異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

文字の大きさ
上 下
543 / 1,264
湖畔村トランクル、湖の村で小休憩編

25.時には叶えなくても良い願いと言うのもある

しおりを挟む
 
 
 俺達が向かう小さな村ベイシェールは、セイフトの街から丸一日ほど歩いた所に存在する。舗装ほそうはされていないが村へと向かう広い街道があるため、セイフトから村へと向かう場合は迷うことなく辿り着く事が出来るので、ライクネスの王都まで物資を運ぶ人達はこの街道をとても重宝していた。

 もちろん冒険者や旅人達にとってもこの街道はありがたいものだ。街道があると言う事は、モンスター除けの設備があると言う事だからな。
 まあ時々はじかれずに街道に現れてしまうモンスターもいるが、ライクネスはそれほど凶暴な物は出ないので、冒険者にとっては安全な道と言えよう。
 俺達はそんな街道を徒歩でゆっくりとベイシェールへ向かっていた。

 ……いや、ホントは藍鉄あいてつに乗って行っても良かったんだけど、それだとクロウが一人だけ走る事になっちゃうし、それはなんかあの……絵面が良くないし……。
 俺がクロウに乗るって事になっても、街道に熊がいたら他の人達がひっくり返っちゃうよ。どう考えても通行妨害だよ。こういう所で無茶しちゃアカン。

 まあそこまで遠い距離でもないし、最近は馬車や藍鉄に乗っての移動ばっかりだったから、たまにはこういうのも良いだろう。
 そんな訳で、俺達は街道を進み、ベイシェールまであと半分と言った所で野宿をする事にした。

「……そういや、ベイシェールってどんな村なんだっけ? つーか、荷揚げとかが行われてるんなら、普通街にならない? なんで村なんだろ」

 ベーコンっぽい干し肉と野菜が入ったミルクスープを鍋でかき混ぜながら、俺は背後で布を広げている二人に問いかける。
 クロウは不思議そうに首を傾げたが、ブラックはベイシェールの謎に心当たりが有ったようで、無精髭の伸びた頬をポリポリと掻きながら空を見上げた。

「えーと、確かベイシェールは周囲の地盤が弱くて、建物が建てられないんだよ。それに、基礎を建てようとして地面を掘ったら、すぐに砂地が現れて水が湧き出て来るらしくてね。その中でちゃんと建物を建てる事が出来たのが、村程度の広さの土地だったって訳らしいよ」
「砂浜の近くなのに水が湧くのか?」

 驚いて振り返ると、ブラックもせぬと言った様子で眉をしかめる。

「うーん、僕も普通は海水じゃないのかなあとは思うんだけど……ベイシェールの周辺は豊富に水が湧き出る地域なんじゃないのかな。だから、村の近くを掘ったらすぐに水が出てきたりするのかも」
「そんな水がバンバン出てんのか……不思議な土地だなあ……」

 山が近いと言う訳でもないのに、そこまで水が湧き出るなんて本当どうなってんだろう。ファンタジーな世界だからと言えばそれまでだけど、なんかこう、地中に水が湧き出る水晶が埋まってるとか、実はこの下は湖なんだとか、色々と信じられない理由がありそうで凄く気になる。
 ベイシェールの人に聞けば解ったりするかな……。

「それよりツカサ君、ご飯まだかなー?」
「良い匂いで腹が減ったぞツカサ」
「はいはい、もうすぐ出来るから待ってろって」

 塩胡椒を軽く振って味を調ととのえ、やっと出来たミルクスープを持って行く。
 このスープにはもちろんバロ乳を使っている訳だが、なんとバロ乳はベルカ村で貰った時からもう一週間ほど経っているにも関わらず、全く劣化していなかった。
 ……ちょっと、バロ乳凄くないか。

 実は俺、毎日このバロ乳を味見して悪くなっているかどうかを試しているんだが、不思議な事にまったく腹を下したりはしていない。どうやら、バロ乳は冷やしている限り、普通に二週間は軽く保存できてしまうらしい。

 まだまだ検証が必要だが、もしこれでバロ乳が軽く一か月くらい持つとすれば、これから旅をする時には物凄い味方になってくれるという事になる!

 材料さえあればお菓子も作れるし、なにより動物の乳ってのは凄く栄養がある! 誰かが病気になっても、これと卵が有れば、いくらだって体が元気になる料理を作ってやれる。リオート・リングは俺の能力と意思でいくらでも中の倉庫を広げられるから、沢山保存して置けば何かの緊急事態にも備えられるよな。

 いやー、本当にウィリー爺ちゃんにプレゼントして貰って良かったわ……。

「ツカサ君?」
「あ、ごめんごめん。よそうから器取ってな」

 木製の器にたっぷりと具を入れて、スープを流し込む。
 この国は年中春の陽気とは言え、夜に近付けば少し肌寒くなるので、やはり野宿ではスープが鉄板だ。二人に器を渡すと、ブラックとクロウはそれぞれスープに口をつけた。

「初めて作ってみたけど、どうかな」
「干し肉や野菜が乳臭さをうまく消してくれてるね! 動物の乳を飲み慣れてない奴は少し抵抗があるかも知れないけど、僕には充分美味しいよ」
「うむ、うまいぞツカサ」

 クロウは元々が獣だから、乳臭いのは関係ないんだろうな。
 でも、二人とも美味しいって言ってくれてよかったよ。初めて作る料理って本当ドキドキするよなあ。でも、同時に楽しみでもあるんだよな。

 ブラックもクロウも、いつも美味しいと言ってくれるけど、ダメな時はちゃんとダメって言ってくれるから気楽でいい。お世辞ばっかり言われてたんじゃ、いつまで経っても美味い料理が作れないからな。
 俺のそんな気持ちを解ってくれるから、二人も忌憚ない意見をくれるのだろう。
 そう言う所はなんか……ちょっと、嬉しいかなとは思う。

 すぐに器を空にしておかわりを要求してくる二人にせっせとスープを配りつつ、俺はしばしの休息に浸った。……いやまあ、休息はしてないけども。

 ――夕食が終わったら、後片付けをしてあとは寝るだけだ。
 まあ、後片付けと言っても、少々の水を【アクア】で増幅して、その水を改めて【カレント】で操って洗うだけなのでとても楽なんだけどね。
 泡とか洗剤とか無いのがちょっと残念だが、まあ大自然にそんなもん流すわけにはいかないから仕方ない。冒険者も自然は大切に。

 ってなわけで、今夜も滞りなく洗い物を済ませた訳だが……。
 今夜は、俺にはやる事がある。ブラックに対してどうしても訊いておかなければならない事があるのだ。
 本当はやめたいんだけど、決心した事を揺るがすのは男の沽券にかかわる。

「…………よ、よし、やるぞ」

 たき火で雰囲気はオッケー、クロウは寝つきが良いから見張りの時以外はぐっすり寝ていてくれてるし、街道の周囲には誰も居ない。
 しかも、大地の気がふわふわ湧き上がっている草原という好立地!!
 こんなファンタジーな所で肩を寄せ合えば、良い雰囲気になる事間違いなし!

 いやまあブラックからすれば当たり前の風景なんだろうけど、二人っきりで話をしたら、ブラックだってちょっとは良い雰囲気だなって思うよな?
 頑張れ、頑張れ俺。

 調理器具をバッグにしまって気合を入れると、俺は焚火の番をしているブラックにゆっくりと近付いた。

「ぶ……ブラック……」
「あっ、ツカサ君」

 俺の姿を見つけた途端に、ブラックは満面の笑みを浮かべて自分の隣をぽんぽんと叩く。ここに座れと言わんばかりの行動に急に胸がドキドキしてきたが、グッと堪えてぎこちない動きでブラックの隣に座った。

 いつになく素直な俺に驚いたのか、ブラックは目を丸くしながら俺に近付く。
 おい、肩をくっつけるな。つーか押すな! くっつけすぎ!!

「つ、つ、ツカサ君、どっ、どうしたの?」
「ど……どうも、しないけど……」
「え、え~……?」

 変な声を出すが、ブラックは俺の素直な態度が嬉しかったのか、もっと近付けと言わんばかりに肩を抱いて来る。
 覚悟を決めていても、そんな事をされるとやっぱり驚いてしまって、びくりと体を震わせてしまう。けれど、ブラックは俺を離す事は無かった。

「えへへ……こうするのも久しぶりだよね……」
「ん……うん……」

 上機嫌だな、ブラック……。
 普段は本当に変態だけど、でもこういう時は何故か空気読むって言うか……そう言う所が俺的には困るんだけど……。

「ツカサ君」

 嬉しそうな声が上から聞こえて、頭をブラックの胸に押し付けられる。
 体育座りをしていた姿勢を崩されて寄りかかるような形になってしまったけど、俺は動く事も出来ずにただ顔を熱くするしかなかった。

 うう、ブラックのにおいがする……。
 そう言えば、ブラックって足とか中年臭いんだっけ?
 体は、なんていうか……そう言えばブラックって独特な香りがするんだよな。
 オッサンっぽいのはオッサンなんだから当たり前なんだけど、なんつーかこう、大人ってこう言う香りがするのかなって言う感じっていうか。

 ……悔しいけど、なんか安心しちゃうんだよな……。

「あ、そういえばね、ツカサ君。ベイシェールの街にはね、綺麗な貝殻とかが色々あるらしいんだけど……ツカサ君、貝殻好きかな」
「え? か、貝殻? まあ、子供の頃は集めるの好きだったけど……」

 何故唐突にそんな事を言ったのかが解らなくてブラックの顔を見上げると、相手はちょっと照れたように赤くなって、じいっと俺を見詰めて来た。
 菫色すみれいろの綺麗な瞳が、炎の赤い灯りでちらちらと光を閃かせる。
 その光景に思わず息を呑んだ俺に、ブラックは感極まったような妙な顔をして、俺をぎゅっと抱きしめて来た。

「貝殻、今は嫌い?」
「うーん……好きでも嫌いでもないかなー。でもなんでそんな事聞くんだ?」
「い、いや、その……」
「言えねってか。俺に言えねってか?」

 訊いておいて口籠るなんて何事だと頬を軽くつねると、ブラックは情けない顔をしながらも必死に口を閉じて俺の攻撃に耐えようとする。
 なんで貝殻が好きか嫌いか程度の事で我慢するんだと思ったが、こいつの突飛な行動を一々気にしていても仕方がないか。そう思って俺は指を離したが……
 ふと、良い案を思いついた。

 そうだ、この流れに乗れば、俺が訊きたい事を聞けるんじゃないか?
 俺が聞きたかったこと――ブラックが望んでいる、「俺にしてほしい事」を。

「ブラック、俺が好きな物を知りたかったのか?」
「ん、んん…………」
「じゃあまずは、お前が好きな物とか言えよ。俺だってアンタの好きな物なんて、あんまり知らないんだからさ」
「そりゃ僕の好きな物って言ったらつかさく」
「だー! そうじゃなくて、食べ物とか欲しい物とか好きな事とか!」

 アホな即答しないでちゃんと話せと怒鳴ると、ブラックは驚いたように目を丸くしたが――すぐにとろけたような笑顔に表情を変えると、俺を抱き締めて来た。

「んんんそんなのツカサ君以外はどうでもいいよぉおお! 僕は、ツカサ君が僕のそばに一生いてくれればそれで満足なんだからさ~!」
「さらっと怖い事言うよな、お前……いや、まあ……じゃあその…………お、俺にして欲しい事とかってないのかよ」

 ぶっきらぼうに言うと、ぴたりと相手の動きが停まった。
 ……やばい。顔が見れない。多分ブラック凄い顔してそうだし。

「つ……ツカサ君に…………してほしい、こと……?」
「…………な、なんかないの? いや無いなら別に」
「あるあるある物凄くあるもう本当に数えきれないくらいやって欲しい事があっ、あ、あ、有るよツカしゃ君!?」

 やだ怖いこの人物凄く興奮してる。
 でも聞かなきゃ解んないわけだし……ええいままよ。

「……今だったら、話だけは聞いてやる」
「ホァア!?」
「聞いてやるだけだからな!! な、何したらお前が上機嫌になるんだよ」
「え、えへ、えへへ、い、いやでも、こ、これツカサ君は絶対やってくれないなと思ってるし……」
「やらねえから話せ。今なら怒らないから」

 期待を持たせるような事を言えば、俺の意図を理解してしまうかもしれない。
 だから、あくまでも聞くだけ。聞いてみるだけだ。
 ……出来れば、俺がギリギリ出来る事を言ってくれればいいんだが……。

 そう考えながら、焚き火の炎をじっと見つめていると。

「……い」
「…………い?」

 何を言ってるんだと聞き返すと、ブラックは……物凄く荒い息を漏らしながら、俺の頭上でとんでもない事を言った。

「つ、ツカサ君に……首輪とかせを付けてもらって……ご、ご、ご主人様って、い、言って欲しい……!」

 …………え?
 それ? それを俺は、やらなくちゃいけないの?
 ブラックに「俺はお前を本気で思ってる」って示すために……?

 …………ここは地獄かな……?











※そりゃツカサはやらんわそんな事
 と言う訳で次はベイシェール変……編です
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ウザキャラに転生、って推しだらけ?!表情筋を殺して耐えます!

セイヂ・カグラ
BL
青年は突如として思い出した。イベントで人の波にのまれ転び死んでいたことを、そして自らが腐男子であることを。 BLゲームのウザキャラに転生した主人公が表情筋を殺しつつ、推し活をしたり、勢い余って大人の玩具を作ったり、媚薬を作ったり、攻略対象に追われたりするお話! 無表情ドM高身長受け ⚠諸事情のためのらりくらり更新となります、ご了承下さい。

身の程を知るモブの俺は、イケメンの言葉を真に受けない。

Q.➽
BL
クリスマス・イブの夜、自分を抱いた後の彼氏と自分の親友がキスをしているのに遭遇し、自分の方が浮気相手だったのだろうと解釈してしまった主人公の泰。 即座に全ての連絡手段を断って年末帰省してしまう主人公の判断の早さに、切られた彼氏と親友は焦り出すが、その頃泰は帰省した実家で幼馴染みのイケメン・裕斗とまったり過ごしていた…。 何を言われても、真に受けたりなんかしないモブ顔主人公。 イケメンに囲まれたフツメンはモテがちというありがちな話です。 大学生×大学生 ※主人公が身の程を知り過ぎています。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

【完結】ぶりっ子悪役令息になんてなりたくないので、筋トレはじめて騎士を目指す!

セイヂ・カグラ
BL
⚠縦(たて)読み推奨⚠ ひょろっとした細みの柔らかそうな身体と、癖のない少し長めの黒髪。血色の良い頬とふっくらした唇・・・、少しつり上がって見えるキツそうな顔立ち。自身に満ちた、その姿はBLゲームに出てくる悪役令息そのもの。 いやいや、待ってくれ。女性が存在しないってマジ⁉ それに俺は、知っている・・・。悪役令息に転生した場合は大抵、処刑されるか、総受けになるか、どちらかだということを。 俺は、生っちょろい男になる気はないぞ!こんな、ぶりっ子悪役令息になんてなりたくないので、筋トレはじめて騎士を目指します!あわよくば、処刑と総受けを回避したい! 騎士途中まで総受け(マッチョ高身長) 一応、固定カプエンドです。 チート能力ありません。努力でチート運動能力を得ます。 ※r18 流血、などのシーン有り

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

愛されなかった俺の転生先は激重執着ヤンデレ兄達のもと

糖 溺病
BL
目が覚めると、そこは異世界。 前世で何度も夢に見た異世界生活、今度こそエンジョイしてみせる!ってあれ?なんか俺、転生早々監禁されてね!? 「俺は異世界でエンジョイライフを送るんだぁー!」 激重執着ヤンデレ兄達にトロトロのベタベタに溺愛されるファンタジー物語。 注※微エロ、エロエロ ・初めはそんなエロくないです。 ・初心者注意 ・ちょいちょい細かな訂正入ります。

俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~

アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。 これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。 ※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。 初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。 投稿頻度は亀並です。

処理中です...