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5月の第2週
 突然の休講でぽっかり空いた午後、仲良しの数人で原宿に行くことになった。

「平日なのにこんなに人がいるんだ?」と唖然として有名な一本道を眺めている私の手を引き、
「竹下通りは後回しにして、先にラフォーレ原宿に行くよ」と、仲間たちはぐんぐん歩いていく。

「初・ラフォーレだ」
 DCブランドというこの時代を一世風靡したファッションブランド店がたくさん展開しているファッションビルだ。

「このマドラスチェックのジャケット。緑と水色の配色がかわいいな。着てみていいかな?」と、かなりブカブカなコットンジャケットを羽織ってみる。

 ストレートジーンズ、ホワイトデニムもいいだろう。
 でもこの間、下北沢の古着屋で買った大きな花柄のフレアースカートにあわせるもの選びに来たんだっけ?と思いなおしていると、
「別の階行ってくる。1時間後の3時半にここに集合するのでいい?」と、前さんが言いだし、みんなはOKとちりぢりに動きはじめた。

 確かに、このメンバーは同じ店で服を買うことはなさそうではある。
 私は別の階に行く前さんになんとなくついて行った。

「トウコは今日は何買うの? 私はジーンズにあう上の服買うつもりだけど?」

「なんか、最近よくわからないんだよね。何が好きか何が似合うか、何のためにおしゃれするのか。その瞬間にカワイイなと思って買うものがバラバラで、うちのクローゼットを開けると、そこはまさに混沌とした世界が広がっているわけよ」と、言う私の話をそのまま待ってくれているように、前さんは黙って聞いてくれている。

 彼女はクールビューティーな感じの印象の服でいつもまとめている。
 海外ドラマに出てくる女性が着ていそうな、スリムなジーンズにカットソーで、足もとはパンプスてな感じが多い。  

 私の立ち入ったことのない領域の服装だ。そんな前さんに、
「私はこの18年間、背の高いことでいいことなんかひとつもなかったんだ。だから、高身長を生かした服を着ようという発想はまるでなくて…私が前さんみたいなクールな恰好したら、高身長とハマりすぎちゃう。そうしたら、その恰好なりの行動をしなきゃいけなくなっちゃう気がしてずっと敬遠してきたんだ」と、話すと前さんは、
「洋服買うのに、そんなに深く考えたことなかったな。

 でも、確かに自分をどう見てもらいたいかを表現するのには一番手っ取り早い手段ではあるね」

「トウコの渾沌のなかには好きな服、他人からこう見てもらいたい服、その身長や足長さを生かせる服色々あるんだろうけど、トウコ自身はどうしたいかを整理しないとね」と、前さんは目的の店の前で立ち止まって私に聞いた。

「岐阜と違ってここは誰も私を知らないし、私の生きてきた背景も知らない。ここにいる人たちにとっては目の前の私が私なんだなって先週の飲み会ですごく思ったんだよね。何者にでもなれるんじゃないかなって」

「大学デビューしたいってこと? すればいいじゃない。
 どんな自分に見られたいかわかる?」
「うーん、モテたい…かな?」
「漠然としてるけど
 ハッキリとした目標があってよろしい。じゃあ、トウコのモテ計画を立てねば!」
「前さんの服は?」
「私のはまた今度でいいから行こう」
「大学デビューってそういう感じなんだな。どんな私にもなれるってことでしょ? でも、それって私なのかな? 私じゃないのかな?」

 3時半になり、みんなが集まったので喫茶店に入って休憩することになった。

 私は迷いに迷ってコーヒーとチーズケーキのセットをやっと注文した。すると、
「喫茶店のメニュー選ぶのに、よくそんなに悩めるね~」と、石井くんが笑っている。
「明日、死んでも悔いのないようにしないと事故で死ぬ瞬間とかに、「あっ、やっぱりチーズケーキ食べればよかった」とか思うのはいやじゃない?」と、話すと
「そうだよね。彼氏できる前に死んじゃったらやだもんね。よし、トウコの彼氏作る計画を真剣に考えよう」と、前さんが話し出した。

「何々? そんな計画立ててるんだ?」と、前さんと同じ美術学科の原ちゃんがワクワク顔で聞いてきた。

「いや、私だけじゃなくて前さんもどうぞ一緒に参加してくださっていいのですけど?」

「私のはその次にね。取り急ぎトウコだ」と、前さんの言葉に原ちゃんが、
「モテたいなら、男の子ウケする服にすればいいわけでしょ? どんなのにする? お嬢様なのか、ボディコンなのかオリーブ少女でいくのか? どの辺を狙うのかは決めないと始まらないよ」

「そうだ。トウコ、この間古着にハマってたよね。岐阜にいた頃はどんな服着てたの?」と、石井くんが聞いてくる。

 古着っぽいのとか民族衣装っぽいものは好き。でも東京みたいに売ってなかったから、とにかく人とは違う服を買うみたいな選び方してた」と、話すと原ちゃんが、
「待って待って、ここは何が好きかは目標からは外して、どんな彼氏とどんなデートがしたいのかで選んだらいいのでは?」と言う。 

 想像してみる…が、原ちゃんの言う都会のお嬢様の恰好の私とまだ見ぬ誰かが並んで歩くとか想像がつかない。

「トウコにそれは厳しいでしょ? そんなことが出来るんなら、うちじゃない有名大学のテニスサークルに入ってるよね」

 はい、私もそんなのどう演じていいのか右も左もわからないので、それも横に置いておくことにする。

「ボディコンは下半身だけならなんとかいけるかもしれないけど、上半身が
未発達だしな」と、前さんが残念なものを見る目で私を眺める。

 もう身も蓋もない。すると、美術学科のミキちゃんがペンと紙を取り出し、サラサラとイラストを描き始めた。そこには、
【トウコ、初カレ作るぞ計画!】と、タイトルが書かれた。

「トウコが出来そうで男ウケ良さそうなのってなんだろ?」

「とりあえず、民族衣装はないな~ クセ強女子って思われちゃう」と言いながら、イラストで民族衣装を着た私が描かれ、下に買いたくなっても買わない!と注意書きがされた。

「今ある、服も封印ってことよね」と、聞くと、みんなして
「もちろん!」と、返してきた。

「オリーブ少女でいったらいいんじゃないかな? 万人ウケすると思うよ。カワイイ路線で決めよう」と前さんが言う。

「え?? 私かなり背が高いんですけど、カワイイ路線って?」と慌ててみんなを止めようとするが、
「何言ってるのさ、ピンクハウスだって着てるモデルさんは背が高いよ。背が高くても似合うカワイイ恰好はあるし、なんなら背が高めの男子選べばいいんだよ」

 オリーブ少女とは、その当時大人気だったファッション雑誌オリーブのモデルのようなファッションをする女の子のことをそう呼んだのだ。
 そして、ピンクハウスとはフリルや花柄のワンピースが特徴的なDCブランドのことだ。そこそこ値段がするので金なし大学生では簡単に手が出ない代物だった。
「あのさ、つかまえる相手にもよるんじゃないの? その人にあった感じにすれば?」と、原ちゃんはもうなんかノリノリで止められない感じだった。

「だから、どんな男子が引っかかるかわかんないじゃん? で、とりあえず万人受けするのにしようかって話なんじゃないの?」と前さんがいさめる。

 引っかかるとかって言われるとなんか、罪悪感が湧いてくる。

だってそうだよね、これ計画的犯行だもの。

【トウコ、初カレ作るぞ計画!】は色まで塗られて、オシャレな雑誌の記事ページのように仕上がってきた。
 
 出かけるのに紙やらペンやら色鉛筆まで持ち歩いているとは、さすがは美術学科だ。

 今日はピンクハウスを買うような予算もないし、闇雲に進めてもいけないからと、一旦何も買わずに帰ることにして解散した。

「このミッションの次の定例会は来週の水曜日のお昼に学食でね!」と原ちゃんがみんなに伝えている。

 なんと、定例会までセッティングされ、【トウコ、初カレ作るぞ計画!】が、始動してしまった。

 東京だったら私をわかってくれるはずと、意気込んで出てきたはずなのにどうなってるんだ? 

 東京に来て男ウケのいいキャラになろうとか、おかしくないかと思う。

 岐阜にいたとき、男子にモテモテだったナナコちゃんのことを思い出す。

 彼女は背は小さくて顔も可愛くて男の子にモテてた。
 そんな彼女を見て、その当時の私はモテない自分のことを、ここは田舎だから私はわかられてないんだみたいな言い訳を前面にして生きていた。
 もう自分を自分がわからない。
 
 その夜、前さんの一人暮らしのアパートで、サクッと納豆パスタを食べたあとお茶を飲んでいると、
「ねぇ、どんなデートしたいとか決められそう?」
「私ね、地元にいた頃はここだから私は脇役なんだって思ってて、東京に出て行ったら主役になれるって思ってたとこあって、そんな奴がイメチェンしたら、まんまと彼氏作れるとかうまくいくかな?  みんなの期待に添えられる気がしない」と、言うと前さんは、
「でも、どこかで主役になってみたいと思ってたんならやってみたらいいよ。やったら死ぬとかって訳でもないんだし」と、言いながらお茶のおかわりを注いでくれた。

 前さんは、お茶からお酒に切り替えていて、窓の外を走る電車を眺めていた。

「女の子ひとりひとりに、その子をわかってくれる王子様がいたらいいのにね」と、私に話してるのか独り言なのかわからない口調言った。

 私は自己肯定感低め女子の頃から立ち直れていないままだった。
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