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健ヶ崎区殺人事件
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カエルの合唱が鳴り響く夜の町に、それを掻き消すほど激しい音を立てながら走る一台の車がいた。
遡ること五分前……
「はあ、今日も一日良く働いたよな。本当にあの事件を除けばこの町は平和すぎるのにな。明日も……」
車の運転手、西坂は今日一日の自分の働きを労いながら家路を急いでいた。プツ……、と何度も聴いてる筈の無線機から通達が入ってきた時は流石に西坂もため息を吐いていた。
「……県警本部です。先ほど健ヶ崎区公園で女性が腹部から血を流して倒れていると近隣住民から通報がありました。大至急、現場近くにいる警官は現場へと向かって下さい。なお、犯人らしき人物を目撃したという情報は未だありませんので十分ご注意下さい。また、例の連続殺人事件の犯人と同一人物の可能性も大いにありますので、一つの油断も許さずにお願いします。以上、県警本部……」
その無線を聞いた西坂は考えることもなく、自宅へ向けて走っていた車を現場へと向かわせた。
西坂は普段から一重で細い目をしていたが、通達を聞いてさらに目を細めた。その時に眉間に出来る皺は西坂が数多の事件の操作に身の危険を顧みず参加し続けていることを物語っていた。
健ヶ崎区ではたった三ヶ月の間に立て続けに殺人事件が起きていた。しかも狙われる人物にはある共通点があった。性別は女性で、主に子供が小学校に通っていることであり、犯人が同一人物である場合、確固たる動機が得られないという過去の事件に類をみないものであった。
西坂は警察官ではあったが、健ヶ崎区の交番に署長として勤務するだけであり、殺人事件に介入することは普通できなかった。しかし過去に一度、この町で起きた殺人事件を解決したことによって、特例で殺人事件に介入することを許されていた。
今回の殺人事件は三ヶ月まえの一件目から数えると五件目だった。
西坂は助手席で散らばっている私物の中から携帯を探していた。
鞄の口は先ほどのUターンで完全に開ききっているうえに、車のスピードがあがったことで中身が散らかっていた。
携帯はすぐに見つかったが、よりによって警察手帳が見当たらなかった。
携帯を早々に見つけた西坂は、履歴から自宅を探しながら携帯片手に運転していた。
自宅の履歴を見つけ、西坂は電話をかけた。
「はい、西坂です。どちら様でしょうか?」
丁寧な挨拶で電話に出たのは西坂の妻だった。
「ああ、良かった。佳菜が起きていてくれて。守はさすがに寝とるかな?」
「うん。さっき寝かせたところ。守、明日も学校があるもの」
「そうか……悪かったな。今日は守の誕生日だっていうのに……。守、何か言ってなかったか?」
「今日のことは何も言ってなかったよ。それよりもあなたの事を心配してた。毎晩帰りが遅くなるまで、仕事をしないといけないのかって」
「そうか……。本当に悪かったな。守るには、今度何かしてやらないとな。それに、佳菜にも何かしてやらないと。いつも佳菜一人に任せっぱなしだしな。それに家のことまで全部押し付けているしな」
「そうだね。期待して待ってるね。それで今日はどうしたの?」
西坂は返事に困っていた。
警察官にも守秘義務が存在する。事件の捜査をする人間以外に、情報を共有する事はできないのだ。自分だけでなく、教えられた側にも罰則が生じる。勿論、教えられる側が強要しても同じことだ。
それも、罰則の中でも罰金なら可愛いものかも知れないが、懲役を食らうこともある。懲役を食らえば、自分の存在価値は下がってしまう。
西坂はまだ悩んでいたが、既にこの連続殺人事件の事がテレビで報道されていた事を思い出し、その事件の現場に向かっているとだけ話した。まだ連続殺人事件と決まったわけでもないが、この健ヶ崎区では事件という事件が起きない。
「そう……でも犯人は見つかっていないのよね。気をつけてね。守はあなたの帰りを待ち望んでいるんだから」
「そうだよな。すぐにでもホシを捕まえて帰るよ。でも……もし俺の身に何かあった時は頼むな」
「あなたはいつも縁起でもないこと言って……。大丈夫、あなたは今までも無事に帰ってきたじゃない」
「そうだな。じゃあ、いってくるよ」
「うん、気をつけてね。いってらっしゃい」
西坂は更に車のスピードを上げ現場へと向かった。スピードを上げた反動で、助手席に散らばっていた物の中から警察手帳が飛び出した。
それが目に入った瞬間、西坂はスピードを緩めることなく手を伸ばした。
左手がハンドルから離れ、少し車がふらついたが西坂は気にしなかった。
「良かった、見つかって。さて、早く現場へ向かうか」
カエルの合唱が鳴り響く夜の町に、激しい音を立てながら走ってる一台の車があった。それは西坂の車だった。
その音を聞いた近隣住民は目を覚まし、町に明かりが戻ってきた。
現場へ着いた西坂は車から降り、胸ポケットにしまった警察手帳を取り出した。
立ち入り禁止を示す黄色のテープを上げ、現場へ向かおうとしたがその場に居た警察官に呼び止められた。
「関係者以外立ち入り禁止ですよ。制服を着ているので、警察官だとは思いますがね。それでも警察手帳は見せてください」
「ああ、すまんな。はい、これ」
西坂は警察手帳を開いて見せた。そこには、しっかりと西坂の名前が書かれていた。そして、特別に事件の介入を許された人に押される、警視総監のハンコが押されていた。
「すみません。どうぞお入り下さい。現場まで案内します」
そう言って、寝癖が付いたままの警察官は黄色のテープを持ち上げた。
西坂はテープの下を腰を沈めてくぐった。
現場となった公園の周りには植木がされていて、外から中は見えない状態になっていた。
唯一、公園内を見ることが出来たのは、出入り口だけだった。
警察官に連れられて着いた現場では、鑑識班が懸命に指紋や足跡を採取していた。
鑑識班の一人に凶器は月の光を反射できるほど鋭く、白銀の色をしたナイフだと聞いた。
西坂は鑑識班の邪魔にならないよう公園内を歩き回っていると、一人の警察官に声を掛けられた。
「西坂さん。いらしてたんですか。もう家に帰っているものだと思っていました。もう現場は見られましたか?」
彼は西坂を見上げていた。警察官としては背が低く、西坂には背伸びをしても見上げる形となった。彼の背は現場向きではなかった。普段は交番で目撃者の証言から犯人の似顔絵を描き、犯人像を割り出し手配書を作っている。しかし、事件の度に西坂に連れ回されている。
彼もまた西坂が警視総監に掛け合ったことで事件の捜査に介入する事ができる。
西坂には彼の似顔絵を似顔絵以上のもので描ける才能を必要としていた。
「ああ桜木か。今見てきたところだ」
「どうやら捜査一課が言うには物盗りの線ではないみたいですね。まあ、誰が見ても物盗りとは言わないでしょうがね。財布や金品は盗られてませんし、勿論、カバンの中身も全て無事でしたから。署長、やはりあの連続殺人事件の犯人と同一人物ですかね?」
「それはどうかなあ。今までの現場は全て被害者の自宅だったからな。ところで桜木がそう言うって事は今回も被害者に子供が居たんだな?」
ただ明らかに殺人現場が違う事から、西坂は違和感を感じていた。
しかし、違和感の正体はすぐには分からなかった。
「はい……。子供がいました。それも、小学校に通う子供が」
「そうか。被害者女性の容態はどんな感じだ?」
「先ほど病院から連絡がありまして、どうにか一命は取り留めたみたいですね」
「それは良かった。で、安全は確保してあるのか?」
「はい、それは心配ないでしょう。捜査一課の連中が病院に張り込んでますから」
「そうか、捜査一課か……」
「署長、いつも通り好きに犯人を捕まえましょう。僕たちを縛るものは捜査一課と違って何もないんですから」
「ああ、そうだったな」
西坂は自分が解決した事件を思い出していた。西坂が解決したその事件の犯人は十歳にも満たない子供だった。それも女の子だった。母親からの激しい虐待を受け、初めの内はそれを我慢できていたが、とうとう女の子の中の何かが切れたのだろう、自分の母親を殺してしまったのだ。
解決したといっても、その女の子の家から悲鳴が聞こえると近隣住民から通報を受け、真っ先に到着したのが西坂だっただけである。
しかし、それだけの理由で殺人事件に介入できている訳ではない。
西坂はその事件の容疑者でもあり被害者である、女の子の閉じた心が開くよう努力した。その努力が報われ、事件の概要が判明したため、西坂はその後の殺人事件に介入できている。
その女の子に悪意は無かったとして、少年院に入れられる事はなかった。でも女の子の心は完全には開ききっていなかった。
母親からの激しい虐待の末、人間という生き物に女の子は恐怖していた。
西坂は事件のあった日から女の子を色んな人から守ってきた。
地域の住民は女の子を責め立て続けたが、西坂だけは優しく接し続けた。
その結果、母親の愛情さえも貰えなかったため、西坂の優しさに甘えて、同じような優しい人間もいるかも知れないと感じて心を開き始めた。
事件後、女の子は児童養護施設に引き取られたが、毎日のように西坂に会いに来ては今日一日の出来事を笑いながら話してた。
西坂はその笑顔に癒され、仕事が手につかなかった。西坂はまだ女の子には自分が必要だと気づいていた。施設で懐ける人が居ないから此処に来ているのだと感じていた。それは女の子の表情を見ていれば分かった。
そして来る度に女の子は西坂に同じことを言っていた。
「自分がされていた事をされている子供たちを救ってあげたい。どんな手を使ってでも救いたい」
十歳にも満たない女の子は、幼いなりに子供たちを救う方法を考えていた。
そして女の子は立派に成長し保育士になった。
保育士になってからも、女の子は西坂に会いに来た。そして幼い頃から抱いてきた想いを打ち明けた。
「西坂さん……。もし……もしも、私が殺人者になった時は西坂に捕まえて貰いたいな。だって西坂さんしか頼める人がいないんだもん」
西坂は気付いていた。何故女の子が保育士になったのか。それに気付いていながら、西坂は「ああ、分かったよ」とだけ言って、女の子を守ってきた。
その言葉を思い出した西坂は嫌な想像をしていた。
「なあ桜木、もしもの話だけどな、あの頃の女の子がーー佳菜が今回の犯人なら……俺はどうしたらいんだ?」
「西坂さん、まだ奥さんが犯人だと決まった訳じゃないんですから、俺たちで奥さんの無実を確認したらいいじゃないですか。それに捜査一課は奥さんを犯人だと思ってないんじゃないんですかね。だからあまり深く考えないでください」
「ああ……そうだな。あまり深く考えないようにするよ」
西坂は現場を後にした。現場を後にした西坂は、被害者である女性への面会を申し出るため、健ヶ崎区第一病院へ向かった。
車を走らせていると、西坂はある事に気付いた。
周りに一台も車が走っていないのだ。確かに夜も遅いのだから車が走っていなくてもおかしくはない。しかし、先ほどから事件の調査の為に多くのパトカーが道路を走っているのに、住民が一人も家から出てきていないのだ。犯人が逃走中といえども、興味があるものは家から出てきて野次馬となる。でも家からすらも出てきていないのだ。そして、走っているはずのパトカーもいつの間にかいなくなっていた。
先ほどまでの騒がしさと打って変わった夜の静けさが、西坂に次なる事件の予兆を知らせていた。
病院へ着くと、そこには桜木の言っていたように捜査一課と連中が厳重警備を敷いていた。
「捜査一課か、面倒なことにならないといいがな……」
西坂は度々捜査一課と喧嘩を起こしていた。
捜査一課は事件を早く解決しようとするあまり、冤罪を作ってしまう事があるのだ。
それに対し西坂は事件の早期解決より、被害者を中心として事件を解決をしていく。但し被害者が亡くなった場合は別だが、西坂は冤罪を作らない為に基本的に被害者の事を中心に事件を解決する捜査方針を取っている。
それが原因で捜査一課と仲違いし、上の人間から謹慎を受けることもあった。
西坂は比較的警備の薄い緊急外来から病院へ入ることにした。そこにも捜査一課の連中がいたが、偶然にも西坂に敵対意識を持っていない警官だった。
「西坂さん。どうしたんですか? もしかして被害者女性との面会ですか?」
「ああ、面会したいんだが……他の連中が喧しいか?」
「大丈夫ですよ。今ここには僕たちしか居ませんから。でもあと十分もすれば見張りの交代なんですよ。それまでに終わらせて下さいね。僕たちだから何も言いませんけど、次の連中は喧しい人たちですからね」
「そうか、分かった。ありがとな」
「はい、西坂さん頑張って下さい。捜査一課の全員が全員、西坂さんを目の敵にしている訳ではありませんから」
「本当にありがとな。今度メシでも奢るよ」
「ありがとうございます、待ってますね。まあ、それは冗談ですけど、早く行かないと時間がありませんよ」
「そうだったな。ちゃんとメシは奢るから、そん時は腹いっぱい食ってくれな」
西坂は入り口すぐ横の監察室に目をやった。常識的に考えれば、こんな夜遅くに病院に入る人間は少ないから、その理由を聞かれるからだ。
今は尚更事件の被害者が入院している為聞かれるはずだった。それに入口に警官が居たにも関わらず、ここに人が入れるのはおかしい事態のはずだった。しかし、西坂に声がかかる事はなかった。
監察室の警備員はよだれを垂らしながら熟睡していた。監視カメラも回っているように見えたが、録画はされていない状態だった。
「捜査一課が居るからって、何やってるんだこの警備員は。時間もないし、まあいいか」
西坂は緊急外来の受付へと足を運んだ。
受付には夜勤の看護師が一人だけいた。夜勤に看護師、それも女性だけに受付を任せているとは何事だと思ったが、それを気にしている時間はなかった。何かと入口での捜査一課との会話が長引いていたのだ。
「すみません」
「あ、はい。どうかなされましたか?」
半分寝かかっていた看護師が目を擦った。
「あの、健ヶ崎区交番の……」
「あ、西坂さんじゃないですか。被害者女性との面会ですか?」
「えっ……あ、はい。ってあれ、美月ちゃんじゃないか」
美月は俯いていた為、西坂からは顔が見えなかった。前髪が顔を隠し、西坂に視線を合わせた事で初めて西坂は美月に気付いた。
喜多村美月は最近看護大学を卒業したばかりの女の子だった。西坂の家の隣に住んでいて、西坂と美月の両親はとても仲が良かった。
西坂は喜多村の家に良く遊びに行っていた。そこで喜多村の娘と出会った。幼い頃から西坂は美月に遊ばれていた。美月にとっては仲良く遊んでくれる、面倒見のいいお兄さんだった。
「面会ですよね。ちょっと待ってて下さいね。起きてるか分からないけど、今室町さんに電話してみますね」
「へえ、美月ちゃんここで働いてるんだ。どう仕事は楽しい? やっていけそう?」
「ええ、何とかやっていけそうです」
「それは良かった。ところで被害者は室町さんっていうのか」
「そうですよ。でも私この町で初めて室町って名前聞きました」
「ああ俺もだ。室町……室町なんて名前この町にいたかな」
「やっぱりそうですよね。室町なんて名前、この町に前からいなかった気がするんですよね。あ、繋がった。ちょっと静かにしておいて下さいね」
美月は肩まである黒髪を指で耳にかけ、受話器を耳にあてていた。電話越しで西坂には会話の内容は分からなかったが、どうやら面会は受け入れて貰えなさそうに見えた。
会話が終わったのか、美月は受話器を戻した。
「すみません、西坂さん。室町さん面会したくないみたいです」
「そうか……まあ、事件があってすぐだもんな。無理があるか」
「でも西坂さん、私も頑張りましたよ。明日の一時からなら面会してもいいそうです」
「本当か、ありがとな、美月ちゃん。また今度メシ奢るよ、いっぱい食べてくれよ」
「ホントですか、ありがとうございます。楽しみにしてますね。もちろん、二人きりですよね」
「そうだけど、二人きりじゃ嫌なのか? 嫌なら他の人も呼ぶけど」
「いいです。二人きりがいいです。それじゃあ明日の一時でお願いしますね」
「そうだな、ありがとな、美月ちゃん」
「どういたしまして。西坂さん頑張ってね」
「美月ちゃんにそう言われると頑張らないといけないな。じゃあ、次のとこ行ってるくるよ」
「はあい、いってらっしゃい」
西坂は自宅へ戻った。
玄関の鍵は閉まっていなく、合鍵を使うことなく家へと入れた。この町がいくら平和とはいえ、物騒な世の中で鍵をかけないという行為は余りにも危険だった。
「ただいま」
寝ている佳菜と守を起こさないよう、玄関で消えるほどの声を出した。
西坂は部屋の電気が点いていないのを見たが、寝室で寝ていたのは守だけで佳菜の姿はどこにもなかった。
着ていたコートを脱ぎ、台所のソファーに投げ掛けた。
コートを投げたと同時に玄関の開く音がした。
鍵を閉め忘れた事を思い出し、西坂は冷や汗をかいた。
台所に入ってきたのは、腰まである美しい黒髪に吸い込まれそうな黒い瞳を持った女性が買い物袋を肩に下げて立っていた。
「あ、おかえりなさい。今帰ってきたの?」
「ああ、今帰ってきたところだよ。佳菜はこんな夜遅くにどこに行ってたんだ?」
どこに行っていたかは買い物袋を見れば分かったが、この時間に買いに行く必要がある物が何かは分からなかった。
「私は買い物だよ。明日に必要な物が足りなかったのよね」
「明日に必要な物? 何を買ったんだ?」
「それは内緒だよ。だって言わなくてもあなたはもう分かってるんでしょ」
「何の事だ……?」
「嘘はつかないで欲しいな。被害者女性には会えたの? それに被害者の事を調べてるなら、もう分かっていると思うけど……」
「佳菜が買った物と関係があるのか? それに被害者にはまだ会えてないよ。明日の面会で直接聞こうと思ってる」
「そう……。じゃあ、明日全て分かるよ。でも、明日分かっても遅いかな……」
そう言った佳菜の口元は少し笑って見えた。
「どういうことだ……佳菜?」
「だから内緒だよ。明日全て分かるんだから」
今度は眠そうに目を擦っていた。佳菜はとても疲れた顔をしていた。欠伸を繰り返し、その度に手を口元に当てていた。しかし、それがどこか笑っていることを隠しているように見えた。
「そうか……。佳菜、夜も遅いし寝ようか。それに疲れ取らないとね。ご飯ぐらい自分でできるから、ゆっくり休んで」
「うん、分かった。ごめんね、手料理じゃなくて」
「いいよ、気にしないで。おやすみ、佳菜」
「うん、おやすみ」
西坂は水道の横に置いてあったポットの再沸騰ボタンを押した。
「どのインスタント食べるかな……豚骨ラーメンにでもしようかな」
しばらくすると、再沸騰を知らせるメロディーが聴こえてきた。メロディーは家電製品の定番、森のくまさんだった。
そのメロディーを口ずさみながらカップにお湯を注いだ。砂時計で三分を計り、西坂は豚骨ラーメンを食べた。
「はあ、あの言い方……やっぱり佳菜が犯人なのか? それに明日なにが分かるというんだ」
ようやく違和感の正体に気付いた。
今までと違って、殺害場所に公園を選んだのは被害者女性を死なさない為だったのだと。だとすれば今回の事件の犯人は一人ではない。
考えるほど分からなく事件の概要に深くため息を吐きながら、そして佳菜に疑念を抱いたまま食べたラーメンは味がしなかった。ラーメンを食べ終わった後、カップを軽く水洗いしゴミ箱に捨てた。
遅い夜食を済ませた西坂は寝床に入らず、制服を着たままソファーに横たわった。
次の日の朝、東向の窓から眩しい光が差し込み西坂を目覚めさせた。
「ついに今日が来てしまったな。佳菜……犯人でなかってくれよ」
昨日着ていた制服を脱ぎ捨て、ソファーに放り投げた。そして箪笥の中にしまってあった、シワの取れたスーツを取り出しそれに着替えた。
「面会は一時だったな。よし、まだ時間はあるな。各現場をもう一度見て回るとするか」
時計は六時を指していた。被害者女性との面会までまだ時間は余っていた。
「いってきます」
いつもなら、どんな時でも佳菜が見送りをしに出てきてくれるのだが、今日はそれがなかった。
西坂が家を出てから間もなく七時間が経とうとしていた。
「そろそろ面会の時間か。室町の病室に行くとするか」
西坂は家を出た後、昨日の事件現場へ行った。その後、全ての事件現場を回ったが新たに得られた情報はなかった。ただ、やはり昨日の事件現場だけがどうも気に食わなかった。唯一被害者の自宅でなかったからだ。
面会をする為に健ヶ崎区病院に足を運んだ。黒いワゴンを走らせたが、周りの景色しか映さなかった。そう、道路には昨日と同じで車の姿がなかった。
昼時ということもあり、病院の駐車場には車が大量に停まっていた。車を降りると、モワモワとした空気が流れてきた。
昨日は夜遅くに病院に来た為、気付かなかったが昼間来てみると緑の山々に囲まれていた。
西坂は健ヶ崎区病院に行ったのは昨日が初めてだった。病気とは無縁な人生を送ってきた西坂が、初めて足を踏み入れたのだ。
そして、西坂は気付いた。この場所は適度な光と新鮮な空気があった。都会とは思えないほど空気が澄んでいるため、この病院が安全かつ安心な治療ができる場所だと感じた。
そのためなのか、この病院の完治度は他の病院の五倍以上であった。
病院に入ってすぐ隣にある窓口で、西坂は警察手帳を警備員に見せた。警備員は何も言わず病室一0七号室へ西坂を案内した。案内された病室の名札プレートには、確かに室町の名前があった。
警備員は「面会時間は守ってくださいよ」と言って、窓口へ戻って行った。
コン・コン・コン……
「警察の西坂です。室町さん、入ってもよろしいですか?」
「いいですよ……」
病室の中から透き通った綺麗な声が返ってきた。しかし、どこか懐かしさを感じる声だった。
「失礼しますね」
西坂がドアに手を掛けスライドさせ、室町よりも真っ先に目に飛び込んできたのは……
「佳菜……? なんで此処に居るんだ」
室町が寝ているベッドのすぐ横で、佳菜は椅子にもたれ掛かって座っていた。
窓から差し込む日差しが佳菜の顔を照らしていた。西坂はどこか佳菜が微笑んでいるように見えた。
室町は佳菜の事を知っているのか、特に警戒心を露わにしていなかった。
「あなた昨日言ったでしょ、明日全てが分かるって」
「確かに言ってたけどさ……それが室町さんとどう関係があるんだ」
西坂は強く佳菜に言ったつもりだったが、返事は佳菜からではなく室町から返ってきた。
「西坂さんとおっしゃいましたね。あなた彼女とどういった関係なんですか?」
「俺は彼女の夫だよ」
「そうですか……。それにしても、おかしいですね。私は面会を了承したどころか、西坂さんに面会と言われて初めてこの事を知ったんですけどね。これはどういう事ですかね?」
「えっ、了承してない? じゃあ、誰が……?」
美月は昨日、室町との面会を約束したと言っていた。まさか、美月も今回の殺人事件にも関係しているのか。西坂は考えれば考えるほど頭を抱えた。
佳菜は椅子から立ち上がり、部屋を一周しながら言った。
「それは私だよ」
西坂は思った。昨日電話に出たのは室町本人ではなかったのか。だとすれば、誰が嘘を吐き、嘘を吐いているのか。怪しい人物は次々と増えていく。
「何の為に? それに昨日は何で佳菜が電話に出ることが出来たんだ?」
「そうですよ。何が目的何です佳菜?」
「目的かあ。それは室町さんを殺すためだよ。だって室町さんは全てを知っているからね。それに昨日の夜、スーパーに行ってたなんて嘘だよ。その時私は此処に居たんだから。室町さんには少し眠っておいてもらったの」
「どういうことですか? 私が何を知っていると言うんですか? 私は被害者で何も悪い事はしてないのよ。いい加減にしてよ。それに睡眠薬って量を間違えれば死んでいたのよ」
室町は声を荒らげていた。しかし、どこか演技がかっていた。
「分からないの? なら分からないままでいいよ」
佳菜は呆れたような口調で言った。
西坂は佳菜の話についていけなかった。室町も話が分かっていないみたいだが、自分が殺される立場にあるという事は理解しているようだ。
「室町さん、とぼけないでよね。あなた気付いてるんでしょ、私が人殺しだってことに……」
「何を言ってるの? 私は佳菜が人を殺したことなんか知らないよ」
室町の声は震えていた。誤魔化すのが下手なのは見ていて分かった。
「待て俺をおいていくな。話についていけないじゃないか、俺はどうしたらいいんだ?」
「あなたは何もしなくていいのよ。ただこの場に居てくれれば」
「……」
それ以上西坂は何も言えなかった。
「もう帰って、二人とも。そもそも面会は無かったんですからいいですよね、西坂さん?」
室町はそのまま布団の中に潜っていった。
「分かった。佳菜が何でこんな所に居るかは分からないが、室町さんがこう言ってるんだ帰ろう」
「でもあなたはいいの? 室町さんが私の真似をして人を殺してるんだよ」
「だとしてもだ」
「そう……。それが分かってるのに、あなたは室町さんを見逃すんだね」
「まあ、証拠もないからな。帰るしかないよ」
西坂がドアに手を掛けようとした時、布団の中に潜っていた室町が大きな声で笑うのが聞こえた。
嫌な予感がして西坂たちは振り返った。
「あなたたちは私が連続殺人犯だと知ってるのに無事に此処から帰れると思ってるの? 帰すわけないじゃない。此処で私に殺されてくれる? ちゃんとさ、お墓は作ってあげるから、ね?」
室町の顔は笑っていた。しかし、それ以上に佳菜が笑っていることに西坂は気付いていなかった。
室町は布団の中に潜ったのではなく、布団の中に隠してあった果物ナイフを探していたのだ。
室町の手には周りの物全てを反射するに研がれた凶器が握られていた。
それを握った室町は人を殺すのに慣れているのか、躊躇いが全く感じられなかった。
「室町何しているんだ? 自分のしている事が分かっているのか。今なら見なかったことにしてやる。その代わりお前は絶対に捕まえてやる。証拠を探し出して必ずな」
「ふふっ、あはははは、そんなもん私には関係ないですね。ただ、貴方たちを殺したいと思ったんです。死んでもらえますか」
室町は既に正気を保てていなかった。
凶器を固く握ったまま襲いかかってくる室町に対して、佳菜は冷静だった。
「あなた、此処は私一人で何とか出来るから早く逃げて。それに全ての元凶は私だからーー私が止めないと……」
「佳菜がそんな役目を負う必要はないよ。佳菜も逃げるよ」
「逃がさない」
息を荒らげ凶器を握る手が悲鳴をあげるほど固く握り締めた拳が震えている室町が入口を塞いだ。
一瞬の出来事に何が起きたのか分からなかった。室町の顔は真っ青になっていた。自分の意思とは正反対の動きをする身体を制御出来ていないように見えた。
追い詰められた西坂には奥の手が存在した。
「あんた正気じゃないな……諦めて俺たちを此処で逃すんだな。そうすればこんな所で捕まらずにまた人を殺せるのに。余程捕まえて欲しいんだな」
「ああ、ほんとにうざいですね西坂は。いいわ、此処で喋れなくしてやる」
再び室町が西坂たちを襲おうとした時、ベッドのナースコールが押されナースステーションからブザーが鳴った。
「ナースコール……。まさか、西坂ぁ、何てことを、殺してやる。看護師が来ようと関係ない。全員殺してやるぅ。はあ、はあ、はあ……」
「そっか、そこまでお前は俺たちを帰したくはないんだな」
「ははっ、そうだよ。おとなしく死んでくれないかなあ」
「室町さん……あなたはただ人を殺したいだけじゃないの? 私は虐待を受けている子供を救いたかっただけなんだよ。あなたとは一緒にされたくない」
「佳菜、やっぱり人を殺してるんだな……」
「そうだよ佳菜。あんたは人を殺してる。人殺しに理由なんていらない。だって人殺しは人殺し、それ以上でもそれ以下でもないんだから。お互い似た者同士じゃないの。だからね、一緒に西坂を殺さない?」
少しの間沈黙が続いた。
ナースステーションから看護師が来る気配は全くなかった。
「ごめんね、あなた……」
「佳菜……」
佳菜は室町の方へ身体を近づけて行った。
室町の顔が少し強張った。
明らかに佳菜が近づいてから室町は恐怖に駆られていた。
「さあ、殺戮を続けましょうか。これからも母親を殺し続けて、連続殺人を過去に類を見ないものに仕上げましょう」
室町は佳菜に凶器を渡した。その一瞬室町の知識顔から安堵の表情が見えた。しかし、佳菜が室町に話し掛けようとすると、また表情を戻した。
「じゃあ、佳菜の本気を見るためには……そうね、手始めにあなたの夫を殺して見せて」
「佳菜……」
「そうだね室町さん。全てを知ってる人は殺しましょう」
「佳菜頼みましたよ。私は次のターゲットの始末に行ってきますから」
室町が病室から出ようとした時、佳菜が室町の手を手繰り寄せた。
「室町さん……。もし私があの人を殺さなかったらどうする?」
「そうねぇ。分かってると思うけど言っておくと佳菜を殺すことになるね。どこへ逃げても、隠れても、必ず見つけ出して殺してやるから覚悟はしておいてね」
室町は笑顔で答えた。表情が一変しては元に戻る。しかし、今はこの時だけは無邪気な小悪魔的な微笑みを浮かべていた。
「そっか……、なら殺される前に殺してしまえということだね」
「佳菜……?」
西坂は佳菜の言ってることがすぐに理解できた。佳菜と室町との距離は拳一個分、身長は佳菜の方が低く、持っている果物ナイフは室町の腹部を貫くほどだった。
佳菜は予想通りの行動を取った。
「佳菜」
室町の腹部には凶器が突き立てられていた。冷静さを取り戻した室町は、冷たい目で佳菜を見ていた。
西坂は佳菜に歩み寄ろうとした。
「あぁあ、西坂さん。これ以上は近づかないのが賢いですよ。もし近くなら佳菜がどうなっても知りませんからね。ふふっ、ははっ、ははは。さあ、どうしますか? に・し・さ・か・さん」
「何を言ってるんだ?」
西坂はようやく気付いた。佳菜の腹部から血が一滴ずつゆっくりと床に落ち、血だまりを作り始めていたのだ。
「何があったんだ……」
「あれ、西坂さんには分からなかったかな?」
「分からなかったかな? じゃねえよ。お前何したんだ? そもそも、こんな事して許されると思ってるのか」
「何を言ってるの? だって佳菜が初めに私にナイフを向けたんだよ。見てたよね西坂。誰が見ても正当防衛ですよね西坂署長?」
室町は佳菜が凶器を腹部に向けた時、すぐに佳菜の手を翻し腹部に刺していたのだ。
正当防衛が成立してもおかしくない出来事がありだった。西坂の手には証拠がない。そして、室町に対しての証拠もない。さらには身内の証言には耳を傾けないだろう。尚更捜査一課が担当する事になる案件なのだから。
「確かにお前の言う通りだな。それでも、その前からお前は殺人者だ。殺人者の言うことを誰が信じる? そこを動くなよ」
「動くなって言われたら動きたくなるよね人間って。それが人間の心理だからね」
室町は握っている凶器を、更に深く差し込んだ。
「うっ……」
佳菜の悲痛な悲鳴が部屋に響いた。そして、悲痛の顔は西坂の見開いた目に映りこんでいた。
「佳菜……。室町、てめえのした事分かってるんだろうな。俺はてめえを許さねぇ、いや許す訳にはいかねぇ。そのまま動くな、てめえを血の海に浮かべてやるから」
「そんな事言っちゃって、本当は私を殺せないんだから」
室町は甲高い声をあげて笑っていた。
「いや殺せる。佳菜を傷つけた罪がどれだけ重いのか教えてやる。じゃねぇと俺の気が収まらねぇ」
「そう……じゃあ私を殺してごらん。その為には凶器が必要だよね?」
室町はそう言って、佳菜に深々と刺さっている凶器を思い切り引き抜いた。
傷口から血が流れ出し、血の涙で血だまりを作っていた。
佳菜はその場に倒れこんだ。服は血で真っ赤に染まり、今にも出血死で命を落とす危機に直面してしていた。
「佳菜あああ」
西坂は倒れた佳菜の腹部にベッドの上の毛布を巻いた。
室町はその場にうずくまっていた。まるで自分の意思とは無関係に佳菜を刺していたみたいだった。
「すぐに先生呼んでくるからな。もう少し辛抱だ」
「はあ、はあ、私のことはいいから……はあ、はあ、はあ。それよりも……室町さんを追って」
佳菜に言われて見渡すと室町の姿がない事に気付いた。一0七号室を出ると、既に室町のすがたはなかった。
「どこに行ったあ、室町いぃい」
西坂の声で看護師たちが振り向いた。一人の看護師が近づいてきた。ナースコールが鳴っても動かなかった看護師を心配し、遠くにいた場所から走ってきた。
髪を頭の後ろで団子にして、ナース服の姿がよく似合う女性が話しかけてきた。
「どうしたの西坂さん?」
「あ、美月ちゃん。一0七号室に佳菜がいるんだ。室町が果物ナイフで佳菜を……佳菜を刺したんだ。早く、早く手当を頼む佳菜を、佳菜を助けてやってくれ」
「西坂さん……。分かりました。佳菜さんの手当は任せて下さい。佳菜さんの事は心配しないで、だから室町さんを追いかけて下さい」
「ありがとう、頼んだよ美月ちゃん」
室町を追いかける為、病院内を走り回っていた。息を切らしながら、口の中に血の味がするほど走り回り、看護師に「走らないで下さい」と注意までされたが、既に西坂には物事を考える判断機能が低下していた。
西坂は判断機能の多くをフル回転させ、室町が向いそうな場所を考えた。一度身支度を整える為にも自宅に戻るであろうと結論を出した。
ただ、自宅に戻る確率は高くはない、むしろ低いくらいだ。
その後も西坂は病院内を探したが、既に室町の姿はなかった。
探すのを諦め佳菜が居た病室に戻ることにした。佳菜の容態が今になって気になり始め、焦りを感じた。
「はあ、はあ……。佳菜、大丈夫か?」
病室には佳菜が居た。
西坂は冷静さを取り戻した時、治療の為に緊急治療室に運ばれているかもしれないと思った。
病室の入り口で息を切らしながら佳菜の容態を確認した。
「うん、大丈夫だよ。あなた心配かけてごめんね」
何事もなかったように佳菜は微笑んでいた。
ただ微笑んで見えただけで笑っていたのかもしれない。
「良かった……」
「大丈夫、だってあれ血じゃないもの。絵の具で作った血糊なんだよ、かなりリアルだったでしょ。此処に来るって決めてから用意してたんだ。何があるか分からないからね。あなたには何も言わなかったから、余計に変な心配かけちゃったね」
佳菜はそう言って血糊のついた服を脱ぎ始めた。室町の病室には、室町の服が残っていた。
何故かその服は佳菜のサイズと同じだった。まるで初めから佳菜の為に置いてあったようだった。
「佳菜、本当に大丈夫なんだな? ……室町は戻ってきてないか?」
「うん、大丈夫だよ。室町さんにはまた会えると思うよ。だって私たちは彼女の悪事を知っんだからねーーたぶん彼女は私たちのことを殺しにかかるよ。あなた気をつけてね。あと警視庁には連絡入れといた方がいいよ。室町さんが連続殺人犯だからね」
「そうするよ……」
佳菜は室町の話をする時はいつも楽しそうだった。それに室町を犯人だと確信させる言動を取ってきた。それが余計に室町を連続殺人犯に仕立て上げようとしているように感じた。
「ところで佳菜。室町とはどういった関係なんだ?」
「……少しかな」
「ん?」
西坂は佳菜の言った言葉に含みを感じた。
「えっとね、室町さんとは専門学校の時の親友なんだ。いつも一人で居た室町さんにね声を掛けたの。最初はそれだけだったんだけどね、それから毎日のように話しかけてきたの。それに私の動きを観察してるのか、授業も同じ科目を取るしーー私の行く所にはいつも室町さんが居るって感じだったの」
「まるでストーカーじゃないか」
「そう、ストーカーぽかったの。でもね、なんか私の方が根気負けしちゃって室町さんと仲良くする事にしたの。そしたら室町と気が合っちゃって親友になったんだ」
西坂が佳菜と室町の関係を聴き始めた頃、美月はナースステーションに戻って行った。美月はその場の空気に気を遣ったのだ。
美月が病室を出る時、西坂は小さな声で「ありがとう」とだけ呟いた。美月にはその声は届いていなかったかもしれない、それでも感謝せずにはいられなかった。
「そんなすぐに親友にはなれないだろ。本当は何があったんだ?」
佳菜はベッドに腰を下ろした。
「そうだね、すぐには親友にはなれなかった。……学校に通う時、いつもバスを利用してたの。それでね、帰る時はバスまでの時間があるから図書室で本を読んでたんだ。室町さんも私と同じでね本を読んでたの。偶々好きな作家が室町さんと一緒だったの。それから室町さんと意気投合して、毎日のように話すようになったの」
西坂は佳菜の話から、室町と佳菜の真の関係を探ろうしていた。
「室町さんは男の人の憧れだったの。それで室町さんを妬む女子はみんな室町さんを嫌ってたの。室町さんは可愛かったからね。だからね、私という存在が現れたから興味を持ってあんな事をしちゃったのかも知れないね」
西坂はあんな事がストーカーを越える悪事を隠しているように思えた。
「佳菜、もしかして……」
「そうだよ、見られてたの。最初の被害者を殺すところを室町さんに」
「見られた……まさか室町はまだ佳菜のストーカーをしているのか。それと佳菜……どんな悪い人間でも殺されていい人間なんかいないんだ、それは分かってるよな? 佳菜も事件の当事者なんだからな、それだけは分かってくれ」
「うん、分かってるんだよ。でも、あの人だけは許せなかった。あの人の娘は私と同じ境遇にいる一人だったから。あなたが言うことが正しいのは十分分かってる。でも、あなたにそんなことを言われるとまで思ってなかった。だって私の気持ちを理解してくれなかった。あの時は理解してくれたのに……それが凄く悲しくて……」
佳菜の頬に一筋の雫が伝った。
頬を伝う雫を服の袖で拭っていた。
西坂はただ佳菜を見つめることしかできなかった。そして、佳菜に何と声をかけていいか分からなかった。佳菜の気持ちは理解しているつもりだったのに……。
「ごめん」
唯一その言葉だけが口に出せた。その後は沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは美月だった。美月はナースステーションには戻らず、入り口で立ち聞きしていたのだ。
「佳菜さん。もしかして室町さんは……」
そう言って病室に入ってきた美月を見て、西坂と佳菜は動揺を隠せなかった。
「うん、美月ちゃんが思ってる通りだよ。でも美月ちゃんを事件には巻き込めないよ。だから全て気づかなかったことにして」
「佳菜どういうことだ?」
「さっきも私が言ったけど、今回の事件は室町さんが私の真似をして殺人を繰り返してるの」
「なるほど、そういうことか。佳菜は一人の母親しか殺していない。残りは室町が佳菜の手口を真似て殺しているということか」
「うん、そういうことだよ。美月ちゃんはこれに気づいたんだよね?」
「はい、そうです……」
「室町は絶対に捕まえるから、それまで美月ちゃんは佳菜と一緒に俺の家に居てくれないか? それか何処かホテルを用意するからそこに隠れてて。佳菜は守を頼む。美月ちゃんも命を狙われてもおかしくないよ。佳菜、二人のこと頼めるか?」
「うん、任せて。絶対に二人は守るから」
佳菜は力強く答えた。四人も殺している人間に狙われていると思うと、どんな冷静な人間でも怯えるだろう。佳菜も例外ではないはずだった。
しかし、この言葉の力強さに俺も負けてられないと思った。
「美月ちゃん、とりあえず院長に相談して来てくれないか? 俺は佳菜を安全な場所に連れて行くから」
「そうですね。でも仕事はどうなるのかな?」
「事件が解決したら、この病院に戻れるように俺から頼むよ。美月ちゃんの為なら頭下げるよ」
「ありがとうございます、西坂さん。院長に相談して来ます」
「うん、美月ちゃんも命を狙われるかも知れないんだから、しっかりね」
美月は院長の元へと走って行った。
「佳菜、帰ろうか」
「うん、そうだね」
西坂たちは一0七号室をあとにした。室町が病院内に未だ居る可能性を考慮して、緊急外来の入り口から帰ることにした。緊急外来の入り口も捜査一課が張り込みをしているからだ。
しかし、それを頼りにしていたはすが、捜査一課の連中はそこに居なかった。
自分の乗って来た、黒いワゴンに向かって歩き出した。佳菜は西坂の後について歩いた。
西坂は病院の駐車場ではなく、少し離れた喫茶店に車を停めていた。十一番と白い文字で書かれた駐車場の右手奥にそれは停まっていた。西坂は佳菜と車に乗り込み自宅へと向かった。
自宅へと着いた西坂たちは、息を潜め玄関を開けた。家に居た守が元気良く出てきた。室町が居る形跡はなかった。
西坂は佳菜に言い聞かせるように言った。
「事件が解決するまで外に出たら駄目だぞ。俺が新しい隠れ家を見つけるまで、守と美月ちゃんとで過ごしてくれ」
佳菜は俯いていた。西坂が心配してくれていることが佳菜は嬉しかった。しかし、自分のした危ない行為に怒っている西坂を直視は出来なかった。
「……うん、分かったよ。でも室町さんをどうやって捕まえるの? 証拠もないんでしょ。それに何処に逃げたのかも分からないのに。そんな室町さんをどうやって捕まえるの?」
「証拠……居場所ーー確かにないし、分からないな。でも何とかするさ、今は室町の自供で捜査するしかないけど絶対に捕まえるから」
「あなたに自信があるならいいの。そうだ、これ役に立たない?」
佳菜は血糊で汚れた服をトートバッグから取り出した。病院から帰るときにこのトートバッグに全てを詰め込んだ。佳菜はその服からボイスレコーダーを出して、西坂に手渡した。
「ボイスレコーダー? 何が入ってるんだ?」
「この中にはね室町さんの自供が入ってるの。初めから自供を取る為に私はあんな危険な事をしたんだから。これで室町さんを追い詰めて。ただあくまで最終手段としてね。室町さんにこの存在を知られたら何をしてくるか分からないから。それに証拠としては不十分だよね。これがいつ録られたものか分からないし、隠して録音したもので信憑性が薄いからね。ただ室町さんを追い詰めるには使えると思うよ」
佳菜が渡したそれを握りしめた。
それには佳菜が危険を冒してまで手に入れた室町の自供が入ってるから、決して失くさないよう握りしめたのだ。
一歩間違えれば室町に佳菜が殺されていたかもしれない。
「ありがとな、佳菜。これは十分に活用させて貰うよ。でも二度とこんな危険な事をするな。もっと俺を頼ってくれ、佳菜の夫なんだから、一人で背負わないでくれよ」
西坂はそれをスーツのポケットに入れて、そこに入っていたスマートフォンを取り出した。
スマートフォンである相手に電話をかけた。電話に出た相手は、警視庁警視総監の加藤だった。
「加藤さん、西坂です。今お時間の方よろしいでしょうか?」
「ああ、時間か? 時間なら大丈夫だが何かあったのか?」
加藤は西坂の事件介入を認めた男だった。認めたというよりかは、この加藤が西坂に事件の解決の為、捜査に加わって欲しいと言ったのだ。
そして、あの事件ーーそれを解決した事により、加藤は西坂が事件に介入できるよう警察手帳に所定の捺印をした。
加藤は背が高く、背が高いのが自慢の西坂ですら見上げなければ目が合わなかった。電話越しでは、声が耳に残るほど特徴のある声だった。少し鼻声のような加藤は、いつも部下から体調を伺われる。
「はい、加藤さん。実は……」
西坂は会話を中断した。加藤の部屋に部下が入ってくる音が聞こえたからだ。
「すまんな、西坂。相変わらず堅苦しい物言いだなお前は。俺とお前の仲じゃないか、そんな話し方止めないか?」
「それでも……」
「それでも、じゃない。分かったな。お前とは昔から一緒だったんだからな。親のスネかじって生きてる俺だからこそ、お前のような人材が居ないとやっていけないんだ」
「そうだな。でも俊樹と俺とではもう立場が違うんだから、あんまり馴れ馴れしくはできない」
「そうか、でも電話の時ぐらい昔に戻ろうぜ。それで電話してきたのは室町のことか?」
「そうだけど、もしかして……」
「ああ、そのようだ。あいつら室町の逃走を許したみたいだな」
「そうですか……室町は俺が逃がしてしまったんです。それを謝りたくて」
「お前にしては珍しいな、何かあったのか?」
「実は俺が室町の面会に行った時、何故かその場に佳菜が居て……室町が佳菜を刃物で刺したんです。許せなかった俺は室町の後を追ったんですが、途中で見失ってしまったんです」
「佳菜さんが何でその場に居たんだ?」
「それについて今は何も言えませんが、今度ちゃんと説明します。それよりも今は連続殺人犯の室町を捕まえることです。室町が連続殺人犯という物的証拠はないけど、あいつを追い詰めるものはあります」
「それで室町を捕まえられるのか?」
「それは分からないけど、今は佳菜に対する殺人未遂で逮捕はできるんじゃないですか」
「そうだな、分かった。何とかしてみよう」「ありがとう、俊樹」
電話を終えた西坂は再び病院へ向かった。
西坂は受付で美月を呼んでもらった。
美月は受付まで走ってきた。息を切らしながらも口元は微笑んでいた。
「美月ちゃん、どうだった?」
「はい、バッチリです。許可取れました」
「良かった。今日はもう帰ろう、俺の家まで送っていくよ」
「はい、準備してきますね」
「俺は此処で待っておくから」
「分かりました。すぐ準備してきますね」
美月は再び走って、だんだんと小さくなっていった。
数分後、準備のできた美月が三度受付へ走ってきた。これまた動きにくそうなワンピースを着ていた。ナース服も動きにくそうだが、今のワンピースの方が余程動きにくそうに見えた。
「お待たせしました」
「じゃあ、行こうか」
美月を連れて家へと帰った西坂は、室町を探し出す為、佳菜と美月に家の事を任せその場を後にした。
西坂は室町の行方を追っていた。しかし、手がかりすら掴めないまま、一週間という月日が過ぎていた。
室町が姿を見せなくなってから、母親に対する殺人事件はなくなった。再び平和な町へ戻っていた。そう、その筈だった……
いつものように室町の行方を追っていると、佳菜から電話が掛かってきた。
「あ、良かった。あのね、室町さんから電話が掛かってきたの。あなたに第一の事件現場となったーーつまり私が起こした事件現場に来るように伝えってて頼まれた。室町さんが何をしてくるか分からないから気をつけてね。私たちは家から動かないから心配いらないよ」
「そうか……。分かった、いってくるよ」
「うん、いってらっしゃい」
それを聞いた西坂は、第一の事件現場(被害者・神野未央)のマンションへと向かった。
西坂の前に現れたのは、何度見ても心身ともに疲れさせられる建築物だった。
このマンションは日本屈指の頭脳を使って作り上げられた、世界最高水準の警備管理システムが導入されている。
マンションは安易に入ることが可能だが、入り口とマンション内を挟んだもう一枚の鉄の要塞は、住民にのみ与えられるカードキーが必要だった。
入り口を抜けマンションへ続く通路の間には、郵便受けと管理室が存在していて、そこにはかなりの空間が広がっている。
管理室から警備員が目を光らせている。日常的に二人の警備員が交代で監視カメラや住民以外の出入りを厳しく管理している。
西坂が管理室へ近づくと……
「何かご用ですか?」
警備員が急ぎ足で尋ねてきた。
西坂は青のダウンジャケットの内ポケットから警察手帳を取り出し、警備員の眼前に差し出した。
それを見た警備員は一礼して、管理室へと戻って行った。少し待っていると、管理室から警備員が戻ってきた。金庫の中から予備のカードキーを手に取り、西坂の手の上に律儀に置いた。
「帰りの際は一声かけてやってください」
「ああ、ありがとう。終わったら声をかけかけるよ」
手渡されたカードキーを、鉄の要塞に貼り付けられているカードリーダーに読取らせた。カードキーの読取を完了したカードリーダーは、赤く点灯していたボタンを緑に変えた。読取が成功すれば赤から緑へと変わる仕組みの一般的なカードリーダーだった。
もしも色に変化が現れなかった時は、警備員が事情を聴きに小走りでやってくるらしい。
西坂は扉が開いたのを確認すると、カードキーをズボンに突っ込んだ。
この扉の向こうには室町が居る。そう考えるだけで、室町に恐怖を感じる。室町は既に三人も殺している。そして、平気で佳菜を刺し殺そうとし、自分で自分を刺せるほど自我をたもてていない人間を人間とは思えなかった。
ふと、恐怖を更に掻立てる恐怖を感じた。室町はどうやってこのマンションに入ったのか? 西坂ですら警察手帳を見せて、ようやくカードキーを手にしマンションの中に入れた。
いや、それ以前に佳菜もどうやってこのマンションに入り、第一の事件を犯したのか。西坂は頭の中に様々な疑問を持ち始めた。
しかし、疑問を持つのが少し遅かった……
そうこう考えている内に神野の部屋の前に立っていた。部屋の前には黄色のテープが交錯して張り巡らされていた。
第一の事件から一ヶ月も立っていたため、さすがに警備員は居なかったが、戸締りはしっかりとされているはずだった。
しかし、神野の部屋は少し開いていた。実は西坂はこのマンションにだけ、室町の面会前に各現場を回る時来ていなかった。いや、警備が厳しすぎて来るのを面倒がっていた。
室町が罠を仕掛けているのは目に見えた。
それでも進まなければいけないことは分かっていた。慎重にテープを剥がし、部屋の中へと足を運ばせた。
部屋へ入った西坂は、多少イラついた声で言葉を発した。
「室町、居るのか? お前の言った通り来てやったぞ」
その声に答えはなかった。代わりに時計の針音だけが響いていた。
決して大きな声ではなかったが、近隣住民が玄関を開けて出てきた。右手には受話器が握られていた。
第一の事件現場となり、更に厳重に張り巡らされたテープを剥がし、その中に入って声を走っている者がいるのだから、住民が出てきてもおかしくはない。
西坂と目が合うと、受話器の上の手が一一0と走っていた。それを見た西坂は慌てて、ジャケットから警察手帳を取り出し住民に見せた。
それを見た住民も慌てて受話器の上を走る手を止め「お仕事頑張ってください」と言って、部屋の中へと入って行った。
部屋の中奥へと進んだ時、西坂は人の気配を感じ玄関へと視線を送った。しかし、振り向いた時にはガシャリと扉の閉まる音が響いた。
扉が閉まった後に訪れたのは暗黒世界だった。始めから西坂を閉じ込めるため、カーテンや窓ガラスはガムテープで固定され、外からの光という光は全て遮断されていた。
そこは鉄籠の暗黒世界よりも深い闇だった。西坂も何度か鉄籠の中に収監された殺人犯を見てきたが、それを遥かに上回っていた。
「はは、あははっ。なんでこうも簡単にひっかかってくれるのかなあ」
不敵な笑い声を聞くだけで、無性に寒気が身体を走った。
重く閉ざされた鉄の向こうから、室町の甲高く笑う声が聞こえた。
「室町いぃぃ」
「なんで怒ってるのかな? それに、ほら大きな声を出すから住民の人が出てきたじゃない。迷惑になることをしたらダメでしょ、に・し・さ・か・さん。それとも全部が処理しないといけないのかな?」
室町が一方的に喋っている間、西坂はスイッチを探していた。
「こんなことしていいと思ってるのか」
台所だと思われる場所にあったスイッチを探り当て、スイッチをオンにしたが電気が点くことはなかった。ただ一箇所を除いては。唯一点いたのは、神野が生前使っていた寝室だけだった。それも隅っこにベッドが置いてあるだけの簡素な部屋だった。
「してもいいと思ってるからしてるんですよ。それに西坂さん、時間稼ぎなんてしてみるものじゃないですよ」
何処で見てるんだ。西坂は辺りを見渡した。しかし、寝室以外は相変わらず暗黒世界に身を隠していた。
「室町、俺をどうしたいんだ?」
「そうね……あ、佳菜と私の罪を西坂一人に背負ってもらうってのはどうかな? いい考えでしょ」
「俺に罪を被せるのか、どうやって?」
「西坂さん。ちょっと玄関まで来てくれませんか。来たらドアを叩いてみて」
西坂は言われるがままに玄関のドアを叩いた。ドアの音が響く代わりに鈍い音が耳に残った。
「あはははっ、西坂さん。そんなにドアを叩くのではありませんよ。もし玄関が開いてしまったら、西坂さんのせいになりますからね」
西坂はドアを叩くのを本能的に止めた。それまで室町には鉄を叩く音が聞こえていた。
気付くと西坂は額に汗をかいていた。
「どういうことだ?」
「西坂さん。今回の連続殺人事件の被害者の子供がどうなったか知ってますか?」
「まさか……」
「察しが早くて助かります」
「そう今まで誰も気にしなかったんですよ。被害者の子供が何処に居るかなんて。その子供はね、西坂さんが居る部屋の真上なんですよ」
「やっぱりそうか……。じゃあ、さっきのドアからした鈍い音は……」
「ホントにキレる人ですね。だから、言ったでしょ、あんまり叩くのではありませんよって」
「室町いぃ、お前は子供まで巻き込むつもりか。そんな事させてたまるか。聞いてるのか室町?」
「さようなら、西坂さん。どうか西坂さんがこの鉄の扉を開けずに、子供たちが無事に生きていられますように」
室町は神に祈りを捧げるように言葉を発した。
そして、室町から返事が返ってくる事は二度となかった。
「室町、お前は絶対に許さねぇ。此処から逃げ出して、お前を追い詰めてやる」
室町が去り、頭が冷えた西坂は自分が携帯を持っている事に気付いた。携帯をダウンジャケットから取り出し、仲間に連絡を入れようとした。しかし、電波の強さを示すアンテナが立っていなかった。
携帯の懐中電灯を使いながら、残る部屋を探し回った。もしかしたら、室町が残した遺留物があるかも知れない。
そして想像通り遺留物が残されていた。
明らかに目に付く所に置かれていた紙があった。室町は西坂に子供たちを救うチャンスを残していた。紙には神野の部屋についての注意事項がワープロで打ち出されていた。紙にほんの少し温もりがあった。つい先ほどまで、西坂が足を踏み入れるまで室町はこの部屋に居たのだ。
西坂は紙と見つめ合っていた。
その① 寝室以外の電気は止めてある。
その② 子供たちは真上の部屋に監禁さ
れている
その③ 携帯などの電波を発信するもの
は使用できない。
その④ 全ての外界へと繋がる扉には爆
弾のスイッチが付いている。
その⑤ 外側からだと爆弾のスイッチは
反応しない。
その⑥ 以上の事から、あなたはこの部
屋から子供たちを犠牲にしなけ
れば脱出できない。
その⑦ ヒントーーある時間だけ電波が
繋がる時間が存在する。そのヒ
ントは文面の中に書かれてい
る。
その⑧ 最後に西坂さん。此処から脱出
するのは早い方がいいですよ。
まだ後二人は殺したい人がいま
すからね。子供たちを犠牲にす
るか、被害者を増やしてでも助
けを待つか。では、西坂さん。
頑張ってください。
その紙に記された内容を熟読したが、いまいち内容の理解ができなかった。ただ電波が繋がる時間が存在する事だけは分かった。しかし、考えれば考えるほど、謎は頭の中で渦を巻き西坂をイラつかせた。
あれから何時間が経ったのだろうか。
西坂はまだ室町の遺留物の謎に頭を悩まされていた。紙に記された室町の犯行予告に不安と苛立ち、そして自分の情けなさを感じ、机を何度も強く叩きつけた。何度も何度も拳が悲鳴をあげても叩き続けた。そして机には拳の跡が残った。
再び西坂は紙と見つめ合った。そして、読み直していると、ふとおかしな言い回しがある事に気付いた。
紙の中には室町の殺人予告が書かれていた、それも後二人殺したいと。確かに殺したい人間が二人という表現はおかしくないが、室町は人を平気で殺せる。その場合、尚更この二人という記し方をする必要はない。
ようやく西坂は理解した。室町は俺を助けようとしているのだと。
病院の一件もそうだったが、室町はどこか自分の意思に反して行動している節があった。
西坂は電波が繋がった時の為に、新規メールを作成していた。
宛先:加藤俊樹
Cc/Bcc.差出人:西坂裕也
件名:監禁されてます。写真を添付しま
す。後爆弾処理班を寄越してくださ
い。
本文:写真一JPG
室町が残した文面です。場所は第一
事件の現場、神野さんの部屋です。
子供たちは紙に記載の場所に監禁さ
れてます。内側からは開けられませ
んから、取り急ぎお願いいたしま
す。
西坂はメール作成後、いつでも送信できるよう送信画面を表示状態にしていた。電波が繋がれば、外に中の状態は伝えられる。そうすれば後は外の連中が何とかしてくれるだろう。
何故メールなのか、それは電話よりも簡素に伝えられる連絡手段だからだ。
そして、室町の残した文書が送れるからだった。
メールを作成している最中に、室町の文面の言い回しの理由に気付いた。
自分もメールを打つ時にまわりくどい文面を使い、直接話をした方が早いと言われる事が多々ある。
それで全てを理解した。
「なるほどな。……そういうことか。ヒントは文面内に書かれている、ということはこの二人というのがヒントだ。とすれば、文末の二文字で全てに共通してあるのが、い・な・る、だ。るが表す時間はない。となれば、なは七時ーーいは一時だな。今は夜中の一時で、……電波はきてないか。残るは七時か」
西坂は静まり返った部屋で一人呟いていた。つい先ほどまで、近隣の部屋からテレビの音が伝わってきていた。しかし、それも今は聞こえなくなっていた。
「はあ、眠たくなってきたな」
急激に睡魔が襲ってきた。
ようやく一つの謎が解けたことで、脳の活性化が収まったのだろう。
西坂は神野のベッドに寝転がった。相当溜まっていた疲れのツケがまわってきた。
隣の部屋からテレビの音が聞こえてきた。 部屋を挟み、薄い壁を伝わってきた音は西坂を深い眠りから目覚めさせた。
「う……んぅ。寝てしまったか。何時だ、ってもう七時じゃないか。携帯は……やっぱりな、繋がったか。室町、本当のお前は誰なんだ」
神野の部屋には、これもまた理由が分からないが冷蔵庫が置かれていた。
昨日作成しておいたメールを加藤に送信し、冷蔵庫を開けた。
中には一枚の紙と一日分の食材が置かれていた。電気は通っていないのか、食材は保冷剤で冷やされていた。
西坂は新たな紙と見つめ合った。
西坂さんへ
たぶん、西坂さんには全てを知ってもら
わないといけない。電波ももう通じるは
ずだから助けを求めて。西坂さん、私を
救ってください。助けが来るまで、この
食材で何か食べてください。
室町より
室町からの紙には全てが書かれていた。ただこの紙から全てが分かった訳ではない。室町の様子を見ていて分かったのだ。
「はあ、そうだな。俺が救ってやるしかないのか」
西坂は冷蔵庫から卵を手に取ると同時にご飯をもう片方の手で持っていた。ご飯茶碗の隅で卵を割り、卵かけご飯を作った。
ご飯を食べ終わり、台所で食器を洗っていると、携帯から森のクマさんが響いた。
「メールか……」
西坂の想像通り電波は繋がり、外からのメールの受信も可能だった。既に室町が電波の妨害を解除はしていたが、当分使えなかった携帯が使えたことは、ありがたいことだった。
加藤から返信のあったメールには、了解だ、とだけ書かれていた。
加藤が西坂のメールを受け取ってから一時間が過ぎていた。
「西坂……。お前は気づいてるはずなのに、どうしてそんなに強くいられるんだ。俺だと耐えられない……。今回の事件の真犯人を知ってるのは、お前と俺だけか」
加藤の命令を受けた、機動隊隊長の櫻井康介は隊員たちに指示を出していた。
各々に一列に並んだ隊員たちは、緊張の圧力に押し潰されそうになっていた。
櫻井康介は加藤俊樹と犬猿の仲だった。
櫻井が機動隊に入隊した当初、加藤は警視総監でありながら機動隊の隊員も兼任していた。加藤の命令はいつも手厳しいものだった。自分の命よりも他の人の命を優先する加藤の命令に、櫻井は反感を覚えていた。
反感を覚えたのは、かつて、この町で起こった連続殺人事件の犯人を捕まえる時だった。
加藤は抵抗する犯人を無傷で捕まえろと命令を下した。犯人は建物に立て篭もり銃を所持していた。それを知りながらも加藤は犯人の命までもを優先したのだ。
その事件に幸い犠牲者は無かったが、多くの人を殺した犯人にまで、自分の命よりも優先しろと命令を下した加藤に櫻井は初めて苛立ちを覚えた。
それから櫻井は加藤のやり方を全て否定し、とうとう加藤を機動隊隊長から退かせた。加藤の後を引き継ぐ形で櫻井が機動隊ほ隊長となった。
目まぐるしく変わった命令の下し方に、多くの隊員はついていったが、少数の隊員は加藤と同時に辞めていった。
櫻井は黒色のスーツを着ていた。スーツの裏側には拳銃を二丁忍ばせていた。
腰ベルトには手錠を、靴の外には小さなピックを、そして機動隊と悟られないよう要らないものは全て取り外されていた。本来命令を下す筈の無線機までもが櫻木には必要なかった。
櫻井が策戦を話すと同時に隊員は、その策戦が失敗しないよう真剣だった。
櫻井は加藤に憧れていた。親のコネで警視総監になった加藤だが、親の存在すらも搔き消すほどの成果を残していた。そんな加藤を越えるために櫻井は努力してきた。
加藤はそれに気付き機動隊隊長を自ら退いた。それから櫻井と加藤の態度は変わった。
周りは犬猿の仲だと感じているが、櫻井と加藤は切磋琢磨し合える数少ないライバル、そして信頼できる仲間になっていた。
「よし、加藤警視から連絡があった。西坂さんを助ける為に、室町をーーするぞ」
「はい。今うちの町から西坂さんを失うのは痛手ですからね」
「そうだな。まず、一班は室町の逃走経路の確認、二班は神野のマンションから監視カメラや電波傍受等の機器を探してくれ。最後に三班、お前たちには爆弾の解除を任せる。それから桜木、お前は後で俺のところへ来い。以上だ、質問のある奴は?」
「いえ、大丈夫です」
各班の小隊長は班員を代表してそう言った。
「それでは各自持ち場へ」
各々が自分の持ち場へと移動するなか、桜木と三班隊長の朝倉則之率いる爆弾処理担当の隊員たちが、その場に残った。
「よし、神野のマンションへ行こうか」
櫻井の一声で隊員たちは黒のワゴン車に乗り込んで行った。
櫻井が移動中に桜木に話しかけることはなかった。
神野のマンションへ着いた櫻井率いる、三班の爆弾処理担当の隊員たちは、三班隊長の朝倉の指示に従っていた。
朝倉は足元に金属製の箱から工具を取り出し拡げていた。箱の大きさからは想像出来ないほど、工具が溢れ出てきた。工具箱には大小様々なペンチやドライバ、六角レンチ等が入っていた。ドライバは爆弾の解体、ペンチは配線を切るために必要だった。六角レンチは、稀に爆弾の構造がドライバで対応出来ない物があるため必要だった。
朝倉率いる爆弾処理班が、爆弾を処理し始めた頃、櫻井たちはそこから少し離れた螺旋階段に居た。
「櫻井さん。なんで俺が此処にいるって分かったんですか?」
櫻井に呼ばれた桜木だが、一向に話してくる気配のない櫻井にしびれを切らし、先に話し掛けた。
「桜木、お前は尊敬する人が事件に巻き込まれたら、現場に駆けつけないのか?」
「駆けつけないわけないでしょ。だって、西坂さんは俺が尊敬し続けて追いかけて、それでも手の届かないところにいる人なんです。それに西坂さんは……いや、なんでもないです」
「なんだ?」
「ホントに何もないです。すみません」
「そうか。まあ、そういう訳だから、お前があの場に居るんじゃないかって思ってな、声を掛けたんだ」
「そうだったんですね。さすがですね櫻井さん。やっぱり加藤警視と良きライバルですね。それで、俺に何か用ですか?」
櫻井はスーツの内ポケットから、しわくちゃになっている一枚の紙を桜木の目の前に広げた。
そこには、かつて若くして機動隊の副隊長になった桜木が解決した数多くの事件が書かれていた。
「何で……何でこれが此処にあるんですか櫻井さん? それは俺が隠し続けてる過去の話ですよ。このことはまだ誰にも?」
「ああ、まだ誰にも話してない。副隊長に上り詰めたお前が今西坂と一緒に動いてるのには訳があるんだろう。もしかしたら、それが過去の隠したい事なんじゃないかと思ってな」
「そうですね、櫻井さんの言う通りです。俺は今回の事件の犯人を知ってます。それに、俺はあんまり過去をほじくりかえしたくはないんですけどね」
「誰にだって隠したい過去はあるさ。それよりも、今回の犯人って、やっぱりそうなのか?」
「そうですね。西坂さんももう気付いてると思うんですけどね……」
「そうだな」
西坂は部屋の中で暇をもて余していた。
外では先ほどから爆弾の解体を行なっている音が聞こえてきた。
しかし、何の前触れもなくいきなり機材をしまう音が聞こえてきた。
「西坂さん。もう大丈夫ですよ」
爆弾処理を終えた、機動隊の隊員はそう言った。
しかし、西坂はその口調に違和感を覚えた。隊員の声が少し鼻にかかった、そして、微かに響く声だったからだ。
「本当か……?」
「はい、心配ないです」
「分かった」
西坂は違和感を感じながらも重く閉ざされていたドアを開けた。
次の瞬間、西坂は全身に痛みを味わった。意識が遠のき、その場に倒れ込んだ。
「うっ……」
西坂が目を覚ました時、見たことのある景色が目に入ってきた。
気を失って目が覚めるまで時間は余り経っていない。そして、目の前には見馴れた景色ーー気を失ったのは……痛みを味わったのは……
「あなた……」
西坂は声のする方に頭を向けようとした。しかし、強い痛みに襲われ頭を向けられなかった。それでも、声の持ち主は分かった。それはいつも聞いている声だった。
「佳菜……。何で……俺は家に……いるんだ? それに佳菜は……」
西坂は痛みを堪えながら声を発した。
「私がどうかしたの? それに何でって言われても、此処はあなたの家じゃない。何も問題はないと思うけど、何か違う?」
「いや、その通りだ。でも、どうしてだ? 俺は……」
「どうしたの? まあ、あなたの言いたいことは分かるわ。いつからかって事だよね。そうね……室町さんとはだいぶ前から共犯だよ。ただ、あなたが思ってる共犯とは違うかも知れないけど。だって……」
…………
「櫻井さん。俺が何で西坂さんと一緒にいるか気になってましたよね。一種の罪滅ぼしですかね」
「そうか……」
ドゴーン
神野の部屋から爆発音が響いた。
「どうしたんだ、いったい何があったんだ……」
櫻井と桜木は神野の部屋へと走っていた。
櫻井と桜木は何が起こっているのか分からなかった。
ただ、神野の部屋の前に居たのは、爆弾処理担当の三班を率いる朝倉だった。
朝倉を含む三班の隊員は爆撃に巻き込まれたのか、意識を失っているものが多かった。そして、そこに三班の隊員全ては揃っていなかった。
「朝倉大丈夫か?」
「……」
朝倉を含め、誰からも返事は返ってこなかった。
「櫻井さん。俺が此処に来たのは、今回の事件の犯人を教えるためです。そして、この爆弾はそいつが仕掛けた物でしょう」
「まあ、そうだろうな。でも、ーーが犯人だとして、動機は何だ?」
「あの事件でしょうね。母親という恐怖の対象を消そうとしているんでしょう。ただ、母親でも虐待をしている母親限定で殺しているんでしょうね。そうしないと母親を殺す理由がないですから」
「それはよく分かった。ところで今ーーはどこに居るんだ?」
「それがですね、西坂さんが室町に狙われないよう、どこかに匿っているんです。その場所が……」
櫻井はあることに気付いた。神野の部屋に西坂は居なかったのだ。
「桜木、西坂がいない」
「なんてこった。これはマズイ状況かも知れないです」
「どういうことだ?」
「西坂ーーが西坂さんを殺そうとしているんでしょ。ーーは西坂さんをこの世から消すつもりですよ」
「まさか。今そんなことすれば、益々疑われるだろ」
「でも、それを殺人にするとすれば……」
桜木は櫻井と話をしながらも、駐車場に停めた警察車両に乗りこんだ。桜木が乗った車両は猛スピードでそこから立ち去った。
櫻井は桜木の後をついていくことしか出来なかった。
しばらく走っていると桜木から自分に電話が掛かってきた。
「西坂さんがあいつを匿っている場所が分かったんです」
「何処なんだ?」
「西坂さんは……に……を……っていると……す。だから、今から……ます」
急に電波の入りが悪くなり、桜木が言っている言葉を拾うことが出来なかった。ただ、拾えた言葉も同じように、その物事から相手の考えを理解できた。
先ほどから電波が入らないのか、途切れ途切れに言葉が耳に入ってくる
重要なところが聞き取れないまま、櫻井は桜木を見失った。
一車線の道路な為、並走が出来ないまま信号に捕まった。いくら警察で緊急事態と言えども、信号無視などの行為を犯すわけにはいかなかった。
その頃、桜木は西坂の家へと急いでいた。
…………
だって……と言った佳菜の背後には室町が立っていた。体調が優れないのか、顔は真っ青だった。しかし、その右手には今まで殺人に使ってきたであろう、赤黒く褐色した血がこべりついている包丁が握られていた。
「佳菜……」
「さすが、あなた。初めから室町さんは人を殺してないの。だって……」
室町の包丁を握る手は、止まることなく震えていた。その震えは、人を殺したことのない人間にしか起こらない筈の事象だった。
「……」
「それにしても、鋭すぎて困るのよね。でも、ここまでは辿り着かなかったんじゃない。室町が私の妹だって。みてよ、化粧もしてないのに私と瓜二つ、双子でもないのにね。そう思わない、雪乃?」
かつて連続殺人犯と疑われていた室町は佳菜の妹で、実際の犯人は佳菜だった。雪乃と呼ばれた彼女は、それが自分を指す言葉だと気付かなかった。しかし、身体だけは反応したのか、小刻みに震えていた。
「雪乃?」
佳菜は優しい口調で雪乃に呼びかけた。まるで泣いている妹を慰める姉のようだった。実際、佳菜は雪乃の姉であることに間違いは無かった。
「お姉ちゃん……。私は……どうしたらいいの?」
佳菜は溜め息を吐きながら、雪乃の右手に自分の手を重ねて声を掛けた。
「どうしたらいいかって、そのくらい分かるでしょ雪乃。だって、西坂さんを殺せばいいだけの話なんだから、ねっ」
無垢な少女のように佳菜は笑っていた。
佳菜の発した言葉は殺人を意味していたが、その話し方は人を殺したことのない、いや人を殺してみたいと思う思考を持つ少女の幼さが残っていた。
「うん、お姉ちゃんが言ってることは分かるよ。でも……」
そこには室町と名乗っていた、そう呼ばれていた女性はいなかった。雪乃は既に自分の自我を奪い返していた。
そして、雪乃に戻った彼女の頰には涙が伝り、床に膝を落としていた。涙を拭ったその手が、外から入る微かな光に反射して周りの景色を小さく映し出していた。
「そっか、雪乃……あんたはもう解放されたのね……」
何人もの人を殺し、それを見てきた佳菜の瞳には蝋燭の灯火が映っていなかった。
瞳孔に映るのは、西坂と雪乃。そして、その瞳は西坂と雪乃の全てを見通していた。
西坂は身体中を得体の知れない何者かに這いずり回られている感覚に襲われた。
「お姉ちゃん、私は人を殺したことはないし、これからも殺さないよ」
雪乃の目はまだ死んでいなかった。全てを受け入れて生きていく、そんな未来を見つめて歩んでいく目をしていた。
「雪乃、私の言うことが聞けないというの。なら雪乃、あんたも始末しなきゃいけないね。だってそうよね?」
「お姉ちゃん……?」
佳菜は雪乃から凶器を奪い、喉元に突きつけた。力が入っていなかった雪乃の手からはあっさりと凶器が奪われた。凶器を持っていた手は床に花開いていた。
気付けば西坂は佳菜に向かっていた。いや、雪乃を助けたかっただけなのかも知れない。
殴られた場所が悲鳴をあげ、一歩踏み出す度に痛みは増していくばかりだったが、佳菜の強行を止める為に身体の反応を無視して、脳からの指令で無理やり身体中を動かしていた。
「やめるんだ佳菜。雪乃ちゃんは悪くないよ。俺が悪かったんだ。俺があの時に気付いていれば……」
「近づかないで……あなた。そうよ、でも、あなたはまだ気付いてないよ。ちゃんと考えてみてよ……」
佳菜に近づいた時にようやく気付いた。
雪乃の喉元には血が伝い、白いワンピースを汚していることに。
そして、雪乃が呼吸をする度に傷口が深いのか大量の血が吹き出し、壁に弧を描いていた。
西坂が驚いた表情を見せると、佳菜の涙腺から涙が流れていた。
「そっか、あなたは優しすぎるよ。でもね、私が雪乃のせいでどれだけ苦しんだか知らないのよね。雪乃のせいで……」
佳菜は雪乃から凶器を手放し、そして、雪乃を突き飛ばし逃走した。
雪乃を受け止めた西坂は、そのまま倒れるように床に叩きつけられた。
「雪乃ちゃん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。それよりもお姉ちゃんを……」
「そうだね。でも、雪乃ちゃんの手当てが先だよ。それに……」
いきなり玄関が開く音が家の中を駆け抜けた。
佳菜が逃走したのは窓からであって、玄関からではなかった。一階建ての平屋であったこの家は、地面までの高さがないため佳菜は窓から身を消した。
西坂たちはもう動く気力も残っていなかった。雪乃の喉元から流れ出る血の量は減っていたが、雪乃の顔色は悪くなっていっていた。
コツコツと床を蹴りつける音が西坂たちに近づいてきた。
西坂たちの目の前でその足音は鳴り止んだ。既に顔を上げるのも苦痛の西坂たちは、床に転がっていた。
「西坂さん、大丈夫ですか? ーーちゃんも……」
「遅かったな桜木。それよりも雪乃ちゃんを病院に連れていってくれないか?」
雪乃は完全に気を失っていた。
桜木は雪乃を抱え上げ、西坂には肩を貸していた。
「悪いな……」
「いいですよ、気にしないでください。でも、まだ気付いてないんですね西坂さんは」
「ん? 桜木何か言ったか?」
「いえ、独り言です……」
桜木の計らいによって、西坂が勤務する交番に美月と院長を呼び、二人に西坂と雪乃の手当てをさせた。
西坂が署長を務めるこの交番は駅前にあり、人通りが多い場所だった。その立地条件から交番付近で事件は起きたことがなかった。ただ、交番の裏手には人通りの少ない細道が入り組んでいた。
しかし、一度もその盲点をついた事件もおきていなかった。
交番は西坂と桜木の二人体制で構成されていた。事件が稀にしか起きないほど平和な町だから出来た体制だった。
西坂は雪乃の手当てを優先させ、奥のベッドで横になっていた。
雪乃の容態は良くないのか、美月と院長がバタバタと足音を立てていた。その余りの音に違和感を覚えた西坂は、雪乃の容態を見るためにベッドから降りた。
雪乃は入り口付近のソファーに寝かされ手当てされていた。
交番の扉は施錠され、外から中が覗けないよう布で作った即席のカーテンで覆われていた。
「西坂さん、もう少し待ってくださいね」
「ああ、雪乃ちゃんのこと頼んだよ、美月ちゃん。じゃあ、終わったら教えて」
「はい、終わったら声掛けますね」
西坂は再び奥のベッドで横になった。
身体から痛みは引いたが、精神的に参っていた。未だ佳菜が連続殺人犯だと信じたくはないが、あの言葉に嘘偽りはなかった。佳菜は嘘を吐くのが下手だった。嘘を吐く時はいつも、口角が少し上がり、目を細める。西坂に向けたあの言葉たちは事実だった。
「西坂さん、身体大丈夫ですか?」
「ああ、だいぶ楽になったよ。ところで桜木、あの厳重な防御はなんだ?」
「その前に西坂さん、携帯貸してもらえますか?」
桜木は西坂から携帯を受け取ると、中に入っていたSIMカードを真っ二つに折った。
「すみません。まだ上には俺たちが此処に居ることは知られてないと思いますがそれも時間の問題です。だから、念のため施錠と、外からの視界を遮って起きました」
「そっか……」
「西坂さん、本当はもう気づいてるんですよね?」
「そうだな……。桜木、お前も気づいてるんだよな?」
「はい。やっぱりあの時から二人は……」
桜木がその先を言おうとした時、美月が西坂に声を掛けた。
「雪乃さんの手当て終わりましたよ。とりあえず応急処置は施しましたが、予断を許さない状態ですね。あと少しズレてたら命はなかったです」
「そっか、ありがとな、美月ちゃん。あ、俺はもういいから、美月ちゃんも休んで」
「分かりました」
そう言った美月も佳菜と同じように口角が少し上がっていた。
美月は雪乃がいる方に戻っていった。
「見たか桜木?」
「見ました。美月ちゃん調べてみないといけないですかね?」
「そうだな。変な詮索はしないほうがいいと思うが、今のは佳菜と同じ口角の上がりだったな」
「そうですね。調べてみましょう」
そう言って桜木は裏口から暗闇へと消えていった。
「桜木……。お前も辿り着いんたんだな、真実に」
西坂さんは深くため息を吐いた。
煙草の煙が風になびいてた。
「西坂さんをこれ以上巻き込むわけにはいかない……。それに、あいつだけは西坂さんと佳菜ちゃんから遠ざけないと。俺一人で雪乃を捕まえないと……」
煙の行方が変わった。
桜木は交番近くのバス停で煙草を吸っていた。扉で密閉されたバス停は、非喫煙者からすれば喫煙者を目の敵にする場所だったが、このバス停の利用客は少なく、その匂いを気にする非喫煙者もいなかった。
扉が開いたことで煙の行方が変わったのだ。
「私を捕まえるって? そんなことできるのかな。さ・く・ら・ぎ・さん」
桜木の背筋に悪寒が走った。
灰皿はバス停の入り口に人が背を向けるように置かれていた。
気づいた時には既に背後を取られていた。
「佳菜……」
後ろに振り向きたいが、体が凍ったように動かなかった。
「あれ、桜木さん? 私は雪乃だよ。さっき自分で言ってたじゃない、私を捕まえるって。もう忘れたの?」
「別に忘れてなんかない。それよりもいいのか、自分が雪乃だって認めて?」
「そうだね……。でも、もう西坂さんにも、桜木さんにも正体がバレているからね。もう隠さなくてもいいかな」
桜木は自分が失言したことに気付いた。西坂が佳菜を雪乃だと気付いることを言えば、雪乃は西坂に何をするか分からない。
「それで、私を捕まえるの?」
「いや、まだ捕まえない。お前にはもう少し自由にしてもらわないとな」
「へえ、そうするんだね。じゃあ、私も今日は諦めようかな。でも桜木さん、あなたは私たちの秘密を知ったんだから……残りの命を大切にするんだよ。話ができて良かったよ、桜木さん。じゃあね」
雪乃は終始笑っていた。その笑っている顔が、桜木に恐怖を与えていた。
雪乃が立ち去ると、再び煙の行方が変わった。
一服終わる頃、桜木の脳裏を恐怖の戦慄が駆け抜けた。
「やっぱりおかしいぞ。なんで雪乃が俺の事を知ってるんだ。まさか……。あの場所に美月が居るってことは……。俺はなんて失態をしたんだ」
桜木は急いで交番へ駆け込んだ。
「うっ……」
何処かから悲痛の声が聞こえてきた。
その声で西坂さんは目を覚ました。横になっているうちに眠ってしまっていた。
ベッドから飛び降り表へ歩み出そうとしたその時、西坂に近づく足音が二つ響いてきた。
一つは美月の上履きが擦れる音、もう一つは……医療現場では殆ど聞くことのない革靴が床を蹴る音だった。
「佳菜……」
美月の首元にはあのとき雪乃が持っていた凶器が突き付けられていた。
「にしさかさ……」
「誰が喋っていいって言ったかなあ? 美月ちゃん、もう少し自分の置かれてる状況を理解してほしいかなあ。殺してもいいんだよ?」
美月から刃物が離れることはなかった。そのまま西坂の目の前まで佳菜たちは歩いてきた。
下手に口元を動かすと首元に突き付けられた凶器が刺さるのか、美月は口を半開きにしたまま操られているかのように動かなかった。
慎重に呼吸を繰り返しながら、佳菜の動きを探っているようにも見えた。幸い看護師という職業が功をそうし雪乃のようになることは免れたが、それでも危機的状況に置かれていることには違いなかった。
「お前は何がしたいんだ? あのまま逃げていれば良かったのに」
「それは私の事を考えての言葉なの? それとも美月ちゃんに向けての言葉なの? それとも佳菜に向けた言葉なの?」
佳菜は話ながらも西坂の目の前を通り越し裏口から姿を暗闇へと消していた。
完全に佳菜が裏口から見えなくなる前に、西坂は交番に響くほどの声で言った。
「俺は雪乃に言ったんだ。あの時に俺が間違えなければ良かったんだよ。今更何もかも変えられないけど、俺は雪乃と過ごした日々が幸せだったんだ。それだけは忘れないでくれ」
暗闇の中から佳菜の声がこだました。
「ありがとう、あなた。こんな雪乃でもまた会ってくれる?」
「当たり前だ。佳菜ちゃんが目覚めたら全ての事象を正しておくから。多分受け入れられないとは思うけど、このまま二人が自分を偽り続けて苦痛な日々を送るよりはいいと思う。だから、また会えるよな?」
何処まで雪乃に聞こえていたかは西坂に分からなかったが、何故か雪乃にちゃんと届いている気がした。
雪乃と美月が姿を消した直後、一通のメールが西坂に届いた。
本当にありがとう、あなた。私もあなたと過ごした日々がとっても幸せだった。こんな人殺しに幸せがあっていいのかなぁっても思ったんだよ。でも、本当に幸せだったんだ。だから、私の安全が確認できるまで美月ちゃんは預かっておくね。だって、またあなたに会わないといけないもん。今度は雪乃として会いにいけるかな? 佳菜は傷つかないかな? 色んな事が心配で……。……またね、あなた。
「そろそろ喋ってもいいかなあ?」
助手席に乗せられた美月は雪乃に問いかけた。
既に美月の喉元に凶器は無かった。交番を出た直後に、雪乃は美月から凶器を遠のかせ腰のナイフケースにしまっていた。
「いいけどさ……美月ちゃんは私たちの何を知ってるの? あなた只の看護師じゃないよね」
雪乃はもう町から姿を消す気は無いのか、律儀に信号が変わるのを待っていた。
美月は分かっていた。自分が持っているピースを表へ出せば、全てが解決することを。でも、今はただ雪乃の話に乗る事にした。
「何のことですか? でもね、雪乃さん。そろそろ決着をつけないと、西坂さんは全て知ってるんだよ。まだ逃げるの? 別に捕まれって言ってる訳じゃないよ。ただ自分がした殺人を認めて、また昔のように西坂さんに守って貰ったらいいじゃないの?」
「うん、分かってはいるんだけどね。でもね、一緒にいる時間が長すぎたんだよね、幸せをたくさんもらったんだ。だから……今はまだ捕まりたくない。せめて、佳菜が全てを受け入れてからじゃないと西坂さんに捕まえてもらいたくないんだ」
美月は雪乃の心境に足を踏み入れた。
逃げるのではなく雪乃を利用しようと考えた。
「だったら佳菜さんを殺せば? 自分は二人もいらないし、佳菜さんを殺せば雪乃さんが佳菜として生きられるんだよ」
「あなたが何を考えてるかは分からないけど、私は人を平気で殺せる人間じゃないのよ。ましてや、私のは大切な人なんだから」
雪乃は再び美月の喉元に凶器を突き付けた。
しかし、それに動じることなく美月は喋り続けた。
「そっか、それならそれでいいんじゃない。ただ、雪乃さんが凶器を向けてるのが自分とどういう関係なのか知った方がいいよ。本当は気づいてるんでしょ。だってあなたは母親を殺……」
「それ以上言うな! それになんなの、あんたとの関係って? そんなもの知らない」
「そっか、じゃあさ雪乃さんはいつから佳菜さんが今回の事件に関わってると思ったの?」
……雪乃は何も言えなかった。
「いいよ、教えてあげる。今回の連続殺人犯が誰なのか」
「本当にそれ以上言うな」
「何を勘違いしているの。今回の犯人は私だよ。そして、西坂さんが最初に解決した事件の犯人は佳菜お姉ちゃん。雪姉は佳菜お姉ちゃんの罪を被ったんだね。まあ、自分が母親の虐待に耐えきれなくて、自分たちが入れ替わるように仕組んだら、それに耐えられなくて佳菜お姉ちゃんがお母さんを殺しちゃったのは誤算だったね」
「美月ちゃん……?」
「もう分かってるんでしょ。雪姉は今まで人を殺したことないんだから。それに、佳菜お姉ちゃんも自分の母親しか殺したことないんだから」
「え、お姉ちゃんってどういうこと?」
「そっか、知らないんだね。佳菜お姉ちゃんは知ってるけどね、私と雪乃さん、佳菜さんは姉妹なんだよ。まあ、知ってるのは佳菜お姉ちゃんだけなんだけどね」
「そうだったんだ……。でも、いきなり言うから驚いたよ。じゃあ、美月ちゃんが母親たちを殺してたんだね。でも、なんでなの?」
それはね……
雪乃が裏口から逃げた後、西坂は悲痛の声を聞いたのを思い出した。
佳菜たちの方へ足を運ばせた。
雪乃は佳菜には手を出さなかったのか、幸せそうに眠っていた。その表情に苦痛は感じられなかった。
しかし、応急処置をしていた院長はその隣で苦痛を味わっていた。
西坂が歩み寄ると、それに気付いたのか無理上がり立ち上がろうとした。
立ち上がれなかった院長は、西坂に寄りかかるようにして倒れた。
なんとか、西坂に受け止められて床に頭を打ち付けられるのは避けられたが、脚からは血が溢れていた。
「けんちゃん大丈夫?」
西坂はすぐに苦痛の根先が分かった。院長の左脚には手術用のメスが突き刺さっていた。
メスを伝い溢れ出る血は、床に血だまりを作り、瞬く間に赤く染めあげていった。
「ああ、大丈夫。それよりもすまないな。ゆうちゃん……逃してしまって」
「いいんだ。それに、どうせ逃げられてたさ」
「そっか。それにしても佳菜ちゃんは正面から入ってきたんだよな。美月ちゃんに戸締りを頼んでた筈なのにな。なんでだろうな?」
「美月ちゃんが……。それにしても久し振りだな、お互いこうやって呼び合うのも。まあ、お互い忙しかったんだから仕方ないか。それよりも、まずは手当しないとな」
「ありがとな、ゆうちゃん。これじゃあ、どっちが手当しに来たか分からないよな」
「気にするな……」
院長の手当を終えた西坂は桜木に電話を掛けようとした。
「西坂さん……。すみません、俺がしっかりしていれば……」
その時、桜木が駆け込んで来た。
息を切らしながら桜木は謝っていた。
「お前も気にするな。俺は全部分かってるから……。でも、今回の犯人は雪乃、いや佳菜じゃないだよな……」
「え、どういうことですか?」
桜木が聞き返した時、佳菜は院長の手当をし始めた。西坂の手当では血を一時的に止めることしか出来なかったのだ。
「桜木さん、西坂さん、話したい事があるの」
「ああ、佳菜ちゃん聞かせてくれないか」
西坂たちはソファーや椅子に腰を掛けた。
「まずは私の自己紹介からかな。室町佳菜、それが私の名前。そして、室町雪乃が私の妹」
「ああ、そうだな。でも、本当はもう一人妹がいるんじゃないか?」
「うん、そうだよ。そして、今回の連続殺人事件の真犯人である、私と雪乃の妹、室町美月。そう、あの喜多村美月が今回の真犯人なの。私は、あの事件の時に妹入れ替わったの。初めは雪乃が虐待されてたの、それを雪乃が嫌かってね、私が雪乃として生きる事にしたの。なにより、顔が似てたからね。でも、ある時にバレちゃったのね。それで雪乃がお母さんを殺しちゃってね、うん、あの事件の時なんだけどね」
佳菜は一息吐きながら、ゆっくりと、しかし力強く話した。
「美月ちゃんの事を雪乃は知らないんだな」
「うん、あの子は知らないよ。だから、初めは私が犯人じゃないかって聞いてきたわ。でよ、私は犯人じゃないって言ってけど、その後も事件が続いたから、あの子は私を庇おうとしてくれたんだね。今は美月と一緒に雪乃はいるんだよね?」
「やばい、早くあいつらを捜さないと。美月が雪乃を犯人に仕立て上げてしまう……」
桜木は気が動転していた。自分があの事件の時に犯した過ちを利用されそうになっていたからだ。
あまりの動転振りに西坂は違和感を覚えた。
「やっぱり、西坂さんは知らないんだね。桜木さんは私たちのお父さん。若く見えるけど西坂さんよりも十年くらい長く生きてるからね」
「桜木……?」
「西坂さん、すみません。俺があの事件の時に、まだ産まれて間も無い美月を事件の関係者にしないため戸籍を取らなかったんです。役場に申請したのはしたんですが、事象を説明して本格的に申請したのはほとぼりが冷めてからなんです」
「そうだったんか」
「西坂さん、お父さん。あの子たちを、いや、美月を止めに行かないと」
「ああ、そうだな。悪いなけんちゃん一人にするけど、しばらく辛抱しててくれ。すぐに戻ってくるからな」
「分かった。ゆっくりしてこい。その代わり、ちゃんとした姉妹に戻してやるんだぞ」
「……」
西坂たちは無言で交番を飛び出し、桜木が乗ってきた黒の乗用車に乗り込んだ。
「ゆうちゃんはいつもそうだったな。自分で出来る時は何も言わずに飛び出していってたな」
院長は少しソファーに横になった。
西坂たちは町の中を猛スピードで走り回っていた。
「そんな……。じゃあ、初めから全て分かってたのね。あの面会の時から……」
西坂たちが佳菜から真実を聞いた時、雪乃も美月から事件の真相を聞かされていた。
雪乃が佳菜の振りをして室町雪乃に会いに行った時、美月は雪乃から自分が犯人だよねと言われていた。それを逆手に取った美月は、佳菜が室町雪乃を殺し、雪乃が本当の佳菜になることを心から望んだ。
「そうだよ、あの面会の時に雪姉が佳菜お姉ちゃんを殺してくれるのを期待したんだけどね。佳菜お姉ちゃんは私が犯人だって気付いてたからね。それに雪姉が佳菜お姉ちゃんを殺そうとしたのは、佳菜お姉ちゃんを殺せば自分が本当の佳菜になれるもんね」
「美月の言う通りだよ。私は妹を殺して、本当の佳菜になろうとした……。佳菜が連続殺人事件の被害者になって入院してるのを知ってチャンスは今しかないって思った」
雪乃は泣いていた。涙が頰を伝っていた。ズボンに涙の雫が跡を作っていた。
「雪姉は佳菜お姉ちゃんが被害に遭った時、思ったんだよね。佳菜お姉ちゃんが人を殺しているんじゃないかって。だから雪姉は佳菜お姉ちゃんを庇って自分が犯人になろうとしたんだよね。だってそうしないと、自分が佳菜じゃないってバレるもんね」
「うん。だから、私は佳菜として罪を全て背負おうとした。だけどね、自分が犯人じゃないってのは分かってるし、佳菜を見てると私が入れ替わってって言った言葉がまだ残ってる気がしなかった。だって、佳菜の凶器を握る手は震えてたんだよ。それでやっと気付いた。犯人は別にいるって……」
「そうだよね……」
雪乃は視界の妨げとなっている涙が止まるまで車を停めようと路肩に寄せた。
その動きを見逃さなかった美月は、雪乃の腰にあったケースから凶器を奪った。
「美月……?」
雪乃の首元には凶器が突き付けられていた。
「雪姉、死んでくれない? だってそうでしょ、雪姉が死んでくれれば今回の連続殺人犯が自殺したことになるんだよ。そうなれば全て解決じゃない? 雪姉の振りをしてる佳菜お姉ちゃんは佳菜に戻れるんだよ。事件だけじゃなくて、お姉ちゃんたちの問題も解決するんだよ。それに、私が犯人だって知ってるのは、ううん、お姉ちゃんたちの妹だって知ってるのは佳菜お姉ちゃんだけになるんだのね」
「美月……。あんたは私だけじゃなくて佳菜まで殺すつもりなの?」
「いや、佳菜お姉ちゃんは殺さないよ。だってお姉ちゃんは誰にも喋らないもん」
「なんでそんな事が言えるの。佳菜は多分、あの人に全部話すよ。それに桜木さんはあなたの事知ってるでしょ」
美月は笑っていた。
「あの人たちが真実を知ったって、警察は信じないと思うよ。まず証拠がないからね」
美月は凶器を握る手の力を強めた。
「うっ……」
雪乃は悲痛の声をあげた。
その時だった、雪乃が停めた車の後ろに一台の車が続いて停まった。
美月は雪乃を殺すことにしか意識を向けていないのか、後ろについて停まった車に気付いていなかった。
交番から車を飛ばしていると、路肩に駐車をする車が見えた。
西坂はその車に見覚えがあった。
「あれは雪乃の車だ」
西坂は車を雪乃の車を後ろにつけた。
西坂たちは慎重に車から降り、助手席の方に廻った。
「美月ちゃん。やっぱり……」
「俺のせいで……」
西坂と桜木は項垂れていた。溜息を吐き、自分が気付かなかった、止めなかった、過去の事を引きずっていた。
過去を引きずって前へと進めない、西坂たちに呆れた佳菜は助手席を開けた。
「あんたね、自分のしてることがどんな事なのか分かってるの」
美月の首元には凶器が突き付けられていた。赤い絵の具がこべりついた凶器は、かつての雪乃が佳菜を刺す時に使った果物ナイフだった。
「佳菜お姉ちゃん……?」
「これ以上、雪乃を傷つけたらたとえあんたでも殺すよ」
美月は雪乃から凶器を遠のかせた。しかし、次のその凶器が捉えたのは佳菜だった。
「ごめん、佳菜お姉ちゃん」
美月は佳菜の腹部を刺し、凶器を残したまま走り去って行った。
「佳菜ちゃん……。おい、佳菜ちゃん。大……大丈夫か? 桜木、救急車だ」
「もう、呼んでるよ。なんでなんだ美月……」
「佳菜、ごめんね。全部私のせいだ。佳菜が犯人じゃないのを知ってたのに、佳菜を犯人に仕立て上げようとしたからだ……」
「今はそんな事言ってる時じゃないだろ。佳菜ちゃん……もう少し我慢してくれ」
西坂たちは救急車の到着を待った。
佳菜の腹部からとめどなく溢れ出る血を少しでも止めようと、佳菜の首元に巻かれていた包帯を取り、腹部をきつく圧迫した。
しばらくして救急車に運ばれた佳菜の後を西坂たちは追った。
集中治療室に運ばれた佳菜が無事に生きてるよう祈る事しか西坂たちには出来なかった。
待合室には重く黒い重圧がのしかかっていた。長く息苦しい沈黙を破ったのは雪乃だった。
「これからどうするの? あな……西坂さんも分かってるんでしょ。美月が証拠を残してないこと。それに西坂さんは佳菜が犯人だって言ってるんだよね。証拠もないのに、どうやって佳菜の無罪を証明するの?」
「そうだな……。それに桜木の心は当分傷んでるだろうからな。美月をどうやって捕まえるか、だよな……」
桜木は集中治療室の前を歩き廻っていた。
「西坂さん、私も美月を捕まえるのに協力します。こんなことで、佳菜と西坂さんの過去の精算が出来るとは思わないけど、それでも私は佳菜と西坂さんの心を傷つけたことに変わらない……」
西坂は雪乃の肩に手を置いて言った。
「雪乃。俺は雪乃と過ごした日々が楽しかったよ。だからさ、今更西坂さんなんて言わないでくれよ。今まで通り読んでくれないか?」
「いいの?」
「ああ、いいんだ」
集中治療室の使用中を照らす電気が消えた。
中から執刀医の先生が出てきた。
「命は繋がりました。ただ、しばらくは安静にしておかないと、いけません。なので、このまま病室で入院していただくことになりますがよろしいですか?」
「ああ、そうしてくれ。ただ、その子の周りに警官がつくことになるが、いいですか?」
「ええ、うちは気にしません。なんせ、ゆうちゃんの頼みだからな」
そう言って、院長は強く西坂を見つめていた。
「けんちゃん……」
「ああ、あれからな加藤警視に頼んで、佳菜ちゃんから聞いた事を全て話したんだ。そうしたら、加藤警視は全て信じてくれたよ。よっぽど信頼されてるんだなゆうちゃんは」
「ホントか?」
「ああ、ホントだ。今、警視庁が美月ちゃんを血眼になって捜してると思うよ」
「ありがとう、けんちゃん」
「ありがとうはまだ早いんじゃないか。ゆうちゃんたちも美月を捕まえに行かなくていいのか?」
「いや、行ってくるよ。佳菜ちゃんの事頼んだよ。それに桜木は此処に残していくから、そいつの事も頼んだ」
「ああ、頼まれた。行ってこい、ゆうちゃん」
西坂と雪乃は病室から飛び出て行った。
「また、あいつから言葉が返ってこなかったか。じゃあ、大丈夫だよな。お前は自分が出来ない時以外は黙って行くんだから」
西坂は助手席に雪乃を乗せて、美月を捜していた。
「ねぇ、あなた。本当に私が雪乃であっても見てくれる? 佳菜もちゃんと……」
「当たり前だ。俺は雪乃も佳菜ちゃんも両方家族として受け入れてやる。だから、今は美月を追おう」
「……ありがとう」
雪乃の頰には再び涙が伝っていた。
西坂たちは加藤の元へと向かっていた。
息を切らしながら、陽が沈む夜の町を美月は駆け抜けていた。
「止まれ美月。いや室町美月か、それとも桜木美月と言った方がいいのかな?」
桜木と言った声に反応して、後ろを振り返った。
「私は室町美月じゃない、喜多村美月でもない、ましてや桜木美月じゃない。私たちを捨てたお父さんの名前を名乗るなんて、呼ばれるなんて一生ごめんよ」
そこで漸く自分を追いかけていた相手が目に入った。
街灯の光に照らされ始めた櫻井の顔は上手く美月には見えなかった。
「それじゃあ、喜多村美月。お前を連続殺人事件の犯人として逮捕する。諦めてこっちに来るんだ」
櫻井は手錠を空を切るように回していた。
「いやよ、私はまだ人を殺さないといけないの。母親なんて自分の子供を何とも思ってないのよ」
「そんなことない。桜木はお前たちを母親の虐待から護ろうとしてたんだ。ただ桜木は仕事を優先してしまったんだ」
「だからよ、あの事件の後に父親として私たちを事件の加害者にも被害者にもしない為に、私は喜多村さんちに預けられたわ。途中までは佳菜お姉ちゃんも一緒だった。でもそれって自分への罪滅ぼしだよね。私たちは別に被害者であって、加害者でもあったって事実を言われても良かった。変に隠されるよりはね」
「……」
「西坂、櫻井が美月を見つけたそうだ」
「分かった。ありがとう俊樹」
「お礼はいいから早く事件を終わらせてこい」
「そうだな」
西坂たちは櫻井の元へと向かっていた。
加藤から伝えられた場所へ行くと、美月と櫻井が話しているのが聞こえてきた。
「美月ちゃん……」
「西坂さん? どうして此処に居るの、佳菜お姉ちゃんは?」
美月は自分が犯した事に疑問を投げかけた。
「何を言ってるんだ? お前が佳菜を刺したんだろ?」
「私は佳菜お姉ちゃんに刃物を向けたりなんかしないよ。何かの間違えじゃないの?」
美月は本気で否定していた。それは嘘をついて言えるような口調ではなかった。
「……」
西坂は何も言えなかった。
美月とは昔から遊び相手として、一緒に過ごしてきた。美月の性格はよく知っているつもりだった。嘘を平気でつくような真似を美月はしなかった。むしろ、美月は嘘をつく人間を嫌っていた。
「分かった。私が殺人犯として捕まればいいのね。だけど、私を……まあ、いいわ」
「美月ちゃん……」
櫻井は美月に近づき手錠をかけた。抵抗することもなく、あっさりと手錠をかけられた美月は、櫻井が乗ってきた車に乗せられ警察署へと運ばれて行った。
西坂は雪乃を連れて、病院へと戻った。
数週間後、佳菜は日常生活ができるまでに回復していた。もともと、傷口は深かったが治療が速やかに、そして的確に行われてた為、すぐに回復の兆しを見せ始めていた。
そして、加藤の取り計らいにより、西坂は雪乃と佳菜を自宅で生活させていた。
一方、何日も取り調べを受けていた美月だったが、証拠不十分の為あっという間に釈放された。警察はすべての事件現場から指紋や遺留物を採取し持ち帰ったが、証拠となり得るものは一つも出なかった。
釈放されてから美月は姿を現さなくなった。既に健ヶ崎区からは立ち去ったのかもしれないと、美月に関わった人たちは思った。
しかし、美月は着々と次の母親を殺害する準備を始めていた。
母親のターゲットは、虐待をする者も含めすべての母親へと変わっていた……
「そろそろ頃合いかな……」
不敵な笑みを浮かべ、美月は自分が指定した待ち合わせ場所へと歩み始めた。
朝、目が覚めた時には西坂の目の前から佳菜と雪乃は姿を消していた。
代わりにテーブルには一枚の紙切れが置かれていた。
あなたへ
私たちは妹がやろうとしていることに決着をつけてきます。あの子は私たちを母親殺しに誘いました。でも、本当は自分たちが母親を殺した事が誤りだった。だから、私と佳菜はあの子を子供の時のように、殺人という手段で終わらせます。
雪乃、佳菜
手紙を読み終えると同時に西坂は走り出していた。身なりも整わず、靴も履かずに飛びしてきた西坂の身体は走る度に傷ついていった。
「どうして何も言わなかったんだ」
夢中になって、目の前の障害を振りほどいて、漸く気づいた。自分がどこに向かってるのかを……。目的もなく走っている自分がアホらしくなって呆れてきた。
「でも、美月が雪乃と佳菜に待ち合わせ場所を指定したんなら、あそこしかないよな」
美月が再び姿を現すとすれば、それはかつて自分が生活した場所。それも姉たちと短い間でも過ごした場所。
西坂は桜木家を目指した。
雪乃に寄り添うように佳菜は隣を歩いていた。お揃いのワンピースを二人してなびかせながら桜木家の前で美月が来るのを待っていた。
「佳菜、あの人は此処に来るかな? 私たちはこれから初めて人を手にかけるんだよね? あの人は許してくれないだろうけど、これ以上あの子が人を殺すの見過ごせないよね」
「そうだね。あの人は此処に来るよ。だってあなたを救って、そして、あなたが愛した人だもの。美月は姉である私たちが止めないと。ううん、止めるだけじゃ歯止めが効かないと思う。証拠不十分で一度釈放されてるんだから……私たちがあの子を殺めることで、あの子は救われると信じてもいいんだよね?」
「いい訳がないだろ」
家の中から自分たちにとって、最も近くにいて欲しかった親が出てきた。
桜木は殺人犯である美月を殺めることを否定した。自分の娘たちである前に一人の人間として、彼女たちをみていた。
「美月は確かに殺人犯だと俺も思う。でも、お前たちが美月を殺める必要はないだろう。警察の力を信じてくれ。例え俺を信じなくても……あの人の事だけは信じてくれ」
それは自分が事件を解決するのではなく、西坂に美月を捕まえて欲しいという、もはや自分にはどうにもできないという意味だと佳菜と雪乃は受け取った。
ただ、桜木が本当に伝えたかったことを、すぐに佳菜と雪乃は目の当たりにした。
桜木の手首からは血が溢れ出ていた。ドクドクととめどなく流れ出る鮮血は、家の中から続いていた。
「まさか……。佳菜、お父さんの手当てをしてあげて……」
「うん。雪乃……気をつけてね」
「……そうだね」
雪乃は家の中から続いていた血の跡に沿って、桜木が血を流している理由を知ろうとした。
ただ、血の跡に沿って歩みを進める度、雪乃はこの事件に終止符がうたれている気がしてならなかった。血の跡の終わりに辿りついた雪乃は、自分が想像していた嫌な予感が的中したことに絶句していた。
「……」
桜木の家に着いた西坂の目に飛び込んできたのは、血溜まりの中で泣いている佳菜だった。
「佳菜ちゃん。何があったんだ?」
「……」
佳菜は何も答えなかった。
ただ、家の中から続いている血をみて西坂は悟った。
「そっか、間に合わなかったんだな」
「うん、間に合わなかったんだよ、あなた。それに私も佳菜も……」
家の中から全ての結末を知った雪乃が、泣きながら西坂の胸に飛び込んできた。服がびしゃびしゃに濡れてもなお泣き続ける雪乃の涙を全て受け止めるつもりで、西坂は雪乃をきつく抱きしめた。
「ごめんな。まさか、あいつがこんな形で事件を終わらせるとは思ってなかったんだ。雪乃と佳菜ちゃんが此処で美月と会うって気づいた時に思ったんだ。桜木が美月ちゃんをみすみす見逃して、雪乃たちに会わせることはないって……」
雪乃は涙で濡れた顔で西坂に笑顔を見せた。
「でもね、これで良かったのかも。お父さんが最期に佳菜にね言ったんだって。やっと父親らしいことができたのかなって。どんな形であれ、自分の娘を殺めることはやってはいけないことだけど……。それに、美月を殺めて、さらには自分まで死んじゃうなんて私たちは望んでなかったのに……」
「そうだな……。結局、桜木は美月ちゃんしか救ってあげられなかったんだもんな。……桜木はどこにいるんだ?」
雪乃は玄関から見える一番奥の部屋を指差した。
「お父さんと美月は寄り添うように寝かしてあげたんだ。だって……」
「分かったから、もういいよ。雪乃たちはよくやったよ」
西坂は雪乃が指差した部屋の中へ足を踏み入れた。部屋の真ん中で寄り添うように寝ている美月と桜木を見ていた西坂だったが、違和感を感じていた。
「雪乃、佳菜ちゃん、ちょっと来てくれないか」
外にいる雪乃たちに西坂は声を掛けた。
雪乃と佳菜はすぐに西坂の元へと飛んで来た。
「佳菜ちゃん、救急車を呼んでくれないか?」
「何を言ってるのあなた?」
「そうですよ。何を言ってるんですか?」
西坂は桜木と美月を指差して言った。
「傷口の近くを見てくれないか。佳菜ちゃんが手当ては間に合ってたんだよ。桜木は出血で気を失ってるだけだ。それに、美月ちゃんの手当ては誰もしてないんだろ」
それを聞いた佳菜は携帯をおもむろに取り出し救急車を呼んでいた。
冷静になっていた雪乃には、西坂が言っていることが理解できた。
「なんで早く気づかなかったんだろう……」
「無理もないさ……」
救急車に乗せられて病院へと運ばれた美月と桜木の応急処置はすぐに終わった。
「お父さんの美月ちゃんに対する処置は的確にされていたし、佳菜ちゃんのお父さんに対する処置も的確に行われていたよ」
「すまなかったな」
「気にするな。結局俺がしてあげられたのは人の命を繋ぎ止めることだけだったんだから」
院長は集中治療室へと再び戻って行った。
「良かったのかな? 事件は解決したけど、美月にもお父さんにももう会えなないんだよね」
雪乃と佳菜の頰には涙が伝っていた。
「……。分かった。美月ちゃんも桜木も、俺が救ってやる」
西坂はそう言ってその場に雪乃と佳菜を残して立ち去った。
「ああ、ごめんな。俊樹にお願いがあるんだ」
「分かってるよ。そろそろだと思ってたんだ。桜木はまあ勾留するつもりもないからすぐにでも雪乃ちゃんたちと会えるようにするよ。ただ美月ちゃんは暫く勾留して、更生させるけど、それでいいよな?」
「本当にすまないな……」
「いや、今回は俺たち警察の不祥事でもあるからな。それに終止符を打ったのはお前たちだからな。実を言うとな、俺たちはまだ美月ちゃんが犯人だと言う証拠を見つけられてないんだ」
「……。でも、美月ちゃんは自供してくるよ……」
「そうだな……。すまなかったな、お前をあんな目に合わせて」
「いいんだ。じゃあ、またな」
「ああ、またな」
西坂と加藤の電話に時の流れは止まっていたのか、あまり時間は経過していなかった。
美月と桜木が退院してから二年が経過した。
交番で一人寂しく勤務するようになってた西坂は、平和な町で一日を退屈で持て余していた。美月が自供をし勾留が始まったのが一年半前、結局証拠不十分で更生をする為の施設に入っただけだった。桜木は警察官を辞職した。誰もが桜木の辞職を止める中、西坂だけは桜木が辞職をすることを止めなかった。
桜木は警察官を辞めた後、西坂の家で雪乃と佳菜と暮らしていた。今までの分を埋めるように、進んでいく時間に反発しながらも、過去にできなかったことを娘にしていた。
「ああ、あれから二年が経ったのか……。早いもんだよな。今日は美月ちゃんが帰ってくる日だし、お帰りパーティーでもしようかな」
西坂は静かになった交番で一人呟いた。
「西坂さん、ただいま」
二年ぶりに聞く懐かしい声に西坂は後ろを振り返った。
「おかえり、美月ちゃん」
「もう西坂さんったらびっくりさせようと思ったのに、あんなこと言うからついただいまって言っちゃったじゃない」
「なんか、ごめんな……」
「いや、いいんだけどね。西坂さん、今日もこの町は平和だね」
美月は西坂が見てきた中で一番の笑顔で笑った。
交番は相変わらず静かな場所だったが、西坂の家はより騒がしく、暖かい場所になっていた。
遡ること五分前……
「はあ、今日も一日良く働いたよな。本当にあの事件を除けばこの町は平和すぎるのにな。明日も……」
車の運転手、西坂は今日一日の自分の働きを労いながら家路を急いでいた。プツ……、と何度も聴いてる筈の無線機から通達が入ってきた時は流石に西坂もため息を吐いていた。
「……県警本部です。先ほど健ヶ崎区公園で女性が腹部から血を流して倒れていると近隣住民から通報がありました。大至急、現場近くにいる警官は現場へと向かって下さい。なお、犯人らしき人物を目撃したという情報は未だありませんので十分ご注意下さい。また、例の連続殺人事件の犯人と同一人物の可能性も大いにありますので、一つの油断も許さずにお願いします。以上、県警本部……」
その無線を聞いた西坂は考えることもなく、自宅へ向けて走っていた車を現場へと向かわせた。
西坂は普段から一重で細い目をしていたが、通達を聞いてさらに目を細めた。その時に眉間に出来る皺は西坂が数多の事件の操作に身の危険を顧みず参加し続けていることを物語っていた。
健ヶ崎区ではたった三ヶ月の間に立て続けに殺人事件が起きていた。しかも狙われる人物にはある共通点があった。性別は女性で、主に子供が小学校に通っていることであり、犯人が同一人物である場合、確固たる動機が得られないという過去の事件に類をみないものであった。
西坂は警察官ではあったが、健ヶ崎区の交番に署長として勤務するだけであり、殺人事件に介入することは普通できなかった。しかし過去に一度、この町で起きた殺人事件を解決したことによって、特例で殺人事件に介入することを許されていた。
今回の殺人事件は三ヶ月まえの一件目から数えると五件目だった。
西坂は助手席で散らばっている私物の中から携帯を探していた。
鞄の口は先ほどのUターンで完全に開ききっているうえに、車のスピードがあがったことで中身が散らかっていた。
携帯はすぐに見つかったが、よりによって警察手帳が見当たらなかった。
携帯を早々に見つけた西坂は、履歴から自宅を探しながら携帯片手に運転していた。
自宅の履歴を見つけ、西坂は電話をかけた。
「はい、西坂です。どちら様でしょうか?」
丁寧な挨拶で電話に出たのは西坂の妻だった。
「ああ、良かった。佳菜が起きていてくれて。守はさすがに寝とるかな?」
「うん。さっき寝かせたところ。守、明日も学校があるもの」
「そうか……悪かったな。今日は守の誕生日だっていうのに……。守、何か言ってなかったか?」
「今日のことは何も言ってなかったよ。それよりもあなたの事を心配してた。毎晩帰りが遅くなるまで、仕事をしないといけないのかって」
「そうか……。本当に悪かったな。守るには、今度何かしてやらないとな。それに、佳菜にも何かしてやらないと。いつも佳菜一人に任せっぱなしだしな。それに家のことまで全部押し付けているしな」
「そうだね。期待して待ってるね。それで今日はどうしたの?」
西坂は返事に困っていた。
警察官にも守秘義務が存在する。事件の捜査をする人間以外に、情報を共有する事はできないのだ。自分だけでなく、教えられた側にも罰則が生じる。勿論、教えられる側が強要しても同じことだ。
それも、罰則の中でも罰金なら可愛いものかも知れないが、懲役を食らうこともある。懲役を食らえば、自分の存在価値は下がってしまう。
西坂はまだ悩んでいたが、既にこの連続殺人事件の事がテレビで報道されていた事を思い出し、その事件の現場に向かっているとだけ話した。まだ連続殺人事件と決まったわけでもないが、この健ヶ崎区では事件という事件が起きない。
「そう……でも犯人は見つかっていないのよね。気をつけてね。守はあなたの帰りを待ち望んでいるんだから」
「そうだよな。すぐにでもホシを捕まえて帰るよ。でも……もし俺の身に何かあった時は頼むな」
「あなたはいつも縁起でもないこと言って……。大丈夫、あなたは今までも無事に帰ってきたじゃない」
「そうだな。じゃあ、いってくるよ」
「うん、気をつけてね。いってらっしゃい」
西坂は更に車のスピードを上げ現場へと向かった。スピードを上げた反動で、助手席に散らばっていた物の中から警察手帳が飛び出した。
それが目に入った瞬間、西坂はスピードを緩めることなく手を伸ばした。
左手がハンドルから離れ、少し車がふらついたが西坂は気にしなかった。
「良かった、見つかって。さて、早く現場へ向かうか」
カエルの合唱が鳴り響く夜の町に、激しい音を立てながら走ってる一台の車があった。それは西坂の車だった。
その音を聞いた近隣住民は目を覚まし、町に明かりが戻ってきた。
現場へ着いた西坂は車から降り、胸ポケットにしまった警察手帳を取り出した。
立ち入り禁止を示す黄色のテープを上げ、現場へ向かおうとしたがその場に居た警察官に呼び止められた。
「関係者以外立ち入り禁止ですよ。制服を着ているので、警察官だとは思いますがね。それでも警察手帳は見せてください」
「ああ、すまんな。はい、これ」
西坂は警察手帳を開いて見せた。そこには、しっかりと西坂の名前が書かれていた。そして、特別に事件の介入を許された人に押される、警視総監のハンコが押されていた。
「すみません。どうぞお入り下さい。現場まで案内します」
そう言って、寝癖が付いたままの警察官は黄色のテープを持ち上げた。
西坂はテープの下を腰を沈めてくぐった。
現場となった公園の周りには植木がされていて、外から中は見えない状態になっていた。
唯一、公園内を見ることが出来たのは、出入り口だけだった。
警察官に連れられて着いた現場では、鑑識班が懸命に指紋や足跡を採取していた。
鑑識班の一人に凶器は月の光を反射できるほど鋭く、白銀の色をしたナイフだと聞いた。
西坂は鑑識班の邪魔にならないよう公園内を歩き回っていると、一人の警察官に声を掛けられた。
「西坂さん。いらしてたんですか。もう家に帰っているものだと思っていました。もう現場は見られましたか?」
彼は西坂を見上げていた。警察官としては背が低く、西坂には背伸びをしても見上げる形となった。彼の背は現場向きではなかった。普段は交番で目撃者の証言から犯人の似顔絵を描き、犯人像を割り出し手配書を作っている。しかし、事件の度に西坂に連れ回されている。
彼もまた西坂が警視総監に掛け合ったことで事件の捜査に介入する事ができる。
西坂には彼の似顔絵を似顔絵以上のもので描ける才能を必要としていた。
「ああ桜木か。今見てきたところだ」
「どうやら捜査一課が言うには物盗りの線ではないみたいですね。まあ、誰が見ても物盗りとは言わないでしょうがね。財布や金品は盗られてませんし、勿論、カバンの中身も全て無事でしたから。署長、やはりあの連続殺人事件の犯人と同一人物ですかね?」
「それはどうかなあ。今までの現場は全て被害者の自宅だったからな。ところで桜木がそう言うって事は今回も被害者に子供が居たんだな?」
ただ明らかに殺人現場が違う事から、西坂は違和感を感じていた。
しかし、違和感の正体はすぐには分からなかった。
「はい……。子供がいました。それも、小学校に通う子供が」
「そうか。被害者女性の容態はどんな感じだ?」
「先ほど病院から連絡がありまして、どうにか一命は取り留めたみたいですね」
「それは良かった。で、安全は確保してあるのか?」
「はい、それは心配ないでしょう。捜査一課の連中が病院に張り込んでますから」
「そうか、捜査一課か……」
「署長、いつも通り好きに犯人を捕まえましょう。僕たちを縛るものは捜査一課と違って何もないんですから」
「ああ、そうだったな」
西坂は自分が解決した事件を思い出していた。西坂が解決したその事件の犯人は十歳にも満たない子供だった。それも女の子だった。母親からの激しい虐待を受け、初めの内はそれを我慢できていたが、とうとう女の子の中の何かが切れたのだろう、自分の母親を殺してしまったのだ。
解決したといっても、その女の子の家から悲鳴が聞こえると近隣住民から通報を受け、真っ先に到着したのが西坂だっただけである。
しかし、それだけの理由で殺人事件に介入できている訳ではない。
西坂はその事件の容疑者でもあり被害者である、女の子の閉じた心が開くよう努力した。その努力が報われ、事件の概要が判明したため、西坂はその後の殺人事件に介入できている。
その女の子に悪意は無かったとして、少年院に入れられる事はなかった。でも女の子の心は完全には開ききっていなかった。
母親からの激しい虐待の末、人間という生き物に女の子は恐怖していた。
西坂は事件のあった日から女の子を色んな人から守ってきた。
地域の住民は女の子を責め立て続けたが、西坂だけは優しく接し続けた。
その結果、母親の愛情さえも貰えなかったため、西坂の優しさに甘えて、同じような優しい人間もいるかも知れないと感じて心を開き始めた。
事件後、女の子は児童養護施設に引き取られたが、毎日のように西坂に会いに来ては今日一日の出来事を笑いながら話してた。
西坂はその笑顔に癒され、仕事が手につかなかった。西坂はまだ女の子には自分が必要だと気づいていた。施設で懐ける人が居ないから此処に来ているのだと感じていた。それは女の子の表情を見ていれば分かった。
そして来る度に女の子は西坂に同じことを言っていた。
「自分がされていた事をされている子供たちを救ってあげたい。どんな手を使ってでも救いたい」
十歳にも満たない女の子は、幼いなりに子供たちを救う方法を考えていた。
そして女の子は立派に成長し保育士になった。
保育士になってからも、女の子は西坂に会いに来た。そして幼い頃から抱いてきた想いを打ち明けた。
「西坂さん……。もし……もしも、私が殺人者になった時は西坂に捕まえて貰いたいな。だって西坂さんしか頼める人がいないんだもん」
西坂は気付いていた。何故女の子が保育士になったのか。それに気付いていながら、西坂は「ああ、分かったよ」とだけ言って、女の子を守ってきた。
その言葉を思い出した西坂は嫌な想像をしていた。
「なあ桜木、もしもの話だけどな、あの頃の女の子がーー佳菜が今回の犯人なら……俺はどうしたらいんだ?」
「西坂さん、まだ奥さんが犯人だと決まった訳じゃないんですから、俺たちで奥さんの無実を確認したらいいじゃないですか。それに捜査一課は奥さんを犯人だと思ってないんじゃないんですかね。だからあまり深く考えないでください」
「ああ……そうだな。あまり深く考えないようにするよ」
西坂は現場を後にした。現場を後にした西坂は、被害者である女性への面会を申し出るため、健ヶ崎区第一病院へ向かった。
車を走らせていると、西坂はある事に気付いた。
周りに一台も車が走っていないのだ。確かに夜も遅いのだから車が走っていなくてもおかしくはない。しかし、先ほどから事件の調査の為に多くのパトカーが道路を走っているのに、住民が一人も家から出てきていないのだ。犯人が逃走中といえども、興味があるものは家から出てきて野次馬となる。でも家からすらも出てきていないのだ。そして、走っているはずのパトカーもいつの間にかいなくなっていた。
先ほどまでの騒がしさと打って変わった夜の静けさが、西坂に次なる事件の予兆を知らせていた。
病院へ着くと、そこには桜木の言っていたように捜査一課と連中が厳重警備を敷いていた。
「捜査一課か、面倒なことにならないといいがな……」
西坂は度々捜査一課と喧嘩を起こしていた。
捜査一課は事件を早く解決しようとするあまり、冤罪を作ってしまう事があるのだ。
それに対し西坂は事件の早期解決より、被害者を中心として事件を解決をしていく。但し被害者が亡くなった場合は別だが、西坂は冤罪を作らない為に基本的に被害者の事を中心に事件を解決する捜査方針を取っている。
それが原因で捜査一課と仲違いし、上の人間から謹慎を受けることもあった。
西坂は比較的警備の薄い緊急外来から病院へ入ることにした。そこにも捜査一課の連中がいたが、偶然にも西坂に敵対意識を持っていない警官だった。
「西坂さん。どうしたんですか? もしかして被害者女性との面会ですか?」
「ああ、面会したいんだが……他の連中が喧しいか?」
「大丈夫ですよ。今ここには僕たちしか居ませんから。でもあと十分もすれば見張りの交代なんですよ。それまでに終わらせて下さいね。僕たちだから何も言いませんけど、次の連中は喧しい人たちですからね」
「そうか、分かった。ありがとな」
「はい、西坂さん頑張って下さい。捜査一課の全員が全員、西坂さんを目の敵にしている訳ではありませんから」
「本当にありがとな。今度メシでも奢るよ」
「ありがとうございます、待ってますね。まあ、それは冗談ですけど、早く行かないと時間がありませんよ」
「そうだったな。ちゃんとメシは奢るから、そん時は腹いっぱい食ってくれな」
西坂は入り口すぐ横の監察室に目をやった。常識的に考えれば、こんな夜遅くに病院に入る人間は少ないから、その理由を聞かれるからだ。
今は尚更事件の被害者が入院している為聞かれるはずだった。それに入口に警官が居たにも関わらず、ここに人が入れるのはおかしい事態のはずだった。しかし、西坂に声がかかる事はなかった。
監察室の警備員はよだれを垂らしながら熟睡していた。監視カメラも回っているように見えたが、録画はされていない状態だった。
「捜査一課が居るからって、何やってるんだこの警備員は。時間もないし、まあいいか」
西坂は緊急外来の受付へと足を運んだ。
受付には夜勤の看護師が一人だけいた。夜勤に看護師、それも女性だけに受付を任せているとは何事だと思ったが、それを気にしている時間はなかった。何かと入口での捜査一課との会話が長引いていたのだ。
「すみません」
「あ、はい。どうかなされましたか?」
半分寝かかっていた看護師が目を擦った。
「あの、健ヶ崎区交番の……」
「あ、西坂さんじゃないですか。被害者女性との面会ですか?」
「えっ……あ、はい。ってあれ、美月ちゃんじゃないか」
美月は俯いていた為、西坂からは顔が見えなかった。前髪が顔を隠し、西坂に視線を合わせた事で初めて西坂は美月に気付いた。
喜多村美月は最近看護大学を卒業したばかりの女の子だった。西坂の家の隣に住んでいて、西坂と美月の両親はとても仲が良かった。
西坂は喜多村の家に良く遊びに行っていた。そこで喜多村の娘と出会った。幼い頃から西坂は美月に遊ばれていた。美月にとっては仲良く遊んでくれる、面倒見のいいお兄さんだった。
「面会ですよね。ちょっと待ってて下さいね。起きてるか分からないけど、今室町さんに電話してみますね」
「へえ、美月ちゃんここで働いてるんだ。どう仕事は楽しい? やっていけそう?」
「ええ、何とかやっていけそうです」
「それは良かった。ところで被害者は室町さんっていうのか」
「そうですよ。でも私この町で初めて室町って名前聞きました」
「ああ俺もだ。室町……室町なんて名前この町にいたかな」
「やっぱりそうですよね。室町なんて名前、この町に前からいなかった気がするんですよね。あ、繋がった。ちょっと静かにしておいて下さいね」
美月は肩まである黒髪を指で耳にかけ、受話器を耳にあてていた。電話越しで西坂には会話の内容は分からなかったが、どうやら面会は受け入れて貰えなさそうに見えた。
会話が終わったのか、美月は受話器を戻した。
「すみません、西坂さん。室町さん面会したくないみたいです」
「そうか……まあ、事件があってすぐだもんな。無理があるか」
「でも西坂さん、私も頑張りましたよ。明日の一時からなら面会してもいいそうです」
「本当か、ありがとな、美月ちゃん。また今度メシ奢るよ、いっぱい食べてくれよ」
「ホントですか、ありがとうございます。楽しみにしてますね。もちろん、二人きりですよね」
「そうだけど、二人きりじゃ嫌なのか? 嫌なら他の人も呼ぶけど」
「いいです。二人きりがいいです。それじゃあ明日の一時でお願いしますね」
「そうだな、ありがとな、美月ちゃん」
「どういたしまして。西坂さん頑張ってね」
「美月ちゃんにそう言われると頑張らないといけないな。じゃあ、次のとこ行ってるくるよ」
「はあい、いってらっしゃい」
西坂は自宅へ戻った。
玄関の鍵は閉まっていなく、合鍵を使うことなく家へと入れた。この町がいくら平和とはいえ、物騒な世の中で鍵をかけないという行為は余りにも危険だった。
「ただいま」
寝ている佳菜と守を起こさないよう、玄関で消えるほどの声を出した。
西坂は部屋の電気が点いていないのを見たが、寝室で寝ていたのは守だけで佳菜の姿はどこにもなかった。
着ていたコートを脱ぎ、台所のソファーに投げ掛けた。
コートを投げたと同時に玄関の開く音がした。
鍵を閉め忘れた事を思い出し、西坂は冷や汗をかいた。
台所に入ってきたのは、腰まである美しい黒髪に吸い込まれそうな黒い瞳を持った女性が買い物袋を肩に下げて立っていた。
「あ、おかえりなさい。今帰ってきたの?」
「ああ、今帰ってきたところだよ。佳菜はこんな夜遅くにどこに行ってたんだ?」
どこに行っていたかは買い物袋を見れば分かったが、この時間に買いに行く必要がある物が何かは分からなかった。
「私は買い物だよ。明日に必要な物が足りなかったのよね」
「明日に必要な物? 何を買ったんだ?」
「それは内緒だよ。だって言わなくてもあなたはもう分かってるんでしょ」
「何の事だ……?」
「嘘はつかないで欲しいな。被害者女性には会えたの? それに被害者の事を調べてるなら、もう分かっていると思うけど……」
「佳菜が買った物と関係があるのか? それに被害者にはまだ会えてないよ。明日の面会で直接聞こうと思ってる」
「そう……。じゃあ、明日全て分かるよ。でも、明日分かっても遅いかな……」
そう言った佳菜の口元は少し笑って見えた。
「どういうことだ……佳菜?」
「だから内緒だよ。明日全て分かるんだから」
今度は眠そうに目を擦っていた。佳菜はとても疲れた顔をしていた。欠伸を繰り返し、その度に手を口元に当てていた。しかし、それがどこか笑っていることを隠しているように見えた。
「そうか……。佳菜、夜も遅いし寝ようか。それに疲れ取らないとね。ご飯ぐらい自分でできるから、ゆっくり休んで」
「うん、分かった。ごめんね、手料理じゃなくて」
「いいよ、気にしないで。おやすみ、佳菜」
「うん、おやすみ」
西坂は水道の横に置いてあったポットの再沸騰ボタンを押した。
「どのインスタント食べるかな……豚骨ラーメンにでもしようかな」
しばらくすると、再沸騰を知らせるメロディーが聴こえてきた。メロディーは家電製品の定番、森のくまさんだった。
そのメロディーを口ずさみながらカップにお湯を注いだ。砂時計で三分を計り、西坂は豚骨ラーメンを食べた。
「はあ、あの言い方……やっぱり佳菜が犯人なのか? それに明日なにが分かるというんだ」
ようやく違和感の正体に気付いた。
今までと違って、殺害場所に公園を選んだのは被害者女性を死なさない為だったのだと。だとすれば今回の事件の犯人は一人ではない。
考えるほど分からなく事件の概要に深くため息を吐きながら、そして佳菜に疑念を抱いたまま食べたラーメンは味がしなかった。ラーメンを食べ終わった後、カップを軽く水洗いしゴミ箱に捨てた。
遅い夜食を済ませた西坂は寝床に入らず、制服を着たままソファーに横たわった。
次の日の朝、東向の窓から眩しい光が差し込み西坂を目覚めさせた。
「ついに今日が来てしまったな。佳菜……犯人でなかってくれよ」
昨日着ていた制服を脱ぎ捨て、ソファーに放り投げた。そして箪笥の中にしまってあった、シワの取れたスーツを取り出しそれに着替えた。
「面会は一時だったな。よし、まだ時間はあるな。各現場をもう一度見て回るとするか」
時計は六時を指していた。被害者女性との面会までまだ時間は余っていた。
「いってきます」
いつもなら、どんな時でも佳菜が見送りをしに出てきてくれるのだが、今日はそれがなかった。
西坂が家を出てから間もなく七時間が経とうとしていた。
「そろそろ面会の時間か。室町の病室に行くとするか」
西坂は家を出た後、昨日の事件現場へ行った。その後、全ての事件現場を回ったが新たに得られた情報はなかった。ただ、やはり昨日の事件現場だけがどうも気に食わなかった。唯一被害者の自宅でなかったからだ。
面会をする為に健ヶ崎区病院に足を運んだ。黒いワゴンを走らせたが、周りの景色しか映さなかった。そう、道路には昨日と同じで車の姿がなかった。
昼時ということもあり、病院の駐車場には車が大量に停まっていた。車を降りると、モワモワとした空気が流れてきた。
昨日は夜遅くに病院に来た為、気付かなかったが昼間来てみると緑の山々に囲まれていた。
西坂は健ヶ崎区病院に行ったのは昨日が初めてだった。病気とは無縁な人生を送ってきた西坂が、初めて足を踏み入れたのだ。
そして、西坂は気付いた。この場所は適度な光と新鮮な空気があった。都会とは思えないほど空気が澄んでいるため、この病院が安全かつ安心な治療ができる場所だと感じた。
そのためなのか、この病院の完治度は他の病院の五倍以上であった。
病院に入ってすぐ隣にある窓口で、西坂は警察手帳を警備員に見せた。警備員は何も言わず病室一0七号室へ西坂を案内した。案内された病室の名札プレートには、確かに室町の名前があった。
警備員は「面会時間は守ってくださいよ」と言って、窓口へ戻って行った。
コン・コン・コン……
「警察の西坂です。室町さん、入ってもよろしいですか?」
「いいですよ……」
病室の中から透き通った綺麗な声が返ってきた。しかし、どこか懐かしさを感じる声だった。
「失礼しますね」
西坂がドアに手を掛けスライドさせ、室町よりも真っ先に目に飛び込んできたのは……
「佳菜……? なんで此処に居るんだ」
室町が寝ているベッドのすぐ横で、佳菜は椅子にもたれ掛かって座っていた。
窓から差し込む日差しが佳菜の顔を照らしていた。西坂はどこか佳菜が微笑んでいるように見えた。
室町は佳菜の事を知っているのか、特に警戒心を露わにしていなかった。
「あなた昨日言ったでしょ、明日全てが分かるって」
「確かに言ってたけどさ……それが室町さんとどう関係があるんだ」
西坂は強く佳菜に言ったつもりだったが、返事は佳菜からではなく室町から返ってきた。
「西坂さんとおっしゃいましたね。あなた彼女とどういった関係なんですか?」
「俺は彼女の夫だよ」
「そうですか……。それにしても、おかしいですね。私は面会を了承したどころか、西坂さんに面会と言われて初めてこの事を知ったんですけどね。これはどういう事ですかね?」
「えっ、了承してない? じゃあ、誰が……?」
美月は昨日、室町との面会を約束したと言っていた。まさか、美月も今回の殺人事件にも関係しているのか。西坂は考えれば考えるほど頭を抱えた。
佳菜は椅子から立ち上がり、部屋を一周しながら言った。
「それは私だよ」
西坂は思った。昨日電話に出たのは室町本人ではなかったのか。だとすれば、誰が嘘を吐き、嘘を吐いているのか。怪しい人物は次々と増えていく。
「何の為に? それに昨日は何で佳菜が電話に出ることが出来たんだ?」
「そうですよ。何が目的何です佳菜?」
「目的かあ。それは室町さんを殺すためだよ。だって室町さんは全てを知っているからね。それに昨日の夜、スーパーに行ってたなんて嘘だよ。その時私は此処に居たんだから。室町さんには少し眠っておいてもらったの」
「どういうことですか? 私が何を知っていると言うんですか? 私は被害者で何も悪い事はしてないのよ。いい加減にしてよ。それに睡眠薬って量を間違えれば死んでいたのよ」
室町は声を荒らげていた。しかし、どこか演技がかっていた。
「分からないの? なら分からないままでいいよ」
佳菜は呆れたような口調で言った。
西坂は佳菜の話についていけなかった。室町も話が分かっていないみたいだが、自分が殺される立場にあるという事は理解しているようだ。
「室町さん、とぼけないでよね。あなた気付いてるんでしょ、私が人殺しだってことに……」
「何を言ってるの? 私は佳菜が人を殺したことなんか知らないよ」
室町の声は震えていた。誤魔化すのが下手なのは見ていて分かった。
「待て俺をおいていくな。話についていけないじゃないか、俺はどうしたらいいんだ?」
「あなたは何もしなくていいのよ。ただこの場に居てくれれば」
「……」
それ以上西坂は何も言えなかった。
「もう帰って、二人とも。そもそも面会は無かったんですからいいですよね、西坂さん?」
室町はそのまま布団の中に潜っていった。
「分かった。佳菜が何でこんな所に居るかは分からないが、室町さんがこう言ってるんだ帰ろう」
「でもあなたはいいの? 室町さんが私の真似をして人を殺してるんだよ」
「だとしてもだ」
「そう……。それが分かってるのに、あなたは室町さんを見逃すんだね」
「まあ、証拠もないからな。帰るしかないよ」
西坂がドアに手を掛けようとした時、布団の中に潜っていた室町が大きな声で笑うのが聞こえた。
嫌な予感がして西坂たちは振り返った。
「あなたたちは私が連続殺人犯だと知ってるのに無事に此処から帰れると思ってるの? 帰すわけないじゃない。此処で私に殺されてくれる? ちゃんとさ、お墓は作ってあげるから、ね?」
室町の顔は笑っていた。しかし、それ以上に佳菜が笑っていることに西坂は気付いていなかった。
室町は布団の中に潜ったのではなく、布団の中に隠してあった果物ナイフを探していたのだ。
室町の手には周りの物全てを反射するに研がれた凶器が握られていた。
それを握った室町は人を殺すのに慣れているのか、躊躇いが全く感じられなかった。
「室町何しているんだ? 自分のしている事が分かっているのか。今なら見なかったことにしてやる。その代わりお前は絶対に捕まえてやる。証拠を探し出して必ずな」
「ふふっ、あはははは、そんなもん私には関係ないですね。ただ、貴方たちを殺したいと思ったんです。死んでもらえますか」
室町は既に正気を保てていなかった。
凶器を固く握ったまま襲いかかってくる室町に対して、佳菜は冷静だった。
「あなた、此処は私一人で何とか出来るから早く逃げて。それに全ての元凶は私だからーー私が止めないと……」
「佳菜がそんな役目を負う必要はないよ。佳菜も逃げるよ」
「逃がさない」
息を荒らげ凶器を握る手が悲鳴をあげるほど固く握り締めた拳が震えている室町が入口を塞いだ。
一瞬の出来事に何が起きたのか分からなかった。室町の顔は真っ青になっていた。自分の意思とは正反対の動きをする身体を制御出来ていないように見えた。
追い詰められた西坂には奥の手が存在した。
「あんた正気じゃないな……諦めて俺たちを此処で逃すんだな。そうすればこんな所で捕まらずにまた人を殺せるのに。余程捕まえて欲しいんだな」
「ああ、ほんとにうざいですね西坂は。いいわ、此処で喋れなくしてやる」
再び室町が西坂たちを襲おうとした時、ベッドのナースコールが押されナースステーションからブザーが鳴った。
「ナースコール……。まさか、西坂ぁ、何てことを、殺してやる。看護師が来ようと関係ない。全員殺してやるぅ。はあ、はあ、はあ……」
「そっか、そこまでお前は俺たちを帰したくはないんだな」
「ははっ、そうだよ。おとなしく死んでくれないかなあ」
「室町さん……あなたはただ人を殺したいだけじゃないの? 私は虐待を受けている子供を救いたかっただけなんだよ。あなたとは一緒にされたくない」
「佳菜、やっぱり人を殺してるんだな……」
「そうだよ佳菜。あんたは人を殺してる。人殺しに理由なんていらない。だって人殺しは人殺し、それ以上でもそれ以下でもないんだから。お互い似た者同士じゃないの。だからね、一緒に西坂を殺さない?」
少しの間沈黙が続いた。
ナースステーションから看護師が来る気配は全くなかった。
「ごめんね、あなた……」
「佳菜……」
佳菜は室町の方へ身体を近づけて行った。
室町の顔が少し強張った。
明らかに佳菜が近づいてから室町は恐怖に駆られていた。
「さあ、殺戮を続けましょうか。これからも母親を殺し続けて、連続殺人を過去に類を見ないものに仕上げましょう」
室町は佳菜に凶器を渡した。その一瞬室町の知識顔から安堵の表情が見えた。しかし、佳菜が室町に話し掛けようとすると、また表情を戻した。
「じゃあ、佳菜の本気を見るためには……そうね、手始めにあなたの夫を殺して見せて」
「佳菜……」
「そうだね室町さん。全てを知ってる人は殺しましょう」
「佳菜頼みましたよ。私は次のターゲットの始末に行ってきますから」
室町が病室から出ようとした時、佳菜が室町の手を手繰り寄せた。
「室町さん……。もし私があの人を殺さなかったらどうする?」
「そうねぇ。分かってると思うけど言っておくと佳菜を殺すことになるね。どこへ逃げても、隠れても、必ず見つけ出して殺してやるから覚悟はしておいてね」
室町は笑顔で答えた。表情が一変しては元に戻る。しかし、今はこの時だけは無邪気な小悪魔的な微笑みを浮かべていた。
「そっか……、なら殺される前に殺してしまえということだね」
「佳菜……?」
西坂は佳菜の言ってることがすぐに理解できた。佳菜と室町との距離は拳一個分、身長は佳菜の方が低く、持っている果物ナイフは室町の腹部を貫くほどだった。
佳菜は予想通りの行動を取った。
「佳菜」
室町の腹部には凶器が突き立てられていた。冷静さを取り戻した室町は、冷たい目で佳菜を見ていた。
西坂は佳菜に歩み寄ろうとした。
「あぁあ、西坂さん。これ以上は近づかないのが賢いですよ。もし近くなら佳菜がどうなっても知りませんからね。ふふっ、ははっ、ははは。さあ、どうしますか? に・し・さ・か・さん」
「何を言ってるんだ?」
西坂はようやく気付いた。佳菜の腹部から血が一滴ずつゆっくりと床に落ち、血だまりを作り始めていたのだ。
「何があったんだ……」
「あれ、西坂さんには分からなかったかな?」
「分からなかったかな? じゃねえよ。お前何したんだ? そもそも、こんな事して許されると思ってるのか」
「何を言ってるの? だって佳菜が初めに私にナイフを向けたんだよ。見てたよね西坂。誰が見ても正当防衛ですよね西坂署長?」
室町は佳菜が凶器を腹部に向けた時、すぐに佳菜の手を翻し腹部に刺していたのだ。
正当防衛が成立してもおかしくない出来事がありだった。西坂の手には証拠がない。そして、室町に対しての証拠もない。さらには身内の証言には耳を傾けないだろう。尚更捜査一課が担当する事になる案件なのだから。
「確かにお前の言う通りだな。それでも、その前からお前は殺人者だ。殺人者の言うことを誰が信じる? そこを動くなよ」
「動くなって言われたら動きたくなるよね人間って。それが人間の心理だからね」
室町は握っている凶器を、更に深く差し込んだ。
「うっ……」
佳菜の悲痛な悲鳴が部屋に響いた。そして、悲痛の顔は西坂の見開いた目に映りこんでいた。
「佳菜……。室町、てめえのした事分かってるんだろうな。俺はてめえを許さねぇ、いや許す訳にはいかねぇ。そのまま動くな、てめえを血の海に浮かべてやるから」
「そんな事言っちゃって、本当は私を殺せないんだから」
室町は甲高い声をあげて笑っていた。
「いや殺せる。佳菜を傷つけた罪がどれだけ重いのか教えてやる。じゃねぇと俺の気が収まらねぇ」
「そう……じゃあ私を殺してごらん。その為には凶器が必要だよね?」
室町はそう言って、佳菜に深々と刺さっている凶器を思い切り引き抜いた。
傷口から血が流れ出し、血の涙で血だまりを作っていた。
佳菜はその場に倒れこんだ。服は血で真っ赤に染まり、今にも出血死で命を落とす危機に直面してしていた。
「佳菜あああ」
西坂は倒れた佳菜の腹部にベッドの上の毛布を巻いた。
室町はその場にうずくまっていた。まるで自分の意思とは無関係に佳菜を刺していたみたいだった。
「すぐに先生呼んでくるからな。もう少し辛抱だ」
「はあ、はあ、私のことはいいから……はあ、はあ、はあ。それよりも……室町さんを追って」
佳菜に言われて見渡すと室町の姿がない事に気付いた。一0七号室を出ると、既に室町のすがたはなかった。
「どこに行ったあ、室町いぃい」
西坂の声で看護師たちが振り向いた。一人の看護師が近づいてきた。ナースコールが鳴っても動かなかった看護師を心配し、遠くにいた場所から走ってきた。
髪を頭の後ろで団子にして、ナース服の姿がよく似合う女性が話しかけてきた。
「どうしたの西坂さん?」
「あ、美月ちゃん。一0七号室に佳菜がいるんだ。室町が果物ナイフで佳菜を……佳菜を刺したんだ。早く、早く手当を頼む佳菜を、佳菜を助けてやってくれ」
「西坂さん……。分かりました。佳菜さんの手当は任せて下さい。佳菜さんの事は心配しないで、だから室町さんを追いかけて下さい」
「ありがとう、頼んだよ美月ちゃん」
室町を追いかける為、病院内を走り回っていた。息を切らしながら、口の中に血の味がするほど走り回り、看護師に「走らないで下さい」と注意までされたが、既に西坂には物事を考える判断機能が低下していた。
西坂は判断機能の多くをフル回転させ、室町が向いそうな場所を考えた。一度身支度を整える為にも自宅に戻るであろうと結論を出した。
ただ、自宅に戻る確率は高くはない、むしろ低いくらいだ。
その後も西坂は病院内を探したが、既に室町の姿はなかった。
探すのを諦め佳菜が居た病室に戻ることにした。佳菜の容態が今になって気になり始め、焦りを感じた。
「はあ、はあ……。佳菜、大丈夫か?」
病室には佳菜が居た。
西坂は冷静さを取り戻した時、治療の為に緊急治療室に運ばれているかもしれないと思った。
病室の入り口で息を切らしながら佳菜の容態を確認した。
「うん、大丈夫だよ。あなた心配かけてごめんね」
何事もなかったように佳菜は微笑んでいた。
ただ微笑んで見えただけで笑っていたのかもしれない。
「良かった……」
「大丈夫、だってあれ血じゃないもの。絵の具で作った血糊なんだよ、かなりリアルだったでしょ。此処に来るって決めてから用意してたんだ。何があるか分からないからね。あなたには何も言わなかったから、余計に変な心配かけちゃったね」
佳菜はそう言って血糊のついた服を脱ぎ始めた。室町の病室には、室町の服が残っていた。
何故かその服は佳菜のサイズと同じだった。まるで初めから佳菜の為に置いてあったようだった。
「佳菜、本当に大丈夫なんだな? ……室町は戻ってきてないか?」
「うん、大丈夫だよ。室町さんにはまた会えると思うよ。だって私たちは彼女の悪事を知っんだからねーーたぶん彼女は私たちのことを殺しにかかるよ。あなた気をつけてね。あと警視庁には連絡入れといた方がいいよ。室町さんが連続殺人犯だからね」
「そうするよ……」
佳菜は室町の話をする時はいつも楽しそうだった。それに室町を犯人だと確信させる言動を取ってきた。それが余計に室町を連続殺人犯に仕立て上げようとしているように感じた。
「ところで佳菜。室町とはどういった関係なんだ?」
「……少しかな」
「ん?」
西坂は佳菜の言った言葉に含みを感じた。
「えっとね、室町さんとは専門学校の時の親友なんだ。いつも一人で居た室町さんにね声を掛けたの。最初はそれだけだったんだけどね、それから毎日のように話しかけてきたの。それに私の動きを観察してるのか、授業も同じ科目を取るしーー私の行く所にはいつも室町さんが居るって感じだったの」
「まるでストーカーじゃないか」
「そう、ストーカーぽかったの。でもね、なんか私の方が根気負けしちゃって室町さんと仲良くする事にしたの。そしたら室町と気が合っちゃって親友になったんだ」
西坂が佳菜と室町の関係を聴き始めた頃、美月はナースステーションに戻って行った。美月はその場の空気に気を遣ったのだ。
美月が病室を出る時、西坂は小さな声で「ありがとう」とだけ呟いた。美月にはその声は届いていなかったかもしれない、それでも感謝せずにはいられなかった。
「そんなすぐに親友にはなれないだろ。本当は何があったんだ?」
佳菜はベッドに腰を下ろした。
「そうだね、すぐには親友にはなれなかった。……学校に通う時、いつもバスを利用してたの。それでね、帰る時はバスまでの時間があるから図書室で本を読んでたんだ。室町さんも私と同じでね本を読んでたの。偶々好きな作家が室町さんと一緒だったの。それから室町さんと意気投合して、毎日のように話すようになったの」
西坂は佳菜の話から、室町と佳菜の真の関係を探ろうしていた。
「室町さんは男の人の憧れだったの。それで室町さんを妬む女子はみんな室町さんを嫌ってたの。室町さんは可愛かったからね。だからね、私という存在が現れたから興味を持ってあんな事をしちゃったのかも知れないね」
西坂はあんな事がストーカーを越える悪事を隠しているように思えた。
「佳菜、もしかして……」
「そうだよ、見られてたの。最初の被害者を殺すところを室町さんに」
「見られた……まさか室町はまだ佳菜のストーカーをしているのか。それと佳菜……どんな悪い人間でも殺されていい人間なんかいないんだ、それは分かってるよな? 佳菜も事件の当事者なんだからな、それだけは分かってくれ」
「うん、分かってるんだよ。でも、あの人だけは許せなかった。あの人の娘は私と同じ境遇にいる一人だったから。あなたが言うことが正しいのは十分分かってる。でも、あなたにそんなことを言われるとまで思ってなかった。だって私の気持ちを理解してくれなかった。あの時は理解してくれたのに……それが凄く悲しくて……」
佳菜の頬に一筋の雫が伝った。
頬を伝う雫を服の袖で拭っていた。
西坂はただ佳菜を見つめることしかできなかった。そして、佳菜に何と声をかけていいか分からなかった。佳菜の気持ちは理解しているつもりだったのに……。
「ごめん」
唯一その言葉だけが口に出せた。その後は沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは美月だった。美月はナースステーションには戻らず、入り口で立ち聞きしていたのだ。
「佳菜さん。もしかして室町さんは……」
そう言って病室に入ってきた美月を見て、西坂と佳菜は動揺を隠せなかった。
「うん、美月ちゃんが思ってる通りだよ。でも美月ちゃんを事件には巻き込めないよ。だから全て気づかなかったことにして」
「佳菜どういうことだ?」
「さっきも私が言ったけど、今回の事件は室町さんが私の真似をして殺人を繰り返してるの」
「なるほど、そういうことか。佳菜は一人の母親しか殺していない。残りは室町が佳菜の手口を真似て殺しているということか」
「うん、そういうことだよ。美月ちゃんはこれに気づいたんだよね?」
「はい、そうです……」
「室町は絶対に捕まえるから、それまで美月ちゃんは佳菜と一緒に俺の家に居てくれないか? それか何処かホテルを用意するからそこに隠れてて。佳菜は守を頼む。美月ちゃんも命を狙われてもおかしくないよ。佳菜、二人のこと頼めるか?」
「うん、任せて。絶対に二人は守るから」
佳菜は力強く答えた。四人も殺している人間に狙われていると思うと、どんな冷静な人間でも怯えるだろう。佳菜も例外ではないはずだった。
しかし、この言葉の力強さに俺も負けてられないと思った。
「美月ちゃん、とりあえず院長に相談して来てくれないか? 俺は佳菜を安全な場所に連れて行くから」
「そうですね。でも仕事はどうなるのかな?」
「事件が解決したら、この病院に戻れるように俺から頼むよ。美月ちゃんの為なら頭下げるよ」
「ありがとうございます、西坂さん。院長に相談して来ます」
「うん、美月ちゃんも命を狙われるかも知れないんだから、しっかりね」
美月は院長の元へと走って行った。
「佳菜、帰ろうか」
「うん、そうだね」
西坂たちは一0七号室をあとにした。室町が病院内に未だ居る可能性を考慮して、緊急外来の入り口から帰ることにした。緊急外来の入り口も捜査一課が張り込みをしているからだ。
しかし、それを頼りにしていたはすが、捜査一課の連中はそこに居なかった。
自分の乗って来た、黒いワゴンに向かって歩き出した。佳菜は西坂の後について歩いた。
西坂は病院の駐車場ではなく、少し離れた喫茶店に車を停めていた。十一番と白い文字で書かれた駐車場の右手奥にそれは停まっていた。西坂は佳菜と車に乗り込み自宅へと向かった。
自宅へと着いた西坂たちは、息を潜め玄関を開けた。家に居た守が元気良く出てきた。室町が居る形跡はなかった。
西坂は佳菜に言い聞かせるように言った。
「事件が解決するまで外に出たら駄目だぞ。俺が新しい隠れ家を見つけるまで、守と美月ちゃんとで過ごしてくれ」
佳菜は俯いていた。西坂が心配してくれていることが佳菜は嬉しかった。しかし、自分のした危ない行為に怒っている西坂を直視は出来なかった。
「……うん、分かったよ。でも室町さんをどうやって捕まえるの? 証拠もないんでしょ。それに何処に逃げたのかも分からないのに。そんな室町さんをどうやって捕まえるの?」
「証拠……居場所ーー確かにないし、分からないな。でも何とかするさ、今は室町の自供で捜査するしかないけど絶対に捕まえるから」
「あなたに自信があるならいいの。そうだ、これ役に立たない?」
佳菜は血糊で汚れた服をトートバッグから取り出した。病院から帰るときにこのトートバッグに全てを詰め込んだ。佳菜はその服からボイスレコーダーを出して、西坂に手渡した。
「ボイスレコーダー? 何が入ってるんだ?」
「この中にはね室町さんの自供が入ってるの。初めから自供を取る為に私はあんな危険な事をしたんだから。これで室町さんを追い詰めて。ただあくまで最終手段としてね。室町さんにこの存在を知られたら何をしてくるか分からないから。それに証拠としては不十分だよね。これがいつ録られたものか分からないし、隠して録音したもので信憑性が薄いからね。ただ室町さんを追い詰めるには使えると思うよ」
佳菜が渡したそれを握りしめた。
それには佳菜が危険を冒してまで手に入れた室町の自供が入ってるから、決して失くさないよう握りしめたのだ。
一歩間違えれば室町に佳菜が殺されていたかもしれない。
「ありがとな、佳菜。これは十分に活用させて貰うよ。でも二度とこんな危険な事をするな。もっと俺を頼ってくれ、佳菜の夫なんだから、一人で背負わないでくれよ」
西坂はそれをスーツのポケットに入れて、そこに入っていたスマートフォンを取り出した。
スマートフォンである相手に電話をかけた。電話に出た相手は、警視庁警視総監の加藤だった。
「加藤さん、西坂です。今お時間の方よろしいでしょうか?」
「ああ、時間か? 時間なら大丈夫だが何かあったのか?」
加藤は西坂の事件介入を認めた男だった。認めたというよりかは、この加藤が西坂に事件の解決の為、捜査に加わって欲しいと言ったのだ。
そして、あの事件ーーそれを解決した事により、加藤は西坂が事件に介入できるよう警察手帳に所定の捺印をした。
加藤は背が高く、背が高いのが自慢の西坂ですら見上げなければ目が合わなかった。電話越しでは、声が耳に残るほど特徴のある声だった。少し鼻声のような加藤は、いつも部下から体調を伺われる。
「はい、加藤さん。実は……」
西坂は会話を中断した。加藤の部屋に部下が入ってくる音が聞こえたからだ。
「すまんな、西坂。相変わらず堅苦しい物言いだなお前は。俺とお前の仲じゃないか、そんな話し方止めないか?」
「それでも……」
「それでも、じゃない。分かったな。お前とは昔から一緒だったんだからな。親のスネかじって生きてる俺だからこそ、お前のような人材が居ないとやっていけないんだ」
「そうだな。でも俊樹と俺とではもう立場が違うんだから、あんまり馴れ馴れしくはできない」
「そうか、でも電話の時ぐらい昔に戻ろうぜ。それで電話してきたのは室町のことか?」
「そうだけど、もしかして……」
「ああ、そのようだ。あいつら室町の逃走を許したみたいだな」
「そうですか……室町は俺が逃がしてしまったんです。それを謝りたくて」
「お前にしては珍しいな、何かあったのか?」
「実は俺が室町の面会に行った時、何故かその場に佳菜が居て……室町が佳菜を刃物で刺したんです。許せなかった俺は室町の後を追ったんですが、途中で見失ってしまったんです」
「佳菜さんが何でその場に居たんだ?」
「それについて今は何も言えませんが、今度ちゃんと説明します。それよりも今は連続殺人犯の室町を捕まえることです。室町が連続殺人犯という物的証拠はないけど、あいつを追い詰めるものはあります」
「それで室町を捕まえられるのか?」
「それは分からないけど、今は佳菜に対する殺人未遂で逮捕はできるんじゃないですか」
「そうだな、分かった。何とかしてみよう」「ありがとう、俊樹」
電話を終えた西坂は再び病院へ向かった。
西坂は受付で美月を呼んでもらった。
美月は受付まで走ってきた。息を切らしながらも口元は微笑んでいた。
「美月ちゃん、どうだった?」
「はい、バッチリです。許可取れました」
「良かった。今日はもう帰ろう、俺の家まで送っていくよ」
「はい、準備してきますね」
「俺は此処で待っておくから」
「分かりました。すぐ準備してきますね」
美月は再び走って、だんだんと小さくなっていった。
数分後、準備のできた美月が三度受付へ走ってきた。これまた動きにくそうなワンピースを着ていた。ナース服も動きにくそうだが、今のワンピースの方が余程動きにくそうに見えた。
「お待たせしました」
「じゃあ、行こうか」
美月を連れて家へと帰った西坂は、室町を探し出す為、佳菜と美月に家の事を任せその場を後にした。
西坂は室町の行方を追っていた。しかし、手がかりすら掴めないまま、一週間という月日が過ぎていた。
室町が姿を見せなくなってから、母親に対する殺人事件はなくなった。再び平和な町へ戻っていた。そう、その筈だった……
いつものように室町の行方を追っていると、佳菜から電話が掛かってきた。
「あ、良かった。あのね、室町さんから電話が掛かってきたの。あなたに第一の事件現場となったーーつまり私が起こした事件現場に来るように伝えってて頼まれた。室町さんが何をしてくるか分からないから気をつけてね。私たちは家から動かないから心配いらないよ」
「そうか……。分かった、いってくるよ」
「うん、いってらっしゃい」
それを聞いた西坂は、第一の事件現場(被害者・神野未央)のマンションへと向かった。
西坂の前に現れたのは、何度見ても心身ともに疲れさせられる建築物だった。
このマンションは日本屈指の頭脳を使って作り上げられた、世界最高水準の警備管理システムが導入されている。
マンションは安易に入ることが可能だが、入り口とマンション内を挟んだもう一枚の鉄の要塞は、住民にのみ与えられるカードキーが必要だった。
入り口を抜けマンションへ続く通路の間には、郵便受けと管理室が存在していて、そこにはかなりの空間が広がっている。
管理室から警備員が目を光らせている。日常的に二人の警備員が交代で監視カメラや住民以外の出入りを厳しく管理している。
西坂が管理室へ近づくと……
「何かご用ですか?」
警備員が急ぎ足で尋ねてきた。
西坂は青のダウンジャケットの内ポケットから警察手帳を取り出し、警備員の眼前に差し出した。
それを見た警備員は一礼して、管理室へと戻って行った。少し待っていると、管理室から警備員が戻ってきた。金庫の中から予備のカードキーを手に取り、西坂の手の上に律儀に置いた。
「帰りの際は一声かけてやってください」
「ああ、ありがとう。終わったら声をかけかけるよ」
手渡されたカードキーを、鉄の要塞に貼り付けられているカードリーダーに読取らせた。カードキーの読取を完了したカードリーダーは、赤く点灯していたボタンを緑に変えた。読取が成功すれば赤から緑へと変わる仕組みの一般的なカードリーダーだった。
もしも色に変化が現れなかった時は、警備員が事情を聴きに小走りでやってくるらしい。
西坂は扉が開いたのを確認すると、カードキーをズボンに突っ込んだ。
この扉の向こうには室町が居る。そう考えるだけで、室町に恐怖を感じる。室町は既に三人も殺している。そして、平気で佳菜を刺し殺そうとし、自分で自分を刺せるほど自我をたもてていない人間を人間とは思えなかった。
ふと、恐怖を更に掻立てる恐怖を感じた。室町はどうやってこのマンションに入ったのか? 西坂ですら警察手帳を見せて、ようやくカードキーを手にしマンションの中に入れた。
いや、それ以前に佳菜もどうやってこのマンションに入り、第一の事件を犯したのか。西坂は頭の中に様々な疑問を持ち始めた。
しかし、疑問を持つのが少し遅かった……
そうこう考えている内に神野の部屋の前に立っていた。部屋の前には黄色のテープが交錯して張り巡らされていた。
第一の事件から一ヶ月も立っていたため、さすがに警備員は居なかったが、戸締りはしっかりとされているはずだった。
しかし、神野の部屋は少し開いていた。実は西坂はこのマンションにだけ、室町の面会前に各現場を回る時来ていなかった。いや、警備が厳しすぎて来るのを面倒がっていた。
室町が罠を仕掛けているのは目に見えた。
それでも進まなければいけないことは分かっていた。慎重にテープを剥がし、部屋の中へと足を運ばせた。
部屋へ入った西坂は、多少イラついた声で言葉を発した。
「室町、居るのか? お前の言った通り来てやったぞ」
その声に答えはなかった。代わりに時計の針音だけが響いていた。
決して大きな声ではなかったが、近隣住民が玄関を開けて出てきた。右手には受話器が握られていた。
第一の事件現場となり、更に厳重に張り巡らされたテープを剥がし、その中に入って声を走っている者がいるのだから、住民が出てきてもおかしくはない。
西坂と目が合うと、受話器の上の手が一一0と走っていた。それを見た西坂は慌てて、ジャケットから警察手帳を取り出し住民に見せた。
それを見た住民も慌てて受話器の上を走る手を止め「お仕事頑張ってください」と言って、部屋の中へと入って行った。
部屋の中奥へと進んだ時、西坂は人の気配を感じ玄関へと視線を送った。しかし、振り向いた時にはガシャリと扉の閉まる音が響いた。
扉が閉まった後に訪れたのは暗黒世界だった。始めから西坂を閉じ込めるため、カーテンや窓ガラスはガムテープで固定され、外からの光という光は全て遮断されていた。
そこは鉄籠の暗黒世界よりも深い闇だった。西坂も何度か鉄籠の中に収監された殺人犯を見てきたが、それを遥かに上回っていた。
「はは、あははっ。なんでこうも簡単にひっかかってくれるのかなあ」
不敵な笑い声を聞くだけで、無性に寒気が身体を走った。
重く閉ざされた鉄の向こうから、室町の甲高く笑う声が聞こえた。
「室町いぃぃ」
「なんで怒ってるのかな? それに、ほら大きな声を出すから住民の人が出てきたじゃない。迷惑になることをしたらダメでしょ、に・し・さ・か・さん。それとも全部が処理しないといけないのかな?」
室町が一方的に喋っている間、西坂はスイッチを探していた。
「こんなことしていいと思ってるのか」
台所だと思われる場所にあったスイッチを探り当て、スイッチをオンにしたが電気が点くことはなかった。ただ一箇所を除いては。唯一点いたのは、神野が生前使っていた寝室だけだった。それも隅っこにベッドが置いてあるだけの簡素な部屋だった。
「してもいいと思ってるからしてるんですよ。それに西坂さん、時間稼ぎなんてしてみるものじゃないですよ」
何処で見てるんだ。西坂は辺りを見渡した。しかし、寝室以外は相変わらず暗黒世界に身を隠していた。
「室町、俺をどうしたいんだ?」
「そうね……あ、佳菜と私の罪を西坂一人に背負ってもらうってのはどうかな? いい考えでしょ」
「俺に罪を被せるのか、どうやって?」
「西坂さん。ちょっと玄関まで来てくれませんか。来たらドアを叩いてみて」
西坂は言われるがままに玄関のドアを叩いた。ドアの音が響く代わりに鈍い音が耳に残った。
「あはははっ、西坂さん。そんなにドアを叩くのではありませんよ。もし玄関が開いてしまったら、西坂さんのせいになりますからね」
西坂はドアを叩くのを本能的に止めた。それまで室町には鉄を叩く音が聞こえていた。
気付くと西坂は額に汗をかいていた。
「どういうことだ?」
「西坂さん。今回の連続殺人事件の被害者の子供がどうなったか知ってますか?」
「まさか……」
「察しが早くて助かります」
「そう今まで誰も気にしなかったんですよ。被害者の子供が何処に居るかなんて。その子供はね、西坂さんが居る部屋の真上なんですよ」
「やっぱりそうか……。じゃあ、さっきのドアからした鈍い音は……」
「ホントにキレる人ですね。だから、言ったでしょ、あんまり叩くのではありませんよって」
「室町いぃ、お前は子供まで巻き込むつもりか。そんな事させてたまるか。聞いてるのか室町?」
「さようなら、西坂さん。どうか西坂さんがこの鉄の扉を開けずに、子供たちが無事に生きていられますように」
室町は神に祈りを捧げるように言葉を発した。
そして、室町から返事が返ってくる事は二度となかった。
「室町、お前は絶対に許さねぇ。此処から逃げ出して、お前を追い詰めてやる」
室町が去り、頭が冷えた西坂は自分が携帯を持っている事に気付いた。携帯をダウンジャケットから取り出し、仲間に連絡を入れようとした。しかし、電波の強さを示すアンテナが立っていなかった。
携帯の懐中電灯を使いながら、残る部屋を探し回った。もしかしたら、室町が残した遺留物があるかも知れない。
そして想像通り遺留物が残されていた。
明らかに目に付く所に置かれていた紙があった。室町は西坂に子供たちを救うチャンスを残していた。紙には神野の部屋についての注意事項がワープロで打ち出されていた。紙にほんの少し温もりがあった。つい先ほどまで、西坂が足を踏み入れるまで室町はこの部屋に居たのだ。
西坂は紙と見つめ合っていた。
その① 寝室以外の電気は止めてある。
その② 子供たちは真上の部屋に監禁さ
れている
その③ 携帯などの電波を発信するもの
は使用できない。
その④ 全ての外界へと繋がる扉には爆
弾のスイッチが付いている。
その⑤ 外側からだと爆弾のスイッチは
反応しない。
その⑥ 以上の事から、あなたはこの部
屋から子供たちを犠牲にしなけ
れば脱出できない。
その⑦ ヒントーーある時間だけ電波が
繋がる時間が存在する。そのヒ
ントは文面の中に書かれてい
る。
その⑧ 最後に西坂さん。此処から脱出
するのは早い方がいいですよ。
まだ後二人は殺したい人がいま
すからね。子供たちを犠牲にす
るか、被害者を増やしてでも助
けを待つか。では、西坂さん。
頑張ってください。
その紙に記された内容を熟読したが、いまいち内容の理解ができなかった。ただ電波が繋がる時間が存在する事だけは分かった。しかし、考えれば考えるほど、謎は頭の中で渦を巻き西坂をイラつかせた。
あれから何時間が経ったのだろうか。
西坂はまだ室町の遺留物の謎に頭を悩まされていた。紙に記された室町の犯行予告に不安と苛立ち、そして自分の情けなさを感じ、机を何度も強く叩きつけた。何度も何度も拳が悲鳴をあげても叩き続けた。そして机には拳の跡が残った。
再び西坂は紙と見つめ合った。そして、読み直していると、ふとおかしな言い回しがある事に気付いた。
紙の中には室町の殺人予告が書かれていた、それも後二人殺したいと。確かに殺したい人間が二人という表現はおかしくないが、室町は人を平気で殺せる。その場合、尚更この二人という記し方をする必要はない。
ようやく西坂は理解した。室町は俺を助けようとしているのだと。
病院の一件もそうだったが、室町はどこか自分の意思に反して行動している節があった。
西坂は電波が繋がった時の為に、新規メールを作成していた。
宛先:加藤俊樹
Cc/Bcc.差出人:西坂裕也
件名:監禁されてます。写真を添付しま
す。後爆弾処理班を寄越してくださ
い。
本文:写真一JPG
室町が残した文面です。場所は第一
事件の現場、神野さんの部屋です。
子供たちは紙に記載の場所に監禁さ
れてます。内側からは開けられませ
んから、取り急ぎお願いいたしま
す。
西坂はメール作成後、いつでも送信できるよう送信画面を表示状態にしていた。電波が繋がれば、外に中の状態は伝えられる。そうすれば後は外の連中が何とかしてくれるだろう。
何故メールなのか、それは電話よりも簡素に伝えられる連絡手段だからだ。
そして、室町の残した文書が送れるからだった。
メールを作成している最中に、室町の文面の言い回しの理由に気付いた。
自分もメールを打つ時にまわりくどい文面を使い、直接話をした方が早いと言われる事が多々ある。
それで全てを理解した。
「なるほどな。……そういうことか。ヒントは文面内に書かれている、ということはこの二人というのがヒントだ。とすれば、文末の二文字で全てに共通してあるのが、い・な・る、だ。るが表す時間はない。となれば、なは七時ーーいは一時だな。今は夜中の一時で、……電波はきてないか。残るは七時か」
西坂は静まり返った部屋で一人呟いていた。つい先ほどまで、近隣の部屋からテレビの音が伝わってきていた。しかし、それも今は聞こえなくなっていた。
「はあ、眠たくなってきたな」
急激に睡魔が襲ってきた。
ようやく一つの謎が解けたことで、脳の活性化が収まったのだろう。
西坂は神野のベッドに寝転がった。相当溜まっていた疲れのツケがまわってきた。
隣の部屋からテレビの音が聞こえてきた。 部屋を挟み、薄い壁を伝わってきた音は西坂を深い眠りから目覚めさせた。
「う……んぅ。寝てしまったか。何時だ、ってもう七時じゃないか。携帯は……やっぱりな、繋がったか。室町、本当のお前は誰なんだ」
神野の部屋には、これもまた理由が分からないが冷蔵庫が置かれていた。
昨日作成しておいたメールを加藤に送信し、冷蔵庫を開けた。
中には一枚の紙と一日分の食材が置かれていた。電気は通っていないのか、食材は保冷剤で冷やされていた。
西坂は新たな紙と見つめ合った。
西坂さんへ
たぶん、西坂さんには全てを知ってもら
わないといけない。電波ももう通じるは
ずだから助けを求めて。西坂さん、私を
救ってください。助けが来るまで、この
食材で何か食べてください。
室町より
室町からの紙には全てが書かれていた。ただこの紙から全てが分かった訳ではない。室町の様子を見ていて分かったのだ。
「はあ、そうだな。俺が救ってやるしかないのか」
西坂は冷蔵庫から卵を手に取ると同時にご飯をもう片方の手で持っていた。ご飯茶碗の隅で卵を割り、卵かけご飯を作った。
ご飯を食べ終わり、台所で食器を洗っていると、携帯から森のクマさんが響いた。
「メールか……」
西坂の想像通り電波は繋がり、外からのメールの受信も可能だった。既に室町が電波の妨害を解除はしていたが、当分使えなかった携帯が使えたことは、ありがたいことだった。
加藤から返信のあったメールには、了解だ、とだけ書かれていた。
加藤が西坂のメールを受け取ってから一時間が過ぎていた。
「西坂……。お前は気づいてるはずなのに、どうしてそんなに強くいられるんだ。俺だと耐えられない……。今回の事件の真犯人を知ってるのは、お前と俺だけか」
加藤の命令を受けた、機動隊隊長の櫻井康介は隊員たちに指示を出していた。
各々に一列に並んだ隊員たちは、緊張の圧力に押し潰されそうになっていた。
櫻井康介は加藤俊樹と犬猿の仲だった。
櫻井が機動隊に入隊した当初、加藤は警視総監でありながら機動隊の隊員も兼任していた。加藤の命令はいつも手厳しいものだった。自分の命よりも他の人の命を優先する加藤の命令に、櫻井は反感を覚えていた。
反感を覚えたのは、かつて、この町で起こった連続殺人事件の犯人を捕まえる時だった。
加藤は抵抗する犯人を無傷で捕まえろと命令を下した。犯人は建物に立て篭もり銃を所持していた。それを知りながらも加藤は犯人の命までもを優先したのだ。
その事件に幸い犠牲者は無かったが、多くの人を殺した犯人にまで、自分の命よりも優先しろと命令を下した加藤に櫻井は初めて苛立ちを覚えた。
それから櫻井は加藤のやり方を全て否定し、とうとう加藤を機動隊隊長から退かせた。加藤の後を引き継ぐ形で櫻井が機動隊ほ隊長となった。
目まぐるしく変わった命令の下し方に、多くの隊員はついていったが、少数の隊員は加藤と同時に辞めていった。
櫻井は黒色のスーツを着ていた。スーツの裏側には拳銃を二丁忍ばせていた。
腰ベルトには手錠を、靴の外には小さなピックを、そして機動隊と悟られないよう要らないものは全て取り外されていた。本来命令を下す筈の無線機までもが櫻木には必要なかった。
櫻井が策戦を話すと同時に隊員は、その策戦が失敗しないよう真剣だった。
櫻井は加藤に憧れていた。親のコネで警視総監になった加藤だが、親の存在すらも搔き消すほどの成果を残していた。そんな加藤を越えるために櫻井は努力してきた。
加藤はそれに気付き機動隊隊長を自ら退いた。それから櫻井と加藤の態度は変わった。
周りは犬猿の仲だと感じているが、櫻井と加藤は切磋琢磨し合える数少ないライバル、そして信頼できる仲間になっていた。
「よし、加藤警視から連絡があった。西坂さんを助ける為に、室町をーーするぞ」
「はい。今うちの町から西坂さんを失うのは痛手ですからね」
「そうだな。まず、一班は室町の逃走経路の確認、二班は神野のマンションから監視カメラや電波傍受等の機器を探してくれ。最後に三班、お前たちには爆弾の解除を任せる。それから桜木、お前は後で俺のところへ来い。以上だ、質問のある奴は?」
「いえ、大丈夫です」
各班の小隊長は班員を代表してそう言った。
「それでは各自持ち場へ」
各々が自分の持ち場へと移動するなか、桜木と三班隊長の朝倉則之率いる爆弾処理担当の隊員たちが、その場に残った。
「よし、神野のマンションへ行こうか」
櫻井の一声で隊員たちは黒のワゴン車に乗り込んで行った。
櫻井が移動中に桜木に話しかけることはなかった。
神野のマンションへ着いた櫻井率いる、三班の爆弾処理担当の隊員たちは、三班隊長の朝倉の指示に従っていた。
朝倉は足元に金属製の箱から工具を取り出し拡げていた。箱の大きさからは想像出来ないほど、工具が溢れ出てきた。工具箱には大小様々なペンチやドライバ、六角レンチ等が入っていた。ドライバは爆弾の解体、ペンチは配線を切るために必要だった。六角レンチは、稀に爆弾の構造がドライバで対応出来ない物があるため必要だった。
朝倉率いる爆弾処理班が、爆弾を処理し始めた頃、櫻井たちはそこから少し離れた螺旋階段に居た。
「櫻井さん。なんで俺が此処にいるって分かったんですか?」
櫻井に呼ばれた桜木だが、一向に話してくる気配のない櫻井にしびれを切らし、先に話し掛けた。
「桜木、お前は尊敬する人が事件に巻き込まれたら、現場に駆けつけないのか?」
「駆けつけないわけないでしょ。だって、西坂さんは俺が尊敬し続けて追いかけて、それでも手の届かないところにいる人なんです。それに西坂さんは……いや、なんでもないです」
「なんだ?」
「ホントに何もないです。すみません」
「そうか。まあ、そういう訳だから、お前があの場に居るんじゃないかって思ってな、声を掛けたんだ」
「そうだったんですね。さすがですね櫻井さん。やっぱり加藤警視と良きライバルですね。それで、俺に何か用ですか?」
櫻井はスーツの内ポケットから、しわくちゃになっている一枚の紙を桜木の目の前に広げた。
そこには、かつて若くして機動隊の副隊長になった桜木が解決した数多くの事件が書かれていた。
「何で……何でこれが此処にあるんですか櫻井さん? それは俺が隠し続けてる過去の話ですよ。このことはまだ誰にも?」
「ああ、まだ誰にも話してない。副隊長に上り詰めたお前が今西坂と一緒に動いてるのには訳があるんだろう。もしかしたら、それが過去の隠したい事なんじゃないかと思ってな」
「そうですね、櫻井さんの言う通りです。俺は今回の事件の犯人を知ってます。それに、俺はあんまり過去をほじくりかえしたくはないんですけどね」
「誰にだって隠したい過去はあるさ。それよりも、今回の犯人って、やっぱりそうなのか?」
「そうですね。西坂さんももう気付いてると思うんですけどね……」
「そうだな」
西坂は部屋の中で暇をもて余していた。
外では先ほどから爆弾の解体を行なっている音が聞こえてきた。
しかし、何の前触れもなくいきなり機材をしまう音が聞こえてきた。
「西坂さん。もう大丈夫ですよ」
爆弾処理を終えた、機動隊の隊員はそう言った。
しかし、西坂はその口調に違和感を覚えた。隊員の声が少し鼻にかかった、そして、微かに響く声だったからだ。
「本当か……?」
「はい、心配ないです」
「分かった」
西坂は違和感を感じながらも重く閉ざされていたドアを開けた。
次の瞬間、西坂は全身に痛みを味わった。意識が遠のき、その場に倒れ込んだ。
「うっ……」
西坂が目を覚ました時、見たことのある景色が目に入ってきた。
気を失って目が覚めるまで時間は余り経っていない。そして、目の前には見馴れた景色ーー気を失ったのは……痛みを味わったのは……
「あなた……」
西坂は声のする方に頭を向けようとした。しかし、強い痛みに襲われ頭を向けられなかった。それでも、声の持ち主は分かった。それはいつも聞いている声だった。
「佳菜……。何で……俺は家に……いるんだ? それに佳菜は……」
西坂は痛みを堪えながら声を発した。
「私がどうかしたの? それに何でって言われても、此処はあなたの家じゃない。何も問題はないと思うけど、何か違う?」
「いや、その通りだ。でも、どうしてだ? 俺は……」
「どうしたの? まあ、あなたの言いたいことは分かるわ。いつからかって事だよね。そうね……室町さんとはだいぶ前から共犯だよ。ただ、あなたが思ってる共犯とは違うかも知れないけど。だって……」
…………
「櫻井さん。俺が何で西坂さんと一緒にいるか気になってましたよね。一種の罪滅ぼしですかね」
「そうか……」
ドゴーン
神野の部屋から爆発音が響いた。
「どうしたんだ、いったい何があったんだ……」
櫻井と桜木は神野の部屋へと走っていた。
櫻井と桜木は何が起こっているのか分からなかった。
ただ、神野の部屋の前に居たのは、爆弾処理担当の三班を率いる朝倉だった。
朝倉を含む三班の隊員は爆撃に巻き込まれたのか、意識を失っているものが多かった。そして、そこに三班の隊員全ては揃っていなかった。
「朝倉大丈夫か?」
「……」
朝倉を含め、誰からも返事は返ってこなかった。
「櫻井さん。俺が此処に来たのは、今回の事件の犯人を教えるためです。そして、この爆弾はそいつが仕掛けた物でしょう」
「まあ、そうだろうな。でも、ーーが犯人だとして、動機は何だ?」
「あの事件でしょうね。母親という恐怖の対象を消そうとしているんでしょう。ただ、母親でも虐待をしている母親限定で殺しているんでしょうね。そうしないと母親を殺す理由がないですから」
「それはよく分かった。ところで今ーーはどこに居るんだ?」
「それがですね、西坂さんが室町に狙われないよう、どこかに匿っているんです。その場所が……」
櫻井はあることに気付いた。神野の部屋に西坂は居なかったのだ。
「桜木、西坂がいない」
「なんてこった。これはマズイ状況かも知れないです」
「どういうことだ?」
「西坂ーーが西坂さんを殺そうとしているんでしょ。ーーは西坂さんをこの世から消すつもりですよ」
「まさか。今そんなことすれば、益々疑われるだろ」
「でも、それを殺人にするとすれば……」
桜木は櫻井と話をしながらも、駐車場に停めた警察車両に乗りこんだ。桜木が乗った車両は猛スピードでそこから立ち去った。
櫻井は桜木の後をついていくことしか出来なかった。
しばらく走っていると桜木から自分に電話が掛かってきた。
「西坂さんがあいつを匿っている場所が分かったんです」
「何処なんだ?」
「西坂さんは……に……を……っていると……す。だから、今から……ます」
急に電波の入りが悪くなり、桜木が言っている言葉を拾うことが出来なかった。ただ、拾えた言葉も同じように、その物事から相手の考えを理解できた。
先ほどから電波が入らないのか、途切れ途切れに言葉が耳に入ってくる
重要なところが聞き取れないまま、櫻井は桜木を見失った。
一車線の道路な為、並走が出来ないまま信号に捕まった。いくら警察で緊急事態と言えども、信号無視などの行為を犯すわけにはいかなかった。
その頃、桜木は西坂の家へと急いでいた。
…………
だって……と言った佳菜の背後には室町が立っていた。体調が優れないのか、顔は真っ青だった。しかし、その右手には今まで殺人に使ってきたであろう、赤黒く褐色した血がこべりついている包丁が握られていた。
「佳菜……」
「さすが、あなた。初めから室町さんは人を殺してないの。だって……」
室町の包丁を握る手は、止まることなく震えていた。その震えは、人を殺したことのない人間にしか起こらない筈の事象だった。
「……」
「それにしても、鋭すぎて困るのよね。でも、ここまでは辿り着かなかったんじゃない。室町が私の妹だって。みてよ、化粧もしてないのに私と瓜二つ、双子でもないのにね。そう思わない、雪乃?」
かつて連続殺人犯と疑われていた室町は佳菜の妹で、実際の犯人は佳菜だった。雪乃と呼ばれた彼女は、それが自分を指す言葉だと気付かなかった。しかし、身体だけは反応したのか、小刻みに震えていた。
「雪乃?」
佳菜は優しい口調で雪乃に呼びかけた。まるで泣いている妹を慰める姉のようだった。実際、佳菜は雪乃の姉であることに間違いは無かった。
「お姉ちゃん……。私は……どうしたらいいの?」
佳菜は溜め息を吐きながら、雪乃の右手に自分の手を重ねて声を掛けた。
「どうしたらいいかって、そのくらい分かるでしょ雪乃。だって、西坂さんを殺せばいいだけの話なんだから、ねっ」
無垢な少女のように佳菜は笑っていた。
佳菜の発した言葉は殺人を意味していたが、その話し方は人を殺したことのない、いや人を殺してみたいと思う思考を持つ少女の幼さが残っていた。
「うん、お姉ちゃんが言ってることは分かるよ。でも……」
そこには室町と名乗っていた、そう呼ばれていた女性はいなかった。雪乃は既に自分の自我を奪い返していた。
そして、雪乃に戻った彼女の頰には涙が伝り、床に膝を落としていた。涙を拭ったその手が、外から入る微かな光に反射して周りの景色を小さく映し出していた。
「そっか、雪乃……あんたはもう解放されたのね……」
何人もの人を殺し、それを見てきた佳菜の瞳には蝋燭の灯火が映っていなかった。
瞳孔に映るのは、西坂と雪乃。そして、その瞳は西坂と雪乃の全てを見通していた。
西坂は身体中を得体の知れない何者かに這いずり回られている感覚に襲われた。
「お姉ちゃん、私は人を殺したことはないし、これからも殺さないよ」
雪乃の目はまだ死んでいなかった。全てを受け入れて生きていく、そんな未来を見つめて歩んでいく目をしていた。
「雪乃、私の言うことが聞けないというの。なら雪乃、あんたも始末しなきゃいけないね。だってそうよね?」
「お姉ちゃん……?」
佳菜は雪乃から凶器を奪い、喉元に突きつけた。力が入っていなかった雪乃の手からはあっさりと凶器が奪われた。凶器を持っていた手は床に花開いていた。
気付けば西坂は佳菜に向かっていた。いや、雪乃を助けたかっただけなのかも知れない。
殴られた場所が悲鳴をあげ、一歩踏み出す度に痛みは増していくばかりだったが、佳菜の強行を止める為に身体の反応を無視して、脳からの指令で無理やり身体中を動かしていた。
「やめるんだ佳菜。雪乃ちゃんは悪くないよ。俺が悪かったんだ。俺があの時に気付いていれば……」
「近づかないで……あなた。そうよ、でも、あなたはまだ気付いてないよ。ちゃんと考えてみてよ……」
佳菜に近づいた時にようやく気付いた。
雪乃の喉元には血が伝い、白いワンピースを汚していることに。
そして、雪乃が呼吸をする度に傷口が深いのか大量の血が吹き出し、壁に弧を描いていた。
西坂が驚いた表情を見せると、佳菜の涙腺から涙が流れていた。
「そっか、あなたは優しすぎるよ。でもね、私が雪乃のせいでどれだけ苦しんだか知らないのよね。雪乃のせいで……」
佳菜は雪乃から凶器を手放し、そして、雪乃を突き飛ばし逃走した。
雪乃を受け止めた西坂は、そのまま倒れるように床に叩きつけられた。
「雪乃ちゃん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。それよりもお姉ちゃんを……」
「そうだね。でも、雪乃ちゃんの手当てが先だよ。それに……」
いきなり玄関が開く音が家の中を駆け抜けた。
佳菜が逃走したのは窓からであって、玄関からではなかった。一階建ての平屋であったこの家は、地面までの高さがないため佳菜は窓から身を消した。
西坂たちはもう動く気力も残っていなかった。雪乃の喉元から流れ出る血の量は減っていたが、雪乃の顔色は悪くなっていっていた。
コツコツと床を蹴りつける音が西坂たちに近づいてきた。
西坂たちの目の前でその足音は鳴り止んだ。既に顔を上げるのも苦痛の西坂たちは、床に転がっていた。
「西坂さん、大丈夫ですか? ーーちゃんも……」
「遅かったな桜木。それよりも雪乃ちゃんを病院に連れていってくれないか?」
雪乃は完全に気を失っていた。
桜木は雪乃を抱え上げ、西坂には肩を貸していた。
「悪いな……」
「いいですよ、気にしないでください。でも、まだ気付いてないんですね西坂さんは」
「ん? 桜木何か言ったか?」
「いえ、独り言です……」
桜木の計らいによって、西坂が勤務する交番に美月と院長を呼び、二人に西坂と雪乃の手当てをさせた。
西坂が署長を務めるこの交番は駅前にあり、人通りが多い場所だった。その立地条件から交番付近で事件は起きたことがなかった。ただ、交番の裏手には人通りの少ない細道が入り組んでいた。
しかし、一度もその盲点をついた事件もおきていなかった。
交番は西坂と桜木の二人体制で構成されていた。事件が稀にしか起きないほど平和な町だから出来た体制だった。
西坂は雪乃の手当てを優先させ、奥のベッドで横になっていた。
雪乃の容態は良くないのか、美月と院長がバタバタと足音を立てていた。その余りの音に違和感を覚えた西坂は、雪乃の容態を見るためにベッドから降りた。
雪乃は入り口付近のソファーに寝かされ手当てされていた。
交番の扉は施錠され、外から中が覗けないよう布で作った即席のカーテンで覆われていた。
「西坂さん、もう少し待ってくださいね」
「ああ、雪乃ちゃんのこと頼んだよ、美月ちゃん。じゃあ、終わったら教えて」
「はい、終わったら声掛けますね」
西坂は再び奥のベッドで横になった。
身体から痛みは引いたが、精神的に参っていた。未だ佳菜が連続殺人犯だと信じたくはないが、あの言葉に嘘偽りはなかった。佳菜は嘘を吐くのが下手だった。嘘を吐く時はいつも、口角が少し上がり、目を細める。西坂に向けたあの言葉たちは事実だった。
「西坂さん、身体大丈夫ですか?」
「ああ、だいぶ楽になったよ。ところで桜木、あの厳重な防御はなんだ?」
「その前に西坂さん、携帯貸してもらえますか?」
桜木は西坂から携帯を受け取ると、中に入っていたSIMカードを真っ二つに折った。
「すみません。まだ上には俺たちが此処に居ることは知られてないと思いますがそれも時間の問題です。だから、念のため施錠と、外からの視界を遮って起きました」
「そっか……」
「西坂さん、本当はもう気づいてるんですよね?」
「そうだな……。桜木、お前も気づいてるんだよな?」
「はい。やっぱりあの時から二人は……」
桜木がその先を言おうとした時、美月が西坂に声を掛けた。
「雪乃さんの手当て終わりましたよ。とりあえず応急処置は施しましたが、予断を許さない状態ですね。あと少しズレてたら命はなかったです」
「そっか、ありがとな、美月ちゃん。あ、俺はもういいから、美月ちゃんも休んで」
「分かりました」
そう言った美月も佳菜と同じように口角が少し上がっていた。
美月は雪乃がいる方に戻っていった。
「見たか桜木?」
「見ました。美月ちゃん調べてみないといけないですかね?」
「そうだな。変な詮索はしないほうがいいと思うが、今のは佳菜と同じ口角の上がりだったな」
「そうですね。調べてみましょう」
そう言って桜木は裏口から暗闇へと消えていった。
「桜木……。お前も辿り着いんたんだな、真実に」
西坂さんは深くため息を吐いた。
煙草の煙が風になびいてた。
「西坂さんをこれ以上巻き込むわけにはいかない……。それに、あいつだけは西坂さんと佳菜ちゃんから遠ざけないと。俺一人で雪乃を捕まえないと……」
煙の行方が変わった。
桜木は交番近くのバス停で煙草を吸っていた。扉で密閉されたバス停は、非喫煙者からすれば喫煙者を目の敵にする場所だったが、このバス停の利用客は少なく、その匂いを気にする非喫煙者もいなかった。
扉が開いたことで煙の行方が変わったのだ。
「私を捕まえるって? そんなことできるのかな。さ・く・ら・ぎ・さん」
桜木の背筋に悪寒が走った。
灰皿はバス停の入り口に人が背を向けるように置かれていた。
気づいた時には既に背後を取られていた。
「佳菜……」
後ろに振り向きたいが、体が凍ったように動かなかった。
「あれ、桜木さん? 私は雪乃だよ。さっき自分で言ってたじゃない、私を捕まえるって。もう忘れたの?」
「別に忘れてなんかない。それよりもいいのか、自分が雪乃だって認めて?」
「そうだね……。でも、もう西坂さんにも、桜木さんにも正体がバレているからね。もう隠さなくてもいいかな」
桜木は自分が失言したことに気付いた。西坂が佳菜を雪乃だと気付いることを言えば、雪乃は西坂に何をするか分からない。
「それで、私を捕まえるの?」
「いや、まだ捕まえない。お前にはもう少し自由にしてもらわないとな」
「へえ、そうするんだね。じゃあ、私も今日は諦めようかな。でも桜木さん、あなたは私たちの秘密を知ったんだから……残りの命を大切にするんだよ。話ができて良かったよ、桜木さん。じゃあね」
雪乃は終始笑っていた。その笑っている顔が、桜木に恐怖を与えていた。
雪乃が立ち去ると、再び煙の行方が変わった。
一服終わる頃、桜木の脳裏を恐怖の戦慄が駆け抜けた。
「やっぱりおかしいぞ。なんで雪乃が俺の事を知ってるんだ。まさか……。あの場所に美月が居るってことは……。俺はなんて失態をしたんだ」
桜木は急いで交番へ駆け込んだ。
「うっ……」
何処かから悲痛の声が聞こえてきた。
その声で西坂さんは目を覚ました。横になっているうちに眠ってしまっていた。
ベッドから飛び降り表へ歩み出そうとしたその時、西坂に近づく足音が二つ響いてきた。
一つは美月の上履きが擦れる音、もう一つは……医療現場では殆ど聞くことのない革靴が床を蹴る音だった。
「佳菜……」
美月の首元にはあのとき雪乃が持っていた凶器が突き付けられていた。
「にしさかさ……」
「誰が喋っていいって言ったかなあ? 美月ちゃん、もう少し自分の置かれてる状況を理解してほしいかなあ。殺してもいいんだよ?」
美月から刃物が離れることはなかった。そのまま西坂の目の前まで佳菜たちは歩いてきた。
下手に口元を動かすと首元に突き付けられた凶器が刺さるのか、美月は口を半開きにしたまま操られているかのように動かなかった。
慎重に呼吸を繰り返しながら、佳菜の動きを探っているようにも見えた。幸い看護師という職業が功をそうし雪乃のようになることは免れたが、それでも危機的状況に置かれていることには違いなかった。
「お前は何がしたいんだ? あのまま逃げていれば良かったのに」
「それは私の事を考えての言葉なの? それとも美月ちゃんに向けての言葉なの? それとも佳菜に向けた言葉なの?」
佳菜は話ながらも西坂の目の前を通り越し裏口から姿を暗闇へと消していた。
完全に佳菜が裏口から見えなくなる前に、西坂は交番に響くほどの声で言った。
「俺は雪乃に言ったんだ。あの時に俺が間違えなければ良かったんだよ。今更何もかも変えられないけど、俺は雪乃と過ごした日々が幸せだったんだ。それだけは忘れないでくれ」
暗闇の中から佳菜の声がこだました。
「ありがとう、あなた。こんな雪乃でもまた会ってくれる?」
「当たり前だ。佳菜ちゃんが目覚めたら全ての事象を正しておくから。多分受け入れられないとは思うけど、このまま二人が自分を偽り続けて苦痛な日々を送るよりはいいと思う。だから、また会えるよな?」
何処まで雪乃に聞こえていたかは西坂に分からなかったが、何故か雪乃にちゃんと届いている気がした。
雪乃と美月が姿を消した直後、一通のメールが西坂に届いた。
本当にありがとう、あなた。私もあなたと過ごした日々がとっても幸せだった。こんな人殺しに幸せがあっていいのかなぁっても思ったんだよ。でも、本当に幸せだったんだ。だから、私の安全が確認できるまで美月ちゃんは預かっておくね。だって、またあなたに会わないといけないもん。今度は雪乃として会いにいけるかな? 佳菜は傷つかないかな? 色んな事が心配で……。……またね、あなた。
「そろそろ喋ってもいいかなあ?」
助手席に乗せられた美月は雪乃に問いかけた。
既に美月の喉元に凶器は無かった。交番を出た直後に、雪乃は美月から凶器を遠のかせ腰のナイフケースにしまっていた。
「いいけどさ……美月ちゃんは私たちの何を知ってるの? あなた只の看護師じゃないよね」
雪乃はもう町から姿を消す気は無いのか、律儀に信号が変わるのを待っていた。
美月は分かっていた。自分が持っているピースを表へ出せば、全てが解決することを。でも、今はただ雪乃の話に乗る事にした。
「何のことですか? でもね、雪乃さん。そろそろ決着をつけないと、西坂さんは全て知ってるんだよ。まだ逃げるの? 別に捕まれって言ってる訳じゃないよ。ただ自分がした殺人を認めて、また昔のように西坂さんに守って貰ったらいいじゃないの?」
「うん、分かってはいるんだけどね。でもね、一緒にいる時間が長すぎたんだよね、幸せをたくさんもらったんだ。だから……今はまだ捕まりたくない。せめて、佳菜が全てを受け入れてからじゃないと西坂さんに捕まえてもらいたくないんだ」
美月は雪乃の心境に足を踏み入れた。
逃げるのではなく雪乃を利用しようと考えた。
「だったら佳菜さんを殺せば? 自分は二人もいらないし、佳菜さんを殺せば雪乃さんが佳菜として生きられるんだよ」
「あなたが何を考えてるかは分からないけど、私は人を平気で殺せる人間じゃないのよ。ましてや、私のは大切な人なんだから」
雪乃は再び美月の喉元に凶器を突き付けた。
しかし、それに動じることなく美月は喋り続けた。
「そっか、それならそれでいいんじゃない。ただ、雪乃さんが凶器を向けてるのが自分とどういう関係なのか知った方がいいよ。本当は気づいてるんでしょ。だってあなたは母親を殺……」
「それ以上言うな! それになんなの、あんたとの関係って? そんなもの知らない」
「そっか、じゃあさ雪乃さんはいつから佳菜さんが今回の事件に関わってると思ったの?」
……雪乃は何も言えなかった。
「いいよ、教えてあげる。今回の連続殺人犯が誰なのか」
「本当にそれ以上言うな」
「何を勘違いしているの。今回の犯人は私だよ。そして、西坂さんが最初に解決した事件の犯人は佳菜お姉ちゃん。雪姉は佳菜お姉ちゃんの罪を被ったんだね。まあ、自分が母親の虐待に耐えきれなくて、自分たちが入れ替わるように仕組んだら、それに耐えられなくて佳菜お姉ちゃんがお母さんを殺しちゃったのは誤算だったね」
「美月ちゃん……?」
「もう分かってるんでしょ。雪姉は今まで人を殺したことないんだから。それに、佳菜お姉ちゃんも自分の母親しか殺したことないんだから」
「え、お姉ちゃんってどういうこと?」
「そっか、知らないんだね。佳菜お姉ちゃんは知ってるけどね、私と雪乃さん、佳菜さんは姉妹なんだよ。まあ、知ってるのは佳菜お姉ちゃんだけなんだけどね」
「そうだったんだ……。でも、いきなり言うから驚いたよ。じゃあ、美月ちゃんが母親たちを殺してたんだね。でも、なんでなの?」
それはね……
雪乃が裏口から逃げた後、西坂は悲痛の声を聞いたのを思い出した。
佳菜たちの方へ足を運ばせた。
雪乃は佳菜には手を出さなかったのか、幸せそうに眠っていた。その表情に苦痛は感じられなかった。
しかし、応急処置をしていた院長はその隣で苦痛を味わっていた。
西坂が歩み寄ると、それに気付いたのか無理上がり立ち上がろうとした。
立ち上がれなかった院長は、西坂に寄りかかるようにして倒れた。
なんとか、西坂に受け止められて床に頭を打ち付けられるのは避けられたが、脚からは血が溢れていた。
「けんちゃん大丈夫?」
西坂はすぐに苦痛の根先が分かった。院長の左脚には手術用のメスが突き刺さっていた。
メスを伝い溢れ出る血は、床に血だまりを作り、瞬く間に赤く染めあげていった。
「ああ、大丈夫。それよりもすまないな。ゆうちゃん……逃してしまって」
「いいんだ。それに、どうせ逃げられてたさ」
「そっか。それにしても佳菜ちゃんは正面から入ってきたんだよな。美月ちゃんに戸締りを頼んでた筈なのにな。なんでだろうな?」
「美月ちゃんが……。それにしても久し振りだな、お互いこうやって呼び合うのも。まあ、お互い忙しかったんだから仕方ないか。それよりも、まずは手当しないとな」
「ありがとな、ゆうちゃん。これじゃあ、どっちが手当しに来たか分からないよな」
「気にするな……」
院長の手当を終えた西坂は桜木に電話を掛けようとした。
「西坂さん……。すみません、俺がしっかりしていれば……」
その時、桜木が駆け込んで来た。
息を切らしながら桜木は謝っていた。
「お前も気にするな。俺は全部分かってるから……。でも、今回の犯人は雪乃、いや佳菜じゃないだよな……」
「え、どういうことですか?」
桜木が聞き返した時、佳菜は院長の手当をし始めた。西坂の手当では血を一時的に止めることしか出来なかったのだ。
「桜木さん、西坂さん、話したい事があるの」
「ああ、佳菜ちゃん聞かせてくれないか」
西坂たちはソファーや椅子に腰を掛けた。
「まずは私の自己紹介からかな。室町佳菜、それが私の名前。そして、室町雪乃が私の妹」
「ああ、そうだな。でも、本当はもう一人妹がいるんじゃないか?」
「うん、そうだよ。そして、今回の連続殺人事件の真犯人である、私と雪乃の妹、室町美月。そう、あの喜多村美月が今回の真犯人なの。私は、あの事件の時に妹入れ替わったの。初めは雪乃が虐待されてたの、それを雪乃が嫌かってね、私が雪乃として生きる事にしたの。なにより、顔が似てたからね。でも、ある時にバレちゃったのね。それで雪乃がお母さんを殺しちゃってね、うん、あの事件の時なんだけどね」
佳菜は一息吐きながら、ゆっくりと、しかし力強く話した。
「美月ちゃんの事を雪乃は知らないんだな」
「うん、あの子は知らないよ。だから、初めは私が犯人じゃないかって聞いてきたわ。でよ、私は犯人じゃないって言ってけど、その後も事件が続いたから、あの子は私を庇おうとしてくれたんだね。今は美月と一緒に雪乃はいるんだよね?」
「やばい、早くあいつらを捜さないと。美月が雪乃を犯人に仕立て上げてしまう……」
桜木は気が動転していた。自分があの事件の時に犯した過ちを利用されそうになっていたからだ。
あまりの動転振りに西坂は違和感を覚えた。
「やっぱり、西坂さんは知らないんだね。桜木さんは私たちのお父さん。若く見えるけど西坂さんよりも十年くらい長く生きてるからね」
「桜木……?」
「西坂さん、すみません。俺があの事件の時に、まだ産まれて間も無い美月を事件の関係者にしないため戸籍を取らなかったんです。役場に申請したのはしたんですが、事象を説明して本格的に申請したのはほとぼりが冷めてからなんです」
「そうだったんか」
「西坂さん、お父さん。あの子たちを、いや、美月を止めに行かないと」
「ああ、そうだな。悪いなけんちゃん一人にするけど、しばらく辛抱しててくれ。すぐに戻ってくるからな」
「分かった。ゆっくりしてこい。その代わり、ちゃんとした姉妹に戻してやるんだぞ」
「……」
西坂たちは無言で交番を飛び出し、桜木が乗ってきた黒の乗用車に乗り込んだ。
「ゆうちゃんはいつもそうだったな。自分で出来る時は何も言わずに飛び出していってたな」
院長は少しソファーに横になった。
西坂たちは町の中を猛スピードで走り回っていた。
「そんな……。じゃあ、初めから全て分かってたのね。あの面会の時から……」
西坂たちが佳菜から真実を聞いた時、雪乃も美月から事件の真相を聞かされていた。
雪乃が佳菜の振りをして室町雪乃に会いに行った時、美月は雪乃から自分が犯人だよねと言われていた。それを逆手に取った美月は、佳菜が室町雪乃を殺し、雪乃が本当の佳菜になることを心から望んだ。
「そうだよ、あの面会の時に雪姉が佳菜お姉ちゃんを殺してくれるのを期待したんだけどね。佳菜お姉ちゃんは私が犯人だって気付いてたからね。それに雪姉が佳菜お姉ちゃんを殺そうとしたのは、佳菜お姉ちゃんを殺せば自分が本当の佳菜になれるもんね」
「美月の言う通りだよ。私は妹を殺して、本当の佳菜になろうとした……。佳菜が連続殺人事件の被害者になって入院してるのを知ってチャンスは今しかないって思った」
雪乃は泣いていた。涙が頰を伝っていた。ズボンに涙の雫が跡を作っていた。
「雪姉は佳菜お姉ちゃんが被害に遭った時、思ったんだよね。佳菜お姉ちゃんが人を殺しているんじゃないかって。だから雪姉は佳菜お姉ちゃんを庇って自分が犯人になろうとしたんだよね。だってそうしないと、自分が佳菜じゃないってバレるもんね」
「うん。だから、私は佳菜として罪を全て背負おうとした。だけどね、自分が犯人じゃないってのは分かってるし、佳菜を見てると私が入れ替わってって言った言葉がまだ残ってる気がしなかった。だって、佳菜の凶器を握る手は震えてたんだよ。それでやっと気付いた。犯人は別にいるって……」
「そうだよね……」
雪乃は視界の妨げとなっている涙が止まるまで車を停めようと路肩に寄せた。
その動きを見逃さなかった美月は、雪乃の腰にあったケースから凶器を奪った。
「美月……?」
雪乃の首元には凶器が突き付けられていた。
「雪姉、死んでくれない? だってそうでしょ、雪姉が死んでくれれば今回の連続殺人犯が自殺したことになるんだよ。そうなれば全て解決じゃない? 雪姉の振りをしてる佳菜お姉ちゃんは佳菜に戻れるんだよ。事件だけじゃなくて、お姉ちゃんたちの問題も解決するんだよ。それに、私が犯人だって知ってるのは、ううん、お姉ちゃんたちの妹だって知ってるのは佳菜お姉ちゃんだけになるんだのね」
「美月……。あんたは私だけじゃなくて佳菜まで殺すつもりなの?」
「いや、佳菜お姉ちゃんは殺さないよ。だってお姉ちゃんは誰にも喋らないもん」
「なんでそんな事が言えるの。佳菜は多分、あの人に全部話すよ。それに桜木さんはあなたの事知ってるでしょ」
美月は笑っていた。
「あの人たちが真実を知ったって、警察は信じないと思うよ。まず証拠がないからね」
美月は凶器を握る手の力を強めた。
「うっ……」
雪乃は悲痛の声をあげた。
その時だった、雪乃が停めた車の後ろに一台の車が続いて停まった。
美月は雪乃を殺すことにしか意識を向けていないのか、後ろについて停まった車に気付いていなかった。
交番から車を飛ばしていると、路肩に駐車をする車が見えた。
西坂はその車に見覚えがあった。
「あれは雪乃の車だ」
西坂は車を雪乃の車を後ろにつけた。
西坂たちは慎重に車から降り、助手席の方に廻った。
「美月ちゃん。やっぱり……」
「俺のせいで……」
西坂と桜木は項垂れていた。溜息を吐き、自分が気付かなかった、止めなかった、過去の事を引きずっていた。
過去を引きずって前へと進めない、西坂たちに呆れた佳菜は助手席を開けた。
「あんたね、自分のしてることがどんな事なのか分かってるの」
美月の首元には凶器が突き付けられていた。赤い絵の具がこべりついた凶器は、かつての雪乃が佳菜を刺す時に使った果物ナイフだった。
「佳菜お姉ちゃん……?」
「これ以上、雪乃を傷つけたらたとえあんたでも殺すよ」
美月は雪乃から凶器を遠のかせた。しかし、次のその凶器が捉えたのは佳菜だった。
「ごめん、佳菜お姉ちゃん」
美月は佳菜の腹部を刺し、凶器を残したまま走り去って行った。
「佳菜ちゃん……。おい、佳菜ちゃん。大……大丈夫か? 桜木、救急車だ」
「もう、呼んでるよ。なんでなんだ美月……」
「佳菜、ごめんね。全部私のせいだ。佳菜が犯人じゃないのを知ってたのに、佳菜を犯人に仕立て上げようとしたからだ……」
「今はそんな事言ってる時じゃないだろ。佳菜ちゃん……もう少し我慢してくれ」
西坂たちは救急車の到着を待った。
佳菜の腹部からとめどなく溢れ出る血を少しでも止めようと、佳菜の首元に巻かれていた包帯を取り、腹部をきつく圧迫した。
しばらくして救急車に運ばれた佳菜の後を西坂たちは追った。
集中治療室に運ばれた佳菜が無事に生きてるよう祈る事しか西坂たちには出来なかった。
待合室には重く黒い重圧がのしかかっていた。長く息苦しい沈黙を破ったのは雪乃だった。
「これからどうするの? あな……西坂さんも分かってるんでしょ。美月が証拠を残してないこと。それに西坂さんは佳菜が犯人だって言ってるんだよね。証拠もないのに、どうやって佳菜の無罪を証明するの?」
「そうだな……。それに桜木の心は当分傷んでるだろうからな。美月をどうやって捕まえるか、だよな……」
桜木は集中治療室の前を歩き廻っていた。
「西坂さん、私も美月を捕まえるのに協力します。こんなことで、佳菜と西坂さんの過去の精算が出来るとは思わないけど、それでも私は佳菜と西坂さんの心を傷つけたことに変わらない……」
西坂は雪乃の肩に手を置いて言った。
「雪乃。俺は雪乃と過ごした日々が楽しかったよ。だからさ、今更西坂さんなんて言わないでくれよ。今まで通り読んでくれないか?」
「いいの?」
「ああ、いいんだ」
集中治療室の使用中を照らす電気が消えた。
中から執刀医の先生が出てきた。
「命は繋がりました。ただ、しばらくは安静にしておかないと、いけません。なので、このまま病室で入院していただくことになりますがよろしいですか?」
「ああ、そうしてくれ。ただ、その子の周りに警官がつくことになるが、いいですか?」
「ええ、うちは気にしません。なんせ、ゆうちゃんの頼みだからな」
そう言って、院長は強く西坂を見つめていた。
「けんちゃん……」
「ああ、あれからな加藤警視に頼んで、佳菜ちゃんから聞いた事を全て話したんだ。そうしたら、加藤警視は全て信じてくれたよ。よっぽど信頼されてるんだなゆうちゃんは」
「ホントか?」
「ああ、ホントだ。今、警視庁が美月ちゃんを血眼になって捜してると思うよ」
「ありがとう、けんちゃん」
「ありがとうはまだ早いんじゃないか。ゆうちゃんたちも美月を捕まえに行かなくていいのか?」
「いや、行ってくるよ。佳菜ちゃんの事頼んだよ。それに桜木は此処に残していくから、そいつの事も頼んだ」
「ああ、頼まれた。行ってこい、ゆうちゃん」
西坂と雪乃は病室から飛び出て行った。
「また、あいつから言葉が返ってこなかったか。じゃあ、大丈夫だよな。お前は自分が出来ない時以外は黙って行くんだから」
西坂は助手席に雪乃を乗せて、美月を捜していた。
「ねぇ、あなた。本当に私が雪乃であっても見てくれる? 佳菜もちゃんと……」
「当たり前だ。俺は雪乃も佳菜ちゃんも両方家族として受け入れてやる。だから、今は美月を追おう」
「……ありがとう」
雪乃の頰には再び涙が伝っていた。
西坂たちは加藤の元へと向かっていた。
息を切らしながら、陽が沈む夜の町を美月は駆け抜けていた。
「止まれ美月。いや室町美月か、それとも桜木美月と言った方がいいのかな?」
桜木と言った声に反応して、後ろを振り返った。
「私は室町美月じゃない、喜多村美月でもない、ましてや桜木美月じゃない。私たちを捨てたお父さんの名前を名乗るなんて、呼ばれるなんて一生ごめんよ」
そこで漸く自分を追いかけていた相手が目に入った。
街灯の光に照らされ始めた櫻井の顔は上手く美月には見えなかった。
「それじゃあ、喜多村美月。お前を連続殺人事件の犯人として逮捕する。諦めてこっちに来るんだ」
櫻井は手錠を空を切るように回していた。
「いやよ、私はまだ人を殺さないといけないの。母親なんて自分の子供を何とも思ってないのよ」
「そんなことない。桜木はお前たちを母親の虐待から護ろうとしてたんだ。ただ桜木は仕事を優先してしまったんだ」
「だからよ、あの事件の後に父親として私たちを事件の加害者にも被害者にもしない為に、私は喜多村さんちに預けられたわ。途中までは佳菜お姉ちゃんも一緒だった。でもそれって自分への罪滅ぼしだよね。私たちは別に被害者であって、加害者でもあったって事実を言われても良かった。変に隠されるよりはね」
「……」
「西坂、櫻井が美月を見つけたそうだ」
「分かった。ありがとう俊樹」
「お礼はいいから早く事件を終わらせてこい」
「そうだな」
西坂たちは櫻井の元へと向かっていた。
加藤から伝えられた場所へ行くと、美月と櫻井が話しているのが聞こえてきた。
「美月ちゃん……」
「西坂さん? どうして此処に居るの、佳菜お姉ちゃんは?」
美月は自分が犯した事に疑問を投げかけた。
「何を言ってるんだ? お前が佳菜を刺したんだろ?」
「私は佳菜お姉ちゃんに刃物を向けたりなんかしないよ。何かの間違えじゃないの?」
美月は本気で否定していた。それは嘘をついて言えるような口調ではなかった。
「……」
西坂は何も言えなかった。
美月とは昔から遊び相手として、一緒に過ごしてきた。美月の性格はよく知っているつもりだった。嘘を平気でつくような真似を美月はしなかった。むしろ、美月は嘘をつく人間を嫌っていた。
「分かった。私が殺人犯として捕まればいいのね。だけど、私を……まあ、いいわ」
「美月ちゃん……」
櫻井は美月に近づき手錠をかけた。抵抗することもなく、あっさりと手錠をかけられた美月は、櫻井が乗ってきた車に乗せられ警察署へと運ばれて行った。
西坂は雪乃を連れて、病院へと戻った。
数週間後、佳菜は日常生活ができるまでに回復していた。もともと、傷口は深かったが治療が速やかに、そして的確に行われてた為、すぐに回復の兆しを見せ始めていた。
そして、加藤の取り計らいにより、西坂は雪乃と佳菜を自宅で生活させていた。
一方、何日も取り調べを受けていた美月だったが、証拠不十分の為あっという間に釈放された。警察はすべての事件現場から指紋や遺留物を採取し持ち帰ったが、証拠となり得るものは一つも出なかった。
釈放されてから美月は姿を現さなくなった。既に健ヶ崎区からは立ち去ったのかもしれないと、美月に関わった人たちは思った。
しかし、美月は着々と次の母親を殺害する準備を始めていた。
母親のターゲットは、虐待をする者も含めすべての母親へと変わっていた……
「そろそろ頃合いかな……」
不敵な笑みを浮かべ、美月は自分が指定した待ち合わせ場所へと歩み始めた。
朝、目が覚めた時には西坂の目の前から佳菜と雪乃は姿を消していた。
代わりにテーブルには一枚の紙切れが置かれていた。
あなたへ
私たちは妹がやろうとしていることに決着をつけてきます。あの子は私たちを母親殺しに誘いました。でも、本当は自分たちが母親を殺した事が誤りだった。だから、私と佳菜はあの子を子供の時のように、殺人という手段で終わらせます。
雪乃、佳菜
手紙を読み終えると同時に西坂は走り出していた。身なりも整わず、靴も履かずに飛びしてきた西坂の身体は走る度に傷ついていった。
「どうして何も言わなかったんだ」
夢中になって、目の前の障害を振りほどいて、漸く気づいた。自分がどこに向かってるのかを……。目的もなく走っている自分がアホらしくなって呆れてきた。
「でも、美月が雪乃と佳菜に待ち合わせ場所を指定したんなら、あそこしかないよな」
美月が再び姿を現すとすれば、それはかつて自分が生活した場所。それも姉たちと短い間でも過ごした場所。
西坂は桜木家を目指した。
雪乃に寄り添うように佳菜は隣を歩いていた。お揃いのワンピースを二人してなびかせながら桜木家の前で美月が来るのを待っていた。
「佳菜、あの人は此処に来るかな? 私たちはこれから初めて人を手にかけるんだよね? あの人は許してくれないだろうけど、これ以上あの子が人を殺すの見過ごせないよね」
「そうだね。あの人は此処に来るよ。だってあなたを救って、そして、あなたが愛した人だもの。美月は姉である私たちが止めないと。ううん、止めるだけじゃ歯止めが効かないと思う。証拠不十分で一度釈放されてるんだから……私たちがあの子を殺めることで、あの子は救われると信じてもいいんだよね?」
「いい訳がないだろ」
家の中から自分たちにとって、最も近くにいて欲しかった親が出てきた。
桜木は殺人犯である美月を殺めることを否定した。自分の娘たちである前に一人の人間として、彼女たちをみていた。
「美月は確かに殺人犯だと俺も思う。でも、お前たちが美月を殺める必要はないだろう。警察の力を信じてくれ。例え俺を信じなくても……あの人の事だけは信じてくれ」
それは自分が事件を解決するのではなく、西坂に美月を捕まえて欲しいという、もはや自分にはどうにもできないという意味だと佳菜と雪乃は受け取った。
ただ、桜木が本当に伝えたかったことを、すぐに佳菜と雪乃は目の当たりにした。
桜木の手首からは血が溢れ出ていた。ドクドクととめどなく流れ出る鮮血は、家の中から続いていた。
「まさか……。佳菜、お父さんの手当てをしてあげて……」
「うん。雪乃……気をつけてね」
「……そうだね」
雪乃は家の中から続いていた血の跡に沿って、桜木が血を流している理由を知ろうとした。
ただ、血の跡に沿って歩みを進める度、雪乃はこの事件に終止符がうたれている気がしてならなかった。血の跡の終わりに辿りついた雪乃は、自分が想像していた嫌な予感が的中したことに絶句していた。
「……」
桜木の家に着いた西坂の目に飛び込んできたのは、血溜まりの中で泣いている佳菜だった。
「佳菜ちゃん。何があったんだ?」
「……」
佳菜は何も答えなかった。
ただ、家の中から続いている血をみて西坂は悟った。
「そっか、間に合わなかったんだな」
「うん、間に合わなかったんだよ、あなた。それに私も佳菜も……」
家の中から全ての結末を知った雪乃が、泣きながら西坂の胸に飛び込んできた。服がびしゃびしゃに濡れてもなお泣き続ける雪乃の涙を全て受け止めるつもりで、西坂は雪乃をきつく抱きしめた。
「ごめんな。まさか、あいつがこんな形で事件を終わらせるとは思ってなかったんだ。雪乃と佳菜ちゃんが此処で美月と会うって気づいた時に思ったんだ。桜木が美月ちゃんをみすみす見逃して、雪乃たちに会わせることはないって……」
雪乃は涙で濡れた顔で西坂に笑顔を見せた。
「でもね、これで良かったのかも。お父さんが最期に佳菜にね言ったんだって。やっと父親らしいことができたのかなって。どんな形であれ、自分の娘を殺めることはやってはいけないことだけど……。それに、美月を殺めて、さらには自分まで死んじゃうなんて私たちは望んでなかったのに……」
「そうだな……。結局、桜木は美月ちゃんしか救ってあげられなかったんだもんな。……桜木はどこにいるんだ?」
雪乃は玄関から見える一番奥の部屋を指差した。
「お父さんと美月は寄り添うように寝かしてあげたんだ。だって……」
「分かったから、もういいよ。雪乃たちはよくやったよ」
西坂は雪乃が指差した部屋の中へ足を踏み入れた。部屋の真ん中で寄り添うように寝ている美月と桜木を見ていた西坂だったが、違和感を感じていた。
「雪乃、佳菜ちゃん、ちょっと来てくれないか」
外にいる雪乃たちに西坂は声を掛けた。
雪乃と佳菜はすぐに西坂の元へと飛んで来た。
「佳菜ちゃん、救急車を呼んでくれないか?」
「何を言ってるのあなた?」
「そうですよ。何を言ってるんですか?」
西坂は桜木と美月を指差して言った。
「傷口の近くを見てくれないか。佳菜ちゃんが手当ては間に合ってたんだよ。桜木は出血で気を失ってるだけだ。それに、美月ちゃんの手当ては誰もしてないんだろ」
それを聞いた佳菜は携帯をおもむろに取り出し救急車を呼んでいた。
冷静になっていた雪乃には、西坂が言っていることが理解できた。
「なんで早く気づかなかったんだろう……」
「無理もないさ……」
救急車に乗せられて病院へと運ばれた美月と桜木の応急処置はすぐに終わった。
「お父さんの美月ちゃんに対する処置は的確にされていたし、佳菜ちゃんのお父さんに対する処置も的確に行われていたよ」
「すまなかったな」
「気にするな。結局俺がしてあげられたのは人の命を繋ぎ止めることだけだったんだから」
院長は集中治療室へと再び戻って行った。
「良かったのかな? 事件は解決したけど、美月にもお父さんにももう会えなないんだよね」
雪乃と佳菜の頰には涙が伝っていた。
「……。分かった。美月ちゃんも桜木も、俺が救ってやる」
西坂はそう言ってその場に雪乃と佳菜を残して立ち去った。
「ああ、ごめんな。俊樹にお願いがあるんだ」
「分かってるよ。そろそろだと思ってたんだ。桜木はまあ勾留するつもりもないからすぐにでも雪乃ちゃんたちと会えるようにするよ。ただ美月ちゃんは暫く勾留して、更生させるけど、それでいいよな?」
「本当にすまないな……」
「いや、今回は俺たち警察の不祥事でもあるからな。それに終止符を打ったのはお前たちだからな。実を言うとな、俺たちはまだ美月ちゃんが犯人だと言う証拠を見つけられてないんだ」
「……。でも、美月ちゃんは自供してくるよ……」
「そうだな……。すまなかったな、お前をあんな目に合わせて」
「いいんだ。じゃあ、またな」
「ああ、またな」
西坂と加藤の電話に時の流れは止まっていたのか、あまり時間は経過していなかった。
美月と桜木が退院してから二年が経過した。
交番で一人寂しく勤務するようになってた西坂は、平和な町で一日を退屈で持て余していた。美月が自供をし勾留が始まったのが一年半前、結局証拠不十分で更生をする為の施設に入っただけだった。桜木は警察官を辞職した。誰もが桜木の辞職を止める中、西坂だけは桜木が辞職をすることを止めなかった。
桜木は警察官を辞めた後、西坂の家で雪乃と佳菜と暮らしていた。今までの分を埋めるように、進んでいく時間に反発しながらも、過去にできなかったことを娘にしていた。
「ああ、あれから二年が経ったのか……。早いもんだよな。今日は美月ちゃんが帰ってくる日だし、お帰りパーティーでもしようかな」
西坂は静かになった交番で一人呟いた。
「西坂さん、ただいま」
二年ぶりに聞く懐かしい声に西坂は後ろを振り返った。
「おかえり、美月ちゃん」
「もう西坂さんったらびっくりさせようと思ったのに、あんなこと言うからついただいまって言っちゃったじゃない」
「なんか、ごめんな……」
「いや、いいんだけどね。西坂さん、今日もこの町は平和だね」
美月は西坂が見てきた中で一番の笑顔で笑った。
交番は相変わらず静かな場所だったが、西坂の家はより騒がしく、暖かい場所になっていた。
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File1首なしライダー編は完結しました。
※アルファポリス様では、科学的解決を展開します。ホラー解決をお読みになりたい方はカクヨム様で展開するので、そちらも合わせてお読み頂けると幸いです。捜査編終了から1週間後に解決編を展開する予定です。
※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。
【完結】シリアルキラーの話です。基本、この国に入ってこない情報ですから、、、
つじんし
ミステリー
僕は因が見える。
因果関係や因果応報の因だ。
そう、因だけ...
この力から逃れるために日本に来たが、やはりこの国の警察に目をつけられて金のために...
いや、正直に言うとあの日本人の女に利用され、世界中のシリアルキラーを相手にすることになってしまった...
憑代の柩
菱沼あゆ
ミステリー
「お前の顔は整形しておいた。今から、僕の婚約者となって、真犯人を探すんだ」
教会での爆破事件に巻き込まれ。
目が覚めたら、記憶喪失な上に、勝手に整形されていた『私』。
「何もかもお前のせいだ」
そう言う男に逆らえず、彼の婚約者となって、真犯人を探すが。
周りは怪しい人間と霊ばかり――。
ホラー&ミステリー
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