40 / 90
本編
38.フィリップの怪我
しおりを挟む
「妃殿下! 王太子殿下が……」
その日の夕方くらいに、突然その報せは届いた。
フィリップが森で落馬をして、頭を打って意識がないと……。
「そんな……今陛下はいらっしゃらないのに……」
私は治癒魔法を使えない……。
フィリップは使えるけれど、頭を打って意識がないのなら……自分での回復は見込めないだろう。
「陛下にも連絡済みです。陛下から第3王子殿下に、至急王宮へと戻るように通達して頂きますので、すぐに来て頂けると思います」
「そ、そう……良かった……」
確か、フィリップとロベルト様には幼い妹姫がいた筈……。その方も魔力保持者だと聞いているけれど、幼い身で大きな魔力を使わせるのは危険かもしれない。
ロベルト様が来て下さるなら、これ以上安心な事はない。
それから、2時間ほど経ってフィリップが王宮に帰って来た。
「フィリップ……」
傷が酷くて、血が沢山出たようだ。
フィリップの体がとても冷たい。
「暖めないと……」
「妃殿下、報告を……」
「今はそんな事を聞いている場合ではないわ!」
私は報告をしようとしてくれている近衛兵に、後にしてと怒鳴ってしまった。
だって今は……フィリップを治療する事の方が先だもの。ごめんなさい……後で、ちゃんと聞くから……。
私は魔法で温風を出し、フィリップの体を包んだ。
でも、暖まらない……。暖まってくれない。
体がどんどん冷えていく……。
「フィリップ……嫌。嫌よ」
焦る気持ちが抑えられない。
私はフィリップの冷たい指先を握って、自分の魔力を流し込んだ。しないよりはマシだと思う。
何も出来ないまま、見ているなんて到底出来なかった。
勿論、他者の魔力を流し込むなど抵抗があって当たり前だ。でも、その抵抗はフィリップが生きている証なので、それが嬉しい。
フィリップ、死なないで……。
もうすぐロベルト様が来られるから……。
「妃殿下、そのように魔力を使っては……。次は妃殿下が倒れてしまいます」
「私は大丈夫よ。それより、ロベルト様はまだですか?」
先程、妹姫が連れて来られたけれど、血を見て泣き喚いたので、治癒魔法は使えなかった……。無理もない……まだ7歳なのだから。
「ロベルト様には陛下から召喚命令を出して頂いたので、もう間もなく帰って来られると思います」
「そう……なら、あと少しの辛抱ね」
「涙ぐましい努力だな。無駄だと思うけど」
「……ジュリオ」
私が必死な思いで、フィリップに魔力を流し込んでいるとジュリオがその手を掴んで嘲るように、そう言った。
無駄?
無駄な訳ないでしょう!
「ジュリオ……今は貴方の相手をしている場合ではないわ。出ていきなさい」
「そんな怖い顔で睨むなよ。せっかく慰めてやろうと思って来てやったのに」
「そんなものはいらないわ。出ていきなさい! これは王太子妃としての命令です!」
私がジュリオを睨みつけ、声を荒げると、ジュリオは握っている私の手に力を込めた。
痛い……。
「王太子妃としての命令? はっ、笑わせるなよ。俺が好きで泣き喚いた汚点のついた王太子妃。そんな奴に怒鳴られたって何も怖くない」
「………………」
「クッ、そんな蔑んだ目で見たって、俺はどうって事ないよ」
ジュリオは「兄上が死んだら、次はお前はロベルトの妃だな。まるで物のようにあっちからこっちへと動かされる気分はどうだ?」と、私の耳元で囁いた。
カッとなったのが自分でも分かった。
最低。最低だわ、ジュリオ。
こんな人を好きだった自分を憎みたいくらいに、私は今貴方が嫌いよ。
「出ていきなさい!」
「そうだよ、出ていきたまえ。愚か者は邪魔だよ」
ロベルト様!
嗚呼、良かった! 来てくださった!
「ロベルト……」
「いつまでも兄上は変わらないね。まるでゴミのようだよ。いや、ゴミの方がまだ再利用の価値があるから、ゴミ以下だね」
ロベルト様が「追い出したまえ」と命じた瞬間、ロベルト様の近衛兵によって、ジュリオは部屋の外から放り出されてしまった。
ジュリオは部屋を出される時、「覚えていろよ、ロベルト。お前の婚約者を寝取ってやるからな!」と喚いていた。
本当に酷い。本当に最悪な人。
この期に及んで、そのような事しか言えないだなんて……。
「ロベルト様……申し訳ございません」
「別に構わないよ。放っておけば良い。彼女には指一本だとて触れられはしないからね、心配はないよ」
「そうなのですね……良かった……」
話しているうちに、ロベルト様がフィリップに治癒魔法を施して下さったので、フィリップが無事に回復した。
良かった……。顔に赤みが戻ってきた……。
「これで安心ですね……ありがとうございます」
「そうだね。後は兄上が目覚めて、明日父上が帰って来て報告が完了したら、僕の役目は終わりかな」
……すぐに婚約者の方のところに戻りたいだろうに、引き留めてしまうのが申し訳ないわね。
ジュリオ……変な事をしていないと良いけれど……。
「君は変な事は気にしなくて良い。それよりも兄上についていてあげたまえ」
「は、はい!」
随分と柔らかい表情をなさるようになった。
これも婚約者の方のおかげなのだろうか……。
「妃殿下、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。少しフラつくだけで……」
そう、大丈夫。まだ大丈夫……。
フィリップの側にいないと……。
「妃殿下! 誰か妃殿下が!」
「義姉上!」
私はフィリップの側についていないといけないのに、魔力の使い過ぎで倒れてしまった。
倒れたくないのに……フィリップの側にいたいのに……。
意識が闇の中に落ちていく……。
その日の夕方くらいに、突然その報せは届いた。
フィリップが森で落馬をして、頭を打って意識がないと……。
「そんな……今陛下はいらっしゃらないのに……」
私は治癒魔法を使えない……。
フィリップは使えるけれど、頭を打って意識がないのなら……自分での回復は見込めないだろう。
「陛下にも連絡済みです。陛下から第3王子殿下に、至急王宮へと戻るように通達して頂きますので、すぐに来て頂けると思います」
「そ、そう……良かった……」
確か、フィリップとロベルト様には幼い妹姫がいた筈……。その方も魔力保持者だと聞いているけれど、幼い身で大きな魔力を使わせるのは危険かもしれない。
ロベルト様が来て下さるなら、これ以上安心な事はない。
それから、2時間ほど経ってフィリップが王宮に帰って来た。
「フィリップ……」
傷が酷くて、血が沢山出たようだ。
フィリップの体がとても冷たい。
「暖めないと……」
「妃殿下、報告を……」
「今はそんな事を聞いている場合ではないわ!」
私は報告をしようとしてくれている近衛兵に、後にしてと怒鳴ってしまった。
だって今は……フィリップを治療する事の方が先だもの。ごめんなさい……後で、ちゃんと聞くから……。
私は魔法で温風を出し、フィリップの体を包んだ。
でも、暖まらない……。暖まってくれない。
体がどんどん冷えていく……。
「フィリップ……嫌。嫌よ」
焦る気持ちが抑えられない。
私はフィリップの冷たい指先を握って、自分の魔力を流し込んだ。しないよりはマシだと思う。
何も出来ないまま、見ているなんて到底出来なかった。
勿論、他者の魔力を流し込むなど抵抗があって当たり前だ。でも、その抵抗はフィリップが生きている証なので、それが嬉しい。
フィリップ、死なないで……。
もうすぐロベルト様が来られるから……。
「妃殿下、そのように魔力を使っては……。次は妃殿下が倒れてしまいます」
「私は大丈夫よ。それより、ロベルト様はまだですか?」
先程、妹姫が連れて来られたけれど、血を見て泣き喚いたので、治癒魔法は使えなかった……。無理もない……まだ7歳なのだから。
「ロベルト様には陛下から召喚命令を出して頂いたので、もう間もなく帰って来られると思います」
「そう……なら、あと少しの辛抱ね」
「涙ぐましい努力だな。無駄だと思うけど」
「……ジュリオ」
私が必死な思いで、フィリップに魔力を流し込んでいるとジュリオがその手を掴んで嘲るように、そう言った。
無駄?
無駄な訳ないでしょう!
「ジュリオ……今は貴方の相手をしている場合ではないわ。出ていきなさい」
「そんな怖い顔で睨むなよ。せっかく慰めてやろうと思って来てやったのに」
「そんなものはいらないわ。出ていきなさい! これは王太子妃としての命令です!」
私がジュリオを睨みつけ、声を荒げると、ジュリオは握っている私の手に力を込めた。
痛い……。
「王太子妃としての命令? はっ、笑わせるなよ。俺が好きで泣き喚いた汚点のついた王太子妃。そんな奴に怒鳴られたって何も怖くない」
「………………」
「クッ、そんな蔑んだ目で見たって、俺はどうって事ないよ」
ジュリオは「兄上が死んだら、次はお前はロベルトの妃だな。まるで物のようにあっちからこっちへと動かされる気分はどうだ?」と、私の耳元で囁いた。
カッとなったのが自分でも分かった。
最低。最低だわ、ジュリオ。
こんな人を好きだった自分を憎みたいくらいに、私は今貴方が嫌いよ。
「出ていきなさい!」
「そうだよ、出ていきたまえ。愚か者は邪魔だよ」
ロベルト様!
嗚呼、良かった! 来てくださった!
「ロベルト……」
「いつまでも兄上は変わらないね。まるでゴミのようだよ。いや、ゴミの方がまだ再利用の価値があるから、ゴミ以下だね」
ロベルト様が「追い出したまえ」と命じた瞬間、ロベルト様の近衛兵によって、ジュリオは部屋の外から放り出されてしまった。
ジュリオは部屋を出される時、「覚えていろよ、ロベルト。お前の婚約者を寝取ってやるからな!」と喚いていた。
本当に酷い。本当に最悪な人。
この期に及んで、そのような事しか言えないだなんて……。
「ロベルト様……申し訳ございません」
「別に構わないよ。放っておけば良い。彼女には指一本だとて触れられはしないからね、心配はないよ」
「そうなのですね……良かった……」
話しているうちに、ロベルト様がフィリップに治癒魔法を施して下さったので、フィリップが無事に回復した。
良かった……。顔に赤みが戻ってきた……。
「これで安心ですね……ありがとうございます」
「そうだね。後は兄上が目覚めて、明日父上が帰って来て報告が完了したら、僕の役目は終わりかな」
……すぐに婚約者の方のところに戻りたいだろうに、引き留めてしまうのが申し訳ないわね。
ジュリオ……変な事をしていないと良いけれど……。
「君は変な事は気にしなくて良い。それよりも兄上についていてあげたまえ」
「は、はい!」
随分と柔らかい表情をなさるようになった。
これも婚約者の方のおかげなのだろうか……。
「妃殿下、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。少しフラつくだけで……」
そう、大丈夫。まだ大丈夫……。
フィリップの側にいないと……。
「妃殿下! 誰か妃殿下が!」
「義姉上!」
私はフィリップの側についていないといけないのに、魔力の使い過ぎで倒れてしまった。
倒れたくないのに……フィリップの側にいたいのに……。
意識が闇の中に落ちていく……。
0
お気に入りに追加
2,230
あなたにおすすめの小説
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
【R18】悪役令嬢は元お兄様に溺愛され甘い檻に閉じこめられる
夕日(夕日凪)
恋愛
※連載中の『悪役令嬢は南国で自給自足したい』のお兄様IFルートになります。
侯爵令嬢ビアンカ・シュラットは五歳の春。前世の記憶を思い出し、自分がとある乙女ゲームの悪役令嬢である事に気付いた。思い出したのは自分にべた甘な兄のお膝の上。ビアンカは躊躇なく兄に助けを求めた。そして月日は経ち。乙女ゲームは始まらず、兄に押し倒されているわけですが。実の兄じゃない?なんですかそれ!聞いてない!そんな義兄からの溺愛ストーリーです。
※このお話単体で読めるようになっています。
※ひたすら溺愛、基本的には甘口な内容です。
【R18】仏頂面次期公爵様を見つめるのは幼馴染の特権です
べらる@R18アカ
恋愛
※※R18です。さくっとよめます※※7話完結
リサリスティは、家族ぐるみの付き合いがある公爵家の、次期公爵である青年・アルヴァトランに恋をしていた。幼馴染だったが、身分差もあってなかなか思いを伝えられない。そんなある日、夜会で兄と話していると、急にアルヴァトランがやってきて……?
あれ? わたくし、お持ち帰りされてます????
ちょっとした勘違いで可愛らしく嫉妬したアルヴァトランが、好きな女の子をトロトロに蕩けさせる話。
※同名義で他サイトにも掲載しています
※本番行為あるいはそれに準ずるものは(*)マークをつけています
【R-18】逃げた転生ヒロインは辺境伯に溺愛される
吉川一巳
恋愛
気が付いたら男性向けエロゲ『王宮淫虐物語~鬼畜王子の後宮ハーレム~』のヒロインに転生していた。このままでは山賊に輪姦された後に、主人公のハーレム皇太子の寵姫にされてしまう。自分に散々な未来が待っていることを知った男爵令嬢レスリーは、どうにかシナリオから逃げ出すことに成功する。しかし、逃げ出した先で次期辺境伯のお兄さんに捕まってしまい……、というお話。ヒーローは白い結婚ですがお話の中で一度別の女性と結婚しますのでご注意下さい。
【R18】いくらチートな魔法騎士様だからって、時間停止中に××するのは反則です!
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
寡黙で無愛想だと思いきや実はヤンデレな幼馴染?帝国魔法騎士団団長オズワルドに、女上司から嫌がらせを受けていた落ちこぼれ魔術師文官エリーが秘書官に抜擢されたかと思いきや、時間停止の魔法をかけられて、タイムストップ中にエッチなことをされたりする話。
※ムーンライトノベルズで1万字数で完結の作品。
※ヒーローについて、時間停止中の自慰行為があったり、本人の合意なく暴走するので、無理な人はブラウザバック推奨。
ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?
yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました*
コミカライズは最新話無料ですのでぜひ!
読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします!
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。
王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?
担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。
だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる