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中央の国 ワクサレア

025 大祭ルーディーニ・ワクサルス① - 新たな仲間

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 大祭ルーディーニ・ワクサルスの当日は、雲ひとつない快晴だった。
 吹き抜ける風が心地よく、ララキは思いっきり伸びをする。街の雰囲気もなんだかみんなが浮かれてそわそわしているようだ。

 一方ミルンは兄のことを考えているのかまた少し難い表情で、朝からもの探しの紋唱を行っている。

 くるくる回る紋章を眺めてぶつくさ言っているミルンの首根っこを掴み、ララキはスキップ気味に街の中心部へと向かった。せっかくだから朝ごはんに美味しいものを屋台で見繕おうと思ったのだ。

 だが思ったより屋台の類は出ておらず、街の広場は憲兵隊によって大部分を立ち入り禁止にされていた。
 どうもそのあたりを今日の祭りで使うらしい。丸一日かかる盛大なお祭りで、世界各国から観光客が集まっていることもあってか、警備はなかなか厳重そうだった。

 数少ない屋台はすでに観光客でごった返していたが、どうにか食べられるものを手に入れた。

「ほーらー、朝からそんな仏頂面してないで、とりあえず食べなよ!」
「ああ、ありがとよ」

 まるで味わっていない顔で口に放り込むミルンにちょっと腹が立ちながら、適当なところで時計台の鐘が鳴るのを待った。
 その時刻から大祭が始まるのだ。こうしている間にもどんどん人が増えてくる。

 これは気をつけないとミルンともはぐれそうだな。まあそうしたら紋唱で探してもらえばいいか。

 すっかりぜんぶ食べ終わってしまって暇になり、ちょっと市場のほうを覗きにいきたいな、とそわそわし始めるララキを、今度はミルンが首根っこ掴んで引き止める。
 そうする間も時計の針はゆっくりと回っている。なんとなくいつもより遅い気さえする。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり……。

 ララキの頭がぼんやりしてきたころ、眼を醒ませと言わんばかりに鐘が鳴った。
 思わずうひゃあと飛びあがってしまい周囲の無駄な衆目を浴びたが、ともかく大祭の始まりだ。

 大神殿のほうからぞろぞろと祭司たちが出てくる。
 彼らは全員で巨大な額縁のようなものを運んでいた。その中には真っ白な紙らしいものが入っているだけだが、これは『紋言開き』と称される祭りではよくある光景だ。ララキもハブルサでクワディンヤという名前の似たような祭りを見ているので知っている。

 額縁は広場の中心に置かれた。形は正方形で、幅は六、七メートルくらいか。
 クワディンヤのより大きいな、とララキは思った。

 ここにクシエリスルの神による紋唱が描き起こされる、というのが祭りの主旨である。

 だがそれは一日の終わりに起きる、というか祭司たちによって行われるので、それまでは街路でパレードだったり大道芸だったりが行われる。
 一応祭司たちは一日じゅうこの額縁の前で儀礼を行うのだが、それをずっと見物している客は少ない。

 あちらこちらで楽しげな音楽が流れ始める。この日のために毎日練習してきた地元の楽団だったり、地方から遠征してきた芸人の一座などが、それぞれの持ち場でその技術を披露し始めたのだ。
 今でこそ彼らは人のために人の前で演奏や芸をするわけだが、もともとは神殿の前で、神に捧げるために行っていたらしい。

 あっちの人形劇が楽しそうだなあ、などと目移りするララキだったが、ちゃんと広場の前に残った。

 今日の目的は半分は祭りの見物で、見るべきは出し物ではなく祭司による儀礼のほうなのだ。ここへ来て何も掴めないようではアンハナケウも遠い。まあ、今までも何も掴めてはいないのだが。
 残り半分の目的は、ミルンに任せよう。

 祭司たちは祝詞を読み上げ、紋唱を交えながら儀礼を行っていく。祝詞が古い言葉なのでいまいち何を言っているのかよくわからないが、ララキがどうにか聞き取れた範囲では、こんな感じだと思われる。


 遥か昔からこの地をお守りいただいている、偉大なる神ルーディーンに、この詩を捧げます。
 我々ワクサール人の魂は、安らかなる死のあと、すべてあなたの元に帰りつくでしょう。
 我らの喜びはあなたの喜びであり、我らの悲しみはあなたの悲しみと共にある。
 あなたが我らを導いてくださるかぎり、ワクサールは安寧に包まれています。
 どうか、あなたの智と力を、今ひとたび我々の前に顕してください。
 そのために、あなたに歌を捧げます。音楽とともに踊りと詩を捧げます。


 聞きながら図書館で調べたことを思い返していた。

 祭りの名称ルーディーニというのは、神ルーディーンの名前からきているらしい。この神はクシエリスル合意を初めに行った『七柱の盟主』のうちのひと柱でもあり、もともとは牧畜を司っていたというので、挿絵などではたいてい頭にヒツジの角が生えている。

 七柱の盟主の残り六柱については諸説入り乱れているが、とりあえず確実なのはオヤシシコロカムラギという神だそうだ。
 このあたりを順番にあたっていきたいと思っているララキだが、あの恐ろしいヴニェク・スーを七柱としている説もあったりする。正直違っていてほしい。

 ちなみにその諸説の中にはヌダ・アフラムシカの名もあった。それがほんとうならシッカはクシエリスルの中でも偉い神さまだということになり、ひいては彼の肩を持ってくれる神もいるのではないか、とララキに淡い期待を抱かせた。

 しかし。

 儀礼を見ているというのは、わりと暇だ。祝詞を詠んでいるあたりは独特の節回しもあって、そういう歌を聴いているみたいでいいのだが、それ以外の所作になるとまったく面白くない。とりあえずララキには舞のよさがいまいちわからない。
 もしかしてこれを夕方まで延々見続けるのか、と思うとげんなりしてくるが、さすがにそんなわけはなかった。祭司だって疲れるので休憩時間というものがあるのだ。

 三十分くらい間があるというので、ちょっと他の芸人さんたちを見にいくことにした。人出の激しい中ではぐれてしまわないよう、儀礼が再会されたらまた同じ場所に戻ってくると決め、一旦ミルンとは別れる。


 あれこれと大道芸を見てまわり、すっかり楽しんでいたララキのもとに、駆け寄ってくる人影があった。

 ふわふわのロングヘアに、飛行用ゴーグルをヘアバンドがわりに着けた出で立ちの、最近はとりあえず女神説はないっぽいとされているスニエリタだった。
 変なものをヘアバンドにしているところはミルンと同じなのに、髪質と顔立ちが違えばこんなに印象が変わるんだな、とララキは変なところで感心する。ミルンはもう少し外見に気を遣え。

 スニエリタの息は上がっていて、それが面白かった。紋唱を使えばあんなに強いのに、地上をちょっと走っただけで息切れしてしまうなんて。

「よかった、お会いできて……ミルンさんはご一緒ではありませんの?」
「あ、うん、別行動してるの。また広場で儀礼が始まったらそこで合流するけどね」

 しばらく一緒に歩きながら、どうでもいい雑談に花が咲く。そこの芸人が実家の近所のオヤジに似ているとか、ほんとうにどうでもいい話ばっかりだったが、その中身のなさが気楽で楽しい。

 スニエリタは昨日の戦いを引き摺ることもなく、身体もなんともないようだった。

 ぶらぶらしながら何気なく時計を見上げると、もう儀礼の再開時間まであまりなくなっていることに気づく。広場までの距離を考えるともう戻ったほうがよさそうだ。
 それをスニエリタに告げると、一緒に行きたいと彼女は言う。けっこう人懐こいところがある子だ。

 戻る道すがら、スニエリタがふいに言った。

「あの、ララキさんにお願いしたいことがありますの。聞いてくださる?」
「ん、なーに?」
「わたくしも旅の仲間に加えていただけませんかしら」
「あー、いいよいいよ……ってえぇ!?」

 今なんて? ろくに聞きもせずにいいよとか口走ってしまったけど、なんて?

 慌てるララキに向かってスニエリタはもう一度言う。──わたくしを、アンハナケウに連れて行ってください。

「え、いや、でも、手がかりとかぜんぜん掴めてないし」
「もちろんお手伝いしますわ。足手まといにはなりませんし、自分のことは自分でやりますから」
「でも、でも、えっと、ミルンが何て言うか……」
「……わかりました。広場に戻ったらミルンさんにもお願いしてみますわ。彼が首を縦に振っていただけたら交渉成立と考えてもよろしいかしら?」

 け、けっこう強引なところがある子だ。ララキはちょっと怖くなりながら広場に戻る。

 たしかに腕は立つし有能そうだけれども、まだ彼女はシッカのことを知らない。ララキの旅のほんとうの理由を知ったらどう思うだろうか。
 それに、それってつまり、ぜんぶ話さなきゃならないということなのだ。それこそララキがほんとうはイキエス人ではないことも、シッカのことも、それでどれだけの神を敵に回すことになるかということも。

 悪い人ではなさそうだけれども、それだけに危険に巻き込むのも気が引ける。

 悩んでいる間に広場についてしまった。もうミルンは待ち合わせの場所にいて、腕組みをしてまた難しい顔をしていた。
 そして歩いてくるララキに気づき、さらにその隣で決意の表情をしているスニエリタを見て、彼もちょっとぎょっとしているようだった。

 あ、でも、たぶんミルンは断るだろうな。
 ララキが悩むまでもなかった。このマヌルドコンプレックスの塊みたいな人がすんなりスニエリタを受け入れられるわけがない。

「ミルンさん、おはようございます」
「お、おはよう、スニエリタ。……なんだ、そのへんで会ったのか、へえ……」

 引きつってる引きつってる。

「折り入ってお願いがありますの。あなたがたの旅の仲間にわたくしを加えていただきたいのですわ」
「へえ……、え、いや、何だって?」
「わたくしをアンハナケウに連れて行ってください」
「え、……ええ、いや、ダメだろ、そりゃ」

 ほらね。ですよね。そうだよね。

「……そうですよね。しょせんわたくしはあなたに敗北した女……」
「え」
「わかりました。ご一緒するのは諦めますわ……勝手についていくことに致します……。
 おふたりのお邪魔をしてはいけませんものね。気がつかなくてごめんなさい、わたくしそういうことには疎くって」
「え、え、え、いや、ちが、違う! 違います! 俺らそういうあれじゃ!」
「あたしからも言わせてほんとにそれだけは違う! あたしもう相手いるから!」

 ふたりとも必死だった。どうも歳の近い男女が一緒に行動しているというだけで、周囲からはそう見えてしまいがちらしい。

 もうミルンの顔に彼女募集中とか書いておいたほうがいいんじゃないのか。ララキは首から売約済みの札でも下げておこうか。

 あとスニエリタもしれっととんでもないことを言っている。勝手についていくって何だそれ。

 否定すればするほどスニエリタは疑いの眼を向けてくるので、思わずララキの口から衝いて出た。

「だってあたし、その人のためにアンハナケウに行くんだよ! 人っていうか神さまだけど!」

 あ、と気づいたときにはもう遅い。スニエリタは眼をまんまるにしていたし、隣でミルンはあっちゃーという感じで顔を覆っていた。

「……どういうことですの?」
「あ……いやその……。……あーっもういいや、簡単に言うとね、あたしちょっと特殊な身の上で、神さまに助けてもらったことがあって、その神さまをアンハナケウに連れてくの!」
「おい、ヤケクソになるなよ」
「だってもうしょうがないじゃん、隠しても……。あのねスニエリタ、あたしそのへんの関係で基本的にクシエリスルの神さまたちに受け入れられてないから、場合によっては攻撃されたりするんだ。
 初めて会ったときミルンが怪我してたのもそのせい。すごく危ない旅なの。だから」

 スニエリタの両手を握って真剣にお願いしたつもりだが、彼女の眼はまっすぐにララキを見つめていた。

 空の色をした大きな瞳の真ん中にたじろくララキの顔が映りこむ。
 じっと見ているとその後ろ、自分の背後に何かが見えたような気がして、ララキは振り返る。もちろん、何もない。誰もいない。

 気のせいかと思いなおしてスニエリタに向き直ると、今度は彼女はにっこりと微笑んでいた。

「お気遣いありがとうございます。ですが……ご心配には及びませんわ。それに、そういう事情でしたら頭数は多いほうがよろしいかと。力は分散されれば弱まりますし」
「そ、そういうもんかな?」
「一理ある、と思う。たしかに作業を分担できるのはありがたいし、現状俺たちは戦力不足でもある……あんたの腕がたしかだってのも。
 ただひとつ聞かせてくれ。なんであんたはアンハナケウに行きたいんだ?」

 ミルンの問いに、スニエリタは姿勢を正して答える。

「どうしても手に入れたいものがありますの。そして、それはアンハナケウにしかないのですわ。この世のどこを探そうとも、かの"幸福の国"以外では決して得られないものなのです」
「それは、具体的にはどういうものだ?」
「……人の心のようなもの、とだけ申しておきます」
「ふうん。で……そのために命を懸けてもかまわない覚悟があると?」
「ええ」

 一瞬の躊躇いも淀みもなく、ミルンをまっすぐ見据えたまま、スニエリタははっきりとそう言った。
 冗談や気まぐれで言っているわけではないことはララキにもわかった。本気で言っている。

 ミルンはしばらく無言でスニエリタを見つめていたが、やがて、わかった、と低い声で言った。

 そしてララキのほうを見てきた。言葉はなかったが、訊いているのだ──自分はスニエリタの同行を認めるが、おまえはどうする、と。

 ララキも頷いた。この先もミルンひとりに頼ってやっていくのは正直難しいと思っていたからだ。
 もちろんララキ自身がもっと成長しなければならないし、早く強くなりたいとは思うが、それだってスニエリタのような達人が近くにいたほうが捗るだろう。仲間になってもらえれば力強い。

 それに、ここまで真剣に言われたら、もう断りきれない。

「じゃあ、改めてよろしく、スニエリタ」
「よろしくお願い致します」

 ララキはスニエリタと握手をした。ミルンはそれを、黙って見守っていた。

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