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第五章 襲来に備える俺

135、足湯しながら

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 何故俺たちは、庭園温泉の縁に座り足湯をしているのだろうか───。

 そう思いながら、俺はセシノが言った言葉を思い出す。

「私たちは今だいぶ混乱しているので、一度落ち着いた方が良いと思います。そこで私は温泉に入る事を提案します」

 セシノが温泉を進めたのは宿屋が半壊して居場所がないからではなく、温泉には心や体をリラックスさせる効果があるからだそうだ。
 とりあえず足だけでも浸かってみたのだけど……どうやら本当に効果があるのか、俺が先程まで感じていた恐怖心はだいぶ薄れたような気がした。


 そして俺は今、庭園温泉に装飾した赤く輝く光をぼーっと見ながら、この温泉を作った時の事を思い出していた。
 そういえばこの装飾、皆で頑張って飾ったんだよなぁ……それに今は半壊してる宿屋の装飾も皆でワイワイやったんだっけ。あの時はまだ平和でたのしかった。

 それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろうか……?

 もしかすると俺のせい……いやいや、どう考えても悪いのは全部あのフード男だろ。
 あの男も俺を恨んでいるのなら俺だけを攻撃すればいいのに、なんで俺の物を全て壊すような事をしてくるんだ……。
 そんな事を考えていたせいなのか、冷静を通り越して怒りが湧いてきた俺は、気がつけば愚痴のように森エリアでおきた事を皆に話し始めていたのだ。

 その内容はゴロツキを見かけてから、フォグになにがあったのか……そして正体不明の謎のモヤに追いかけてくる変な球体、そして白骨化したゴロツキたちについてだった。
 自分で言っておきながらも、それが現実の出来事とは思えなくてなんだか笑えてしまう。

 しかし俺は話しながら、俺たちの間に漂う重たい空気に少しずつ気がついていた。
 特にフラフ、アーゴ、ディーネの三体はお通夜のような顔をしている為、もしかすると俺の話なんて聞いてないかもしれない。
 そして気がつけば俺もこの重たい空気に飲まれてしまい、俺の怒りは少しずつ収まり今は冷静になり始めていた。

「はぁ……」

 頭が冷えた事でこの空気に耐えられなくなった俺は、ついため息をこぼしてしまう。
 だって俺は、こんな状態のコイツらからも無理に話を聞こうとしていたのだ……。だから例え文句を言われようが、今はどんな些細な事だとしても今の俺には情報が必要だった。

「この中で、あのモヤや球体について少しでも知ってる奴はいないか?」
「……………………………」
「本当に、誰もいないのか……?」

 聞いてみたものの誰からも返事は返ってこない。

「そうか、いないなら仕方がないよな。と言うことは、やっぱりフォグから話を聞くのが一番早いって事かぁ……」

 そう思いフォグの方を向いた俺は、またすぐにため息をついてしまう。
 一応俺はフォグと、宿に帰ったら話をすると約束していた。それなのにフォグは、受けた術の影響なのか宿に着くとすぐに眠ってしまったのだ。
 そのせいで俺は、まだ何も聞き出せていない。

 それにもうこれ以上、今のモンスターたちから情報を聞き出すのも無理そうなんだよなぁ……。
 そう思って落胆した俺は再びため息をついてしまう。
 しかしそんな俺を流石に見かねたのか、横に座っていたセシノがコソッと話しかけてきたのた。

「バンさん、そんなに落ち込まないでください。この状態では皆さん話を聞いているのかも怪しいですから……」

 そう言うセシノの方が本当は落ち込んでいる筈だ。それなのに俺の心配をしてくれるなんて……セシノはなんていい子なのだろう。
 その優しさに感激して頭を撫でようと手を伸ばしたのだけど、セシノは何か思うところがあるのか首を傾げ既に考え込んでいたので、俺はその思考を邪魔しない様にその手を引っ込める。
 ……それに、セシノの言う通りなんだよなぁ。

 俺は改めて、モンスターたちを見回す。
 庭園温泉に沈んでいたり入っていなかったり様々だけど、モンスターたちは今も俯き続け温泉の底を見て微動だにしないのは皆同じようだった。
 マリーだけじゃなくてフォグまでこんな状態で戻って来たんだから……落ち込むのはしょうがないよなぁ。
 しかしこんなにも空気が重いというのに、何故か一体だけ元気なモンスターがいた。
 
「マスター、俺様もこの嬢ちゃんの言う通りだと思うんだぞ」

 それは俺の肩に乗っているレッドだった。

「ずっと黙って見てたけど、俺様もう耐えられないんだぞ。なあ、お前らはモンスターの癖にずっと落ち込んだままとか、滑稽で笑っちゃうんだぞ。どうやらここには、俺様以外は情けない奴らしかいないようなんだぞ!」

 レッドは俺と一緒に森エリアから戻って来た。
 つまりこの中で今の状況を一番理解しているのもレッドなのだけど……何故こんなに元気なのか俺にもよくわからなくて、俺は突然喚き出したレッドを宥める為に頭を撫でようとした。

「レッド、そう言ってやるなよ……」
「いや、俺様は同じモンスターとしてこんな姿見てるのは、恥ずかしいんだぞ! だから、マスターは黙って見てて欲しいぞ」

 俺の手を拒否したレッドはどうやら元気を通り越して、何故か怒っているようだった。

「お前ら、マリーやフォグが倒れたからってこのダンジョンが終わる訳じゃないんだぞ。寧ろ俺様たちは、アイツらの為にも今やらないといけない事がある筈なのに、いつまでもウジウジしてるとか凄くイライラするんだぞ! おい、いつも馬鹿にしてる俺様にこんな事言われるとか恥ずかし過ぎるし、俺様なんかに馬鹿にされてイラッとした奴がいるなら、何か言い返してみろって言いたいんだぞ!」

 どうやらレッドはレッドなりに考えて、コイツらのやる気を引き出そうとしていたようだ。
 そのやる気は俺にとっても有難い事なのだけど、残念ながらレッドの挑発に返事をするモンスターは一体もいなかったのだ。

「あ、あれ……?」

 予想していなかった展開に、レッドは目をパチクリさせ固まっていた。
 そんなレッドを慰めようとし手を伸ばしたその瞬間、俺の足元から消え入りそうな声が聞こえてきたのだ。

「……マスター」
「ひぃっ!?」

 俺は驚いて、咄嗟に立ち上がろうとした。
 しかし俺の足はソイツに捕まれてしまい逃げる事は出来ない。

「ま、マスター、妾であるぞ。すまぬ、決して驚かせるつもりではなかったのである……」

 その消え入りそうな声に改めてその姿を確認すると、そこには落ち込みすぎていつの間にか温泉に沈んでいた筈のディーネが、俺の足にしがみついていた。
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