高嶺の毒華は死に戻る

幽淋鶏

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3話

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執務室にはずらりと列が出来ていた。その多くは商人や下級貴族で、部屋にはそこかしこに商品の入った箱が置かれている。列は部屋の中には到底おさまらず、来客用の部屋やホールを限界まで使ってやっと、という有り様だった。

執務机に堂々と座っているのは、美しく、まだ幼さを残す少年ーーステラだ。断頭台で首を落とされた時のような幽鬼じみた雰囲気は今は無い。夜が一本立っているような、そんな麗しさだった。背後にはヴァイスが控え、油断なく主人を見守っている。

「このワインはエームズ川の上流で作られたもの?なら相場より色を付けて買い取るべきかな。あそこは今年、ひどい水害にあって葡萄の木が全て腐ってしまったそうだから....このワインはあそこで作られる最後のワインになって付加価値がつくでしょう。一樽、金20程で買い取って。次」

ワイングラスを持った執事が後ろに下がり、色鮮やかな反物を持った執事が前に進み出る。

「上質で厚い、良い生地。ただこの柄は微妙に今の流行りからは外れていて野暮ったい。
都市部から外れた田舎の貴族か、南の方の連中は買うでしょう。一反銀7。次」

列が淡々と進む。

「これを持ってきたのはどこの商会?」

「リーリエ商会の者です。海を越えてアラウから仕入れてきた品物で、リーリエ商会ではこの磁器を最高品質に位置付けているそうです。詳細の目録はこちらに。お気に召されれば、サーペンタイト家でも取り扱いをお願いしたいとの事です」

「ではリーリエ商会との取引は全て打ち切って。贋作を掴まされ、それを見抜けないような者など我が家の取引に必要ありません。アラウの磁器に見られる明るい青みも、珊瑚色の筋も無い、呆れるほど酷い模造品です。次」

こんなやりとりが延々と続くのである。持ってこられる品物は陶磁器、宝石、装飾品、反物、書物など多岐に渡る。それらをたった一人の少年が捌いていく様子は異様な光景だった。

昼の鐘が鳴った。午前中の商談は、今日はもう打ち切りである。ヴァイスはいつの間にかステラの側を離れ、昼食を持ってきていた。朝は簡単にお茶だけで済ましてしまうので、固形物を口に入れるのは今日初めてだ。胃が驚かないよう、ちまちまとサラダと鶏肉を飲み込んでいく。

「ステラ様。ネメシス様からの手紙が返ってまいりました」

「ん」

ヴァイスの方は見ずに、手だけを伸ばす。次の瞬間には、封の切られた手紙がステラの手のひらに載っていた。

「三日後の夜か。サーペンタイト家の庭園で、東の国の美しい花々を眺めながら茶を飲みたいそうだ。揃えておいて」

ここで言う「美しい花々」とは、珍しい薬草の事だ。天下の魔導省と言えども、国の機関である。よって予算は国から支給され、使える額は決まっている。予算配分の都合で買えない希少な素材を提供する代わりに便宜を図ってやるぞ、という意図が込められている。毎度のことなので、ヴァイスは慣れた様子で頷いた。

「それと、明日の午後は服飾と宝飾品、化粧品を扱う商会を優先して通して。仕込みの為に、一揃えするから」

ここにきて初めて、ヴァイスの顔に何故という疑問が浮かぶ。ステラはくすくす笑って、ヴァイスの耳元で囁いた。

「ネメシスを堕とす」

驚愕からヴァイスの目が見開かれた。眉間に皺を寄せ、何事か言おうと口を控えめに動かす。様々な葛藤と戦っているのだろう。ダメ押しとばかりにステラは言葉を重ねた。

「お願いね」

ヴァイスは諦めたようにため息を吐いた。

「全て、貴方の言う通りに」
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