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第17章  動き出した歯車

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「よかったねぇ、待子」
 ポンポンと杏子が背中をたたく。
「うん」
待子は眼がしらをぬぐうと、マスターの方を振り向き
「よろしくお願いします」とぺこりと頭を下げた。

 地獄に仏あり、というか
天井からくもの糸、というか…
とにかく待子は、強制送還の憂き目からは、済んでのところで
助かったのだった。
しかし、見もしないで、とっさとはいえ頭を下げたけれど…
マスターの借り上げているところって、どんなところ?
ふいに待子は不安になった。
だけどせっかくの申し出を袖にするのは、もったいない…と、
好意は素直に受けることにした。
切実なところ…お金がないのだ。
まさか母さんに、さらにお金を出してくれなどと、
とても言えない、とひそかに思っていた。
 杏子はまったく、疑問にも思っていないみたいで
「よかったじゃない」と手放しで喜ぶので…
すっかり言いそびれてしまった。

 お客さんも少ないことだし、杏子も
「早速、片付けなくちゃ」と張り切るので…
さして荷物はないけれど、結局はマスターのお言葉に甘えて、
早めに上がらせてもらった。
「付き合うわよ」と杏子が言うし、
「車、出してもらえるか、聞かなくちゃ」
本人よりも、いそいそしている杏子を見ると
「やっぱり」と言うことなど、出来なかった。
どっちみち…あの下宿屋を引き払わないといけないのは、
本当だ。
あの桜ハウスと比べたら、どんなアパートもお城のように
見えるだろう…
待子はそう思うことにした。
「なんだか楽しみ」と言うので…
母さんにも電話しなくっちゃあ…と待子は腹を決めた。
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