108 / 147
拾 棚機ノ章
拾ノ弐 一つの問題
しおりを挟む
村についてすぐ、村人に場所を聞いて村長のもとを訪ねました。
村の中でもひときわ大きな家で、つくりがしっかりしている。長に仕える人間もいるようで、それなりに裕福なのがわかります。
通された部屋では目鼻立ちが政信によく似た男が、薄い座布団に正座して、ナギたちに向かいに座るよう促しました。
立ちふるまいから醸し出される雰囲気はかたく、息子とは違って厳格そうな男です。
「話は政信から聞いているよ。弟弟子が妖祓いの手伝いをしてくれると」
「よろしくお願いします。ナギと申します。早速ですが、妖のことを詳しく教えてください。政信だけでかたをつけられない理由があるのでしょうか」
ナギが本題を聞くと、村長は深く頷いて切り出します。
「妖怪に会ったというのは、棚機津女に選ばれた娘なんだ。……君は、棚機津女のことをどれくらい知っているかな」
「文月の六日から七日にかけて、機織りをする女性のことですよね。儀式の前には禊をする必要があると」
「ああ。それに加えて、棚機津女は儀式の数日前から、穢れを遠ざける必要があるのだ。異性と関わってはいけない」
「……なるほど。それでは政信が根本を解決できないわけだ。おれもその人と直接関わるわけにはいかない。儀式まで津女に側仕えする女も、未婚のものに限るのだ」
村長の説明を聞いて、ナギはどうしたものか考えます。
「ねえナギお兄さん。どういうこと?」
話が難しすぎて、ヒナはよくわかっていません。
ナギはヒナにわかるよう、かみくだいた言いまわしを探します。
「いいですかヒナさん。棚機津女は、神さまにお仕えするので、男の人と会話してはいけないのです。おれや政信は男なので、妖怪について詳しく聞きたくてもきけない。フェノエレーゼさんも、話を聞くのは難しいでしょう」
フェノエレーゼは、半分は女でも、もう半分は男。側仕えの女として入り込むことができません。
「それじゃあ、わたしがそのたなばたつめさんに話を聞きにいくのはいいのかしら?」
「ふむ。棚機津女に話を聞いてくるだけなら、危険もないだろう。ナギ、お前さえ構わないならヒナに行かせてみるか」
ヒナなら未婚の娘であり、うってつけでしょう。
「そうですね。妖怪について聞きたいことをまとめるので、おれの代わりに聞いてきていただけますか?」
「まかせて! わたし、お手伝いできるならがんばる!」
ナギたちの会話を聞いていた村長は訝しげです。
「其方たち、正気か? そんな童に何ができるというんだ」
「安心してください。この子は読み書きができますから、棚機津女さんに必要なことをきいて書きとめるくらいのことはできます」
「そうよ。わたし、宗近のおじちゃんに字を教えてもらったもの。ちゃんとお役に立てるわ」
ナギたちにできないことを代わりにできる。文字を覚えたことが、そして非力な女の子であることが今は役に立つのです。
ヒナは誇らしげにむねをはります。
あまりにもヒナが堂々としているので、まだ文句を言おうとしていた村長は、毒気を抜かれてしまいました。
ヒナに妖怪の情報を聞き出すことをまかせ、フェノエレーゼとナギは政信と合流しました。政信が知っているこのあたりの妖事情を共有するためです。
政信は、儀式の場付近に妖よけの札を貼っていました。
フェノエレーゼの姿を見るなり両手を広げます。
「会いたかったですよ、フェノエレーゼさん! ついにワタクシの愛を受け入れてくれる気になったのですね! ああ、恋文を送った甲斐があるというもの。夫婦になるために吉日を占わなければなりませんね」
「誰がお前なんかと番になるか! 調子に乗るな変態!!!」
「うぐおふぅ!!」
殴られて鼻血を出してもニヤニヤ笑顔の政信に、フェノエレーゼとナギは一抹の不安を覚えるのでした。
村の中でもひときわ大きな家で、つくりがしっかりしている。長に仕える人間もいるようで、それなりに裕福なのがわかります。
通された部屋では目鼻立ちが政信によく似た男が、薄い座布団に正座して、ナギたちに向かいに座るよう促しました。
立ちふるまいから醸し出される雰囲気はかたく、息子とは違って厳格そうな男です。
「話は政信から聞いているよ。弟弟子が妖祓いの手伝いをしてくれると」
「よろしくお願いします。ナギと申します。早速ですが、妖のことを詳しく教えてください。政信だけでかたをつけられない理由があるのでしょうか」
ナギが本題を聞くと、村長は深く頷いて切り出します。
「妖怪に会ったというのは、棚機津女に選ばれた娘なんだ。……君は、棚機津女のことをどれくらい知っているかな」
「文月の六日から七日にかけて、機織りをする女性のことですよね。儀式の前には禊をする必要があると」
「ああ。それに加えて、棚機津女は儀式の数日前から、穢れを遠ざける必要があるのだ。異性と関わってはいけない」
「……なるほど。それでは政信が根本を解決できないわけだ。おれもその人と直接関わるわけにはいかない。儀式まで津女に側仕えする女も、未婚のものに限るのだ」
村長の説明を聞いて、ナギはどうしたものか考えます。
「ねえナギお兄さん。どういうこと?」
話が難しすぎて、ヒナはよくわかっていません。
ナギはヒナにわかるよう、かみくだいた言いまわしを探します。
「いいですかヒナさん。棚機津女は、神さまにお仕えするので、男の人と会話してはいけないのです。おれや政信は男なので、妖怪について詳しく聞きたくてもきけない。フェノエレーゼさんも、話を聞くのは難しいでしょう」
フェノエレーゼは、半分は女でも、もう半分は男。側仕えの女として入り込むことができません。
「それじゃあ、わたしがそのたなばたつめさんに話を聞きにいくのはいいのかしら?」
「ふむ。棚機津女に話を聞いてくるだけなら、危険もないだろう。ナギ、お前さえ構わないならヒナに行かせてみるか」
ヒナなら未婚の娘であり、うってつけでしょう。
「そうですね。妖怪について聞きたいことをまとめるので、おれの代わりに聞いてきていただけますか?」
「まかせて! わたし、お手伝いできるならがんばる!」
ナギたちの会話を聞いていた村長は訝しげです。
「其方たち、正気か? そんな童に何ができるというんだ」
「安心してください。この子は読み書きができますから、棚機津女さんに必要なことをきいて書きとめるくらいのことはできます」
「そうよ。わたし、宗近のおじちゃんに字を教えてもらったもの。ちゃんとお役に立てるわ」
ナギたちにできないことを代わりにできる。文字を覚えたことが、そして非力な女の子であることが今は役に立つのです。
ヒナは誇らしげにむねをはります。
あまりにもヒナが堂々としているので、まだ文句を言おうとしていた村長は、毒気を抜かれてしまいました。
ヒナに妖怪の情報を聞き出すことをまかせ、フェノエレーゼとナギは政信と合流しました。政信が知っているこのあたりの妖事情を共有するためです。
政信は、儀式の場付近に妖よけの札を貼っていました。
フェノエレーゼの姿を見るなり両手を広げます。
「会いたかったですよ、フェノエレーゼさん! ついにワタクシの愛を受け入れてくれる気になったのですね! ああ、恋文を送った甲斐があるというもの。夫婦になるために吉日を占わなければなりませんね」
「誰がお前なんかと番になるか! 調子に乗るな変態!!!」
「うぐおふぅ!!」
殴られて鼻血を出してもニヤニヤ笑顔の政信に、フェノエレーゼとナギは一抹の不安を覚えるのでした。
1
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
時代小説の愉しみ
相良武有
歴史・時代
女渡世人、やさぐれ同心、錺簪師、お庭番に酌女・・・
武士も町人も、不器用にしか生きられない男と女。男が呻吟し女が慟哭する・・・
剣が舞い落花が散り・・・時代小説の愉しみ
地縛霊に憑りつかれた武士(もののふ))【備中高松城攻め奇譚】
野松 彦秋
歴史・時代
1575年、備中の国にて戦国大名の一族が滅亡しようとしていた。
一族郎党が覚悟を決め、最期の時を迎えようとしていた時に、鶴姫はひとり甲冑を着て槍を持ち、敵毛利軍へ独り突撃をかけようとする。老臣より、『女が戦に出れば成仏できない。』と諫められたが、彼女は聞かず、部屋を後にする。
生を終えた筈の彼女が、仏の情けか、はたまた、罰か、成仏できず、戦国の世を駆け巡る。
優しき男達との交流の末、彼女が新しい居場所をみつけるまでの日々を描く。
わが友ヒトラー
名無ナナシ
歴史・時代
史上最悪の独裁者として名高いアドルフ・ヒトラー
そんな彼にも青春を共にする者がいた
一九〇〇年代のドイツ
二人の青春物語
youtube : https://www.youtube.com/channel/UC6CwMDVM6o7OygoFC3RdKng
参考・引用
彡(゜)(゜)「ワイはアドルフ・ヒトラー。将来の大芸術家や」(5ch)
アドルフ・ヒトラーの青春(三交社)
毛利隆元 ~総領の甚六~
秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。
父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。
史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。
豊家軽業夜話
黒坂 わかな
歴史・時代
猿楽小屋や市で賑わう京の寺院にて、軽業師の竹早は日の本一の技を見せる。そこに、参詣に訪れていた豊臣秀吉の側室・松の丸殿が通りがかり、竹早は伏見城へ行くことに。やがて竹早は秀頼と出会い…。
トノサマニンジャ 外伝 『剣客 原口源左衛門』
原口源太郎
歴史・時代
御前試合で相手の腕を折った山本道場の師範代原口源左衛門は、浪人の身となり仕官の道を探して美濃の地へ流れてきた。資金は尽き、その地で仕官できなければ刀を捨てる覚悟であった。そこで源左衛門は不思議な感覚に出会う。影風流の使い手である源左衛門は人の気配に敏感であったが、近くに誰かがいて見られているはずなのに、それが何者なのか全くつかめないのである。そのような感覚は初めてであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる