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 午後からは、各バンドごと練習が行われた。

 私はキーボード担当なので、頼まれていたバンドのその曲の練習だけ参加すればよかった。
 前もって練習はしてあるので、みんなに合わせることのみに集中すればいい。

 夕飯の支度があるので、バンドのみんなは鍵盤パートがある曲の練習を先にやってくれた。

「じゃあ、私ご飯作ってきますね」と、練習から抜け、キッチンへと向かう廊下には、あちらこちらから練習の音が聞こえてくる。

 まだ梅雨明けしていないのに夏っぽい空と、バンド練習の音に加え、どこかでもめている声も聞こえてくる。

「みんな、熱いな。さぁ、助っ人はまかないさんに変身ー!」

 「20人近くいる部員の夕飯をしくじったら大変だ」と、椅子の背もたれにかけてあったエプロンを首にかけ、気合いを入れるように腰ひもを強く結んだ。

 まずは大鍋ですいとんを作る。
大根、にんじん、ゴボウ、油揚げ、サトイモと鶏肉をザクザク切って、油で炒めてからそこにだし汁を注ぐ。

 具材を煮ている間に、すいとんを練って茹でて置いておく。

「ご飯も炊いたし、すいとんは大半が済んだから、あとはキャベツの千切りだけね」
 メインの揚げ物は、ファミレスバイト歴の長い先輩が揚げてくれることになったのでめちゃくちゃ助かる。

 まずキャベツの葉を剥がし、軸を切り取り縦半分にしていく。
 その後、筋が縦になるよう巻き、ひたすら千切りにする。
 揚げ物の添え物にする時は、出来上がりがフワッとした食感なるこのやり方がいい。

 ダンボールからキャベツを取り出そうとすると、横から先輩の手が伸びてきて、
「しっかし、立派なキャベツだな。こんなに重くて大きいのはなかなかないよね」と感心しながら、
「これ、シンクに運べばいい?」
 無言でうなずくと、先輩は大きなキャベツをこともな気にシンクに運んでくれた。

 大人数の夕飯に使うキャベツをひたすら無言で切り続けていると、

♪チャラチャチャチャチャンチャン

 後ろの椅子で先輩が、某有名ゲームの中でよく流れる音をギターで再現していた。
「上手いですね」と、笑うと続けて

♪ピコンピコンピコンピコン

と、コインを取る音を弾く。

 私がケタケタ笑っていると、次々とコンビニに入る時になる音や、大学の近くにあるスーパーのお肉コーナーで流れる曲をジャズバージョンで披露してくれたりした。

 すると背後から、
「おまえ~、こんなとこでサボってたな。揚げ物はまだしないでしょ? 夕飯作る前にとっとと練習参加しなさい!」
 
 先輩のバンドでベース担当の女の先輩がやってきて、180センチはあろう巨体の先輩をひきずりだした。

「わーん」と、言う先輩のバイバイがズルズルという音と混ざり遠ざかっていった。

 先輩、おもしろいし器用だ。
 彼は前に誰かから聞いた話によると、
「先輩は学費は親に出してもらってるけど、仕送りないらしいよ。それでバイト入れまくって稼いでるんだって」

 さらに働き者だ。偉すぎる。

 私は学費も仕送りもしてもらっている。
 私のバイト代はすべて小遣いになる。 恵まれた環境が当たり前にそこにある。そうではない人がいて初めて自分の置かれている場所を知る。

 キャベツの千切りは丁寧にしたいので、どうしても時間がかかる。
 汗がにじむような作業が半分くらいにさしかかったところで、
「はい、お茶飲んで」と、麦茶が注がれたコップが視界に入ってくる。
 顔を上げると、松永くんがコップを差し出して立っていた。

「ありがとう」
 手渡された麦茶をひと口飲むと、気づいていなかったけれど包丁を持つ手が少し痺れていた。

「大丈夫? 疲れてない?」

「うん、先輩も助っ人してくれてるみたいどし大丈夫」

「先輩みたいに頼りにならなくてごめん」
 松永くんはらしくない発言をしてきた。
 いや、らしくないって言えるほど彼のこと知っている訳ではないのですが、私の知っている限りでは、彼はなんでも出来て自信もあって優しいスーパー松永くんだ。

 なのにどうした? なんか変だ。

「いや、松永くんがいるから助かってるよ? そんなこと言いだすなんて変なの」
「スーパーでトウコさんが、自分で荷物を運んでしまったこと」

「先輩にはキャベツを運ぶのお願いしちゃってること」

「先輩、デカいしさ」

 どういうこと? 先輩にキャベツ運んでもらったことを責められてるの私? 

「俺が勝手にひがんでるだけだから、ゴメン」と、思いもよらなかった発言をしてきた。

 さっき、スーパーで私が彼に荷物を運ぶのをお願いしなかったのは、彼が頼りなさげに見えたから、頼まなかった。

 そして先輩はデカいから気兼ねなくキャベツを運ぶのを頼んだと思われてるってこと?

 私は大きく息を吸ってから、松永くんの手を取り外へ飛びだした。
 
 繋いだ手の体温がやたらと気になるのは、きっと空気がひんやりとしているからだ。

 どうしちゃったんだろう、私。

 【トウコ、初カレ作るぞ計画!】のせいかな? 男の子と手を繋いで走ってる。前さん、石井くん、原ちゃん、ミキちゃん助けて!

 木々の隙間からさすこもれびが、小道を走るふたりを照らしていた。

 森の入り口にある、ふたり掛けの木のベンチに座ると松永くんは、
「はぁ」と、ため息をついて頭を抱えた。
 森の音だけが辺りに響き、ふたりの間は沈黙が続いた。

 ザワザワ、チーチッチッチ、バサバサバサ…。

「私は中学、高校と背が高くて、でも、スポーツはあまり好きじゃなかったの。ムダに高い身長の女の子ってさ、いいことなんかひとつもなくて、自分のことが全然好きではなかった」
 私は一気に話しはじめた。

 松永くんは顔を上げてじっと見てきた。私はそのまま話しを続け、
「松永くんが頼りなさそうに見えていたとかではなくて、どちらかというと、私側の理由で行動したというか…」

「私、おまえなら大丈夫っしょって言われるのが怖くて、自分から先に出来ることはやっちゃうというか…。」と、正直に思いを話すと、松永くんがあきらかに動揺した顔をしていた。

 
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