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ジョセフィーヌは丈の短いドレスを選んだ。
アイドルのようなセーラー襟にふわりと膨らんだスカートとハイソックス。アラサーの男がするような恰好じゃないけど、確かに別人になったような気持ちにはなる。
「恭介さんはね、常識に囚われすぎなの。いい人であろうとすることがアナタの足を引っ張っているわ。ここでのアナタは恭介さんじゃない。誰も知らない女の子。自由で気まぐれでなんだってできる。言いたいことを言える、そんな女の子よ」
鏡の中には恭介も知らなかったもう一人の自分が映っている。
強くて逞しい女の子、エリザベス。
「俺はエリザベス」
「そうよ、エリザベスは気高く美しい女の子。殻を打ち破ってごらんなさいよ。それにしても遅いわね。アタシたちを待たせるなんてデイジーったら生意気だわ」
ずいぶん待ってから日永が現れて恭介の恰好を見ると驚いたように無言になった。
「何も言うことないの~?」とジョセフィーヌが向けるとようやく「可愛いが過ぎます」とこぼした。
「でもなんで?」
「アンタに話したいことがあるんだって。口下手な日永くんは下がってデイジーちゃんとバトルよ」
「えっ、どういう?」
「いいからさっさと着替えてきなさい!」
どんっと押されるように引っ込むとメイクに手慣れているのかすぐにデイジーが戻ってきた。
「あ~ん♡ エリザベスぅ♡ 可愛いっ♡ 大好き♡」
切り替えが早い。
えーとー。ここは恭介もそういう言葉使いをするべきか?
いやさすがにそれは無理。
同じような衣装を着てブリブリとくねらせながら恭介の隣に座ると「それでバトルてなあに?」と聞いた。
「寝技?」
「するかっ」
「じゃ~取っ組み合いからのくんずほぐれず乱れまくり?」
「違います」
「じゃ~なに~♡」
うふっとぶりっこポーズをしてみせるけど、その瞳が不安そうに揺れていた。
そりゃそうだよな。わざわざこんな格好をして待っててバトルって言われたら怖いよな。
「こっちきて」と言いながら袖を引いた。
ジョセフィーヌを見るとイケイケと指をさしている。
行先はあの天蓋の中だ。
「やん♡ こんな場所に連れ込むなんて積極的ね」
俺はエリザベス、何でも言える強い女の子。
呪文のように繰り返して息を吸って口を開いた。言うんだ。こんなモヤモヤしたまま一緒にいても楽しくない。
「そーゆーの困るんだよね」
ビシっと指をさしてやるとデイジーはぽかんと口をあけた。何を言われたのかわかっていない顔つきだ。
「そーゆーのって?」
「だからさ、そうやってすぐにエロに持っていこうとするところとか。あなたは慣れてるかもしれないけど俺は男の人とのセックスに慣れてない。だからビビる。あなたさ、自分の凶器把握してる? あんなの突っ込まれるのに勇気は要るし、でもちゃんと気持ちよくしてくるし、なんかもう混乱すんだよ」
「褒められてる気がするわ」
「あなたの手慣れてる仕草にムカつく。俺はあまり経験がないからうまく立ち回れないのにうまい具合に絆されて、いい気持ちになって、流されるままになってそれが幸せとか、こんなの予定になかった」
「恭介さん♡」
「もっと上手に付き合いたいのになんかうまくできなくて……そんな自分にも腹が立つ」
あとさ、とここぞとばかりに続けた。
ずっと心の中に抱えていたことを吐き出す。
「……おれとつきあって後悔しない?」
「するはずないけど?」
「子供好きそうなのに……無理だよ。諦められるの?」
「え、待って恭介さん? なんで急に?」
この前の景色を見てから戸惑っていることを話すと驚くほど呆気にとられた顔をされた。
「やだ~も~。それは恭介さんも同じでしょ? それこそアタシの方があなたから機会を奪っちゃってごめんねってところだけど、残念ながら離してあげる気はないの」
「デイジー……」
「全部奪うわよ。平穏な暮らしも普通の日々も。男性としての喜びも当たり前も全部ね。でもそれでもアナタが欲しいの。アタシの持ってるテクニック全てを使ってでもアナタを落とすわ」
強くまっすぐな視線に射抜かれる。
それが怖いんだ。
何もかもなくす勇気がないから。全部あげるよと言い切れない。
「怖い」と素直に口にした。
男性の姿じゃないから言えたのかもしれない。
「向けられる強い愛が怖い。そこまでまっすぐに返してあげられない。あなたが好きだけどビビってるところがまだある」
「別に返してくれなんて言ってないわよ? アタシがアナタを好きなの。好きな人といたい、それだけよ。恭介さんが好き、だから一緒にいたい。笑っている顔が見たい。あなたが欲しい。それだけよ」
言いたいことはわかる。シンプルな欲望。
いつから俺はそれさえうまく欲しがることが出来なくなっていたんだろう。
煮え切らない態度に業を煮やしたのか、デイジーはプクリと唇をとがらせた。
「やっぱりアタシって重たい? 恭介さんのことになると頭がおかしくなっちゃうの。理性が働かないって言うかね。もしそれで困らせているならごめんなさい」
でもね、とデイジーは恭介を抱きしめた。
「好きなの。全部欲しいの。だから言いたいことは全部言って。バトルするんでしょ? いいわ、受けて立つわ」
ドンッっと叩いた胸板は逞しそうに分厚い。
あの中にすっぽりと包まれると何もかもを放り出して甘えたくなる。今まで積み上げてきた矜持なんて投げ捨ててやりたくなる。
それでいいのか?
「いいのよ。あのね、もう手遅れなの何もかも。アタシたちは出会ったの。恋に落ちたの。でももし恭介さんがアタシのアレが怖いって言うならいいわよ。アタシ女になるわ。取ってきてもいい。なんだったら今すぐ飛んでくるわ」
そう言うデイジーに嘘はなかった。
恭介のために性別さえ変えてこようとする。
その思いに応えていいのか。全部受け止められるのか。
「愛してる。もうずっと長い事思い続けているんだから今更迷う事なんか何もないわ」
アイドルのようなセーラー襟にふわりと膨らんだスカートとハイソックス。アラサーの男がするような恰好じゃないけど、確かに別人になったような気持ちにはなる。
「恭介さんはね、常識に囚われすぎなの。いい人であろうとすることがアナタの足を引っ張っているわ。ここでのアナタは恭介さんじゃない。誰も知らない女の子。自由で気まぐれでなんだってできる。言いたいことを言える、そんな女の子よ」
鏡の中には恭介も知らなかったもう一人の自分が映っている。
強くて逞しい女の子、エリザベス。
「俺はエリザベス」
「そうよ、エリザベスは気高く美しい女の子。殻を打ち破ってごらんなさいよ。それにしても遅いわね。アタシたちを待たせるなんてデイジーったら生意気だわ」
ずいぶん待ってから日永が現れて恭介の恰好を見ると驚いたように無言になった。
「何も言うことないの~?」とジョセフィーヌが向けるとようやく「可愛いが過ぎます」とこぼした。
「でもなんで?」
「アンタに話したいことがあるんだって。口下手な日永くんは下がってデイジーちゃんとバトルよ」
「えっ、どういう?」
「いいからさっさと着替えてきなさい!」
どんっと押されるように引っ込むとメイクに手慣れているのかすぐにデイジーが戻ってきた。
「あ~ん♡ エリザベスぅ♡ 可愛いっ♡ 大好き♡」
切り替えが早い。
えーとー。ここは恭介もそういう言葉使いをするべきか?
いやさすがにそれは無理。
同じような衣装を着てブリブリとくねらせながら恭介の隣に座ると「それでバトルてなあに?」と聞いた。
「寝技?」
「するかっ」
「じゃ~取っ組み合いからのくんずほぐれず乱れまくり?」
「違います」
「じゃ~なに~♡」
うふっとぶりっこポーズをしてみせるけど、その瞳が不安そうに揺れていた。
そりゃそうだよな。わざわざこんな格好をして待っててバトルって言われたら怖いよな。
「こっちきて」と言いながら袖を引いた。
ジョセフィーヌを見るとイケイケと指をさしている。
行先はあの天蓋の中だ。
「やん♡ こんな場所に連れ込むなんて積極的ね」
俺はエリザベス、何でも言える強い女の子。
呪文のように繰り返して息を吸って口を開いた。言うんだ。こんなモヤモヤしたまま一緒にいても楽しくない。
「そーゆーの困るんだよね」
ビシっと指をさしてやるとデイジーはぽかんと口をあけた。何を言われたのかわかっていない顔つきだ。
「そーゆーのって?」
「だからさ、そうやってすぐにエロに持っていこうとするところとか。あなたは慣れてるかもしれないけど俺は男の人とのセックスに慣れてない。だからビビる。あなたさ、自分の凶器把握してる? あんなの突っ込まれるのに勇気は要るし、でもちゃんと気持ちよくしてくるし、なんかもう混乱すんだよ」
「褒められてる気がするわ」
「あなたの手慣れてる仕草にムカつく。俺はあまり経験がないからうまく立ち回れないのにうまい具合に絆されて、いい気持ちになって、流されるままになってそれが幸せとか、こんなの予定になかった」
「恭介さん♡」
「もっと上手に付き合いたいのになんかうまくできなくて……そんな自分にも腹が立つ」
あとさ、とここぞとばかりに続けた。
ずっと心の中に抱えていたことを吐き出す。
「……おれとつきあって後悔しない?」
「するはずないけど?」
「子供好きそうなのに……無理だよ。諦められるの?」
「え、待って恭介さん? なんで急に?」
この前の景色を見てから戸惑っていることを話すと驚くほど呆気にとられた顔をされた。
「やだ~も~。それは恭介さんも同じでしょ? それこそアタシの方があなたから機会を奪っちゃってごめんねってところだけど、残念ながら離してあげる気はないの」
「デイジー……」
「全部奪うわよ。平穏な暮らしも普通の日々も。男性としての喜びも当たり前も全部ね。でもそれでもアナタが欲しいの。アタシの持ってるテクニック全てを使ってでもアナタを落とすわ」
強くまっすぐな視線に射抜かれる。
それが怖いんだ。
何もかもなくす勇気がないから。全部あげるよと言い切れない。
「怖い」と素直に口にした。
男性の姿じゃないから言えたのかもしれない。
「向けられる強い愛が怖い。そこまでまっすぐに返してあげられない。あなたが好きだけどビビってるところがまだある」
「別に返してくれなんて言ってないわよ? アタシがアナタを好きなの。好きな人といたい、それだけよ。恭介さんが好き、だから一緒にいたい。笑っている顔が見たい。あなたが欲しい。それだけよ」
言いたいことはわかる。シンプルな欲望。
いつから俺はそれさえうまく欲しがることが出来なくなっていたんだろう。
煮え切らない態度に業を煮やしたのか、デイジーはプクリと唇をとがらせた。
「やっぱりアタシって重たい? 恭介さんのことになると頭がおかしくなっちゃうの。理性が働かないって言うかね。もしそれで困らせているならごめんなさい」
でもね、とデイジーは恭介を抱きしめた。
「好きなの。全部欲しいの。だから言いたいことは全部言って。バトルするんでしょ? いいわ、受けて立つわ」
ドンッっと叩いた胸板は逞しそうに分厚い。
あの中にすっぽりと包まれると何もかもを放り出して甘えたくなる。今まで積み上げてきた矜持なんて投げ捨ててやりたくなる。
それでいいのか?
「いいのよ。あのね、もう手遅れなの何もかも。アタシたちは出会ったの。恋に落ちたの。でももし恭介さんがアタシのアレが怖いって言うならいいわよ。アタシ女になるわ。取ってきてもいい。なんだったら今すぐ飛んでくるわ」
そう言うデイジーに嘘はなかった。
恭介のために性別さえ変えてこようとする。
その思いに応えていいのか。全部受け止められるのか。
「愛してる。もうずっと長い事思い続けているんだから今更迷う事なんか何もないわ」
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