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婚約破棄してやる
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「本当に最低。今度こそ別れる!」
「――で、今回は何が原因?」
仕事後、駅前にあるカフェのテラス席に座るなり、頬杖をつきながら吐き捨てるように言う。そんな私を見て、友人の梓が大きな溜息をついた。その溜息は、またかという呆れからくるものだろう。
私は向かいに座っている友人を見つめて「別に」と答えながら、昨夜のことを思い出してスマートフォンを軋むくらいに握りしめた。
目の前には、見頃を迎えた彩り豊かな花々が広がっている。空は青く、どこまでも澄み渡っていて美しく、花々とのコラボレーションはまさに絶景。とくにこのカフェはケーキもコーヒーも美味しくて、大好きだ。それにテラス席を彩る花々が、この時期とても美しくて気に入っている。
だけれど、そんな絶景とは打って変わり、私の気分は重苦しい。
「明子、その顰めっ面やめて。せっかくの美味しいコーヒーが不味くなるから」
「だって、梓……」
「だってじゃないわよ」
梓の言葉に言い訳をしようとしたのに、その言葉は彼女により止められてしまう。
私は嘆息して、ちらりと美しい花々に視線をやった。
だけれど、今はこの美しい花々でさえも私の心を癒せない。私は昨夜あったことを思い出して、ずずっと鼻を啜った。
「だって……婚約者の私がいながら、ほかの女性と会っていたのよ。浮気していたの。もういや。泣いてしまいそう……」
私が来たばかりのタルトにフォークを突き刺しながらそう言うと、梓が小さく目を見張る。そして「嘘でしょ……」と呟いた。でもすぐに顎に手を当てて、何やら思案顔だ。
嘘じゃないわよ、私ばっちり見たもの。
「ねぇ、明子……。私は何か誤解があったんだと思うよ。あんた達、口を開けば喧嘩ばかりしているけど、それでも雅仁さんは浮気なんてする人じゃないと思う。ちゃんと見たことを話して、誤解を……」
「話し合って何になるの? あんなまともに話せない男と!」
私は興奮気味にふんっと梓の言葉を遮り、顔を背けた。頑なな私に彼女はグラスをストローでかき混ぜながら、呆れた視線を向けてくる。
そうだ、私達は最近ちゃんと話をしていない。
私の実家は香料メーカーを経営していて、雅仁の実家は食品メーカーを経営している。一般的に香料は、食品メーカーや香粧品メーカーなどからの発注によりオーダーメイドで生産する。
それもあってか、両家は私達が生まれる前から交流があり、私達は幼馴染みでもある。子供の頃は、とても仲が良く色々なことを話した。
でも、いつからだろう。
いつしか私といても厳しい顔ばかりをして、ちゃんと話してくれなくなった。そのせいか、ついムッとして、きつい口調になってしまい、いつも言い合いに発展してしまうのだ。
私だって仲良くしたいと思っているのよ。
でも昨日、それは儚い幻想だったのだと思いしらされた。私達はもう終わりなのだと突きつけられたのだ。
彼は高級ホテルの入り口で、見知らぬ女性と楽しそうに話して中に入っていった。私が通りかかったのも気づかぬほどに夢中で……。その表情は、昔の彼そのものだったのだ。
その時に察してしまった。
ああ、私は嫌われていたのだと……。両家が決めた縁談を断れば、会社の取引に支障を来たしてしまう可能性がある。だから拒否できないだけで、本当は私なんて嫌なのだと、すべて分かってしまったのだ。
彼は私の初恋の人だった。
幼い頃から一緒にいて、これから先もずっと一緒なのだと信じていた。今は少し気持ちがすれ違っていても、すぐに元に戻れると愚かにもそう思っていた。
思い出に縋りついている私は、きっと惨めで滑稽だっただろう。
がっくりと肩を落とした私はまた大きな溜息をついた。
「もう終わりなんだと思う……。今日、彼の家に行って、婚約を白紙にしようって話そうと思うの。私の家も彼の家も二人で真剣に話せば、きっと分かってくれるわ」
もう解放してあげるべきだろう。
そして雅仁は心から望む人と一緒になればいい。悲しいけれど、私は身をひこう。というより、ほかに好きな人がいると分かっている人と結婚するなんて耐えられない。正直なところ、逃げてしまいたいのだ。
「明子、あんたバカ? 前々から思い込んだら突っ走るところがあったけど、今回は早まらないでよく考えたほうがいいわよ」
「梓。今回ばかりは勘違いじゃないの。雅仁はその女性のことが絶対好きなのよ。だってホテルに入っていったのよ。しかも高級ホテル。これは疑いようのない事実だわ。だから、私はもういいの」
「だから、そんなふうに自己完結しない。そういうところ、本当にあんたの悪いところだよ。ラブホテルじゃなくて高級ホテルなんでしょ? だったら、仕事の可能性が高いじゃないのよ。お願いだから、雅仁さんの話もちゃんと聞いてあげなさいな」
「無理よ。私、もう決めたの。雅仁とは婚約破棄するわ。ちゃんと解放してあげるの!」
私は「じゃあ、早速行ってくるわ」とテーブルに自分の頼んだコーヒーとタルト代を置いて、立ち上がった。
「え? ちょっ……」
止めようと手を伸ばす梓を振り切り、私はカフェをあとにした。
ものは考えようだ。雅仁の婚約者でなくなれば、喧嘩をしながらも二人で過ごしていた時間がなくなる。そうなれば、もっと自分の時間が増えるだろう。その時間を使って、何か始めてみてもいいかもしれない。
雅仁を忘れられそうなことを……
私はそう決意を固め、雅仁のマンションへと急いだ。
「――で、今回は何が原因?」
仕事後、駅前にあるカフェのテラス席に座るなり、頬杖をつきながら吐き捨てるように言う。そんな私を見て、友人の梓が大きな溜息をついた。その溜息は、またかという呆れからくるものだろう。
私は向かいに座っている友人を見つめて「別に」と答えながら、昨夜のことを思い出してスマートフォンを軋むくらいに握りしめた。
目の前には、見頃を迎えた彩り豊かな花々が広がっている。空は青く、どこまでも澄み渡っていて美しく、花々とのコラボレーションはまさに絶景。とくにこのカフェはケーキもコーヒーも美味しくて、大好きだ。それにテラス席を彩る花々が、この時期とても美しくて気に入っている。
だけれど、そんな絶景とは打って変わり、私の気分は重苦しい。
「明子、その顰めっ面やめて。せっかくの美味しいコーヒーが不味くなるから」
「だって、梓……」
「だってじゃないわよ」
梓の言葉に言い訳をしようとしたのに、その言葉は彼女により止められてしまう。
私は嘆息して、ちらりと美しい花々に視線をやった。
だけれど、今はこの美しい花々でさえも私の心を癒せない。私は昨夜あったことを思い出して、ずずっと鼻を啜った。
「だって……婚約者の私がいながら、ほかの女性と会っていたのよ。浮気していたの。もういや。泣いてしまいそう……」
私が来たばかりのタルトにフォークを突き刺しながらそう言うと、梓が小さく目を見張る。そして「嘘でしょ……」と呟いた。でもすぐに顎に手を当てて、何やら思案顔だ。
嘘じゃないわよ、私ばっちり見たもの。
「ねぇ、明子……。私は何か誤解があったんだと思うよ。あんた達、口を開けば喧嘩ばかりしているけど、それでも雅仁さんは浮気なんてする人じゃないと思う。ちゃんと見たことを話して、誤解を……」
「話し合って何になるの? あんなまともに話せない男と!」
私は興奮気味にふんっと梓の言葉を遮り、顔を背けた。頑なな私に彼女はグラスをストローでかき混ぜながら、呆れた視線を向けてくる。
そうだ、私達は最近ちゃんと話をしていない。
私の実家は香料メーカーを経営していて、雅仁の実家は食品メーカーを経営している。一般的に香料は、食品メーカーや香粧品メーカーなどからの発注によりオーダーメイドで生産する。
それもあってか、両家は私達が生まれる前から交流があり、私達は幼馴染みでもある。子供の頃は、とても仲が良く色々なことを話した。
でも、いつからだろう。
いつしか私といても厳しい顔ばかりをして、ちゃんと話してくれなくなった。そのせいか、ついムッとして、きつい口調になってしまい、いつも言い合いに発展してしまうのだ。
私だって仲良くしたいと思っているのよ。
でも昨日、それは儚い幻想だったのだと思いしらされた。私達はもう終わりなのだと突きつけられたのだ。
彼は高級ホテルの入り口で、見知らぬ女性と楽しそうに話して中に入っていった。私が通りかかったのも気づかぬほどに夢中で……。その表情は、昔の彼そのものだったのだ。
その時に察してしまった。
ああ、私は嫌われていたのだと……。両家が決めた縁談を断れば、会社の取引に支障を来たしてしまう可能性がある。だから拒否できないだけで、本当は私なんて嫌なのだと、すべて分かってしまったのだ。
彼は私の初恋の人だった。
幼い頃から一緒にいて、これから先もずっと一緒なのだと信じていた。今は少し気持ちがすれ違っていても、すぐに元に戻れると愚かにもそう思っていた。
思い出に縋りついている私は、きっと惨めで滑稽だっただろう。
がっくりと肩を落とした私はまた大きな溜息をついた。
「もう終わりなんだと思う……。今日、彼の家に行って、婚約を白紙にしようって話そうと思うの。私の家も彼の家も二人で真剣に話せば、きっと分かってくれるわ」
もう解放してあげるべきだろう。
そして雅仁は心から望む人と一緒になればいい。悲しいけれど、私は身をひこう。というより、ほかに好きな人がいると分かっている人と結婚するなんて耐えられない。正直なところ、逃げてしまいたいのだ。
「明子、あんたバカ? 前々から思い込んだら突っ走るところがあったけど、今回は早まらないでよく考えたほうがいいわよ」
「梓。今回ばかりは勘違いじゃないの。雅仁はその女性のことが絶対好きなのよ。だってホテルに入っていったのよ。しかも高級ホテル。これは疑いようのない事実だわ。だから、私はもういいの」
「だから、そんなふうに自己完結しない。そういうところ、本当にあんたの悪いところだよ。ラブホテルじゃなくて高級ホテルなんでしょ? だったら、仕事の可能性が高いじゃないのよ。お願いだから、雅仁さんの話もちゃんと聞いてあげなさいな」
「無理よ。私、もう決めたの。雅仁とは婚約破棄するわ。ちゃんと解放してあげるの!」
私は「じゃあ、早速行ってくるわ」とテーブルに自分の頼んだコーヒーとタルト代を置いて、立ち上がった。
「え? ちょっ……」
止めようと手を伸ばす梓を振り切り、私はカフェをあとにした。
ものは考えようだ。雅仁の婚約者でなくなれば、喧嘩をしながらも二人で過ごしていた時間がなくなる。そうなれば、もっと自分の時間が増えるだろう。その時間を使って、何か始めてみてもいいかもしれない。
雅仁を忘れられそうなことを……
私はそう決意を固め、雅仁のマンションへと急いだ。
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