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「なあ、今度異業種交流会に行かない?」
「俺が? 笹屋と?」
「そう。知り合いに誘われたんだけど、ちょっと気後れしちゃってさ……平野も一緒なら心強いかなって」
人づきあいの得意な笹屋が珍しい。
よくよく話を聞いてみると、大学時代の友人から誘われたという。しかも女。あ~そういう~と冷めた視線を送ってやると違うと必死に訂正する。
「別に下心があるわけじゃないよ? 誘ってきた彼女とはしばらく会ってないからほぼ他人だし、知らない人ばかりなのがちょっとなあって。どう?」
「いやー俺はそういうのは遠慮したいけど」
「そう言わないで! お願い」
お願い、お願い、と手を合わせてくる。
「なんでそんなに行きたいの? あ、もしかして転職を考えているとか」
笹屋とはなんだかんだと仲良くやってきているからいなくなるのは残念だ。だけど違う業種に興味を持って転職するならまだ若いうちがいいよな。
そんなことを考えていたら「違うから」と思考を読まれてしまった。
「辞めないでって止めろよ、冷たいな。そうじゃなくて、この前の日永さんとかさ、似たような年齢の奴がでっかい仕事をしてるんだって改めて知ってさ、おれって全然世の中を知らなかったなって。今の仕事にプライドを持っているけど、もう少し他の業種の人とも関わったほうがいいのかと思ったんだよ」
思ったより誠実な理由だった。
笹屋の言うことはわかる。ここにいると「ホテル」という非日常に慣れすぎて、世の中から取り残された気持ちになることがある。
毎日のルーティンが世界の全てになって、突然異世界が飛び込んできてびっくりするのだ。自分の知らない世界は果てしなくあるんだって目を覚まされた気になったんだろう。
「それはわかるな。だから異業種交流をって事か」
「他の仕事をしてる奴と知り合う事ってないじゃん。だからちょっと面白そうかなって。だけどぼっち参加する勇気がないんだよ」
泣くふりをしてみせた笹屋の言い分はわかった。
それならまあ、恭介だって興味がないわけじゃない。日永に会って自分がちっぽけだって思ったし、デイジーのいるような世界があるってことも知ったから。
「まあいいよ。一緒に行っても」
「まじで、やった。やっぱ平野くんだよな~頼れる♡」
「日程わかったら教えて」
「了解~。楽しみだな」
そうして参加を決めた異業種交流会にいたのは、二度と会うこともないと思っていた元同級生だった。
交流会はあるビルの高層階にある会議室が会場だった。
入り口で会計を済ませ、名前と職業を書いたプレートを渡された。フリースタイルらしく、特に席は決まっていないそうだ。
端の方にあるテーブルには飲み物や軽い軽食などが置いてあるらしい。
すでに人は集まっていていくつかのグループが出来上がっていた。
笹屋と並んで会場に足を踏み入れると、ちらりと値踏みをするような視線にさらされる。女子のかたまりからは小さな悲鳴が聞こえてきたけれど、それらは無視してとりあえず周りを観察することにした。
「思っていたよりみんな熱心に話をするんだな」
「これを機会にいい縁を授かって仕事に繋ぎたい奴もいるんだろ」
手持ち無沙汰なのでドリンクを片手にゆっくりとまわってみる。
「あのー」と声をかけてきたのはビジネススーツに身を包んだ女性だった。
「もしかして笹屋くん? 久しぶり~来てくれたんだ!」
「おお。沢田さんじゃん。久しぶり」
これがどうやら笹屋の友人らしい。バリバリ仕事をしていますという雰囲気で颯爽と名刺を差し出してくる。
「改めまして、沢田です。いま保険の外交をやっています」
「笹屋です。今ホテルに勤務しています」
言いながら名刺を渡すと、ホテルの名前を見た彼女の瞳がきらりとひかった。
二人が働いているのは昔から有名人や政治家なども利用する老舗ホテルだから、名前を聞くとだいたい驚きの声を上げる。
「うわ、すごいじゃない。こんな大きなホテルで働いているの?」
「うん、まあ……そう。こちらは平野。おれの同僚」
「初めまして。平野です」
恭介も名刺を差し出すとさっきからチラチラと視線を送っていた他の女子の軍団も後に続けとばかりに集まってきた。
「あの、わたしたちもいいですか?」
「名刺交換お願いします!!」
その勢いは合コンを彷彿とさせた。
我先にと前面に出てきて少しでも恭介に近寄ろうと必死な笑みを張り付けている。このままじゃ何の交流もできないまま終わってしまう。案の定まわりの男たちの視線が非常に冷たい。
「あの、ごめん、ちょっと電話がかかってきて……」と言いながら恭介はその輪を外れた。
もっとビジネスライクなのかと思っていたのに難しい。
非常階段を見つけ外に出ると深く息を吸った。
どうしてもこういう場に出ると女性たちに囲まれてしまう。羨ましいと思うかもしれないけど、そうなると何もできなくなってしまうのが難点だ。
結局アイドル扱いをされるだけで何の成果もあげられない。やっぱ参加しなきゃよかったかな、とため息をついていたら静かに鉄製のドアが開いた。
一人の男が顔をのぞかせ「平野くんでしょ」という。ニヤニヤと調子の良さそうな笑顔を浮かべるその男は、つい最近思い出したばかりの顔のままそこにいた。
「小杉……?」
それは途中進学組でいつも恭介に突っかかってきた小杉という男だった。
「やっぱ平野じゃん。相変わらずチートだね。ここでも王子様健在なんだもん、すぐわかったわ」
「久しぶりだね、元気だった?」
「おかげさまで~まさかこんなところで会うとはね」
小杉は馴れ馴れしい笑みを浮かべながら恭介の隣へと歩いてきた。お互い気が合わないし、散々嫌な思いをし合ったのも忘れたように親し気に肩を組んでくる。
「王子様は今はホテルマンか~想像を裏切らないね」
「そういう小杉は?」
そっと腕を外して距離を取る。
こいつだけは油断がならない。いつだって恭介の足を引っ張ろうとする。もう大人になったのに昔の記憶が生々しくて、恭介は思わず眉間を寄せてしまった。
「やだな~そんな怖い顔すんなよ。お互いもういい大人じゃん? 旧友との再会を祝ってよ」
「俺が? 笹屋と?」
「そう。知り合いに誘われたんだけど、ちょっと気後れしちゃってさ……平野も一緒なら心強いかなって」
人づきあいの得意な笹屋が珍しい。
よくよく話を聞いてみると、大学時代の友人から誘われたという。しかも女。あ~そういう~と冷めた視線を送ってやると違うと必死に訂正する。
「別に下心があるわけじゃないよ? 誘ってきた彼女とはしばらく会ってないからほぼ他人だし、知らない人ばかりなのがちょっとなあって。どう?」
「いやー俺はそういうのは遠慮したいけど」
「そう言わないで! お願い」
お願い、お願い、と手を合わせてくる。
「なんでそんなに行きたいの? あ、もしかして転職を考えているとか」
笹屋とはなんだかんだと仲良くやってきているからいなくなるのは残念だ。だけど違う業種に興味を持って転職するならまだ若いうちがいいよな。
そんなことを考えていたら「違うから」と思考を読まれてしまった。
「辞めないでって止めろよ、冷たいな。そうじゃなくて、この前の日永さんとかさ、似たような年齢の奴がでっかい仕事をしてるんだって改めて知ってさ、おれって全然世の中を知らなかったなって。今の仕事にプライドを持っているけど、もう少し他の業種の人とも関わったほうがいいのかと思ったんだよ」
思ったより誠実な理由だった。
笹屋の言うことはわかる。ここにいると「ホテル」という非日常に慣れすぎて、世の中から取り残された気持ちになることがある。
毎日のルーティンが世界の全てになって、突然異世界が飛び込んできてびっくりするのだ。自分の知らない世界は果てしなくあるんだって目を覚まされた気になったんだろう。
「それはわかるな。だから異業種交流をって事か」
「他の仕事をしてる奴と知り合う事ってないじゃん。だからちょっと面白そうかなって。だけどぼっち参加する勇気がないんだよ」
泣くふりをしてみせた笹屋の言い分はわかった。
それならまあ、恭介だって興味がないわけじゃない。日永に会って自分がちっぽけだって思ったし、デイジーのいるような世界があるってことも知ったから。
「まあいいよ。一緒に行っても」
「まじで、やった。やっぱ平野くんだよな~頼れる♡」
「日程わかったら教えて」
「了解~。楽しみだな」
そうして参加を決めた異業種交流会にいたのは、二度と会うこともないと思っていた元同級生だった。
交流会はあるビルの高層階にある会議室が会場だった。
入り口で会計を済ませ、名前と職業を書いたプレートを渡された。フリースタイルらしく、特に席は決まっていないそうだ。
端の方にあるテーブルには飲み物や軽い軽食などが置いてあるらしい。
すでに人は集まっていていくつかのグループが出来上がっていた。
笹屋と並んで会場に足を踏み入れると、ちらりと値踏みをするような視線にさらされる。女子のかたまりからは小さな悲鳴が聞こえてきたけれど、それらは無視してとりあえず周りを観察することにした。
「思っていたよりみんな熱心に話をするんだな」
「これを機会にいい縁を授かって仕事に繋ぎたい奴もいるんだろ」
手持ち無沙汰なのでドリンクを片手にゆっくりとまわってみる。
「あのー」と声をかけてきたのはビジネススーツに身を包んだ女性だった。
「もしかして笹屋くん? 久しぶり~来てくれたんだ!」
「おお。沢田さんじゃん。久しぶり」
これがどうやら笹屋の友人らしい。バリバリ仕事をしていますという雰囲気で颯爽と名刺を差し出してくる。
「改めまして、沢田です。いま保険の外交をやっています」
「笹屋です。今ホテルに勤務しています」
言いながら名刺を渡すと、ホテルの名前を見た彼女の瞳がきらりとひかった。
二人が働いているのは昔から有名人や政治家なども利用する老舗ホテルだから、名前を聞くとだいたい驚きの声を上げる。
「うわ、すごいじゃない。こんな大きなホテルで働いているの?」
「うん、まあ……そう。こちらは平野。おれの同僚」
「初めまして。平野です」
恭介も名刺を差し出すとさっきからチラチラと視線を送っていた他の女子の軍団も後に続けとばかりに集まってきた。
「あの、わたしたちもいいですか?」
「名刺交換お願いします!!」
その勢いは合コンを彷彿とさせた。
我先にと前面に出てきて少しでも恭介に近寄ろうと必死な笑みを張り付けている。このままじゃ何の交流もできないまま終わってしまう。案の定まわりの男たちの視線が非常に冷たい。
「あの、ごめん、ちょっと電話がかかってきて……」と言いながら恭介はその輪を外れた。
もっとビジネスライクなのかと思っていたのに難しい。
非常階段を見つけ外に出ると深く息を吸った。
どうしてもこういう場に出ると女性たちに囲まれてしまう。羨ましいと思うかもしれないけど、そうなると何もできなくなってしまうのが難点だ。
結局アイドル扱いをされるだけで何の成果もあげられない。やっぱ参加しなきゃよかったかな、とため息をついていたら静かに鉄製のドアが開いた。
一人の男が顔をのぞかせ「平野くんでしょ」という。ニヤニヤと調子の良さそうな笑顔を浮かべるその男は、つい最近思い出したばかりの顔のままそこにいた。
「小杉……?」
それは途中進学組でいつも恭介に突っかかってきた小杉という男だった。
「やっぱ平野じゃん。相変わらずチートだね。ここでも王子様健在なんだもん、すぐわかったわ」
「久しぶりだね、元気だった?」
「おかげさまで~まさかこんなところで会うとはね」
小杉は馴れ馴れしい笑みを浮かべながら恭介の隣へと歩いてきた。お互い気が合わないし、散々嫌な思いをし合ったのも忘れたように親し気に肩を組んでくる。
「王子様は今はホテルマンか~想像を裏切らないね」
「そういう小杉は?」
そっと腕を外して距離を取る。
こいつだけは油断がならない。いつだって恭介の足を引っ張ろうとする。もう大人になったのに昔の記憶が生々しくて、恭介は思わず眉間を寄せてしまった。
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