2 / 25
2
しおりを挟む
1988年6月24日(金)
私はお昼過ぎの図書室で窓際の席を陣取っていた。家だとどうしても色々な誘惑に負けてしまうので、今日はここで集中して試験勉強をやってしまおうという考えだった。なのに、まったく勉強に集中できていない有様というのも、まだ松永くんに明日の予定を聞けていないからなのだ。
明日のことは前からわかっていたことだから、私はバイトのシフトもはなから入れてなかった。
でも、松永くんは普通にみんながやってそうな記念日なんて、全然興味なんてなくて、そんなの恥ずかしいとか思ってるんじゃないかって思ってた。
でも私は逆で、本当は1か月くらい前から気になってたが、
「あのね? つきあい始めて1年の記念日はどうする?」と、どうしても言いだせずにいた。
先週も彼と小さな映画館で海外の昔の映画を観た帰り道、映像効果について説明をしている彼の話が、いつもならおもしろく聞けるのに、その日の私の頭にはまったく入ってこない。
そんな私の顔をチラッ覗いてきた松永くんは、
「何どうかした?」と不思議そうな顔をしている。
私は自分の頭の中だけで、
「記念日は一緒にデートする?」って何度も聞いた。でも、実際に言って
「え? 記念日? 何それ? てか、話聞いてた?」なんて言われたら、ゴメンって気持ちと恥ずかしさで2度と殻を開けることのない貝になりそうで、結局言えずじまい。
「あーあ、私ってば何してるんだか?」
ガヤガヤと人が流れこんでくる気配がした。お昼過ぎの授業が終わってチラホラと人が集まり出しているのだ。図書室は、私のようなテスト勉強目的のグループがいくつか現れ、みんなノートや教科書を広げ話しあって話しはじめていた。
この大学は来年、所沢に新校舎が出来る。すると1、2年の必修科目を落とした3年生は、その単位のためだけに新校舎に通わなければならない。みんなその話を知ってかなりビビっていて、今年の2年はみんな必死なのである。もれなく私も2年なのにテスト勉強は一向に進まない。
「いや、テスト勉強するし」と、教科書を開いてるくせに、浮かんでくるのは彼の顔。情けないなぁ、私のバカ!
窓から外を見ると学生たちが歩いていた。やたらとおしゃれに気を遣っている人もいれば、そうでない人もいる。芸術系の大学なので奇抜な恰好の人も結構いる。そんな中、松永くんはといえば、ファッションは流行を追った恰好とかはしないけど、なんとなく都会育ちを感じさせるシンプルな感じの服装で、Tシャツなのにおしゃれなのが憎らしい。田舎から上京してきたミーハー丸出しの私としては、普通を気取らないで勝負できるって羨ましいなといつも思っていた。
「松永くん、昨日も連絡なかったし、この間のケンカのせいなのかな?」
1988年6月25日(土)
朝、一人暮らしのワンルームで起きたら11時過ぎていた。目覚ましを止めたのか、もともと目覚ましをセットしていなかったのかも覚えていない。目が覚めるまで寝ていたら、なんと11時過ぎていたのだ。きっと天気が悪いせいだろう。起きあがりカーテンを開くと窓の外はあいにくの雨空だ。ベッドからもぞもぞと起き上がり、小さな片手鍋を取り出し100ccほどの水を沸かす。次に、カフェオレカップに100ccほどの牛乳を入れ砂糖をティースプーンで一杯入れレンジでチン。今度はコンロの鍋に粉末のインスタントコーヒーをティースプーンで1.5杯入れて再加熱。コーヒーが鍋のふちギリギリまで噴き上がる寸前で火を止め、カフェオレカップの牛乳に注ぐ。バイト先の社長が教えてくれたやり方で、カフェオレならこれと決めている。
「あーーでも、こんなことになるなら、やっぱり聞けばよかった」とカップを両手で包みこんで、カフェオレを飲むと溜め息混じりにつぶやいた。
クリーム色にトリコロールの小さな旗の絵が描かれてあるカフェオレカップ。こっちに来てから、松永くんに連れて行ってもらった吉祥寺のビルの中にある小さな雑貨屋さんで買ったお気に入りのカップだ。
岐阜にいる時から一人暮らしを始めたら朝は、カフェオレカップでミルクたっぷりのカフェオレをいれて飲もうと決めていた。
高校の頃、ファッション雑誌のモデルさんがカフェで食べている朝ご飯の記事を何度も繰り返し眺めていた。その時から、一人暮らしの道具は慌てて買わず、一つずつお気に入りを増やしていくつもりだった。
でも、そのお気に入りの空間に松永くんがいない。
「ケンカは一度や二度じゃないから、この間もすごく言いあったけど、また普通に仲直りできるものだと思ってたのに」
私は少し甘めのカフェオレを飲み干した頃には、電話が鳴ることはないなと諦めていた。いったん忘れて試験勉強をやってみようと試みてもいっこうに進まない。目覚まし時計はわざと見ないようにしていたのに、気を紛らすために流していたラジオから、お昼の時刻を知らせる秒針の音、
「プップップ、ポーン」が聞こえてしまったので否応なしに12時だと知らされてしまった。
予定がぽっかりと空いてしまった土曜日の午後が2分15秒経ってしまった。
ラジオのリクエストで某有名バンドの曲が流れ出す。
私はお昼過ぎの図書室で窓際の席を陣取っていた。家だとどうしても色々な誘惑に負けてしまうので、今日はここで集中して試験勉強をやってしまおうという考えだった。なのに、まったく勉強に集中できていない有様というのも、まだ松永くんに明日の予定を聞けていないからなのだ。
明日のことは前からわかっていたことだから、私はバイトのシフトもはなから入れてなかった。
でも、松永くんは普通にみんながやってそうな記念日なんて、全然興味なんてなくて、そんなの恥ずかしいとか思ってるんじゃないかって思ってた。
でも私は逆で、本当は1か月くらい前から気になってたが、
「あのね? つきあい始めて1年の記念日はどうする?」と、どうしても言いだせずにいた。
先週も彼と小さな映画館で海外の昔の映画を観た帰り道、映像効果について説明をしている彼の話が、いつもならおもしろく聞けるのに、その日の私の頭にはまったく入ってこない。
そんな私の顔をチラッ覗いてきた松永くんは、
「何どうかした?」と不思議そうな顔をしている。
私は自分の頭の中だけで、
「記念日は一緒にデートする?」って何度も聞いた。でも、実際に言って
「え? 記念日? 何それ? てか、話聞いてた?」なんて言われたら、ゴメンって気持ちと恥ずかしさで2度と殻を開けることのない貝になりそうで、結局言えずじまい。
「あーあ、私ってば何してるんだか?」
ガヤガヤと人が流れこんでくる気配がした。お昼過ぎの授業が終わってチラホラと人が集まり出しているのだ。図書室は、私のようなテスト勉強目的のグループがいくつか現れ、みんなノートや教科書を広げ話しあって話しはじめていた。
この大学は来年、所沢に新校舎が出来る。すると1、2年の必修科目を落とした3年生は、その単位のためだけに新校舎に通わなければならない。みんなその話を知ってかなりビビっていて、今年の2年はみんな必死なのである。もれなく私も2年なのにテスト勉強は一向に進まない。
「いや、テスト勉強するし」と、教科書を開いてるくせに、浮かんでくるのは彼の顔。情けないなぁ、私のバカ!
窓から外を見ると学生たちが歩いていた。やたらとおしゃれに気を遣っている人もいれば、そうでない人もいる。芸術系の大学なので奇抜な恰好の人も結構いる。そんな中、松永くんはといえば、ファッションは流行を追った恰好とかはしないけど、なんとなく都会育ちを感じさせるシンプルな感じの服装で、Tシャツなのにおしゃれなのが憎らしい。田舎から上京してきたミーハー丸出しの私としては、普通を気取らないで勝負できるって羨ましいなといつも思っていた。
「松永くん、昨日も連絡なかったし、この間のケンカのせいなのかな?」
1988年6月25日(土)
朝、一人暮らしのワンルームで起きたら11時過ぎていた。目覚ましを止めたのか、もともと目覚ましをセットしていなかったのかも覚えていない。目が覚めるまで寝ていたら、なんと11時過ぎていたのだ。きっと天気が悪いせいだろう。起きあがりカーテンを開くと窓の外はあいにくの雨空だ。ベッドからもぞもぞと起き上がり、小さな片手鍋を取り出し100ccほどの水を沸かす。次に、カフェオレカップに100ccほどの牛乳を入れ砂糖をティースプーンで一杯入れレンジでチン。今度はコンロの鍋に粉末のインスタントコーヒーをティースプーンで1.5杯入れて再加熱。コーヒーが鍋のふちギリギリまで噴き上がる寸前で火を止め、カフェオレカップの牛乳に注ぐ。バイト先の社長が教えてくれたやり方で、カフェオレならこれと決めている。
「あーーでも、こんなことになるなら、やっぱり聞けばよかった」とカップを両手で包みこんで、カフェオレを飲むと溜め息混じりにつぶやいた。
クリーム色にトリコロールの小さな旗の絵が描かれてあるカフェオレカップ。こっちに来てから、松永くんに連れて行ってもらった吉祥寺のビルの中にある小さな雑貨屋さんで買ったお気に入りのカップだ。
岐阜にいる時から一人暮らしを始めたら朝は、カフェオレカップでミルクたっぷりのカフェオレをいれて飲もうと決めていた。
高校の頃、ファッション雑誌のモデルさんがカフェで食べている朝ご飯の記事を何度も繰り返し眺めていた。その時から、一人暮らしの道具は慌てて買わず、一つずつお気に入りを増やしていくつもりだった。
でも、そのお気に入りの空間に松永くんがいない。
「ケンカは一度や二度じゃないから、この間もすごく言いあったけど、また普通に仲直りできるものだと思ってたのに」
私は少し甘めのカフェオレを飲み干した頃には、電話が鳴ることはないなと諦めていた。いったん忘れて試験勉強をやってみようと試みてもいっこうに進まない。目覚まし時計はわざと見ないようにしていたのに、気を紛らすために流していたラジオから、お昼の時刻を知らせる秒針の音、
「プップップ、ポーン」が聞こえてしまったので否応なしに12時だと知らされてしまった。
予定がぽっかりと空いてしまった土曜日の午後が2分15秒経ってしまった。
ラジオのリクエストで某有名バンドの曲が流れ出す。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
背守り
佐藤たま
ライト文芸
七海は夫を突然の病で亡くし、幼い娘ねねと二人で生きていくことになる。職探しと保育園探しに奔走する中で、予期せぬ妊娠が発覚。
悩みながらも新しい命を迎える決意をするが、生活は厳しさを増す。そんな時、見知らぬ女性が現れ、七海に手を差し伸べる。
彼女は七海の亡き母の親友で、母から「娘を助けてほしい」と頼まれていたのだという。七海はその女性のアパートに移り住み、始めるた内職仕事は思わぬ過去の記憶を呼び覚まし…
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ドケチ自衛官カップル駐屯地を満喫します
防人2曹
ライト文芸
基地通信隊員三等陸曹鳴無啓太(おとなしけいた)は同駐屯地の業務隊婦人陸上自衛官三等陸曹下川恵里菜(しもかわえりな)にPX裏で告白、恋人となった。が、二人が共通するのはドケチであること。デートは駐屯地内で別に構わない。駐屯地の中って意外とデートコースになるところはたくさんある。それに一緒に駐屯地外周をランニングすれば体力錬成にもなる。お互いに初級陸曹課程はすでに済ませているし、基地通信隊と業務隊は基本的にというかよほどのことがない限り山へは行かない。そりゃ命令が出りゃ別だが……。そんなこんなのドケチ自衛官カップルの駐屯地ラブコメ開幕。
※自衛隊を題材に使用していますがフィクションです。
※念のためR15指定しておきます。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる