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捌 上野ノ妖ノ章
捌ノ肆 数多の妖怪は
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みもすその湯からほど近く、みなかみの集落に向かいました。
地面に穴を掘って作られたらしい、ワラの三角屋根が掛かる住居がいくつかあります。
これがこのあたりの家の形式なのでしょう。
家の一つから、先程みもすその湯で会った婦人が出てきました。
フェノエレーゼを見て笑顔を見せます。
「おや、さっきの旅人さんがた。姉さん、足はだいじかね。女神さまの湯は効いたろ」
「入る前と何も変わらん」
「そら、その足で歩くのはよいじゃねえな。おらちのじいさんが使っとった杖があるけ、あんたにやる」
そう言って家に戻ると、四尺ほどの長さの樫の杖を持ってきました。
飾り気のない、木から削り出しただけの簡素なものですが、樫でできているので強度は十分です。
足が治るまでナギの肩を借り続けるわけにもいかないので、ありがたく杖を貰い受けることにしました。
「恩に着る」
「なあに。なげるより、使う人がいてくれたほうが、死んだじいさんも喜ぶ」
早速地面に杖をついて歩いてみて、ふらつくことなく支えられるのを確認します。
『チチチチ。ただでさえ髪が白いのに、杖なんてついてたらなおさら老人みたいでさ』
雀がいらぬ一言を言います。
いつもならぶん投げるフェノエレーゼですが、人前なので、この場は睨みをきかせるに留めました。
安永がすっと一歩進み出て、おばさんに尋ねます。
「みなかみの長はおいででしょうか。私は土浦安永。長から妖怪退治の依頼を受けた陰陽師です。そちらの二人は私の弟子。背の高いほうが政信、浅葱の狩衣の子がナギです。若いですが、腕は確かです」
安永に促され、ナギと政信が軽く会釈します。
「村長ちならこの先だ。それにしても、陰陽師っちゅーんは年寄りだと思っとったよ」
「よく言われます」
おばさんは機嫌良くフェノエレーゼたちを案内してくれて、村長から依頼について話を聞くことができました。
妖怪は毎日出るわけではないこと、出くわす場所も出る妖怪もバラバラ。
中には恐怖のあまり寝込んでしまったものもいると言います。
話を聞き終わり、闇雲に調べるのは得策でないと考え、二手に分かれることにしました。
フェノエレーゼと安永は、妖怪が出没した地の調査を。
ヒナとナギ、政信は、妖怪を見たという村人たちへの聞き込みを。
日没には村で落ち合うと決めて、それぞれ散開します。
妖怪に遭遇したという人の話を聞いて村をまわります。
みんな本当に出会う場所も時間も、見た妖怪もバラバラで、手がかりになりそうもありません。
そうして目撃情報をしらみつぶしに聞いてまわり、七人目。
ヒナより少し年上の童は、家の中で薄い布をかぶって震えていました。
「お兄さんは、どこでどんな妖怪に会ったの?」
「そ、そっだなこといわれても。あぁあぁあ」
「教えてもらえないと、調べられないわ」
「うううう、雲に届くくらいでっかい一つ目のバケモンが、あぁあ、もうおしめぇだ……」
大人の男にも怯えると聞いていたので、ヒナが聞き役になったのですが、ヒナにすら怯えるしまつ。
まともに会話にならなくて、ヒナは困り顔でナギたちの方に振り返ります。
『うーん。オイラ、このあたりにも来たことあるけど、そんなでっかいやつに会ったことないぞ』
『きゅいー。タビのいうとおりよ。おかしいですわ、主様。この人が出くわしたのは、本当に一つ目の入道?』
「おかしいとは、何が」
『以前、主様の妹御を助けるとき、タマモというキツネが力を貸してくれたでしょう。あのひとの臭いに似ています。聞き込みしてまわった村人も、この童もーーキツネの残り香がします』
「つまり、みなかみで目撃された妖怪は、キツネ……妖狐が化けていたということか」
もともとこの近辺に住んでいるタビが言うなら、事実そんな大きな妖怪はいないのでしょう。
全て妖狐に化かされていたから、というのなら合点がいきます。
政信もあごに手を当てて思案します。
「しかし、これだけの数目撃されていても、誰も襲われてはいない。“目撃されているだけ”だ。人を驚かせるのを娯楽としているのかもしれない。これまでは娯楽で済んだが、これから先もそうとは限らない。そうだろう、ナギ」
「……師匠にこのことを伝えよう。妖狐は人に化けることもできるから、油断はできない」
仮定が本当かどうか確証をえるためにも、ナギたちは聞き込みを続けました。
地面に穴を掘って作られたらしい、ワラの三角屋根が掛かる住居がいくつかあります。
これがこのあたりの家の形式なのでしょう。
家の一つから、先程みもすその湯で会った婦人が出てきました。
フェノエレーゼを見て笑顔を見せます。
「おや、さっきの旅人さんがた。姉さん、足はだいじかね。女神さまの湯は効いたろ」
「入る前と何も変わらん」
「そら、その足で歩くのはよいじゃねえな。おらちのじいさんが使っとった杖があるけ、あんたにやる」
そう言って家に戻ると、四尺ほどの長さの樫の杖を持ってきました。
飾り気のない、木から削り出しただけの簡素なものですが、樫でできているので強度は十分です。
足が治るまでナギの肩を借り続けるわけにもいかないので、ありがたく杖を貰い受けることにしました。
「恩に着る」
「なあに。なげるより、使う人がいてくれたほうが、死んだじいさんも喜ぶ」
早速地面に杖をついて歩いてみて、ふらつくことなく支えられるのを確認します。
『チチチチ。ただでさえ髪が白いのに、杖なんてついてたらなおさら老人みたいでさ』
雀がいらぬ一言を言います。
いつもならぶん投げるフェノエレーゼですが、人前なので、この場は睨みをきかせるに留めました。
安永がすっと一歩進み出て、おばさんに尋ねます。
「みなかみの長はおいででしょうか。私は土浦安永。長から妖怪退治の依頼を受けた陰陽師です。そちらの二人は私の弟子。背の高いほうが政信、浅葱の狩衣の子がナギです。若いですが、腕は確かです」
安永に促され、ナギと政信が軽く会釈します。
「村長ちならこの先だ。それにしても、陰陽師っちゅーんは年寄りだと思っとったよ」
「よく言われます」
おばさんは機嫌良くフェノエレーゼたちを案内してくれて、村長から依頼について話を聞くことができました。
妖怪は毎日出るわけではないこと、出くわす場所も出る妖怪もバラバラ。
中には恐怖のあまり寝込んでしまったものもいると言います。
話を聞き終わり、闇雲に調べるのは得策でないと考え、二手に分かれることにしました。
フェノエレーゼと安永は、妖怪が出没した地の調査を。
ヒナとナギ、政信は、妖怪を見たという村人たちへの聞き込みを。
日没には村で落ち合うと決めて、それぞれ散開します。
妖怪に遭遇したという人の話を聞いて村をまわります。
みんな本当に出会う場所も時間も、見た妖怪もバラバラで、手がかりになりそうもありません。
そうして目撃情報をしらみつぶしに聞いてまわり、七人目。
ヒナより少し年上の童は、家の中で薄い布をかぶって震えていました。
「お兄さんは、どこでどんな妖怪に会ったの?」
「そ、そっだなこといわれても。あぁあぁあ」
「教えてもらえないと、調べられないわ」
「うううう、雲に届くくらいでっかい一つ目のバケモンが、あぁあ、もうおしめぇだ……」
大人の男にも怯えると聞いていたので、ヒナが聞き役になったのですが、ヒナにすら怯えるしまつ。
まともに会話にならなくて、ヒナは困り顔でナギたちの方に振り返ります。
『うーん。オイラ、このあたりにも来たことあるけど、そんなでっかいやつに会ったことないぞ』
『きゅいー。タビのいうとおりよ。おかしいですわ、主様。この人が出くわしたのは、本当に一つ目の入道?』
「おかしいとは、何が」
『以前、主様の妹御を助けるとき、タマモというキツネが力を貸してくれたでしょう。あのひとの臭いに似ています。聞き込みしてまわった村人も、この童もーーキツネの残り香がします』
「つまり、みなかみで目撃された妖怪は、キツネ……妖狐が化けていたということか」
もともとこの近辺に住んでいるタビが言うなら、事実そんな大きな妖怪はいないのでしょう。
全て妖狐に化かされていたから、というのなら合点がいきます。
政信もあごに手を当てて思案します。
「しかし、これだけの数目撃されていても、誰も襲われてはいない。“目撃されているだけ”だ。人を驚かせるのを娯楽としているのかもしれない。これまでは娯楽で済んだが、これから先もそうとは限らない。そうだろう、ナギ」
「……師匠にこのことを伝えよう。妖狐は人に化けることもできるから、油断はできない」
仮定が本当かどうか確証をえるためにも、ナギたちは聞き込みを続けました。
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