おかえりなさい、シンデレラ(改訂版)

第20章 森の奥

１０

　なに？
　今のは、何の音？
　また…何かあるの、とエラは思わず身がまえていた。
「なに、なに？」
けたたましい音に、アナスタシアもひどく驚いて、辺りを見回す。
目覚まし時計なのか、ブザーのような人工的な音が鳴り響いた後、
いきなり光が満ちてきて、どこから確かに、声が聞こえてきた。
「エラ…エラ！
　約束の1か月がたったわ。
　さぁ、あなたは…どうするの？」

　今のは、何？
一体、何のこと、とアナスタシアは自分の耳を疑う。
目の前の女は、ハッと顔色を変え、声の主を探す。
一体、どこから声が聞こえているのか？
間違いなく、ハッキリと声が聞こえてくるのに、声の主の姿が
見えてはいない。
それは、ハンスや大臣の息子も同様で、男は剣に手をかけると、
険しい顔で辺りを見回していた。

「約束？」
　エラはつぶやくと、まっすぐに足元を見つめる。
そこには何かが、自分のすぐ近くに落ちている。
迷わず、その光る物を手に取った。

「ガラスの靴？」
　口の中でつぶやくと、アナスタシアも、それはどこかで見たことが
ある…と思い出す。
（ガラスの靴？
　ガラスの靴って…王子様のあの靴なの？）
　頭の奥の引き出しを、一生懸命かき回して探すように、彼女は
思いだそうとする。
　エラはそれを手に取ると、黙ったまま、その靴をじぃっと見詰めている。
目の前にいるその人に、何だか声をかけてはいけないような、
そんな緊迫した空気を、アナスタシアは感じた。
目の前にいるヤギのことも、この下働きの女（エラのことだ）のことも、
実は彼女は知っているような、気がして来たのだ。

「さぁ、そろそろ決めてほしいわねぇ」
　謎の声は、幻聴ではなさそうで、やっぱりまだ、聞こえてくる。
まさか、この靴から、聞こえてくるのか？
アナスタシアは不思議に思った。