上 下
24 / 66

2

しおりを挟む
「なあ、今度異業種交流会に行かない?」
「俺が? 笹屋と?」
「そう。知り合いに誘われたんだけど、ちょっと気後れしちゃってさ……平野も一緒なら心強いかなって」

人づきあいの得意な笹屋が珍しい。
よくよく話を聞いてみると、大学時代の友人から誘われたという。しかも女。あ~そういう~と冷めた視線を送ってやると違うと必死に訂正する。

「別に下心があるわけじゃないよ? 誘ってきた彼女とはしばらく会ってないからほぼ他人だし、知らない人ばかりなのがちょっとなあって。どう?」
「いやー俺はそういうのは遠慮したいけど」
「そう言わないで! お願い」

お願い、お願い、と手を合わせてくる。
 
「なんでそんなに行きたいの? あ、もしかして転職を考えているとか」

笹屋とはなんだかんだと仲良くやってきているからいなくなるのは残念だ。だけど違う業種に興味を持って転職するならまだ若いうちがいいよな。
そんなことを考えていたら「違うから」と思考を読まれてしまった。

「辞めないでって止めろよ、冷たいな。そうじゃなくて、この前の日永さんとかさ、似たような年齢の奴がでっかい仕事をしてるんだって改めて知ってさ、おれって全然世の中を知らなかったなって。今の仕事にプライドを持っているけど、もう少し他の業種の人とも関わったほうがいいのかと思ったんだよ」

思ったより誠実な理由だった。
笹屋の言うことはわかる。ここにいると「ホテル」という非日常に慣れすぎて、世の中から取り残された気持ちになることがある。
毎日のルーティンが世界の全てになって、突然異世界が飛び込んできてびっくりするのだ。自分の知らない世界は果てしなくあるんだって目を覚まされた気になったんだろう。

「それはわかるな。だから異業種交流をって事か」
「他の仕事をしてる奴と知り合う事ってないじゃん。だからちょっと面白そうかなって。だけどぼっち参加する勇気がないんだよ」

泣くふりをしてみせた笹屋の言い分はわかった。
それならまあ、恭介だって興味がないわけじゃない。日永に会って自分がちっぽけだって思ったし、デイジーのいるような世界があるってことも知ったから。

「まあいいよ。一緒に行っても」
「まじで、やった。やっぱ平野くんだよな~頼れる♡」
「日程わかったら教えて」
「了解~。楽しみだな」

そうして参加を決めた異業種交流会にいたのは、二度と会うこともないと思っていた元同級生だった。

交流会はあるビルの高層階にある会議室が会場だった。
入り口で会計を済ませ、名前と職業を書いたプレートを渡された。フリースタイルらしく、特に席は決まっていないそうだ。
端の方にあるテーブルには飲み物や軽い軽食などが置いてあるらしい。

すでに人は集まっていていくつかのグループが出来上がっていた。
笹屋と並んで会場に足を踏み入れると、ちらりと値踏みをするような視線にさらされる。女子のかたまりからは小さな悲鳴が聞こえてきたけれど、それらは無視してとりあえず周りを観察することにした。

「思っていたよりみんな熱心に話をするんだな」
「これを機会にいい縁を授かって仕事に繋ぎたい奴もいるんだろ」
 
手持ち無沙汰なのでドリンクを片手にゆっくりとまわってみる。
「あのー」と声をかけてきたのはビジネススーツに身を包んだ女性だった。

「もしかして笹屋くん? 久しぶり~来てくれたんだ!」
「おお。沢田さんじゃん。久しぶり」

これがどうやら笹屋の友人らしい。バリバリ仕事をしていますという雰囲気で颯爽と名刺を差し出してくる。

「改めまして、沢田です。いま保険の外交をやっています」
「笹屋です。今ホテルに勤務しています」
 
言いながら名刺を渡すと、ホテルの名前を見た彼女の瞳がきらりとひかった。
二人が働いているのは昔から有名人や政治家なども利用する老舗ホテルだから、名前を聞くとだいたい驚きの声を上げる。

「うわ、すごいじゃない。こんな大きなホテルで働いているの?」
「うん、まあ……そう。こちらは平野。おれの同僚」
「初めまして。平野です」

恭介も名刺を差し出すとさっきからチラチラと視線を送っていた他の女子の軍団も後に続けとばかりに集まってきた。

「あの、わたしたちもいいですか?」
「名刺交換お願いします!!」

その勢いは合コンを彷彿とさせた。
我先にと前面に出てきて少しでも恭介に近寄ろうと必死な笑みを張り付けている。このままじゃ何の交流もできないまま終わってしまう。案の定まわりの男たちの視線が非常に冷たい。

「あの、ごめん、ちょっと電話がかかってきて……」と言いながら恭介はその輪を外れた。

もっとビジネスライクなのかと思っていたのに難しい。
非常階段を見つけ外に出ると深く息を吸った。
どうしてもこういう場に出ると女性たちに囲まれてしまう。羨ましいと思うかもしれないけど、そうなると何もできなくなってしまうのが難点だ。
結局アイドル扱いをされるだけで何の成果もあげられない。やっぱ参加しなきゃよかったかな、とため息をついていたら静かに鉄製のドアが開いた。

一人の男が顔をのぞかせ「平野くんでしょ」という。ニヤニヤと調子の良さそうな笑顔を浮かべるその男は、つい最近思い出したばかりの顔のままそこにいた。

「小杉……?」

それは途中進学組でいつも恭介に突っかかってきた小杉という男だった。
 
「やっぱ平野じゃん。相変わらずチートだね。ここでも王子様健在なんだもん、すぐわかったわ」
「久しぶりだね、元気だった?」
「おかげさまで~まさかこんなところで会うとはね」

小杉は馴れ馴れしい笑みを浮かべながら恭介の隣へと歩いてきた。お互い気が合わないし、散々嫌な思いをし合ったのも忘れたように親し気に肩を組んでくる。

「王子様は今はホテルマンか~想像を裏切らないね」
「そういう小杉は?」

そっと腕を外して距離を取る。
こいつだけは油断がならない。いつだって恭介の足を引っ張ろうとする。もう大人になったのに昔の記憶が生々しくて、恭介は思わず眉間を寄せてしまった。

「やだな~そんな怖い顔すんなよ。お互いもういい大人じゃん? 旧友との再会を祝ってよ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...