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第 16章  転がる石のように…

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  今まで、そこにあると全く気付かなかった(目に留まらなかった)
この赤いボタン。
押そうか、と待子はためらう。
こんな夜中に、迷惑では、と思うけれども、
でも、1人1人を起こすよりも…手っ取り早いと、瞬間に考え
バタバタと走って近付くと、ためらいなくグッとそのボタンを強く押し込む。

 ジリリリリ…
 けたたましい音が、耳をつんざくように鳴り響き、
これでみんなも起きてくるだろうと思うと、すぐさま今度は
あわてて階段を目指す。
バタバタと引き戸を開ける音が、各部屋から聞こえる。
「えっ、なに?」
「なんなの、イタズラ?」
戸惑う声が響いて来る。
ドドドドド…
待子は階段を駆け下りながら、
「みんな!火事よ!早く逃げて!」
非常ベルの音に負けないように、目一杯声を張り上げて、玄関に向かう。
「なに?」
「火事?」
「うそぉ!」
戸惑う声が響いて来る。
その間も、パチパチと音がしている。
一刻の猶予も存在しない。
火事はおそらく、このすぐ近くなのだ…
 強烈なにおいと、ケムリがさらに強くなってくる。

(ヤバイ!みんな、大丈夫?)
焦りが生まれる。
すると…階段の上部から声が降って来る。
「消防に電話したから、あなたは大家さんに早く知らせて!」
レイコさんの声だ。
みんなに説明する声が、聞こえてくる。
「わかった!」
 上の人たちは、大丈夫だ。
 レイコさんに、まかせればいい…
待子は少し安堵すると、早速バタバタとあわただしい音がして、
けたたましく叫ぶ声が聞こえて来る。
「みんな!早く逃げて!」
そう叫ぶと、玄関のたたきに駆け下りて、手近にあったサンダルに
足を突っ込む。
誰の物か、わからないけれど、かかとがはみ出るのも、
かまってなどいられない。
転がり出るようにして、玄関を飛び出すと、ザワザワと家の前で、
人の声が聞えてきた。
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