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陸 雪女ノ章
陸ノ陸 宗近とムツキ
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ナギとムツキの二人が屋敷に戻ってきたので、フェノエレーゼはさっきあったことを話しました。
ソウジというあやかしの子が山に一人でいたこと、陰陽師の屋敷に行くと伝えた途端逃げてしまったこと。
ナギはあごに手を当てて考えこみます。
「貴女が会ったのはソウジくんで間違いないでしょう。彼は山に逃げ込んだんですよね。道でないところに行ってしまったと考えると、おれたちだけで探すのは難しい」
『きゅい~。逃がすなんてとんだシッタイね』
『ちちちぃ。そうでさ。えらそうなことばっかり言ってなにもできてないっさ!』
「だまってろ小物ども。次余計なこと言ったら串焼きにしてやる」
すごみをきかせた赤い目で睨まれて、オーサキと雀は黙りました。不機嫌を隠さない声は地の底を這うようで、せっかくの美人が台無しです。
フェノエレーゼがそんな様子なので、ムツキは表情をくもらせてうつむきます。
「ご、ごめいわくおかけしてすみません。ワタシがもっと早く帰れていたら……」
「謝るな。ここで落ち込んでいてみつかるのか? 落ち込む暇があったらとっとと探すぞ」
「すみません」
「だから、謝ってほしいわけではない。ああもう……なんでそんなにすぐ謝る。やりにくくてしょうがない」
ますます頭を下げてしまったムツキに、フェノエレーゼはこっそりため息を吐きます。ふだんうるさいほどに元気で明るいヒナを相手にしているせいか、こうも引っ込み思案で謝ってばかりの相手はどうにもかってがつかめません。
居心地の悪いものを感じて、そっぽをむいてしまったフェノエレーゼを見て、ムツキがつぶやきました。
「フェノエレーゼさんは、あのひととおなじことを言うのですね」
「あの人ってだあれ?」
ヒナがきくと、ムツキはどこか懐かしむように目を細めて語ります。
「私の夫……元夫と、言うべきでしょうか。あのひとにもよく言われたものです。ムツキは腰が低すぎる、人の顔色ばかり気にしていると」
『きゅい~。さいて~な男ねぇ。乙女にそんなこと言うなんて』
「こら、オーサキ。そんなこというものじゃない」
身もふたもない言いようをナギにたしなめられ、オーサキはしぶしぶ黙ります。
「いいえ。実際ワタシはこんなふうに謝ってばかり。気持ちも飲み込んでばかり。自信を持って堂々と胸を張っていろと、あの人にいつも言われていました。こんな時こそ、母親のワタシがしっかりしないと駄目ですよね」
ムツキが両手で自らの頬を叩いて、己を叱咤します。
自分が早くに母を亡くしているため、ヒナはどうにかして助けてあげたくて、フェノエレーゼの袖を引いてうったえます。
「ねぇねぇ、フエノさん。むねちかのおじちゃんにおねがいして、ソウジくんをさがすの手伝ってもらえないかな。わたしたちだけでさがすより、人がおおいほうがいいんでしょう? おじちゃん村の中で見かけなかったけど、どこにいるかな?」
「宗近!? あなたたち、彼を知っているんですか?」
うつむいていたムツキが、宗近の名を聞いた途端驚き、勢いよく顔を上げました。
越後の住人であるムツキと、京から来た旅人の宗近。
接点がなさそうなのに、ムツキは宗近を知っていた。
そのことのほうが、フェノエレーゼたちにとってはおどろきでした。
ナギが事情をかいつまんで話します。
「宗近さんとは、ここに来るまで共に旅をしていたのです。この村に住む元嫁に会わなければならないと言っていました。そういえばソウジくんを探すのに村の中を一通りまわったけれど、会いませんでした」
「……彼は、宗近さんは、ワタシの元夫です。うまく説明できませんが、彼の住む地に、あやかしはいてはいけなかった。別れるほかなかったのです。でも、彼はワタシに会いに来たのね」
「ええ。今日ここについたばかりなので、まだ近くにいるとは思いますが」
他人の色恋や家庭の事情に口を挟むわけにいかないので、ナギは深く追求しません。別れるに至るまでに、彼らなりの葛藤があったのでしょう。
真っ直ぐ山を見て、ムツキが決意を新たに歩き出します。
「ソウジを見つけて、今度こそちゃんと宗近さんと向き合わないと」
しゃんと背を伸ばすムツキに、先ほどまでのおどおどした様子はありません。放っておけば一人でも山をかけめぐってしまいそうで、フェノエレーゼは苦笑してしまいます。
弱いくせにこうと決めたら突っ走るムツキは、ヒナと気が合うのだろうなと思いました。
「広い山を無闇に探すのは得策ではないぞ。こいつらの手を借りよう」
フェノエレーゼが指笛を吹くと、あちこちからカラスが集まってきました。
カアカアカアカア。見たこともないカラスの大合唱に、ヒナがあんぐり、口をあけたまま呆けます。
鳥の言葉でソウジを探してほしいと伝えると、みんな二つ返事で飛びたっていきました。
そうしてほどなくして戻ってきたカラスが言いました。
『ゆきんこは、長い刀をたずさえた男が、家まで送っているところだよ』と。
ソウジというあやかしの子が山に一人でいたこと、陰陽師の屋敷に行くと伝えた途端逃げてしまったこと。
ナギはあごに手を当てて考えこみます。
「貴女が会ったのはソウジくんで間違いないでしょう。彼は山に逃げ込んだんですよね。道でないところに行ってしまったと考えると、おれたちだけで探すのは難しい」
『きゅい~。逃がすなんてとんだシッタイね』
『ちちちぃ。そうでさ。えらそうなことばっかり言ってなにもできてないっさ!』
「だまってろ小物ども。次余計なこと言ったら串焼きにしてやる」
すごみをきかせた赤い目で睨まれて、オーサキと雀は黙りました。不機嫌を隠さない声は地の底を這うようで、せっかくの美人が台無しです。
フェノエレーゼがそんな様子なので、ムツキは表情をくもらせてうつむきます。
「ご、ごめいわくおかけしてすみません。ワタシがもっと早く帰れていたら……」
「謝るな。ここで落ち込んでいてみつかるのか? 落ち込む暇があったらとっとと探すぞ」
「すみません」
「だから、謝ってほしいわけではない。ああもう……なんでそんなにすぐ謝る。やりにくくてしょうがない」
ますます頭を下げてしまったムツキに、フェノエレーゼはこっそりため息を吐きます。ふだんうるさいほどに元気で明るいヒナを相手にしているせいか、こうも引っ込み思案で謝ってばかりの相手はどうにもかってがつかめません。
居心地の悪いものを感じて、そっぽをむいてしまったフェノエレーゼを見て、ムツキがつぶやきました。
「フェノエレーゼさんは、あのひととおなじことを言うのですね」
「あの人ってだあれ?」
ヒナがきくと、ムツキはどこか懐かしむように目を細めて語ります。
「私の夫……元夫と、言うべきでしょうか。あのひとにもよく言われたものです。ムツキは腰が低すぎる、人の顔色ばかり気にしていると」
『きゅい~。さいて~な男ねぇ。乙女にそんなこと言うなんて』
「こら、オーサキ。そんなこというものじゃない」
身もふたもない言いようをナギにたしなめられ、オーサキはしぶしぶ黙ります。
「いいえ。実際ワタシはこんなふうに謝ってばかり。気持ちも飲み込んでばかり。自信を持って堂々と胸を張っていろと、あの人にいつも言われていました。こんな時こそ、母親のワタシがしっかりしないと駄目ですよね」
ムツキが両手で自らの頬を叩いて、己を叱咤します。
自分が早くに母を亡くしているため、ヒナはどうにかして助けてあげたくて、フェノエレーゼの袖を引いてうったえます。
「ねぇねぇ、フエノさん。むねちかのおじちゃんにおねがいして、ソウジくんをさがすの手伝ってもらえないかな。わたしたちだけでさがすより、人がおおいほうがいいんでしょう? おじちゃん村の中で見かけなかったけど、どこにいるかな?」
「宗近!? あなたたち、彼を知っているんですか?」
うつむいていたムツキが、宗近の名を聞いた途端驚き、勢いよく顔を上げました。
越後の住人であるムツキと、京から来た旅人の宗近。
接点がなさそうなのに、ムツキは宗近を知っていた。
そのことのほうが、フェノエレーゼたちにとってはおどろきでした。
ナギが事情をかいつまんで話します。
「宗近さんとは、ここに来るまで共に旅をしていたのです。この村に住む元嫁に会わなければならないと言っていました。そういえばソウジくんを探すのに村の中を一通りまわったけれど、会いませんでした」
「……彼は、宗近さんは、ワタシの元夫です。うまく説明できませんが、彼の住む地に、あやかしはいてはいけなかった。別れるほかなかったのです。でも、彼はワタシに会いに来たのね」
「ええ。今日ここについたばかりなので、まだ近くにいるとは思いますが」
他人の色恋や家庭の事情に口を挟むわけにいかないので、ナギは深く追求しません。別れるに至るまでに、彼らなりの葛藤があったのでしょう。
真っ直ぐ山を見て、ムツキが決意を新たに歩き出します。
「ソウジを見つけて、今度こそちゃんと宗近さんと向き合わないと」
しゃんと背を伸ばすムツキに、先ほどまでのおどおどした様子はありません。放っておけば一人でも山をかけめぐってしまいそうで、フェノエレーゼは苦笑してしまいます。
弱いくせにこうと決めたら突っ走るムツキは、ヒナと気が合うのだろうなと思いました。
「広い山を無闇に探すのは得策ではないぞ。こいつらの手を借りよう」
フェノエレーゼが指笛を吹くと、あちこちからカラスが集まってきました。
カアカアカアカア。見たこともないカラスの大合唱に、ヒナがあんぐり、口をあけたまま呆けます。
鳥の言葉でソウジを探してほしいと伝えると、みんな二つ返事で飛びたっていきました。
そうしてほどなくして戻ってきたカラスが言いました。
『ゆきんこは、長い刀をたずさえた男が、家まで送っているところだよ』と。
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