穏便にして……」
「時間が経過する度に怒りが増していく方が良いなら、僕も我慢するけどねえ」
「殴り合いで良いです……」
アンタほんとちょいちょい「殺そっかな?」みたいな雰囲気出すのやめて。
ベイシェールで色々有ってから確実に短気になってんなあもう。
「はーあー……ったくもう、こんなに良い天気なのに、物騒な話ばっかり……」
耐えられませんぜと体を返し、後ろ向きに歩く。
今日も天候は良く空は快晴、ベイシェールも海を背景に凄く綺麗な街並みを見せてくれていた。この一週間程度で色々とあったが、まあ、実際に離れるってなるとなんだか寂しくも有るな。
しかし、そんな別れ難い街並みを臨むのを邪魔している影が一つ。
「ツカサちゃーん……連行すんのはいいけどさあ、シンジュの木の枝を括りつけた手縄で引き摺るのはやめてくんない……? 俺わりとフラフラなんだけど……」
チャラついた声でそう懇願してくる、景色を邪魔するデカい影。
そう、それはなんと、あのお騒がせ魔族のリオルだった。
俺達はお爺ちゃん……を連行するのは嫌だったのでリオルに変わって貰い、彼をある場所に連れていく真っ最中なのである。
……しかしこの犯人、とにかく煩い。
シンジュの樹がよっぽど嫌なのか、あからさまに「俺疲れました」みたいな顔をして手縄を引かれヨタヨタと付いて来ているのに、とにかく喋るのだ。
どこ行くのとか俺死ぬのとか最後の晩餐くらいはキスして頂戴とか色々色々……。
「お前反省しとるんかい!!」
シンジュの樹の枝だって、お前がまた「誘惑」しないように付けてるんだからなと威嚇すると、リオルは情けない顔をして肩を竦める。
「どーせ俺、そこのオッサンに剣でグサーッとかやられて消滅するんっしょ? だったらせめてツカサちゃんに抱き締めて貰いながら死に」
「ほーう、そんな身分不相応な願いを聞いて貰えると? 今すぐここで八つ裂きにしてやっても良いんだぞ?」
「わーっ! もうやめーって!! ……と、とにかく、殺そうってんじゃないよ。ある人に頼んで、魔族の国に送り返してやるから……それまで大人しくしててよ。そしたら手縄も枝も外してやるから」
そう言うと、リオルはきょとんとした顔で俺を見た。
「え? 送り返す……? ツカサちゃん、俺のこと殺さないの? 俺は……まあぶっちゃけ悪い事したなんて思ってないし、このオッサン達みたいに伴侶を虐げる腐れ野郎は死ねば良いのにって気持ちは捨ててないけど、色々と迷惑かけたし……人族の野郎どもは怒ってんだろ。俺の事を殺したいんだろ? このすっげぇ物騒で怖い人でなしのオッサンみたいに」
「おい、良い度胸だな」
「マジで殺さなくていいの?」
ブラック、落ちつけ。お前は何か言う資格は多分無い。
怒っている中年を押さえつつ、俺はリオルに今までの事を説明してやった。
もちろん、お爺ちゃんに聞いて全て理解しているという事も改めて伝えて、村長さんも条件付きながら俺達で裁いていいと言った事を。
まあ、村長さんからしてみれば、厄介事が消えればそれで良いわけだし、何より廃墟の区域をやっと潰せるんだもんな。立て直しは大変だけど、呪いがずっと続くよりそちらの方がよほどましだと思ったんだろう。
……なので、リオルの身柄は俺達が好きにして良いのだ。
生かすも殺すも、制限なしに。
「でもだからって、俺は別にお前を殺そうとは思ってないよ。……まあ、あの時は色々言われたし、危なかったけどさ……でも、アンタ本当は心のどこかで捕まって裁かれる事を望んでたんだろ? だから、俺達に色々ヒントをくれてたんだし」
「それは…………」
図星だったのか、相手はバツが悪そうに顔を歪めて口籠る。
――リオルの言っていた事に、嘘が無かったわけじゃない。
けれど、彼の「犯人に関する情報」は全て正しい物だった。
自分に疑いの目が向く事を承知で、ヒントを出してくれてたんだ。もし悪意のみで村の女性達を誘惑し「呪い」を実行していたのなら、そんな事を絶対に言うはずがない。もちろん恨みも有っただろうけど……それだけじゃなかったはずだ。
ケーラーさんを……自分の娘も同然の存在を、リオルは奪われたんだから。
「アンタ、ケーラーさんみたいな女の子が居るのが耐えられなかったんだろう? だから、同じような年頃の女性を片っ端から誘惑して、本心を引き出してた。……誘惑するのは駄目な事かも知れないけど……でも俺は、女の子を助けようとしてたアンタの気持ちは凄くよく解る。……だからさ、出来れば、お爺ちゃんと一緒に心穏やかに過ごせる場所に帰してやりたいと思ってるんだ」
「ツカサちゃん…………」
俺自身やられたから解ったけど、リオルの魔族としての固有技能である「誘惑」は、存外面倒臭い術なのだ。
彼の「誘惑」の術は、話しかけた相手が心の隙を見せたと同時に発動し、相手を操ったり魅了してしまうと言う、とても恐ろしい威力があるが……しかし、その術は絶対に上手く行くという訳ではない。
相手が誘惑に耐えうる心や……まあ……その……誰かを本気で思って、別れたいなんて欠片も思ってない人であれば、跳ね返してしまうわけで……。
…………まあ、その……あれだ。
心底愛し合った夫婦なら、そんなもん跳ね返すはずだったって事だな!
俺の事はともかくな!!
でも実際は、少しの不満が有っただけで別れた夫婦も居たんだろうし……それを思うとリオルのやった事は許されないけど、だからってそれを全てリオルのせいにするのは、ちょっと違う気がする。
リオルは人を殺した訳でもないし、あの「呪い」も、結局は修復しきれない夫婦の不均衡が招いた事でしかないのだ。俺はそういう物事をまだよく知らないけど、不幸な婚姻なんて無い方が良いと思うし……。つーか、俺はそもそも美少女が不幸になってんのは嫌だ。可哀想なのは抜けないの。
なので、正直リオルを断罪できないのだ。
でも、反省させなきゃとは思うから、全面的に許した訳じゃないけどね。
まあ村長さんも許可してくれたんだから、それで良しって事で。
あ、ちなみにあの「謎の影」の正体は、お爺ちゃんだったんだって。
お爺ちゃんは素早く動く事が出来て物凄く力持ちだから、リオルが逃げる時や、他の場所に移動する時は無理矢理お爺ちゃんと体を代わってたんだそうな。
お爺ちゃん……なんかほんと可哀想……。
……と、大体そんな感じなので、俺はリオルを殺そうとは思っていない。
お爺ちゃんにだって死んで欲しくないもん。ちゃんと反省して、これからは魔族の国で真面目に家事妖精をしててくれたらそれで良いんだよ。
「でもツカサちゃん……あの……アレも、許してくれるの……?」
「アレって……」
「ほら、あの……コレ」
そう言いながら両手をワキワキさせるリオルに、俺はその意味が解って一気に顔が爆発しそうになった。
だけどそれで騒ぐわけにもいかず、俺は必死に冷静になりながら頷いた。
「べ、べ、別に、す、済んだ事だし……お、お前女好きだしな!」
「えぇ、そう言う問題?」
もう良いったら良いんだよ!
俺が別にえっち大好きになったわけでも無かったんだし、その、だったらもう、ホッとしたし、お、思い出したくもないし……!!
「ツカサ君顔赤い……どうしたの、大丈夫? 発情した?」
「どうしたツカサ、何かいやらしい事でもされたのか?」
「ええいもう散れ散れ! 俺に構うな! ……とにかく、知り合いの人に手紙を送って頼むから、アンタは暫く俺達が逗留してる家の……」
「納屋」
「…………納屋で、待機して貰う。ちゃんと帰すから大人しくしてろよ」
ブラックの反論を許さない永久凍土な低い声に、思わず納屋と言ってしまったが、さすがに納屋に放置は可哀想だから後でベッドを用意するよ。
リオルはまあ肉体年齢は若いし大丈夫だけど、お爺ちゃんが心配だもんな。
そんな俺の優しさに感動したのか、それともよっぽどブラックが怖かったのか、リオルはぐっと涙ぐんで俺を見つめて来た。
「う、ぅううう……ツカサちゃん、なんて優しい……っ!! でもやっぱ不安だ、なんでこんな性欲の権化みたいなオッサンの妻になっちゃったのツカサちゃん、俺心配だよぉ。やっぱ今のままじゃ駄目だって、ツカサちゃんみたいな子はさあ、ちゃんとした大人とさあ」
「だから妻じゃねーって!!」
「おいコイツ殺していいかな? やっぱり殺していいよね?」
「ブラック、本当の事を言われて怒るのは逆恨みと言う物だぞ」
「よーし二匹纏めてぶつ切りにして海に投げ込んでやる」
ああもう煩い。本当全員ろくでもない大人だなあもう。
トランクルに連れて帰るのに嫌な予感がビシビシしてくるが、お爺ちゃんに頼まれた手前、置いて行く事も出来ない。
俺は喧嘩をする三人から離れると、深い深い溜息を吐いてお爺ちゃんの言葉を反芻した。
あの花畑を残してほしいと懇願したお爺ちゃんの、二つ目の願いを。
――――どうか……リオルを、救ってやって貰えんじゃろうか。
“若いワシ”は魔族らしい軟派を気取っておるくせして、人の純粋さを尊んだり、他人を思う優しさを好んだりするはみ出し者なんじゃよ。自身が「誘惑する存在」であるにも関わらずのう……。
それゆえ、あいつはまだ主人を……ケーラーを失った事を引き摺っておる。
だから村を、人族を、男を恨んでおるのだ。自分の愛した純真な娘を滅茶苦茶にした、夫と言う名の支配者を。……だが本来、オスとは、長を執る者とはそういう存在じゃ。それが是である事に変わりはない。それはあやつも解っていて、だからこそ、今もケーラーの死に苦しんでおる。
そんなリオルを救うために……どうか……新しい主人を探せるようにしてやってくれんじゃろうか……。そうすればきっと、リオルも……。
「…………新しい主人、か」
俺は妖精じゃないから、そうする事で心が癒されるのかは解らない。
だけど、一心同体……いや、二身同体であるお爺ちゃんは、きっとリオルの心が解っているはずだ。だから、俺達にあんな事を頼んだんだろう。
だったら俺は、それを叶えてやるしかないよな。
リオルだけじゃ無く、お爺ちゃんを救う為にも。
「……でも、それまでリオル大丈夫かな…………」
ブラックとヤバい喧嘩をしなきゃいいんだが。
そう思って、目の前でぎゃいぎゃい騒いでいる大人三人を見つめ、俺は再び深い溜息を吐いたのだった。
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