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第五章 襲来に備える俺
120、一歩前へ(マヨ視点)
しおりを挟むクラウを追いかけて行った少し前から、マヨ視点で一話。
ーー▼ーー▽ーー▼ーー▽ーー▼ーー
廊下で会話が終わるのを待っていたワタクシは、二人が何の話をしているのか気になっていた。
だからサバン班長に仕掛けておいた盗聴魔法を発動させて、コッソリ話を聞く事にしたのだ。
しかもこの盗聴魔法が使える事は、誰にも言っていない。その為、ワタクシは以前から情報収集や色んな事にこの魔法をバレないように活用していた。
そして今、二人の話を聞いていたワタクシは呆然としてしまったのだ。
「先輩がお面派のリーダー……?」
そんな事ありえないと思うのに、今まで先輩が何か怪しい行動をしていたのをワタクシは気がついていた。
だけど先輩の掴み所のない性格から、特に意味なんてないと思い込んでしまったのだ。
もっと前から調べていたら、止める事が出来たのではないか……そう後悔しても既に遅かった。
そして呆然としてる間に、いつのまにか扉から出てきたクラウ先輩がワタクシの目の前に立っていた。
「マヨ、頼む! クラウを捕まえてくれ!!」
その声にハッとしたワタクシは、クラウ先輩の前に両腕を開いて立ちはだかる。
一瞬バランスを崩した先輩は、すぐに体勢を戻し反対側へと走り出していた。
だからその姿を見失わないようにと追いかけたのに、先輩は何故か階段を上り始めたのだ。
ワタクシがその事を不思議に思っている間に、気がつけば屋上へと辿り着いていた。
「クラウ先輩、もう逃げられませんわよ!」
「うーん、そうみたいだね?」
追い詰められているはずなのに、先輩は全く焦っていなかった。
きっと何か策があるに違いありませんの……ここは、慎重に行動するべきですわね。
警戒しながら周りを見回しているワタクシに、先輩は呑気に話始めたのだ。
「ところでさ、何でマヨちゃんは僕を追いかけて来たのかな?」
いつも通り怠そうに言う先輩の姿に、これが時間稼ぎなのはすぐにわかった。
ですがこれは、ワタクシが先輩を説得するチャンスにもなりますわよね……。
「班長に追いかけろと言われたからではありませんわ、先輩にギルドを辞めて欲しくなくて追いかけてきたのですわ」
「……何で、僕が辞めるって知ってるのかな。もしかして、僕と班長の話をマヨちゃんは聞いてた?」
「ええ、ワタクシは先輩がお面派のリーダーだと言う事を聞いていましたわ」
頷くワタクシの姿に、先輩は残念そうに眉を寄せた。
「ああ、やっぱりそうなんだ……。でもバレたならさ、僕がマヨちゃんの前で良い人ぶる必要もないよね」
「どういう事ですの?」
「実はマヨちゃんって使えるスキルや魔法が多いでしょ? だから変に怪しまれないように行動に気をつけてたんだけど……もしかして、僕がマヨちゃんにだけ優しい人の演技をしてたのに気がつかなかった?」
「……え?」
それはつまり……ワタクシの知る先輩は演技で作られた先輩像であって、ワタクシの好きなったクラウ先輩なんて本当は存在しないという事───?
そう思った瞬間、私の顔は真っ青になっていた。
「それにマヨちゃんって何でもできて便利だったからさ、僕に好意が向くように印象操作してたんだけど……簡単に僕の事を好きになってくれたから、凄く助かってたんだよねー」
「印象操作……? 一体、何を言ってますの? でしたら、ワタクシのこの気持ちは……」
「全部僕が作った嘘だよ? ごめんね、騙しちゃって……でも本当の僕って性格悪いから、好かれる所が何一つないんだよね」
……ワタクシの気持ちが、全部作られたモノ?
それならクラウ先輩の事を思って悩んだワタクシは、一体何だったというのかしら?
あのドキドキした気持ちは? バンテットさんと一緒に選んだプレゼントは……?
そう思いながら、ポケットに入っているプレゼントを無意識に触って、私は首を振る。
「いいえ、ワタクシのこの気持ちは作られたモノではありませんわ!」
「……はい? いやいやマヨちゃん、その作られた気持ちのどこが本物だって言えるのかなー?」
「何を言ってますの? ワタクシはまだ先輩と2年しか一緒にいないので、もとより先輩の事はそんなに詳しくありませんわ! それに今まで一緒に仕事をしてきましたが、クラウ先輩の全てが演技だったとは思えませんし……何より、ワタクシの心をこんなにも揺さぶった癖に、それが全て嘘だなんてワタクシは絶対に認めませんわ!!」
今までワタクシは先輩を思って苦しくなったり、先輩が喜んでくれる姿を思い浮かべて嬉しくなったり……知らない感情を沢山経験したのだ。
それなのにこの気持ちが偽物だなんてありえないですし、それに先輩でもワタクシのこんな気持までコントロールできる訳がありませんわ……!
「いいですこと? ワタクシはワタクシの意思で、クラウ先輩の事を好きになったのですわ!!」
「……え? いや、そんな訳がないでしょ。俺を好きになるとか、ありえないし……」
私の告白に目を見開いた先輩は、本気で動揺しているようだった。
でもそのおかげで先輩の動きは完全に止まった。
今なら私の手で捕まえられるかもしれないですわね……。
そう思った私はクラウ先輩近づきながら手を伸ばした。
「クラウ先輩が罪を犯したというのでしたら、ワタクシが一緒にそれを背負いますわ! ですからどうか、まだワタクシの側にいてくださいまし!!」
「な、何を言ってるんだよ? もうここには、この場所にはもういられないのに……」
あと一歩。
それだけでクラウ先輩に手が届く。
そう思って、ワタクシは手を伸ばした筈だった───。
「お嬢さん、コイツは優しいからさ……そうやって心を揺さぶるのはやめてもらえるかな?」
しかしそれは、目の前に降り立ったフードを被った男によって遮られてしまったのだ。
突然現れた男に、ワタクシは動揺して手を引っ込めてしまう。
「なっ、貴方は誰ですの! 一体何処から現れたというのでして!?」
「まあ、それは君には関係ないしどこでもいいよね。俺の目的はコイツを迎えにきただけなんだ。だからお嬢さんが何もしなければ、俺も手は出さないよ?」
フードの隙間から、口元がニタリと笑ったのが見えた。
その瞬間、男から放たれた殺気にワタクシは怯んで動けなくなってしまったのだ。
「キング、ちょっと待ってよ……僕はすぐにここを離れるから、マヨちゃんには手を出さないで欲しいんだけど?」
クラウ先輩は男の肩を掴みながら、何故か少し怒っているように見えた。
「おいおい、力を込め過ぎだぞ? まぁ、お前の気持ちもわかるけどそれは許可できないからな。それにお前の気持ちが変わる前にすぐにここを離れるから」
「ああ、そうしてくれ。……そういう訳だから、マヨちゃん。こんな僕の事を好きって言ってくれたのは嬉しかったけど、その気持ちに答える権利は僕にはないんだよー、ごめんね」
「ま、待ってくださいまし! ワタクシの話はまだ終わっていませんわ!!」
フードの男が先輩を担ぎ上げたのを見て、それを止めなくてはと一歩前に出ようと思った。
「マヨちゃん、それ以上前にでたらダメだよ?」
「えっ?」
いつも先輩の注意をちゃんと聞いていた私は、つい反射で立ち止まってしまう。
そんな私を見ていたフードの男は、頷きながら言った。
「うんうん。お嬢さん、いい判断だ。もし、もう一歩俺に近づいてたらつい手が出てしまう所だったからね」
「説明はいいから、早くここを出ろってー」
「それじゃあ、クラウ。俺たちのファミリーに帰るぞ!」
「……ああ。でも最後に、一言だけ言わせてくれ」
ワタクシをしっかりと見た先輩は、少し寂しそうな顔をしながら言った。
「これで本当にサヨナラなんだ。だから元気でね、マヨちゃん」
その言葉が聞こえた瞬間、フード男の跳躍で二人はあっという間にワタクシの前からいなくなった。
そしてもう誰もいない空を見つめながら、どうしてあと一歩前に出る事ができなかったのかと、ワタクシは深く後悔していた。
「ですが、あの顔は……」
最後に見た先輩の顔は少し寂しそうだった。
きっと先輩だってここを離れるのは本意ではないに違いない。それなのに先輩は、きっと訳があって近々この街を出るのだろう。
ですがその前に、もう一度でも先輩と話す事が出来れば……ワタクシの説得で絶対に先輩を連れ戻してみせますわ!
そう決意したワタクシはすぐに情報収集をする為、サバン班長の所へと戻る事にしたのだ。
どうやら暫くはバンテットさんの所へ向かうのも、後回しになりそうですわね……。
その事を申し訳ないと思いながら、ワタクシは一歩前へと進む事を決めたのだった。
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