上 下
144 / 147
結 㤅ノ章(アイノショウ)

拾参ノ漆 追われる者

しおりを挟む
「そうか。まさかそのようなことになっていたとは。ご苦労だったな、オーサキ」

 戻ってきたオーサキの口から報せをきいて、ナギはヒナのことをおもんばかります。
 人同士であるからといって、理解し合えるとは限らない。そのことが悲しくなります。

 家族を知らずに育ったナギにとっては、年の離れた妹のような存在になっていました。早く熱が下がってほしいし、元気に走り回っていてほしいと思います。

「まさか、村を襲ったあやかしとヒナさんの特徴が似ていたなんて。だからといって追い立てるのはあまりにもひどい」

『きゅい~。この子は何も悪くないのに』

『チチチ。どうするでさ、兄さん。別にところに逃げたほうが』

「ああ。そうだな。フェノエレーゼさんなら、場所を移してもおれたちの気配で追える。タビ、人の気配がしない方へ先導してくれ。おれはヒナさんを連れていく」

『わかったにゃ、あるじさま!』

 ヒナを衣でくるみ、負担をかけないよう気をつけながら抱え上げます。

 村からは離れているとはいえ、ここは人が隠れるのに適した場所だと、村の者ならば知っているでしょう。
 ヒナは目に涙をためて謝ります。

「うう、ごめん、なさい、おにいさん。わたしの、せいで」

「ヒナさんのせいではありませんよ。さ、安全なところにいきましょう。フェノエレーゼさんももうすぐ戻りますから、少しだけ辛抱していてください」

 タビがなるべく足場のいいところを選んで進み、ナギはそのあとを歩きます。森の不穏な空気を察知してか、雀や烏が騒いでいます。

『チチチ。鳥たちが、人間に、囲まれてると言ってるさ。先回り、されてる』

「え……」

 鳥たちの警告を、雀が訳します。
 ナギたちが逃げるのを見越した上で、包囲網を敷いたのでしょう。
 先を行っていたタビがかけ戻ってきます。

『あるじさま、たいへん。どっちに行っても、人間がいる』

 背後から人の気配が迫る。前の分岐した道も塞がれた。
 ならば、と道なき獣道にそれます。
 どこまで行けば安全なのか、誰にもわかりません。
 わかるのは、村の人はけっしてナギたちを受け入れないのだということだけです。
 
 行き着いた先は、行き止まりでした。
 断崖絶壁。底が見えないほどの谷です。落ちたら生きてはいられないでしょう。

 背後に、農具を武器として振り上げる村人たちが迫ってくるのが見えます。

 フェノエレーゼに任せてくれと言っておいて、このざま。せめてフェノエレーゼが戻るまで持ちこたえないと。ナギは村人たちに懇願します。

「頼むから話を聞いてくれ。この子はただの人間だ。妖怪じゃない。熱を出して苦しんでいるんだ。休ませないと」

「あかん! 病だえらいだなんて嘘にきまっておる! とっととこの地から去れ!」

「鬼の腕を持つ化物め!」

『きゅいい!! やめて、お願い! 主様とその子に手を出さないで!』

『あるじさま!』

 大勢に追われ、ナギはじりじり下がります。
 タビに命令すれば村人を力ずくで退けられます。
 けれどそれをしてしまえば、ほんとうに村を襲う者に成り下がってしまうので、口を閉ざすしかありませんでした。

 石やりで突かれ、後ずさった足場が崩れました。

「しまった!」

 ナギの体は、ヒナを抱えたまま落ちていく。
 崖上では村人たちが歓声をあげます。

「妖怪を退治した。わしらは悪しきものから村を救ったんだに!」

しおりを挟む
感想 66

あなたにおすすめの小説

時代小説の愉しみ

相良武有
歴史・時代
 女渡世人、やさぐれ同心、錺簪師、お庭番に酌女・・・ 武士も町人も、不器用にしか生きられない男と女。男が呻吟し女が慟哭する・・・ 剣が舞い落花が散り・・・時代小説の愉しみ

姫様、江戸を斬る 黒猫玉の御家騒動記

あこや(亜胡夜カイ)
歴史・時代
旧題:黒猫・玉、江戸を駆ける。~美弥姫初恋顛末~ つやつやの毛並みと緑の目がご自慢の黒猫・玉の飼い主は大名家の美弥姫様。この姫様、見目麗しいのにとんだはねかえりで新陰流・免許皆伝の腕前を誇る変わり者。その姫様が恋をしたらしい。もうすぐお輿入れだというのに。──男装の美弥姫が江戸の町を徘徊中、出会った二人の若侍、律と若。二人のお家騒動に自ら首を突っ込んだ姫の身に危険が迫る。そして初恋の行方は── 花のお江戸で美猫と姫様が大活躍!外題は~みやひめはつこいのてんまつ~ 第6回歴史・時代小説大賞で大賞を頂きました!皆さまよりの応援、お励ましに心より御礼申し上げます。 有難うございました。 ~お知らせ~現在、書籍化進行中でございます。21/9/16をもちまして、非公開とさせて頂きます。書籍化に関わる詳細は、以降近況ボードでご報告予定です。どうぞよろしくお願い致します。

豊家軽業夜話

黒坂 わかな
歴史・時代
猿楽小屋や市で賑わう京の寺院にて、軽業師の竹早は日の本一の技を見せる。そこに、参詣に訪れていた豊臣秀吉の側室・松の丸殿が通りがかり、竹早は伏見城へ行くことに。やがて竹早は秀頼と出会い…。

夢の終わり ~蜀漢の滅亡~

久保カズヤ
歴史・時代
「───────あの空の極みは、何処であろうや」  三国志と呼ばれる、戦国時代を彩った最後の英雄、諸葛亮は五丈原に沈んだ。  蜀漢の皇帝にして、英雄「劉備」の血を継ぐ「劉禅」  最後の英雄「諸葛亮」の志を継いだ「姜維」  ── 天下統一  それを志すには、蜀漢はあまりに小さく、弱き国である。  国を、民を背負い、後の世で暗君と呼ばれることになる劉禅。  そして、若き天才として国の期待を一身に受ける事になった姜維。  二人は、沈みゆく祖国の中で、何を思い、何を目指し、何に生きたのか。  志は同じであっても、やがてすれ違い、二人は、離れていく。  これは、そんな、覚めゆく夢を描いた、寂しい、物語。 【 毎日更新 】 【 表紙は hidepp(@JohnnyHidepp) 様に描いていただきました 】

鬼嫁物語

楠乃小玉
歴史・時代
織田信長家臣筆頭である佐久間信盛の弟、佐久間左京亮(さきょうのすけ)。 自由奔放な兄に加え、きっつい嫁に振り回され、 フラフラになりながらも必死に生き延びようとする彼にはたして 未来はあるのか?

【完結】雇われ見届け人 婿入り騒動

盤坂万
歴史・時代
チャンバラで解決しないお侍さんのお話。 武士がサラリーマン化した時代の武士の生き方のひとつを綴ります。 正解も間違いもない、今の世の中と似た雰囲気の漂う江戸中期。新三郎の特性は「興味本位」、武器は「情報収集能力」だけ。 平穏系武士の新境地を、新三郎が持ち前の特性と武器を活かして切り開きます。 ※表紙絵は、cocoanco様のフリー素材を使用して作成しました

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

処理中です...