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白砂村ベイシェール、白珠の浜と謎の影編
10.女の口喧嘩は時々ラップと聞き間違うほどに凄い
しおりを挟む昨日の俺はおかしかった。残念ながら、それは認めざるを得ない事だろう。
だっていつもなら、あんなやらしい悪夢なんて見る訳ないし!
これはもう、廃墟でエロ妄想しようと思った俺にバチが当たったに違いない。
それ以外考えられないし、考えたくも無いのでそう思う事にする。
俺は決して欲求不満ではないし、ブラック達にセクハラされるのを望んでいる訳でもない。あれは文字通り悪い夢だったのだ。怖い物を見て、危うくお仕置きされかかったからあんな事になっただけなのだ。間違いない。
とにかく、あの廃墟ゾーンには一人で近付かないようにしようと固く心に決めて、今日も朝から聞き込みに乗り出そうと、俺達は宿屋の一階にある酒場で質素な朝食を食べていたのだが。
「なーんかだるいねえ」
「うむ……疲労している感じがするな」
朝食を食べ終わって食後の水を飲んでいると、ブラックとクロウが不思議そうに首を傾げながら眉を顰める様子が目に入った。
確かに、二人の顔色はあまりよくない。
西の方の海ってそんなに潮風キツいのかな……と思ったが、どうも二人の疲れ方はそれとは違うような感じもする。
「どんな風に疲れてる感じ?」
訊いてみると、二人はそれぞれ空を見上げて片眉を寄せる。
「うーん……? だるい……んだけど、なんていうか……動くのが億劫というか」
「力が抜けたような感じがして、気力が湧かない」
「気力かぁ……じゃあ、充填してみる?」
「気力」という存在は、俺の世界では単純に「気合」という意味に変換されるけど、この世界では曜気や大地の気という存在も該当する。
特に、大地の気はこの世界の人達の自己治癒力などを活性化させる役割も持っているみたいなので、もしかしたら気疲れし過ぎて二人とも体内の気を激しく消費してしまったのかも知れない。
理屈は良く解らんけど、そう言う可能性があるなら、無限ガソリンタンクの俺の出番だ。テーブルに顔をくっつける中年どもの前に両手を差し出すと、二人は迷う事も無く俺の手をぎゅっと握った。
……あ、そう言えば……互いに念じなきゃ相手に曜気がいかないんだっけ。
すっかりその事に失念していて、俺は二人に謝った。
「ごめん、今大地の気流れ込んでなかったよな?」
そう言うと、二人は意外そうに首を振った。
「え、ほんと? 僕は大地の気をしっかり感じてるけど……」
「オレもだ。しかし、ツカサが望まなければコレにはありつけないという話だったような気がしたが……間違いだったか?」
不思議そうに目を瞬かせるクロウに、ブラックも困惑したように顔を歪める。
俺は慌てて確かめるが、何故か俺の手は意識せずとも黄金の光が零れており、ちゃんと二人にその光が流れ込んでいるようだった。
……あ、あれ、おかしいな……。
「マジで今ので流れて来てた?」
「いや……確かにそうだと思ったけど……。でも確かに変だね、ツカサ君が意識しなくても、問題なく流れて来てるな……。もしかして、回数をこなす内に、お互い無意識で供給と補給が出来るようになったのかも?」
「なるほど。慣れてきたから、ツカサに触れただけで多少は曜気を吸い取れるようになってきた、と。……とは言え、食事とはまた違う感覚だからもどかしいな」
「そ、そうなのか……」
それぞれで納得する二人とは反対に、俺は何となく釈然としない気持ちが残ったが……二人には何度も力を渡しているんだから有り得る事かと思い直した。
まあ別に困る事じゃないし、結果オーライだな。
ブラックもクロウも、好きな時に俺から曜気を引き出せるようになったんなら、それはそれで構わない。むしろ、そうなるのは俺的にも好都合だもんね。
戦闘中に二人がガス欠を起こしたとしても、俺が傍に居れば回復できるし、そうなれば無限に術を放つことも可能だ。特にブラックは宝剣・ヴリトラから無詠唱で炎を放出する技を持っているし、そうやってバカスカ術を使っていたら、後々困る事になりそうだもんな。そう言う時にすぐ回復できれば安心だ。
補給方法が簡単になったってのは大きな進展だわ、ホント。
「俺は今のところ何にも感じないけど……どう?」
大地の気はしっかり行き渡っただろうかと窺ってみると、二人は先程の憂鬱そうな表情はどこへやらで、溌剌とした顔をしてテーブルから顔を離した。
「うん、ツカサ君から気を貰ったお蔭か、疲労感が消えたみたいだ!」
「確かに……あの憂鬱な感じが消えたぞ。やはり、体内の気が激しく消耗していたみたいだな。ありがとうツカサ」
うーむ、やっぱこの世界の人達って大地の気が消耗したら疲れちゃうのか。
あれかな、ゲームで言う所の気合ゲージとかそう言う感じなのかな?
俺の世界だと気とか何とかの事は良く解らないけど、大地の気を補給すれば疲労が回復するって言うのはちょっと便利でいいかも。
この世界にエナジードリンクが有ったら、大地の気が含有されているのかな。
黄金色の炭酸飲料……あれ……リアル○ールドかな……。
「ツカサ君?」
「あ、いや、なんでもない……とりあえず元気になってよかったよ」
「ツカサ君はなんともない?」
「うん。俺は潮風には慣れてるし、この程度は疲れないみたいだから」
キスとか……その、やらしい事をされながらだと物凄く疲れるけども、握手程度なら全然疲れないし……いや本当にクロウもブラックも自重してこの程度で済ませてくれるんなら、俺だっていつでもガソリンスタンドになるんですけどね……。
でもこのオッサン達が俺の言う事を素直に聞いてくれるワケが無いんだよなあと思っていると、ドアベルを鳴らして誰かが入って来た。
誰だろうと思って三人で首を伸ばすと、秘書っぽい色気ムンムンの眼鏡美女と、数人の男の部下を引き連れた村長がドアから入って来るのが見えた。
村長たちは俺達には気付いていないようで、カウンターで皿を拭いている宿屋の女将さんに近付いて行く。
ってことは……俺達への依頼とは別の用事か。
俺の手を離したがらないオッサンどもの手を振り払いながら、何の話をするのかと眺めていると、村長がカウンターの席に座った。
「村長珍しいね、こんな場所になんの用だい」
手を止めずに話す女将さんに、村長はちょっと物怖じしつつも言葉を返す。
「そりゃお前さん、私がここに来る用事は決まっとるだろう。……もうそろそろ、あそこをどうにかせんといかん。その為に、お前さんの力を借りたいんだよ」
腰の低そうな感じの村長は、やっぱり村人に対しても腰が低いようだ。
しかし、そんな彼の威厳を補うように、横でピシッと立っているお美しい秘書のお姉さんが、眼鏡をクイッとやって言葉を継ぐ。
「現在のベイシェール村の収益では、観光業を続けられません。ですから、早急にあの廃墟地区を取り壊し、娯楽施設を設置して新しく人を呼び込まねばならないのです。その為には、あの地区の土地の権利を所有している村民達に、権利を譲渡して頂かねばなりません。有力者の貴方の説得が必要なのです」
「と、言われてもねぇ……。あすこは呪われた土地だけど、彼らに取っちゃ大事な思い出が残ってる場所でもあるんだ。説得なんて出来ないよ。それに、離婚の呪いが解けていないんなら、何をしたって無駄だろう? まずは呪いを解決する方が先なんじゃないのかね」
秘書に負けじと食いつく、恰幅の良い女将さん。
両者言う事は尤もなだけに、周囲の男達は言葉を挟めない。
「呪いの方は鋭意調査中です。しかし、その解決を待って工事に着手すると余裕など、この村にはもう存在しないのです。……この村は今、瀕死の状態です。貴方も村人が多く失業している事はご存じでしょう? 思い出とか呪いとか、もうそんな曖昧な物にかまけている暇などないのですよ。大事なのは生きている村人の健全な生活です。このままでは、村まるごと滅んでしまいますよ」
その言葉に、女将さんがカウンターを叩いてぎっと睨み付けた。
「だからって、村人の感情をないがしろにしても良いってのかい。アンタ頭が良いのは解るけど、人情ってもんが足りないんだよ! そんなんだから可愛いレディナちゃんに逃げられたんじゃないのかい!」
れ、レディナちゃん? 女子?
思わず面食らった俺の目の前で、秘書さんが大きく動揺する。
「そっ……それは関係ないでしょ……ッ」
「いいや、関係なくないね! アンタの離婚は呪いじゃなくて、アンタ自身がレディナちゃんに毎日毎日小言を言って、愛想尽かされたからだろ。そんな風に相手の気持ちが解らないから、取り返しのつかない失敗を想定できないんだよ!」
「なっ、な……! 失礼な事を言わないで下さる!? わっ、私とレディナは、あんな関係が普通だったのよ! それが急に態度が……ッ、と、とにかく私も呪いを受けたんです、そのせいで離婚したんです!」
美人秘書さんが眉を吊り上げて顔を真っ赤にする。
まさかの動揺に村長が宥めようとするが、その声は最早聞こえていないようで。
「あ、あのメイナ君、落ち着いて」
「ほーぉ、離婚したのは自分のせいじゃないってのかい! さてはアンタ、呪いのせいで離婚の原因をすり替えられてホッとしてるから、他の奴らの悲しみを全然解ってないんじゃないの!? そんな奴に家を壊されて堪るかってんだい!」
「そっ、それとこれとは関係ないでしょう!? 貴方こそ数十年恋人も居ないくせに生き字引みたいな真似して、ばっかみたい! 人付き合いに疎いお節介婆なんて滑稽にもほどがあるわよ!」
「クッ、あ、あんた、人が触れられたくない事に……!」
ひええ……怖い……なんか別の方向に話が言ってて怖い……。
思わず震えていると、ブラックが俺の肩を叩いて立ち上がった。
「ツカサ君……ここは空気が悪いから、外に出ようか……」
「くわばらくわばら」
あ、この世界でもそう言う事言うんだ……。
驚いたが、しかし緊迫した空気の中に居続けるのは辛かったので、俺は二つ返事で頷くと、村長達に気付かれないようにコソコソと宿屋から脱出した。
ああ、空が青い。潮風が清々しい。
外の世界はなんて素晴らしいんだ!
「はぁ……まったく参っちゃったね、いきなり口喧嘩が始まるなんて」
呆れたように頭を掻くブラックに、俺は苦笑して肩を竦める。
「なんつーか……ああいう事をされたら、ちょっと居辛くなっちゃうよな」
「女の喧嘩はいつも激しい」
うーむ確かに。俺も思い当たる事が有るのでクロウの言葉に否とは言えない。
いや、俺も女子性善説を唱えたい人間ではあるんだけど、その、この世界に来る前にスケベというだけでリンチ受けてるんで……まあ、例外な人ってどんな世界にもいるよねって言う。
「でも、ちょっと有益な情報が聞けたね。村長達はあの廃墟の区域を更地にしたいから、こうも強引に依頼を捻じ込んできたんだね」
「まあ村の存亡がかかってるみたいだし、それを考えると仕方がないかな……。今の話が謎の影と関係があるかは解らないけど、こういう話から、昨日とは違う話を聞けないかな」
リオルはあの廃墟の区域に居たし、もしかしたら彼もあの廃墟に関係のある人間だったのかも知れない。だったら、こう言う話をぶつければ、真面目に情報を提供してくれるかも。
「じゃあ、今日はリオルを探すのを主軸にもっかい聞き込みしてみるか」
「えぇ~……やっぱアイツ探すの……?」
「仕方ないじゃん、今の所リオルが一番情報持ってそうなんだしさあ」
ブラックとクロウも元気になったし、三人一緒ならあのチャライケメンに会ったって構わないだろう。今はとにかく情報収集だ。と言う訳で、俺はオッサン二人を引き摺って歩き出した。
さて、この調子で運よくリオルに会えればいいんだけどな。
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