異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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白砂村ベイシェール、白珠の浜と謎の影編

13.警戒もやりすぎるとしんどい 1

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 ブラックいわく、魔族と言う物は自分達の住む国から滅多に出る事が無く、出ても同じ“モンスターの血が混じる”種族である獣人の国に行く程度で、人族が住む土地に渡ってくる魔族は非常に少ないのだと言う。

 その理由は定かではないが、どうも彼らは神族の管轄する地域にはあまり足を踏み入れたくないらしい。そこの所はブラック達にも良く解らないとの事だったが、とにかく魔族は人族の土地にあまり現れる事も無く、適切な距離を持って、交流を続けているという話だった。
 俺がラッタディアでしか魔族と会えなかったのは、そう言う理由があっての事だったらしい。

 ……だが、そんな魔族にも例外が有って、積極的に人族の大陸に渡り、こちらに危害を加えようとする者達も存在している。それが、悪い淫魔や悪魔と言った類の種族なのだそうだ。

 正確に言えば悪魔は魔族の一種類ではなく、人間で言う所の「悪人」と同じ意味らしいのだが、淫魔はそれとはまた別だ。
 彼らは基本的に、他人の精気を食料にしている。そして、淫魔はクロウと同じく“人族が最も美味い食料”だと感じてしまう種族らしい。なので、偶然人間の味を知ってしまった淫魔は、我慢できずに人族の大陸に密航して来て、数えきれないほどの人間をカスカスになるまで食べ尽くしてしまう……と言う事らしいのだが。

「この場合はインキュバス……男の淫魔である可能性が高いかもね」
「淫魔族は人型でありながらも翼を持ち、角と艶やかな尻尾が特徴的な種族だが、あいつらも“人化の術”を習得できる。しかも、その“固有技能”は魅了だから始末が悪い。姿形が自由自在なら、魅了の術とて防ぎようもないだろう。……相手が人化の術を使えるほどの高位の淫魔なら、謎の影の挙動にも納得がいくぞ。女達も魅了されていたとすれば、不可解な行動だって説明できる」

 獣人だけあって付き合いのある魔族には詳しいのか、クロウがいつになく饒舌じょうぜつに説明してくれる。そしてその言葉を裏付けるように頷いたブラックは、難しげな顔をしながらあごを擦った。

「しかし、色々と疑問が残るなぁ。どうして標的にした女達を村から離れさせるのか、何故この村でだけちまちまと特定の年齢の女だけを襲い続けるのか……」
「言われてみれば確かに……。いやでも、淫魔にも好みってあるんじゃないの?」

 俺の素朴な疑問に、クロウは片眉をしかめてううむとうなる。

「そう言われてみるとそうだが……しかし、それなら女達を逃がす事はしないし、いくら好みにうるさいとは言え、その対象が少なくなってしまっている今は、誰彼かまわず食いまくっていてもおかしくはないのではないか。好みが激しいのであれば、尚更囲うかどうかすると思うのだが」
「淫魔ってそんなにしょっちゅう人間の精気を食べなきゃ駄目なのか?」

 魔族の国で暮らしていけるのなら、多少の我慢をしたり他の物を食べても充分に生きていけるはずだ。クロウだって人間の出す液体(なんか嫌な表現だなコレ)が大好物だけど、普通の食事も出来るんだし……。
 しかしそう簡単な事でもないのか、クロウは思わしげに首を振る。

無論むろん普通の食事もできるが……しかし人族の精気の味を知ってしまった淫魔は、至上の美酒を手に入れてしまったような物でな。いつまでもその味に執着し、喰らえば食らうほど食した時の恍惚を求めて貪ろうとする。もしこの村で起きている事が淫魔の仕業なら、もうそいつは普通の食事では我慢できなくなっているはずだ」
「そんなに……」

 クロウはそれなりに自制出来てるのにな……と驚いていると、表情で思っていることがバレたのか、相手はちょっと得意げに鼻を鳴らして己の胸を叩いた。

「オレは誇り高きディオケロス・アルクーダだからわきまえていられるが、淫魔達は国にこもっているためか人族の美味い精気に耐性が無いからな。それに、オレ達は魔族で言う所の高位の存在だ。そうそう溺れる事も無い」
「おいおい何言ってんだこの色欲暴走熊。お前も充分ツカサ君のに溺れまくってるだろうが!!」

 ツッコミをいれるブラックが、すかさず俺を抱き締めてクロウから遠ざかる。
 お、お前もここぞとばかりに抱き締めてんじゃねーよ!

「とにかく、一つ可能性が出て来た事だけでも上々だ。今日はもう遅いから、明日聞きに行こうか」
「たしかに……もう日も暮れそうだもんな……」

 このままここで日が暮れるのを待って、神秘の入り江の本当の姿を見てみたい気もするが……今日はブラック達に心配をかけたし、素直に従っておくか。
 何より、ここには遊びに来ている訳じゃないんだ。観光するのは後だな。

「ツカサく~ん、疲れたよぉ~……今日は絶対一緒に寝ようね~?」

 俺の頭にちくちくした顎を乗っけながら、ブラックがぎゅうぎゅうと抱き締めて来る。絶対に疲れが取れないような予感がしたが……しかし、二人への負い目もあって、強く拒否する事も出来ず。
 意を決して頷いた俺に、ブラックは嬉しそうな変な呻き声を漏らして、いっそう俺の頭に擦りついて来るのだった。

 ……あの、無精髭が痛いからやめて。ハゲるぞおい。



   ◆



 宿の酒場で簡単な食事を終え、メシが味気ないとぶつくさ言う二人をなだめながら部屋のある二階へと階段を上る。
 年季の入った階段は踏み込むたびにギシ、ギシ、と不安になる音を漏らしたが、今の俺達にはそんな事は関係ない。

 ブラックはと言うとウッキウキで、クロウはそんな中年を見つつ無表情ながらもうらやましげな雰囲気を醸し出している。そして俺はと言うと、もう疲れ切っていた。
 いや別に、ブラックと同衾するのが嫌って訳じゃないんですよ。

 そりゃあ俺だって、ブラックとひっついたりする事には別に抵抗は無い。
 抵抗が無いから困るのだが……それは置いといて。
 何というか、その……。

「あの……先に部屋に戻っててくれないか」
「え? なんで?」

 キョトンとした顔で無邪気に返されて、ぐっと言葉に詰まる。
 だけど妙に意識するから言いにくくなるんだと思い、俺は何事もないような顔をして、ブラックに答えた。

「ちょっと体拭きたくてさ。ほら、その……結構歩き回って汗かいちゃったし」

 そう言うと、ブラックは呆けた顔のままで数秒固まっていたが、何故かニタリと笑って俺に肩を寄せて来た。

「ふ、ふふふ、ツカサ君そっか、そっかそっかぁ」
「なっ、何だよ」
「汗臭いのヤだもんね……ふっ、ふふっ、つ、ツカサ君は、ベッドの中で僕にぎゅっと抱き着かれた時に、臭いと思われちゃったりするのが嫌なんだ……」
「っ!! いっ……そ、それ、は」

 違う、そうじゃなくてベッドに入ったら自分の臭いが籠りそうで嫌だから、そうなる前にちゃんと清潔にしておこうと思っただけで……た、確かにブラックに嗅がれたくないって言うのも有るけど、でもそうじゃなくて!
 そっちが主題じゃないんだってば!

 必死に否定しようとするが口が動かず、ブラックはそんな態度に興奮したのかハァハァと荒い息を漏らしながら抱き着こうとして来る。
 明らかに欲情している、ヤバイ。これはアカンヤツや!!

「んんんん可愛いっ、可愛いよぉおお! 僕に嫌な思いしてほしくないんだねっ、僕のために体を綺麗にしようとしてくれてるんだねっ、ぼくの、僕のためにぃ!」
「ギャー!! クロウ助けてぇええ!!」
「ツカサ、綺麗にするんならその前に舐めさせてくれ」
「アー! こっちも駄目な奴ー!!」

 お願いだから廊下で騒ぐような事言うのやめて!!
 他のお客さんに迷惑でしょうが! いや俺も騒いでるけどね!

「ああもう冗談はいいからっ! 部屋に戻ってろよぉ!!」
「えー……でも一人で外で体拭くんでしょ? ツカサ君が危ないよ!」
「そうだな、淫魔が襲って来ないとも限らない」
「あ……」

 確かに、それは無いとも言えない。
 淫魔だって好みを捨てて襲って来ることは無きにしもあらず、俺が十七歳だという一点だけで「もう男でも良いか」と寄ってこないとも限らないのだ。
 それを考えると怖いが、しかし二人の目の前で体を拭くのもちょっと……。

「体を拭く事なんて恥ずかしくないでしょ? だったら部屋で拭こうよ」
「……アンタらが俺を見ず変な事も言わずに放っておいてくれるなら、部屋で体を拭いても構わないけど……出来るの?」

 別にうぬぼれてる訳じゃない。本当にそう言う事をして来るから困るのだ。
 現に、オッサン達は俺がそう言うと顔を逸らし……っておい! 嘘でも良いから「しないよ」って言えよ! なんなんだお前らはもう!!

「チッ、仕方ない……こうなったらツカサ君が体を洗う所を見張ろう。外ならもう少し冷静に見ていられるかもしれない」
「見ないって選択肢はないのか」
「ツカサ君の裸を見逃すなんて恋人として失格だと思うよ僕は」
「思うよ僕は、キリッ! じゃねえええええんだよ!! はったおすぞ!!」
「ならば、じゃんけんでもするか。勝った方がツカサの付添いで裸を見……いや、見張りをするという方向で。幾らなんでも、二人も付き添いが居たら変だからな」

 クロウ、話を進めないでくださる。
 つっこもうとしたらブラックもすぐさま拳を出してじゃんけんし始めてるし。
 ああもうお願いだからツッコミ入れる隙ぐらいは下さいよもぉお……。

 結局、じゃんけんにはブラックが勝利し、ガッカリしていたクロウにはアイスをちょっと分けてあげる事で円満に解決した。そんなこんなで、俺は見張り付きで体を拭く事になってしまったのだが……ああ、何故にこんな事で騒がなけりゃならんのか。

 憂鬱な気分になりながらも、俺は女将さんに井戸から水をむ許可を貰い、宿屋の裏手にある小さな裏庭へとやって来た。
 このベイシェールの宿泊施設には基本的に井戸が設置されており、共同の井戸がある場所に行かなくても水を汲む事が出来る。
 村と言うと、基本的に共同で使う井戸しかない所が多いので、このあたりは流石の観光地……いや、特殊な小島と言った所か。

 しっかし、水が豊富に使えるように工事を行った過去の村人達って凄いよなあ。小島の上にあるこの村に、わざわざ暗渠あんきょにした水路を引いてるんだから。
 他の海辺の村だったら、こんなに簡単に水を使う事なんて出来ないんじゃないかな? 山が周囲に見当たらない所だと、結構水に苦労するし。

 そんな事を考えつつ、月明かりだけの薄暗い裏庭をカンテラで照らす。宿屋の窓から漏れる灯りと相まってはっきりと見えた庭は、煉瓦敷きになっており、雑草もきちんと刈り取られていた。しかも柵の近くには花壇が有って花が植えてある。

 ううむ、完璧な裏庭だ……ちょっとこれ貸家の庭を弄る参考にしたいな。
 手のかかった物は無理だから、花壇のレイアウトだけでも……ってそんな場合じゃなかった。早く体を拭いてしまわねば。

 俺はカンテラを井戸の屋根を支える柱のフックに欠けると、釣瓶つるべを落とした。
 この世界に来た時はこのタイプの井戸に「古ッ」とか思ってびっくりしたもんだが、今となってはもう慣れっこだ。

 しかし、水でいっぱいになったバケツを引き上げるのはやっぱり辛い。
 ……と思っていたら、さっきまで大きな桶を持っていたブラックが、引き上げるのを手伝ってくれた。……俺が引き上げる何倍もの速度でバケツが戻ってきたが、何も考えないでおこう。

 水を持って来た桶に何杯か移して、俺は冷たい水に手を浸した。

「ねえツカサ君、やっぱりお湯にして貰った方がよくない?」

 俺の後ろでブラックが心配そうに言う。
 風呂の無い宿屋ではそういうサービスが普通なのだが、今回はそう言うワケにも行かない。というか、それをやると折角の練習が出来なくなっちゃうからな。

「まあ見てろって」

 そう言いながら、俺は水に浸した手に炎の曜気が集まるイメージを作り、水がちょうど良い温度に沸くように温度やその時の熱さを忠実に思い浮かべた。

「適温になれ……【ウォーム】……!」
「え? うぉーむ?」

 うっ、背後の間抜けな声のせいでちょっと恥ずかしい。
 でも水を温める程度で仰々しい呪文なんて使えないし……ええいままよ。

 精神を集中しながら水を温める事だけを考えていると――自分の手を包んでいた冷たい感覚が温かい物へと変わって行った。
 今度は沸騰ふっとうしてない……よし、一発で出来たぞ!

「ねえツカサ君、ウォームって何?」
「えっと……ブラックがやってた“物を温める手段”を、俺なりに出来るように名前を付けてみたんだ」
「へぇ~、そんな事も出来ちゃうのか。ツカサ君は何でもありだなあ」

 そうは言いながらもブラックはなんだか嬉しそうに苦笑している。
 どういう感情なのかはよく解らないが、いつの間にか間近にいた相手の笑顔は、妙に心をざわつかせた。う、うう、ドキドキするなんて不覚だ。
 俺の気も知らないで、ブラックは桶の中のお湯に手を浸すと「ホントにお湯になってるー、すごいやー!」などと言いながらきゃっきゃとはしゃいでいた。

「ほらほら、さっさと体を拭うから離れて」
「えー、間近で見た……」
「頭をぶっ叩かれたくなかったら素直に聞こうね!」

 ほんとにこいつはもう!!

 ブラックを十歩ほど遠く離して、俺はシャツを脱ぎ捨て布を桶に浸す。
 さっさと拭ってしまえば、ブラックが変な事を考える暇もないだろう。
 布を絞って、項から肩、腕へと布を移動させていく。

 何度かお湯にひたして丁寧に拭いていると、背後から荒い息が聞こえて来たが……とりあえず無視しておこう。
 髪の毛はひとまず置いといて、体を拭おうと胸に布を当てる。

 そうしてすっと胸板を拭うと。

「つ、ツカサ君、今胸を拭いてるんだね……せ、背中がたまらんなぁ……」
「ちょっと黙れお前」

 ああそうだ背中も洗わなきゃいかん。布を広げて背中を擦っていると、更に背後から荒い息とともに気味の悪い声が聞こえてきた。

「ツカサ君の肌が揺れてる、す、水滴が……ああ、あぁあ」
「ちょっ、なにっ! なにゴソゴソしてんの!? 見えない所で興奮すんのやめてくんない!?」
「ツカサ君に触れちゃ駄目なら、せめて自慰だけでも……」
「馬鹿!! ああもう頼むから大人しく見張っててくれよ!」

 な、なんでアイツはこんな事ですぐ興奮しちゃうんだよ。
 そんな事するから俺が余計に恥ずかしくなっちまうんだろうが。
 くそ……ああもう、見られてるせいで変に体が熱くなってきた……。











※次はまた発情タイムです…ご注意をば(´Д`)
 
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