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結 㤅ノ章(アイノショウ)
拾参ノ参 ヒナを救う唯一の手立て
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村から離れたフェノエレーゼたちは、山奥にある天然洞穴へと入りました。
「これで、少なくとも雨風はしのげるだろう」
「ええ。ヒナさんの体が冷えないよう、火を絶やさないようにしなければなりませんね」
夜になると冷え込むようになってきたのもあり、熱を出したヒナを野宿させるのは心もとない。けれど村人たちがあの様子では、説得を聞き入れてくれるかわかりません。
フェノエレーゼは己が着ていた狩衣を脱いでヒナに掛布のようにしてやります。何もないよりはマシでしょう。
けほん、と咳をして、ヒナがようやく目を開きました。ぼんやりとしながら、フェノエレーゼとナギを探します。
「フエノ、さん、お兄さん」
「はい。おれたちはここにいますよ、ヒナさん」
先ほど村人たちからバケモノ呼ばわりされたときに、ヒナの意識がはっきりとはしていなかったのは唯一の救いでしょう。
不安げに伸ばされた手をにぎり、ナギが精いっぱい優しい声で答えます。
「のど、かわいたから、くんで、こない、と」
「それくらいなら私がする。お前、熱があるのに動き回るつもりか」
フェノエレーゼは起き上がろうとするヒナのひたいを押して、寝かしつけました。
ヒナがいつも使っている竹筒を取り上げて洞穴の外の様子をうかがいます。
「あいつら、なぜヒナを妖怪と間違えたんだ。どう見ても人間だろうに」
「師匠からの文にもそこまでは書かれていなくて。あの村を襲っていたという馬魔はすでに陰陽寮の手で退治されているはずですし」
『きゅい。あたし、ちょっと村の様子を見てきましょうか。馬魔について詳しく聞けるかもしれません』
「そうだな。頼めるか、オーサキ。お前なら村人たちにも気づかれない」
なぜ追われるのかわからないのでは対策のしようがありません。ナギに請われ、オーサキは洞穴を飛び出していきました。
ヒナのそばにとまって、雀は心配そうに鳴きます。
『チチチチ。なんてつらそうな、嬢ちゃん。せめて、げねつの薬草を飲んだら違うでさ?』
『にゃー。オイラみたこと、ある。母ちゃんと、森の中にちたとき、人間たちが、摘んでた』
『それを飲んだら嬢ちゃんは元気になれるでさ?』
雀とタビの提案は、自分たちで薬草を摘んでヒナに飲ませるというものでした。けれどナギがその案をしりぞけます。
「提案してくれるのはありがたいが、それはあまりいい案とは言えない。おれたちは薬学の素人。正しい分量や薬効も知らずに飲ませるのは良くない」
薬は医学薬学を修めたものが正しい知識のもとで膳じてはじめて効果を発揮するのです。素人の聞きかじり、見よう見まねはあまりにも危険でした。
「ならば薬学の知識を持つ者に頼るしかないか」
『チチチ! 何言ってるでさ。さっきその医者に頼ろうとしたのに、村人たちに追い返されたんでさ!』
「お前こそ何を言っている。あの村たち人に頼るのではない。我々の知る者の中に、一人いるだろう。薬学に精通している者が。そうだろう、ナギ」
フェノエレーゼはナギを見て言います。それでナギも気づきました。
ナギはいつも師が調合した薬を飲んでいる。すなわち、安永は薬学に明るいということです。
「そうか、師匠! 師匠ならきっと、ヒナさんの薬を調合できる」
ただし、安永に薬を頼むには、ひとつだけ難点があります。いつも師からナギへと、鳥の式神が文や薬を運んでくる。オーサキとタビは、空をかけることなどできないからです。
今この場において、空を飛んで安永のもとに行けるのは、フェノエレーゼしかいませんでした。
安永とは因縁の関係にある、フェノエレーゼしか。
「これで、少なくとも雨風はしのげるだろう」
「ええ。ヒナさんの体が冷えないよう、火を絶やさないようにしなければなりませんね」
夜になると冷え込むようになってきたのもあり、熱を出したヒナを野宿させるのは心もとない。けれど村人たちがあの様子では、説得を聞き入れてくれるかわかりません。
フェノエレーゼは己が着ていた狩衣を脱いでヒナに掛布のようにしてやります。何もないよりはマシでしょう。
けほん、と咳をして、ヒナがようやく目を開きました。ぼんやりとしながら、フェノエレーゼとナギを探します。
「フエノ、さん、お兄さん」
「はい。おれたちはここにいますよ、ヒナさん」
先ほど村人たちからバケモノ呼ばわりされたときに、ヒナの意識がはっきりとはしていなかったのは唯一の救いでしょう。
不安げに伸ばされた手をにぎり、ナギが精いっぱい優しい声で答えます。
「のど、かわいたから、くんで、こない、と」
「それくらいなら私がする。お前、熱があるのに動き回るつもりか」
フェノエレーゼは起き上がろうとするヒナのひたいを押して、寝かしつけました。
ヒナがいつも使っている竹筒を取り上げて洞穴の外の様子をうかがいます。
「あいつら、なぜヒナを妖怪と間違えたんだ。どう見ても人間だろうに」
「師匠からの文にもそこまでは書かれていなくて。あの村を襲っていたという馬魔はすでに陰陽寮の手で退治されているはずですし」
『きゅい。あたし、ちょっと村の様子を見てきましょうか。馬魔について詳しく聞けるかもしれません』
「そうだな。頼めるか、オーサキ。お前なら村人たちにも気づかれない」
なぜ追われるのかわからないのでは対策のしようがありません。ナギに請われ、オーサキは洞穴を飛び出していきました。
ヒナのそばにとまって、雀は心配そうに鳴きます。
『チチチチ。なんてつらそうな、嬢ちゃん。せめて、げねつの薬草を飲んだら違うでさ?』
『にゃー。オイラみたこと、ある。母ちゃんと、森の中にちたとき、人間たちが、摘んでた』
『それを飲んだら嬢ちゃんは元気になれるでさ?』
雀とタビの提案は、自分たちで薬草を摘んでヒナに飲ませるというものでした。けれどナギがその案をしりぞけます。
「提案してくれるのはありがたいが、それはあまりいい案とは言えない。おれたちは薬学の素人。正しい分量や薬効も知らずに飲ませるのは良くない」
薬は医学薬学を修めたものが正しい知識のもとで膳じてはじめて効果を発揮するのです。素人の聞きかじり、見よう見まねはあまりにも危険でした。
「ならば薬学の知識を持つ者に頼るしかないか」
『チチチ! 何言ってるでさ。さっきその医者に頼ろうとしたのに、村人たちに追い返されたんでさ!』
「お前こそ何を言っている。あの村たち人に頼るのではない。我々の知る者の中に、一人いるだろう。薬学に精通している者が。そうだろう、ナギ」
フェノエレーゼはナギを見て言います。それでナギも気づきました。
ナギはいつも師が調合した薬を飲んでいる。すなわち、安永は薬学に明るいということです。
「そうか、師匠! 師匠ならきっと、ヒナさんの薬を調合できる」
ただし、安永に薬を頼むには、ひとつだけ難点があります。いつも師からナギへと、鳥の式神が文や薬を運んでくる。オーサキとタビは、空をかけることなどできないからです。
今この場において、空を飛んで安永のもとに行けるのは、フェノエレーゼしかいませんでした。
安永とは因縁の関係にある、フェノエレーゼしか。
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