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囚われの親子編
第28話 既視感(五)
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確信を得たジルヴェスターは二人の後を追跡する。
マーカスが向かっている先は中心部の方だ。住宅街と中心部の間には鉄道の駅がある。
フェルディナンドの情報では、マーカスは休日のはずだ。
仕事なら中央政庁のあるセントラル区に向かう為に駅を目指すだろうが、休日なので判断が難しい。
ベインはスーツを着用しているわけではないので、やはり仕事の線は消していいだろう。
遠出するとも思えないラフな服装だ。ポロシャツの上にジャケットを羽織り、スラックスを穿いている。
推測するに中心部まで買い物に出向いているというところであろうか。
住宅街を歩いていたが、途中で若葉が芽吹く春の新緑が揺らめく木々が並ぶ公園を通過する。
中心部へ赴くなら公園を通過する必要はない。近道にはなるのかもしれないが、それは地元民にしかわからないことだ。
そして都合の悪いことに今日は人気がなかった。
木々が視界を遮っているので周囲からの視線が届きにくく、住宅街のように建物が密集しているわけでもないので多少の音なら発しても問題はない。
暗殺者にとっては好都合な環境だろう。
公園の中心辺りまで進んでいくと、好機とみた暗殺者がマーカスとの距離を詰める。なるべく音を立てないように気をつけている。
暗殺者が姿を消したままマーカスの背後に近寄ると、マントの内に隠したダガーを取り出して右腕を振り上げた!
その時にマントを翻す音が鳴った。
背後から音が聞こえたマーカスは驚きながら振り返ろうとするが、自衛する為にはタイミング的に間に合わない。
だが、当然ジルヴェスターがただ傍観しているわけがない。
二人に気づかれないようにそばまで近寄っていたジルヴェスターは、暗殺者が振り上げた右腕を自分の右手で掴んで止めた。
「――!?」
暗殺者は突然自分の右腕を掴まれたことに驚き、小さく声を漏らす。
そして不覚にも行使していた光学迷彩を解いてしまった。
「――何者だ!」
突然背後に現れたにも拘わらず、自分が置かれている状況を瞬時に把握したマーカスはバックステップを踏んで距離を取り、戦闘態勢を整えた。
魔法師として一線を退いていても、状況を瞬時に理解して冷静な判断を下せるのはさすがだ。
「……」
右腕を掴まれて身動きできない暗殺者は押し黙るしかなかった。
対して、ジルヴェスターは自ら光学迷彩と消音の包容の行使を止めて姿を現す。
「――!!」
暗殺者は姿を消した誰かが自分の右腕を掴んでいることは把握していた。
しかし、目と鼻の先に姿を現した人物の顔を見て大いに動揺した。顔は隠れているが驚愕しているのだろうと容易に判別できるほどだ。
ポーカーフェイスを保てないところも素人感丸出しである。
「貴方は……!」
突如姿を現したジルヴェスターの存在に驚きながらも、自分のことを守ってくれたのだとマーカスは瞬時に判断した。
だが、目の前の人物が羽織っているコートを見て、誰なのかを察したベインは失礼があってはならないと居住まいを正す。
「ここは俺が引き受ける。詳しい話は爺――七賢人のフェルディナンドに訊いてくれ」
「はっ!」
自分の呟きに答えるように返ってきたジルヴェスターの言葉に、マーカスは敬礼をして走り去っていく。
詳しい話を追及することなく、ジルヴェスターの言葉に恭順するマーカスは終始冷静であった。
マーカスは自分がこの場にいたら足手纏いになるということを理解していた。
理解していても中々素直に応じられることでない。
その点、マーカスは感情に作用されることなく、冷静に状況を判断できる大人であった。
また、昨今自身が尊敬するフェルディナンドの腹心が立て続けに不審死していることを把握しており、それで今回は自分が狙われたのだろうと察していた。
故に状況説明を求めることもなく、邪魔にならないように避難する選択を迷わず選んだ。
それだけ特級魔法師第一席の肩書が他者に影響を与えるという証左でもある。
自分たちの話し声が届かなくなる距離までマーカスが離れたのを確認したところで、ジルヴェスターが口を開く。
「――大変そうだな、レアル」
「――!?」
ジルヴェスターが口にした言葉に暗殺者――レアルは一層驚きと動揺をあらわにする。
ただでさえ自分の右腕を掴んでいるジルヴェスターの存在に動揺していたレアルは、自分の正体が見破られているという事実に焦りと困惑が合わさり、頭の中が真っ白になっていた。
ジルヴェスターはレアルが魔法を行使した際の既視感と、身体を動かす際の所作、そして体格から暗殺者の正体はレアルではないかと当たりをつけていた。
もちろん確証はなかったが、右腕を掴む為に近付いたら確証を得た。
本来ならば、わざわざ近付いて右腕を掴むことなどせずに、魔法を使って対処すればいいことだ。
だが、正体がレアルではないかと疑念を抱いていたので魔法を使わなかった。
ジルヴェスターが知っているレアルなら暗殺などするわけがないと思ったからだ。
やむを得ない状況に追い詰められているのではないか? 以前、体調が悪いにも拘わらず無理して壁外に赴いていた理由にも繋がるのではないか? と考えた。
以上の理由により、レアルを傷つけずに止める選択を下した。
そしてレアルが右腕を掴まれたまま抵抗しなかったのは、相手がジルヴェスターだったからだ。動揺していたのもあるが、単純に友人に危害を加えることができなかったからだ。
レアルは真面目で誠実な人間だ。仮に自分が不利な状況になるとわかっていても、友人に危害を加えることなどできないだろう。
「すまんな」
そう一言詫びを入れたジルヴェスターは、レアルが動揺した隙を見逃さずに魔法を行使する。
左手首に装着している腕輪型の汎用型MACが光り、時間差を感じられないほどの速度で魔法が発動された。
結果、眼前にいたレアルの姿が消失した。
マーカスが向かっている先は中心部の方だ。住宅街と中心部の間には鉄道の駅がある。
フェルディナンドの情報では、マーカスは休日のはずだ。
仕事なら中央政庁のあるセントラル区に向かう為に駅を目指すだろうが、休日なので判断が難しい。
ベインはスーツを着用しているわけではないので、やはり仕事の線は消していいだろう。
遠出するとも思えないラフな服装だ。ポロシャツの上にジャケットを羽織り、スラックスを穿いている。
推測するに中心部まで買い物に出向いているというところであろうか。
住宅街を歩いていたが、途中で若葉が芽吹く春の新緑が揺らめく木々が並ぶ公園を通過する。
中心部へ赴くなら公園を通過する必要はない。近道にはなるのかもしれないが、それは地元民にしかわからないことだ。
そして都合の悪いことに今日は人気がなかった。
木々が視界を遮っているので周囲からの視線が届きにくく、住宅街のように建物が密集しているわけでもないので多少の音なら発しても問題はない。
暗殺者にとっては好都合な環境だろう。
公園の中心辺りまで進んでいくと、好機とみた暗殺者がマーカスとの距離を詰める。なるべく音を立てないように気をつけている。
暗殺者が姿を消したままマーカスの背後に近寄ると、マントの内に隠したダガーを取り出して右腕を振り上げた!
その時にマントを翻す音が鳴った。
背後から音が聞こえたマーカスは驚きながら振り返ろうとするが、自衛する為にはタイミング的に間に合わない。
だが、当然ジルヴェスターがただ傍観しているわけがない。
二人に気づかれないようにそばまで近寄っていたジルヴェスターは、暗殺者が振り上げた右腕を自分の右手で掴んで止めた。
「――!?」
暗殺者は突然自分の右腕を掴まれたことに驚き、小さく声を漏らす。
そして不覚にも行使していた光学迷彩を解いてしまった。
「――何者だ!」
突然背後に現れたにも拘わらず、自分が置かれている状況を瞬時に把握したマーカスはバックステップを踏んで距離を取り、戦闘態勢を整えた。
魔法師として一線を退いていても、状況を瞬時に理解して冷静な判断を下せるのはさすがだ。
「……」
右腕を掴まれて身動きできない暗殺者は押し黙るしかなかった。
対して、ジルヴェスターは自ら光学迷彩と消音の包容の行使を止めて姿を現す。
「――!!」
暗殺者は姿を消した誰かが自分の右腕を掴んでいることは把握していた。
しかし、目と鼻の先に姿を現した人物の顔を見て大いに動揺した。顔は隠れているが驚愕しているのだろうと容易に判別できるほどだ。
ポーカーフェイスを保てないところも素人感丸出しである。
「貴方は……!」
突如姿を現したジルヴェスターの存在に驚きながらも、自分のことを守ってくれたのだとマーカスは瞬時に判断した。
だが、目の前の人物が羽織っているコートを見て、誰なのかを察したベインは失礼があってはならないと居住まいを正す。
「ここは俺が引き受ける。詳しい話は爺――七賢人のフェルディナンドに訊いてくれ」
「はっ!」
自分の呟きに答えるように返ってきたジルヴェスターの言葉に、マーカスは敬礼をして走り去っていく。
詳しい話を追及することなく、ジルヴェスターの言葉に恭順するマーカスは終始冷静であった。
マーカスは自分がこの場にいたら足手纏いになるということを理解していた。
理解していても中々素直に応じられることでない。
その点、マーカスは感情に作用されることなく、冷静に状況を判断できる大人であった。
また、昨今自身が尊敬するフェルディナンドの腹心が立て続けに不審死していることを把握しており、それで今回は自分が狙われたのだろうと察していた。
故に状況説明を求めることもなく、邪魔にならないように避難する選択を迷わず選んだ。
それだけ特級魔法師第一席の肩書が他者に影響を与えるという証左でもある。
自分たちの話し声が届かなくなる距離までマーカスが離れたのを確認したところで、ジルヴェスターが口を開く。
「――大変そうだな、レアル」
「――!?」
ジルヴェスターが口にした言葉に暗殺者――レアルは一層驚きと動揺をあらわにする。
ただでさえ自分の右腕を掴んでいるジルヴェスターの存在に動揺していたレアルは、自分の正体が見破られているという事実に焦りと困惑が合わさり、頭の中が真っ白になっていた。
ジルヴェスターはレアルが魔法を行使した際の既視感と、身体を動かす際の所作、そして体格から暗殺者の正体はレアルではないかと当たりをつけていた。
もちろん確証はなかったが、右腕を掴む為に近付いたら確証を得た。
本来ならば、わざわざ近付いて右腕を掴むことなどせずに、魔法を使って対処すればいいことだ。
だが、正体がレアルではないかと疑念を抱いていたので魔法を使わなかった。
ジルヴェスターが知っているレアルなら暗殺などするわけがないと思ったからだ。
やむを得ない状況に追い詰められているのではないか? 以前、体調が悪いにも拘わらず無理して壁外に赴いていた理由にも繋がるのではないか? と考えた。
以上の理由により、レアルを傷つけずに止める選択を下した。
そしてレアルが右腕を掴まれたまま抵抗しなかったのは、相手がジルヴェスターだったからだ。動揺していたのもあるが、単純に友人に危害を加えることができなかったからだ。
レアルは真面目で誠実な人間だ。仮に自分が不利な状況になるとわかっていても、友人に危害を加えることなどできないだろう。
「すまんな」
そう一言詫びを入れたジルヴェスターは、レアルが動揺した隙を見逃さずに魔法を行使する。
左手首に装着している腕輪型の汎用型MACが光り、時間差を感じられないほどの速度で魔法が発動された。
結果、眼前にいたレアルの姿が消失した。
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