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仕事と育児と就職活動のシングルマザーさん
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ねねに幼稚園に行かないのかとも聞けずにいた。これ以上サボっていたら行けるものも行けなくなってしまうんじゃないかと不安になる。
そんな時携帯の着信音が鳴ったので、いったん作業中の手を止める。
「七海ちゃん、どうしてるかなと思って…。ねねちゃん、幼稚園辞めるのかなって噂聞いたから電話したの。今から少し行ってもいい?」
ねねと同じ幼稚園に通う奏くんのママのサチさんからだった。
区役所からは連絡はないのでハローワークに通うのが日課となりつつある。
子どもを預ける場所もなく何をしたらいいのかと悩みながら、リモート作業の仕事を探して始めていたところだった。
ほどなくして、ドアをノックする音がした。
「ひさしぶり、七海ちゃんから連絡ないから、そっとしておいたほうがいいのかと思ってた」
畳の部屋のテーブルは内職の材料が大量に載っているのを見たサチさんは、キッチンのテーブル席に腰掛ける。
「シール貼り始めたんだ?」
「そう、とりあえず就職先探しながらやれるから」
「ねねちゃん、どうするの?」
畳の部屋でテレビを見ているねねを見て、小さな声でサチさんは言った。
「区役所で聞いてきたんだけど、保育園は空いていないんだって、だから幼稚園通うしかないのかなって」
冷蔵庫の麦茶とおせんべいを出す。
大量の小物にひたすらシールを貼り続ける作業は、最初は真っ直ぐ貼るのに苦労したけれど、今は効率よく貼れるようになってきた。ただ、それだけでは2人で暮らしていけるわけではない。
軽バンで配達なら、助手席にねねを乗せていられるかなとも考えたけど、
このままずっと幼稚園に復帰しないままでいいわけではない。
「何を始めるにしても、送り迎えなんかは私がやるから、9時5時の所に勤めても大丈夫だからね」
まっすぐに私を見るサチさんの目には同情などは感じられなくて、単なる友情の言葉に涙が出そうだ。
「ありがとう、ねねも退屈し始めてるからそろそろ幼稚園行くと言い出すと思うんだ」
ねねは敏感だから、サチさんの来訪に何かを感じてるはず。テレビを観てるけど、こちらを意識してるみたいだ。
「おーい、ねねちゃん」
サチさんは、おせんべいを持った手をヒラヒラさせながら、私のほうを見て目配せしてから、ねねを呼んだ。
「ねねちゃん、奏が明日の朝迎えにきたいと言ってるけど、幼稚園行く?」
行きたいとも行きたくないとも見える表情は、彼女の気持ちのままなのだろう。
小さくても彼女なりに色々なパターンを思い描いていると思う。
周りの子は、おもらしのことを冷やかしたりするのだろうか?
案外、他の子もおもらしなんてしてたりしていて、気にすることでもないのだろうか?
親子して思いあぐねているだろうふたりに、サチさんは言葉を続けた。
「行ってみて嫌だったら辞めちゃえばいいし、いいか悪いかは行ってみないとわからないんじゃない?」
そう言い放ち、サチさんはおせんべいをぱりんと噛んだ。
その割れる音は、私の頭のなかでもぱりんと響いた。
すると、ぱりん…その音を合図に、ねねは突然話しはじめた。
「私、幼稚園行ってもいいのかな? 行ったらいけないのかと思ってた」
どうして、そんなふうな思考回路になったんだろう? ねねの言っている意味がわからない。
「行ってもいいに決まってるじゃない。どうして行っちゃいけないとか思ったの?」
「お母さんが行きなさいって言わないから、行かないほうがいいのかなと思ってた」
「え?」
「ねね、そんなこと思ってたんだ? 幼稚園行っていいんだよ? お母さんはねねが行きたくなさそうだなと思って、幼稚園に行きたいと言うまで待とうと思ってた」
「おふたりさんは、もう少し思っていることをお互いに口にしないといけないようね」
「そうと決まれば、明日からは奏とおばさんが、ねねちゃんの送り迎えをします。七海さんは仕事を探してきてください。ねねちゃん、それでも大丈夫?」
「うん、私、奏くんと行く」
「わかった? じゃあ明日からはまた早起きしないとだね」
「まきばの牛さんヨーグルト食べる」
「えっ、今?」
「うん!」
「ヨーグルト、ヨーグルト、まきばの牛さんヨーグルト」
ねねの調子のはずれた謎の歌が響き、サチさんも笑ってる。ミカン先生にこっそり連絡しよう。
サチさんのおかげでねねが幼稚園復帰してからは、履歴書を送ったり、単発のバイトを入れてみたり、夜は内職でシールを貼るなどとやることは尽きない。
単発仕事を終えて家に着く。手を洗って部屋に入ると壁の時計がカチカチ鳴らす音だけが響いている。
「17時半まで2時間あるから、ねねのいない間に、シール貼れるだけ貼っちゃおう」
黙々と作業を続ける中、テレビもつけずに集中していた。
半分剥がしたシールの支点を決めて、そこからは遅すぎず早すぎず一定のスピードで一気に貼りきる。
「職人技だな」
自画自賛してみるが、本当に技術はなかなか上達したと思う。
手を止め、壁の時計を見ると、17時20分になっていた。ねねがサチさんに連れられて帰ってくる時間だ。
自然と顔がほころびる。
時計って時計自身は、何も変わらず正確に時を刻んでいるだけだけれど、人間側の感情次第で、好かれたり嫌われたりするんだなと発見する。
ある時は予定通りことが進んでいないと、イライラして時計に八つ当たりしたり、仕事が単純で飽き飽きするような時は、いつまで経っても時間が進まずぼやかれる。
さらには勝手に寝坊しておいて、人間様に文句を言われる始末。
だけど、今の時計は違う。
幸せな時だ。
もうすぐねねに会える時間だからだ。
カチカチ…カチカチ
時を刻む規則正しい音がのはずなのに、少しせっかちな音に聞こえたりもする。
「ただいま、お母さん」
そんな時携帯の着信音が鳴ったので、いったん作業中の手を止める。
「七海ちゃん、どうしてるかなと思って…。ねねちゃん、幼稚園辞めるのかなって噂聞いたから電話したの。今から少し行ってもいい?」
ねねと同じ幼稚園に通う奏くんのママのサチさんからだった。
区役所からは連絡はないのでハローワークに通うのが日課となりつつある。
子どもを預ける場所もなく何をしたらいいのかと悩みながら、リモート作業の仕事を探して始めていたところだった。
ほどなくして、ドアをノックする音がした。
「ひさしぶり、七海ちゃんから連絡ないから、そっとしておいたほうがいいのかと思ってた」
畳の部屋のテーブルは内職の材料が大量に載っているのを見たサチさんは、キッチンのテーブル席に腰掛ける。
「シール貼り始めたんだ?」
「そう、とりあえず就職先探しながらやれるから」
「ねねちゃん、どうするの?」
畳の部屋でテレビを見ているねねを見て、小さな声でサチさんは言った。
「区役所で聞いてきたんだけど、保育園は空いていないんだって、だから幼稚園通うしかないのかなって」
冷蔵庫の麦茶とおせんべいを出す。
大量の小物にひたすらシールを貼り続ける作業は、最初は真っ直ぐ貼るのに苦労したけれど、今は効率よく貼れるようになってきた。ただ、それだけでは2人で暮らしていけるわけではない。
軽バンで配達なら、助手席にねねを乗せていられるかなとも考えたけど、
このままずっと幼稚園に復帰しないままでいいわけではない。
「何を始めるにしても、送り迎えなんかは私がやるから、9時5時の所に勤めても大丈夫だからね」
まっすぐに私を見るサチさんの目には同情などは感じられなくて、単なる友情の言葉に涙が出そうだ。
「ありがとう、ねねも退屈し始めてるからそろそろ幼稚園行くと言い出すと思うんだ」
ねねは敏感だから、サチさんの来訪に何かを感じてるはず。テレビを観てるけど、こちらを意識してるみたいだ。
「おーい、ねねちゃん」
サチさんは、おせんべいを持った手をヒラヒラさせながら、私のほうを見て目配せしてから、ねねを呼んだ。
「ねねちゃん、奏が明日の朝迎えにきたいと言ってるけど、幼稚園行く?」
行きたいとも行きたくないとも見える表情は、彼女の気持ちのままなのだろう。
小さくても彼女なりに色々なパターンを思い描いていると思う。
周りの子は、おもらしのことを冷やかしたりするのだろうか?
案外、他の子もおもらしなんてしてたりしていて、気にすることでもないのだろうか?
親子して思いあぐねているだろうふたりに、サチさんは言葉を続けた。
「行ってみて嫌だったら辞めちゃえばいいし、いいか悪いかは行ってみないとわからないんじゃない?」
そう言い放ち、サチさんはおせんべいをぱりんと噛んだ。
その割れる音は、私の頭のなかでもぱりんと響いた。
すると、ぱりん…その音を合図に、ねねは突然話しはじめた。
「私、幼稚園行ってもいいのかな? 行ったらいけないのかと思ってた」
どうして、そんなふうな思考回路になったんだろう? ねねの言っている意味がわからない。
「行ってもいいに決まってるじゃない。どうして行っちゃいけないとか思ったの?」
「お母さんが行きなさいって言わないから、行かないほうがいいのかなと思ってた」
「え?」
「ねね、そんなこと思ってたんだ? 幼稚園行っていいんだよ? お母さんはねねが行きたくなさそうだなと思って、幼稚園に行きたいと言うまで待とうと思ってた」
「おふたりさんは、もう少し思っていることをお互いに口にしないといけないようね」
「そうと決まれば、明日からは奏とおばさんが、ねねちゃんの送り迎えをします。七海さんは仕事を探してきてください。ねねちゃん、それでも大丈夫?」
「うん、私、奏くんと行く」
「わかった? じゃあ明日からはまた早起きしないとだね」
「まきばの牛さんヨーグルト食べる」
「えっ、今?」
「うん!」
「ヨーグルト、ヨーグルト、まきばの牛さんヨーグルト」
ねねの調子のはずれた謎の歌が響き、サチさんも笑ってる。ミカン先生にこっそり連絡しよう。
サチさんのおかげでねねが幼稚園復帰してからは、履歴書を送ったり、単発のバイトを入れてみたり、夜は内職でシールを貼るなどとやることは尽きない。
単発仕事を終えて家に着く。手を洗って部屋に入ると壁の時計がカチカチ鳴らす音だけが響いている。
「17時半まで2時間あるから、ねねのいない間に、シール貼れるだけ貼っちゃおう」
黙々と作業を続ける中、テレビもつけずに集中していた。
半分剥がしたシールの支点を決めて、そこからは遅すぎず早すぎず一定のスピードで一気に貼りきる。
「職人技だな」
自画自賛してみるが、本当に技術はなかなか上達したと思う。
手を止め、壁の時計を見ると、17時20分になっていた。ねねがサチさんに連れられて帰ってくる時間だ。
自然と顔がほころびる。
時計って時計自身は、何も変わらず正確に時を刻んでいるだけだけれど、人間側の感情次第で、好かれたり嫌われたりするんだなと発見する。
ある時は予定通りことが進んでいないと、イライラして時計に八つ当たりしたり、仕事が単純で飽き飽きするような時は、いつまで経っても時間が進まずぼやかれる。
さらには勝手に寝坊しておいて、人間様に文句を言われる始末。
だけど、今の時計は違う。
幸せな時だ。
もうすぐねねに会える時間だからだ。
カチカチ…カチカチ
時を刻む規則正しい音がのはずなのに、少しせっかちな音に聞こえたりもする。
「ただいま、お母さん」
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