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 6月の二週目、金曜日が大学が休みになったので週末にサークルで合宿という名の親睦会があり、私も行くことになった。
 
 配られたプリントを見ると、行き先は軽井沢と書いてある。初めての大学生っぽい行事かも?

 
「はーい、みんな集合」
「【トウコ、初カレ作るぞ計画!】の定例会始めますよー」と、学食の中テーブルでみんなに集合をかける原ちゃん。

「そんな大きな声で…やめてよ。他の人が何事かと思うじゃないの!」と、原ちゃんをいさめるも、まるで聞いている気配がない。

「今回、合宿に参加するにあたり、このような大チャンスを逃してはいけないと私は考え、私なりのプランを考えてきました。
 こちらが資料になります。
 一部しかコピーはないので回覧してください」と、原ちゃんがテキパキと指示する。
 こんな計画に、あなたの時間を使わなくてもよいのでは?と思う。

「原ちゃん、気合い入ってるね」と、前さんが資料に目を通してから言った。

「大学の4年間はエンジョイいないとね!」と、原ちゃんは雑誌も何冊か手提げから取り出した。

 せっかくだからこの旅行からイメチェンしようとなり、持っていく洋服を買い揃えた。
 
 初日はマドラスチェックのワンピースに麦わら帽子。美容院にも行きふんわりしたボブにし、それに合わせたメイクの仕方も教わってきた。

「眉毛が肝心だから、そこは丁寧に!」

「くせ毛は湿気に弱いから、雨が降らないことを祈る」

「いや、そこは雨の日用に、ハードスプレー持っていくしかないでしょ?」

「誰が引っかかるかな?」とミキちゃんが言うので、

「引っかかるとかやめてよ~感じ悪いし…」

「言い方変えるわ。誰がこういう女の子が好みだろうな?」

「そんな、未来のトウコの彼氏をチョロい奴みたいに言わないの!」と、石井くんが入ってきた。

「チョロいとは言ってない。でも、男子って大体こういうの好きだと思う。誰がかかってもおかしくない出来だし?」

「また、かかってもとか言う!」と石井が言い、

「何はともあれ、いい恋が見つかるといいね。合宿中はバンド練習も多いし、うちらと一緒にいたら、始まるものも始まらないから、出来るだけ単独行動するようにしよう。いいね?」と笑った。

「うん、ありがとう。そうする」

 みんなの手を借りて、そこそこにイメチェンは成功した。
「いざ、出陣!」


「おはようございます」

 朝からよく晴れていて、くせ毛がモサモサになる心配は減った。

 集合場所に着いたら、もう車に荷物を詰め始めている人たちがちらほらいた。

「荷物はこっちの車にまとめて積んじゃうから必要なもの以外貸して」と、先輩に言われ荷物を運ぶ。
 なんか、大人がいない旅行って大学生っぽいなと嬉しくなる。
「ありがとうございます。じゃあ、この荷物お願いします」と、先輩に荷物を渡すと

「トウコちゃん、なんか雰囲気変わった? なんかカワイイね」と、先輩が言うので、驚いて固まってしまった。

 数秒して我れに返りどうにかこうにか返答する。
「そそ、そうですか? リゾートで1.5倍増しなんじゃないですか?」と、言うと

「まだ現地着いてないし!」と、笑われてしまった。

 でももしや、もしや? これは効果ありなのではないか? 

 何台かの車で東京から碓氷峠を越え軽井沢へ向かう道のりは長いため、音楽サークルなだけあって、ラジオをから流れてくる曲を、車内全員で大合唱したり、オモチャの楽器を鳴らしたりしながら行く。
 車の運転だけは気をつけてと願うトウコに、誰かが持ってきたお菓子の袋が回ってきた。
 リンゴジャムがサンドされたクッキーをひとつ摘んで口に放りこむ。
「懐かしい!」

 ひさしぶりに食べたこのお菓子は小さい頃、隣のお婆ちゃんの家の縁台で遊んでいたとき、お婆ちゃんが出してくれたオヤツだった。私は、あんなに好きだったのに、このリンゴジャムサンドのことをすっかり忘れてしまっていた。今、記憶の引き出しの奥の奥に仕舞われていた味が蘇ってきた。

「このクッキー、子どもの頃から大好きだったんです」

「そうなんだ? もっと取って。私もさっきの店でこのお菓子見た時、懐かしいなあって思って買ったんだ」と、助手席の先輩が袋を寄越してくれた。

「私の実家の隣の家はお庭がとにかく広くて、そこが子どもの頃の私の遊び場だったんです。で、そこのお婆ちゃんが縁台でお茶を飲んでるときによく、お婆ちゃんは入れ歯にくっつくからいらないよ、あんたがお食べって、私に出してくれていたお菓子なんです」と、言うと

「そうそう、これさ歯にくっつくよね。食べにくいんだけど、なんか時々食べたくなる中毒性あるんだ。で、見かけるとつい買っちゃう」

「隣のお婆ちゃんはさ、自分は食べないのにトオコちゃんのためにいつも用意してくれていたんだろうね。きっと、孫みたいでかわいかったんだよ」と、話す先輩の言葉に驚いた。

 子どもだった私は、お婆ちゃんは食べないのになんで買うんだろうと思って、自分が食べないと悪くなっちゃなとか考えてたのを思い出した。

「……」

 お婆ちゃんが私のために買ってたなんてことすら気づけないなんて、私ってどれだけ自分しか見えてなかったんだろう。
 
もう私が東京に出てきてしまった今、お婆ちゃんはリンゴジャムクッキーを買うことはないのかと思うと、自分が恥ずかしくなった。
 手押し車を押して買い物に出ているお婆ちゃんの背中を思い出した。

「今度帰ったら、お婆ちゃんに会いに行ってきます」と、言うと

「お婆ちゃんきっと喜ぶよ」と、先輩は笑ってくれた。

 GW後の平日とあって道は空いていた。渋滞にも遭わず、一行はすんなりと現地に着くことが出来た。

「みんな、お疲れ様。中に荷物運んだら一階で部屋割りと仕事分担だけ先に伝えるね」と、部長の声がした。

 別荘はロッジのような木がむき出しの内装で、天窓からはキラキラと日が差し込んでいる。
 ぐるりと見回すといくつかある出窓には、きれいに生花が飾られていて、誰かが先に来てお掃除とかしてくれていたんだろう。
 よく見ると、その花は買ってきた花というよりは、田舎の畑の脇で農家の人がお墓参りなどに使うように育てていることが多いで馴染みのある花だった。そして壁には幸いにも私の苦手な鹿の頭とかは飾られていなかった。

「あれって本当に悪趣味なんだよな。ここの人はお花が好きな人でよかった」と、ひそかに私は胸を撫でおろした。

 やっと、みんなが集合したので大まかなスケジュールと仕事分担が告げられた。

 私は一人暮らしをしていて、そこそこ料理も出来るので夕飯係だった。
 
もう一人の夕飯係は買い出しもあるので、車の運転できる男子らしい。
 
二人で20人分の夕飯を一手に作る。大仕事だ、もう一人は車の運転係ということは、戦力としてはあまりカウントしてはいけないんだろうな。がんばらなくちゃ。

「ここでの分担は次のとおりです。
トウコちゃん、夕飯係大変だけどよろしくね。買い出しの荷物とかは、ほら彼ね。松永くんが一緒に行ってくれるから」と、先輩に紹介された人物は、この間の飲み会で話しかけてきた松永 優くんだった。
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