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「つ、疲れた……」
嵐のような時間が過ぎ去ると店の中にいるのは化粧が崩れ始めていたクイーンばかりになった。
さすがのジョセフィーヌの髪も乱れている。
どっとソファーに倒れ込むとすかさずデイジーが膝枕をしにやってくる。ゴツゴツと固くて寝心地は良くないけど、あまりの疲労で抵抗する気力も起きない。
こいつだって朝から調理に入ってランチタイムを済ませた後にあんな事件に巻き込まれ、その後仕込みをしてからのココ、と超絶忙しかっただろうにおくびにも出さない。
「お疲れ様、恭介さん」
言いながらうっとりと髪を撫でてくる。
ウィッグ越しだけど気持ちがよくてフワフワした気分になる。このまま眠っちゃいそうだ。
「ヤッダあ~!」と大きな叫びが聞こえてビクリと跳ね起きた。
「どうしたのよ」
「今日の売り上げ! とんでもない金額よ。この店始まって以来の桁だわ」
電卓を弾いていたジョセフィーヌが頬を高揚させて喜んでいる。
「今日だけでエリザベスファンがどっと増えたからね。シフト組みたいけど、どう?」
「どうって、今日だけだってば。やらないよ」
「うっそ。やりましょうよ。史上最高のクイーンを目指すのよ。ここから世界に羽ばたいたらテレビに出ちゃうかしら。ああんメイクの練習をもっとしなきゃ」
「だからやらないって」
女装をして他の人間になるのは確かに気持ちはよかったけど、残念ながらはまるというほどでもなかった。恭介はホテルの仕事が好きだし、素のままでも十分戦えるから。
「おれは今まで通り客でいい」
「ってことは、これからも来てくれるって事よね。ふふふ、恭介さんが気に入ってくれたのは嬉しいわ」
ああ、そうなのか、と他人事のように思う。
初めは奇抜な彼らに引いていたけどいつの間にか心地いい場所になっていたんだ。
ドラアグクイーンなんて人たちと縁が繋がるなんて想像していなかったけど、この人たちも接客のプロでお客様を楽しませるために努力をしているのがわかる。
「じゃあアタシにだけこっそり見せてね♡」
耳元にデイジーが囁いた。
「アタシだけのクイーンでいて」
「調子乗んなー」
恭介はデイジーの太ももを叩いた。パンっと張りのあるいい音がする。
「あん♡」
「叩かれて喜ぶなよ」
「ちょっと今ゾクっと来たわ……もう一回」
「しないから」
でも、うん。
疲労は倍増したけれどさっきまでのモンモンとした気持ちは晴れた。もうどうでもいいやーと投げやりでもあるし、なんとかなるでしょ、と前向きでもある。
あのお客、小椋様がこれからどう出てくるかもわからないし、この先もあんな扱いを受けるかもしれないけど多分大丈夫。
きっぱり断ってもいいと自信が持てた。
自分の中にいるエリザベスが自分を助けてくれるような気がする。
「面白いな、ドラアグって」
「でしょ。新しい人格が生まれる感じした?」
「した。これで明日からまたがんばれそう」
「アタシもがんばっちゃうー♡」
ぶっとい腕をむき出しにしたドレスを着て「おー」と腕を振り上げるデイジーの顔にも疲労が見て取れた。
疲れているのにそんなそぶりを見せないで楽しさを作り上げようとしているこの人、すごいなと純粋に思ってしまった。
手を伸ばしてデイジーの目の下の隈をそっと撫でた。
ざらつく皮膚は女の柔らかさと全く違って荒々しい。頬を手のひらで包むと、ほんのりと冷たかった。
「お疲れさん、今日はどうもありがとう」
笑顔を向けるとデイジーはポカンとしたまま恭介を見つめた。みるみる顔が赤く染まって目に涙が浮かんだ。
「やだ、すっごいご褒美」
「こんなことで?」
「そうよ。恭介さんに優しくしてもらったら、アタシ……!」
やばい、と思った瞬間にはデイジーに抱きしめられていた。ぎゅうぎゅうと絞められている。
「だから! あんたの力強すぎるから」
「我慢して! 今感動で打ち震えているんだから」
「こっちは息が止まりそうで震えてるわ」
大好きよ、とデイジーが囁いた。
「何度でも言いたい。恭介さんが大好き。これ以上好きになったらどうなっちゃうのか怖い」
その声に嘘はなさそうだった。
本気でデイジーは、日永は恭介を好きだと言っている。
それに応えてあげられないけど、それでもいいと彼は言う。
「アタシが好きなだけなの。いいでしょ、だって止められないんだもの。好きが増えていって、それを大切に育てているアタシが幸せなの」
もし恭介がゲイだったら、もし男でも愛せるタイプだったら受け止めてあげたいと思うんだろうか。彼の健気さに絆されるんだろうか。
日永のことを尊敬しているし、デイジーに対してもいい奴だなとは思うけど、それは恋にはならない。
「恭介さんが想像通り優しくてかっこいい人で良かったわ。昔から人を見る目があるのよ」
「そんないい奴じゃないと思うけど」
「ううん。いいひとよ。会うたび好きになって行くんだもん。このアタシがそういうんだから間違いない」
「アタシもそう思うわ~」と入り込んできたのはジョセフィーヌだった。
「お取込み中申し訳ないいだけど、そろそろ閉店しま~っす。お片付けするわよデイジー。そしてこれは今日のギャラ」
封筒を手渡され中を見るとお札が何枚も入っていた。
「えっ、これ?」
「エリザベスちゃんのギャラで~す♡ 売上あげてくれたからね、いっぱいお支払いします」
「こんなに……」
「心動いたでしょ。いつでも大歓迎よ~♡」
「動く、かもしれない」
「きゃ~シフト表持ってきて~」
最後まで恭介をスカウトしてくるジョセフィーヌをくぐりぬけ、メイクを落として店を出た。同じく日永に戻ったデイジーと並んで夜の街を歩く。
すっかり店の明かりは消え、静かになった路地裏にふたりぶんの靴の音が響いた。
大きな通りに出てタクシーを拾うと、真面目な顔で日永が言った。
嵐のような時間が過ぎ去ると店の中にいるのは化粧が崩れ始めていたクイーンばかりになった。
さすがのジョセフィーヌの髪も乱れている。
どっとソファーに倒れ込むとすかさずデイジーが膝枕をしにやってくる。ゴツゴツと固くて寝心地は良くないけど、あまりの疲労で抵抗する気力も起きない。
こいつだって朝から調理に入ってランチタイムを済ませた後にあんな事件に巻き込まれ、その後仕込みをしてからのココ、と超絶忙しかっただろうにおくびにも出さない。
「お疲れ様、恭介さん」
言いながらうっとりと髪を撫でてくる。
ウィッグ越しだけど気持ちがよくてフワフワした気分になる。このまま眠っちゃいそうだ。
「ヤッダあ~!」と大きな叫びが聞こえてビクリと跳ね起きた。
「どうしたのよ」
「今日の売り上げ! とんでもない金額よ。この店始まって以来の桁だわ」
電卓を弾いていたジョセフィーヌが頬を高揚させて喜んでいる。
「今日だけでエリザベスファンがどっと増えたからね。シフト組みたいけど、どう?」
「どうって、今日だけだってば。やらないよ」
「うっそ。やりましょうよ。史上最高のクイーンを目指すのよ。ここから世界に羽ばたいたらテレビに出ちゃうかしら。ああんメイクの練習をもっとしなきゃ」
「だからやらないって」
女装をして他の人間になるのは確かに気持ちはよかったけど、残念ながらはまるというほどでもなかった。恭介はホテルの仕事が好きだし、素のままでも十分戦えるから。
「おれは今まで通り客でいい」
「ってことは、これからも来てくれるって事よね。ふふふ、恭介さんが気に入ってくれたのは嬉しいわ」
ああ、そうなのか、と他人事のように思う。
初めは奇抜な彼らに引いていたけどいつの間にか心地いい場所になっていたんだ。
ドラアグクイーンなんて人たちと縁が繋がるなんて想像していなかったけど、この人たちも接客のプロでお客様を楽しませるために努力をしているのがわかる。
「じゃあアタシにだけこっそり見せてね♡」
耳元にデイジーが囁いた。
「アタシだけのクイーンでいて」
「調子乗んなー」
恭介はデイジーの太ももを叩いた。パンっと張りのあるいい音がする。
「あん♡」
「叩かれて喜ぶなよ」
「ちょっと今ゾクっと来たわ……もう一回」
「しないから」
でも、うん。
疲労は倍増したけれどさっきまでのモンモンとした気持ちは晴れた。もうどうでもいいやーと投げやりでもあるし、なんとかなるでしょ、と前向きでもある。
あのお客、小椋様がこれからどう出てくるかもわからないし、この先もあんな扱いを受けるかもしれないけど多分大丈夫。
きっぱり断ってもいいと自信が持てた。
自分の中にいるエリザベスが自分を助けてくれるような気がする。
「面白いな、ドラアグって」
「でしょ。新しい人格が生まれる感じした?」
「した。これで明日からまたがんばれそう」
「アタシもがんばっちゃうー♡」
ぶっとい腕をむき出しにしたドレスを着て「おー」と腕を振り上げるデイジーの顔にも疲労が見て取れた。
疲れているのにそんなそぶりを見せないで楽しさを作り上げようとしているこの人、すごいなと純粋に思ってしまった。
手を伸ばしてデイジーの目の下の隈をそっと撫でた。
ざらつく皮膚は女の柔らかさと全く違って荒々しい。頬を手のひらで包むと、ほんのりと冷たかった。
「お疲れさん、今日はどうもありがとう」
笑顔を向けるとデイジーはポカンとしたまま恭介を見つめた。みるみる顔が赤く染まって目に涙が浮かんだ。
「やだ、すっごいご褒美」
「こんなことで?」
「そうよ。恭介さんに優しくしてもらったら、アタシ……!」
やばい、と思った瞬間にはデイジーに抱きしめられていた。ぎゅうぎゅうと絞められている。
「だから! あんたの力強すぎるから」
「我慢して! 今感動で打ち震えているんだから」
「こっちは息が止まりそうで震えてるわ」
大好きよ、とデイジーが囁いた。
「何度でも言いたい。恭介さんが大好き。これ以上好きになったらどうなっちゃうのか怖い」
その声に嘘はなさそうだった。
本気でデイジーは、日永は恭介を好きだと言っている。
それに応えてあげられないけど、それでもいいと彼は言う。
「アタシが好きなだけなの。いいでしょ、だって止められないんだもの。好きが増えていって、それを大切に育てているアタシが幸せなの」
もし恭介がゲイだったら、もし男でも愛せるタイプだったら受け止めてあげたいと思うんだろうか。彼の健気さに絆されるんだろうか。
日永のことを尊敬しているし、デイジーに対してもいい奴だなとは思うけど、それは恋にはならない。
「恭介さんが想像通り優しくてかっこいい人で良かったわ。昔から人を見る目があるのよ」
「そんないい奴じゃないと思うけど」
「ううん。いいひとよ。会うたび好きになって行くんだもん。このアタシがそういうんだから間違いない」
「アタシもそう思うわ~」と入り込んできたのはジョセフィーヌだった。
「お取込み中申し訳ないいだけど、そろそろ閉店しま~っす。お片付けするわよデイジー。そしてこれは今日のギャラ」
封筒を手渡され中を見るとお札が何枚も入っていた。
「えっ、これ?」
「エリザベスちゃんのギャラで~す♡ 売上あげてくれたからね、いっぱいお支払いします」
「こんなに……」
「心動いたでしょ。いつでも大歓迎よ~♡」
「動く、かもしれない」
「きゃ~シフト表持ってきて~」
最後まで恭介をスカウトしてくるジョセフィーヌをくぐりぬけ、メイクを落として店を出た。同じく日永に戻ったデイジーと並んで夜の街を歩く。
すっかり店の明かりは消え、静かになった路地裏にふたりぶんの靴の音が響いた。
大きな通りに出てタクシーを拾うと、真面目な顔で日永が言った。
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