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白砂村ベイシェール、白珠の浜と謎の影編
17.ふたつの事実
しおりを挟むあの帽子を失くして困っていた小人のお爺ちゃんが、おそらく旧村長宅であろう廃墟の花畑を、こっそり世話していたって言うのか。
そりゃまあ、あのお爺ちゃんは優しいから、ケーラー夫人を哀れに思って育てていたって可能性もあるし、だとしたらこの区域で水が妙に減ってたって言う理由も納得できる物になるけど……でもなんで?
あのお爺ちゃんと前村長達には、どういう関係があるんだろうか。
もしかしたら、事件の事も何か知ってるのかな……?
「逃げられたら厄介だ。熊公、ツカサ君と正面から近付け。僕は回り込む」
声を潜めて言うブラックに俺はクロウと同時に頷いた。
ううむ、さすが隠密行動が得意なブラック。この世界にステータス画面があるのなら、間違いなくブラックはメインが魔法剣士でサブがアサシンに違いない。
親指をぐっと立ててブラックに全面的に任せると、相手は俺の信頼が嬉しかったのか、人懐っこい笑みでにこっと笑って、音を立てる事なく建物の影へと消えた。
もうどこにいるか解らん。やっぱ凄いなアイツ。
「…………いつも思うんだが、アイツは本当にただの冒険者なのか?」
「う、うーん……多分……?」
俺は過去の話を聞いてないから良く分かんないけど、冒険者としてパーティーを組んで色々な所を仲間と一緒に旅してたみたいだし、武勇伝もかなり有るみたいだし……まあ、凄腕の冒険者だってのは間違いないよな。
……そう言えば、ブラックの若い頃ってどんな感じだったんだろう。
美形だしモテてたってのは解ってるけど、冒険者の頃の話はまだブラックから聞いた事が無いな。他の人から訊く限りだと、スゲーヤな奴だったりこっぱずかしい黒歴史があったっぽいが。
うーん、せめて若い時の顔くらいは見てみたいな。
この世界に写真とかあったら分かるのになぁ。
「ツカサ?」
「あ、ごめん。もうブラックも回り込んでるかな。俺達も慎重に行こう」
お爺ちゃんはまだ俺達に気付いてないみたいだけど、油断は禁物だ。
じりじりと距離を詰めて、家を囲む柵の前まで来ると、俺は中腰になりながらゆっくりと柵が倒れたところを越えた。結構辛いこの姿勢……。
くそう、クロウなんて大柄なせいでもう四つん這いになって動いてるけど、俺は流石にそこまで思い切れない。人間のプライドってやーね。
ぴょこぴょこと動いている赤い帽子に徐々に近づいて、もう捕まえられるという距離まで来ると、俺はようやく腰を上げてお爺ちゃんに呼びかけた。
「お爺ちゃん!」
「うひょぉおおお!?」
「ご、ごめん、驚かせてごめんなさい!」
今跳んだよ。物凄い勢いで爺ちゃん跳んだよ。
やべえ心不全とか起きてないよね、大丈夫だよね。
心配になって花畑に頭を突っ込んだ爺ちゃんを引き起こすと、相手は目を回していた。ああ……ご、ごめんなさい……。
「うぅう……。はっ、今の声……というか、お前さんはワシに帽子をくれた……」
「良かった、覚えててくれたんだ」
小人のようなお爺ちゃんを膝に乗せて笑うと、相手は嬉しそうに俺に微笑んだが、しかし急に困ったような顔になっておどおどし始めた。
どうしたのだろうかと心配になっていると、お爺ちゃんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、俺の膝からぴょいっと降りた。むむっ、可愛い。
「す、すまんの、膝を借りてしまって」
「いえ、俺達が驚かせちゃったんで……あの、お爺ちゃんはどうしてここに?」
「あ、いや、ええと……」
「見たところ、花の世話をなさっていたようですが……貴方は、この家に何かのご縁があるお方なのですか」
老人にも当然敬意を払うクロウが、跪いてお爺ちゃんに問いかける。
思っても見ないクロウの態度に面食らったのか、目をぱちくりさせながらもお爺ちゃんはぎこちなく答えた。
「あ、その……まあ、そんな感じかの……ワシ、ここに住んでおるからの……」
「えっ!? す、住んでるんですか!? 雨漏りとかするでしょ!?」
変な所に着目してしまったが、そうじゃない。それ以上に大変な事態だってば。この家に住んでるって、ここはボロボロの廃墟だし曰くつきの物件なんだぞ。そんな所にお爺ちゃんが住んでるなんて心配過ぎる。
つーかここ雨漏りもするのは勿論だけど、床板も腐ってるだろうし、そんな所にお爺ちゃんが一人きりって、この村の福祉はどうなってんだ。
しかしそんな俺の思いは通じているのかいないのか、お爺ちゃんは驚いたような顔をして俺を見上げて来た。
「と、咎めたりはせんのかの」
「それよりお爺ちゃんの身が心配だよ。廃墟なんて良いこと何もないよ? 怪我をする危険性も増すし、なにより雨漏りもするし湿気も酷いだろうし、その上ここは海沿いの村なんだから、突風が吹いたりしたら倒壊する危険性もあるんだよ!? 仮に仲間とここに住んでても充分危ないよ!」
「や、やけに具体的じゃの」
そりゃそうですよ。災害大国日本から来たんですから。
許可とか何とかの問題の前に、まずこんな所にご老人が居るのが危険なの。
最悪の場合、お爺ちゃんがここで怪我をしても、廃墟を怖がって誰も助けに来てくれないかも知れないし……そうなる前になんとかしなきゃ。
「お爺ちゃん、どうしてこんな所に住んでるの?」
もし何も事情が無いんなら、こんな所に居ちゃいけない。ひとまず俺達の泊まっている宿屋に一緒に来て貰って、村長さんに家の相談をしなければ。
せっかく知り合った人なんだし、こんな所で放っておけないよ。
そんな俺の気持ちが分かったのか、お爺ちゃんは深緑色の目を伏せた。
「……その…………ここに、住みたかったんじゃよ……。ここに居れば、花の世話も出来るからの……」
「花の世話を……。えっと……事情、訊いてもいい……?」
明らかに話しにくそうな雰囲気だが、お爺ちゃんがどうして花の世話をしようと思ったのか、そして何故この家に住もうと思ったのかを聞かなければ、どうしようもない。俺には無理矢理お爺ちゃんを退去させる権限はないし。ただお爺ちゃんの安全が気になるだけのお節介だから、拒否されるとどうしようもないんだよな。
だから、あくまでも弱めに聞いてみると――――お爺ちゃんは、少し間を置いてからゆっくりと口を開いた。
「……この花達は、この家におった少女と同じなんじゃよ。打ち捨てられて、忘れ去られて……。だから、世話をしてやらんと可哀想でな……」
「この家に居た少女って……もしかして、ケーラーさん?」
そう言うと、お爺ちゃんは頷いた。
「よう知っとるのう。……いや、お主達は色々と調べておったんじゃったな。それならこの家の過去も知っておるのは当然か」
「お爺ちゃん……?」
「ケーラー夫人の事をご存じなのですか」
クロウの問いかけに、お爺ちゃんは少し俯いて口をきゅっと引き締める。
その表情は、なんだか悲しそうに見えた。
「……よく知っておったよ。彼女が小さい頃からのう。……大人しくて、優しくて……そして、悪い事など何も知らない真っ白な子じゃった。彼女の家はもう無うなってしまったがの、しかしここの花は無事じゃて。……だから、ワシはこの花達だけでも守ってやりたかったんじゃ」
「それで、この家に一人で住んで花の世話を……。お爺ちゃん、ケーラーさんとは仲が良かったの?」
「そういうのは烏滸がましいかもしれんがの……」
本当に悲しそうな顔に、何故かある推測が浮かんでくる。
海に流してしまった帽子を想って、白い砂浜でじいっと水平線を見つめていた姿。それに……呪いの事なんて気にもせずに、忘れ去られたこの花畑を、一人でずっと守り続けてきたって事……。
それらを合わせると、荒唐無稽だが充分にあり得る可能性が浮かんで来るのだ。
もし間違っていたら、失礼極まりないけど……でも……問いかけてみなければ、一生判らないかも知れない。
覚悟を決めて、俺はお爺ちゃんに優しく問いかけてみた。
「お爺ちゃん、間違ってたらごめん……もしかして、お爺ちゃんって……ケーラーさんの“お供”だったの?」
俺の言葉に、お爺ちゃんはゆっくりと顔を上げる。
どこか悔恨の思いを含んだような表情を見た瞬間、俺は自分の推測が間違いではなかったのだと直感的に感じた。
けれど、お爺ちゃんは。
「…………すまん、それはワシだけでは答えられないのじゃ」
「え……?」
「…………ツカサ君や、この村には確かに、呪いとも言える憎悪が渦巻いておる。だが、何もそれを解き明かすのは……お主でなくとも良いのではないか?」
どうしてそんな事を。いや、その前に俺……お爺ちゃんに名前言ったっけ?
ブラック達が俺の名前を読んでいたのを聞いていたんだろうか。
驚く俺に、お爺ちゃんはどこか焦ったように顔を歪めると、俺のズボンを両手で掴んで何かを訴えるようにぐいぐいと引っ張った。
「ええか、お主達はもう関わってはいかん。特にツカサ君はいかんのじゃ。の……呪いに、魅入られる。このままでは、お主も失ってしまう……」
「え……」
「ご老人?」
思わず目を見張る俺とクロウに、お爺ちゃんは危なげに言葉を何度かつっかえながら、必死に言葉を続けた。
「相手は人族ではない、魔族じゃ。それに、お主のような純粋で優しい子は、必ず魅入られてしまう。近付けば近付くほど……――ッ!」
そう言うなり、お爺ちゃんはいきなり頭を抱えて蹲った。
「お、お爺ちゃん!?」
どうしたんだ、と思わず腰を屈めてお爺ちゃんを介抱しようとしたと同時。
ガサッと遠くから音が聞こえて、俺とクロウはこの家の周囲を囲んでいる廃墟の方を向いた。けれど、そこには何もない。
慌てて目をお爺ちゃんの方へ戻して、助けようとすると…………。
「え…………あれ……!?」
今目の前に居たお爺ちゃんが、こつ然と消えてしまっていた。
「く、クロウ、お爺ちゃんは!?」
「すまん、見逃した……しかし完全に気配が消えていたぞ。ブラック、お前の方に来なかったのか」
クロウが旧村長宅の家の方へそう呼びかけると、朽ちかけた家の影からブラックが現れて、首を振った。
「残念だが来てない。……僕も油断して、思わず音の方へ視線をやっちゃったからもうお手上げだ。……しかし……あの老人、本当に何者なんだ? ツカサ君の言うようにケーラー夫人の“お供”だとしても、答えられないってのはどういう事なんだろうね。それに、あれほどまでに原因を断定できるってのは……」
この短時間でそんな事まで考えてたのか。ほんとお前冷静だな。
しかし、ブラックに言われた事は尤もだ。あのお爺ちゃんは何者なんだろうか。どうして呪いの核心に関する事を知っているんだろう。
それに……俺が魅入られるって……。
「なあ、ブラック、クロウ……相手が魔族で、俺が魅入られるってどういう事なんだろう……やっぱ離婚の呪いにかかるって事なのか?」
近付いてきた二人の顔を見上げて首を傾げると、二人も同じように難しい顔をして腕を組む。
「うーん……。だとしても……僕達結婚すらしてないんだけどねぇ……」
「試しに今オレと結婚してみるか、ツカサ」
「おいコラクソ熊ァ! 四肢引きちぎって殺すぞ!!」
こんな綺麗な花畑でそんな怖い事いわんといて!
とにかく落ち着いてくれといがみ合う二人を必死に抑えていると。
「おー! つっかさちゃんじゃ~ん!」
こ、この明るい声は……。
「り……りおる……」
「どこにもいねーなーと思って、まさかと思ったらま~たこんな所にいるのかよ。超ウケる。肝試し好きだねえ」
「ち、違う!! そうじゃなくて、今日はこの家を調査しに来てたんだよ!」
人前で変な喧嘩するなと二人の背中を叩いて無理矢理落ち着けると、俺は引き攣った笑みで近付いて来るリオルを迎えた。
「ほーん? よくわかんねーけど面白そうじゃん。俺も混ぜてよ!」
「えっ!? で、でも、ここ大人数で歩いたら危ないし……」
「いーからいーから! ほんじゃ廃墟探検にしゅっぱーつ!」
そう言いながら、ブラックとクロウの間を巧みにすり抜けて、リオルは俺をかっさらって肩を抱く。その手腕たるや凄まじい程のスムーズさで、まさに神業レベルだったが、そんな事を神業でやられても困る訳で。
「おいこらナンパ男!」
「ツカサを離せ」
「はいはーい、入り口はこっちらー」
ブラックとクロウが殺気をぶつけて来てもリオルはビクともせず、俺をぐいぐいとエスコートして廃墟へ歩いて行く。
ひ、ひいい! このままだと廃墟に行くし、かと言って逃げたら後ろのオッサン二人に捕まってオシオキコース直行だしぃいいい!
こんな前門の虎後門の狼いやです、ほんとどうにかして下さいぃいいい!!
→
※次また変な症状に見舞われるので注意。今度はより酷い(´^ω^`)
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