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はじまり
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ペルデレ国の第四王女エミリーは、自らが持つ転移魔法で、国境付近の村にあるエミリアの泉へと転移した。そして、小さく息をつく。
「本当に美しい泉……」
一人になりたくなった時は、いつもここに逃げてきてしまう。幼い時からいやなことがあると隠れる癖があるのを知っている女官たちは無理に探したりもせず、しばらく放っておいてくれる。だからこそ、そんな女官たちについつい甘え、いけないことだとは思いつつも王宮を抜け出してしまうのだ。
――この大陸は魔法が生活に根差している。魔力量や能力に差はあれど誰もが魔法を扱えるのだ。ただ、大きな魔法が使えるのは王侯貴族のみで、平民が使えるのは生活魔法だけだと聞く。なので、この転移魔法は自分が王女だからこそ使えるのだ。
(その点では自分の血筋には感謝です。ほかは鬱陶しいことばかりですけれど)
エミリーは重く暗い溜息をついた。
ペルデレ国は代々、国王の力が強い国だ。王が慈悲深く賢ければなんの問題もないが、現在のペルデレ王――エミリーの父はお世辞にもよい王とはいえない。力と恐怖心で臣下や民を押さえつけ、周りの話を一切聞かない愚王。
王妃である母も王太子である兄も、無論自分も、誰一人として父を諫めることはできない。だからこそ、たまにすべてがいやになり、ここに逃げてきてしまうのだ。
(いやなお父様……)
先日、エミリーは十八歳の誕生日を迎えた。我が国の法では十八歳になれば子をなすことが許される。それは――我が身が政治の道具となることを意味する。
隣国に嫁がされるかはたまた臣下に褒美として下賜されるか。エミリーは王妃が産んだ王女ではあるが、第四王女の使いみちなど、実際そんなものだ。そうなれば、今のような時間は持てなくなるだろう。
そんな憂鬱なことを考えながら泉の付近を散歩していると、目が覚めるほどに美しい顔立ちをした男性が木に凭れ掛かり眠っていた。座っていても分かるくらい背が高い。
エミリーは彼の脇に置かれている剣に目を向けた。
(国境警備兵でしょうか?)
この村は隣国との国境だ。なので、兵士がここで休んでいても何もおかしくはない。
ここにはよく来ているが、人と会うのは初めてなのでなんだか新鮮で嬉しい。エミリーはふふふと笑った。
(綺麗な寝顔……。それに素敵な色の髪なのです。こういう色をサルビアブルーというのでしょうか?)
エミリーは目の前で寝ている青年に夢中になった。話をしてみたくて、うずうずしてしまう。
泉に来る時は町娘の恰好をしているので、自分が王女であることはバレないはずだ。目が覚めたら声をかけてみよう。そう思い、エミリーは彼の寝顔に見惚れた。
「本当に綺麗な方なのです。魅入られるというのはこういうことなのかしら」
「何者だ!?」
「きゃあっ!」
にこにこと微笑みながら、彼の寝顔を見つめていると、突然その男が目を覚ます。そしてエミリーを取り押さえたのだ。そのあまりの早業にエミリーは目を瞬かせた。
(え……!?)
「も、申し訳ございません。わたくし、いつもこの泉の側で本を読んでいるのです。決して怪しい者では……」
「っ、エ……ッ!」
弁解すると、その彼はエミリーの上から慌てて飛び退いた。吸い込まれてしまいそうなほどに美しいピーコックブルーの瞳が大きく見開かれ、エミリーをじっと見る。
その目が今にも泣き出してしまいそうに見えて思わず手を伸ばすと、彼が弾かれたように何度も頭を下げた。
「本当にごめんね。怪我はない。ああ、私としたことがなんということを……」
「大丈夫です。驚きはしましたが、怪我なんてしていません。眠っているところを驚かせてしまったわたくしも悪いのですから、そんなに謝らないでくださいませ」
「ありがとう。やっぱり貴方は優しいね」
そう言って、エミリーの手を掴み起こしてくれる。彼の手を掴んだ瞬間、体温がぶわっと上がった。心臓が痛いくらいに跳ね、なんだか抱きついてしまいたい衝動に駆られる。
(わたくしったら、一体どうしたのでしょうか。ただ起こしてくださっただけなのに。変、変なのです)
「エミリーはここにはよく来るの? ああ、会えて嬉しいよ。今世では顔色は悪くないし、そんなに痩せ細っていなくて安心した」
「え?」
「ううん。ただの独り言」
彼の言葉に違和感を感じ、首を傾げる。彼は誰かと勘違いをしているのだろうか。
(あれ? わたくし名乗りましたか?)
「私はたまに昼寝に来るんだけど、エミリーが来るならこれからは毎日来ようかな」
とても嬉しそうに話す彼に戸惑いを隠せない。なんと返事をしようか迷っていると、エミリーの前に手が差し出された。その手を握ると、やはりなんだか懐かしいものを感じ、無性に抱き締めてほしくなってしまう。エミリーはかぶりを振った。
「えっと、なんとお呼びすればよいですか?」
「レーリオと呼んで、エミリー」
「はい、レーリオ様。これから、よろしくお願いいたします」
エミリーが頭を下げると、「やっと見つけた」と聞こえた気がして顔を上げる。
「今、なんと仰いましたか?」
「いや、素敵な名だねと言ったのだよ。とても可愛く心が洗われるような響きだ。その名をまた呼べることを嬉しく思う」
「……」
レーリオの言葉の端々に違和感を覚える。少し変な人だとは思うが、なぜか目が離せなかった。
それになぜだか分からないが彼の側はとても安心するのだ。このままずっと彼から離れたくない。出逢ったばかりなのに、そう思ってしまった。
これが一目惚れというものなのだろうか。
「本当に美しい泉……」
一人になりたくなった時は、いつもここに逃げてきてしまう。幼い時からいやなことがあると隠れる癖があるのを知っている女官たちは無理に探したりもせず、しばらく放っておいてくれる。だからこそ、そんな女官たちについつい甘え、いけないことだとは思いつつも王宮を抜け出してしまうのだ。
――この大陸は魔法が生活に根差している。魔力量や能力に差はあれど誰もが魔法を扱えるのだ。ただ、大きな魔法が使えるのは王侯貴族のみで、平民が使えるのは生活魔法だけだと聞く。なので、この転移魔法は自分が王女だからこそ使えるのだ。
(その点では自分の血筋には感謝です。ほかは鬱陶しいことばかりですけれど)
エミリーは重く暗い溜息をついた。
ペルデレ国は代々、国王の力が強い国だ。王が慈悲深く賢ければなんの問題もないが、現在のペルデレ王――エミリーの父はお世辞にもよい王とはいえない。力と恐怖心で臣下や民を押さえつけ、周りの話を一切聞かない愚王。
王妃である母も王太子である兄も、無論自分も、誰一人として父を諫めることはできない。だからこそ、たまにすべてがいやになり、ここに逃げてきてしまうのだ。
(いやなお父様……)
先日、エミリーは十八歳の誕生日を迎えた。我が国の法では十八歳になれば子をなすことが許される。それは――我が身が政治の道具となることを意味する。
隣国に嫁がされるかはたまた臣下に褒美として下賜されるか。エミリーは王妃が産んだ王女ではあるが、第四王女の使いみちなど、実際そんなものだ。そうなれば、今のような時間は持てなくなるだろう。
そんな憂鬱なことを考えながら泉の付近を散歩していると、目が覚めるほどに美しい顔立ちをした男性が木に凭れ掛かり眠っていた。座っていても分かるくらい背が高い。
エミリーは彼の脇に置かれている剣に目を向けた。
(国境警備兵でしょうか?)
この村は隣国との国境だ。なので、兵士がここで休んでいても何もおかしくはない。
ここにはよく来ているが、人と会うのは初めてなのでなんだか新鮮で嬉しい。エミリーはふふふと笑った。
(綺麗な寝顔……。それに素敵な色の髪なのです。こういう色をサルビアブルーというのでしょうか?)
エミリーは目の前で寝ている青年に夢中になった。話をしてみたくて、うずうずしてしまう。
泉に来る時は町娘の恰好をしているので、自分が王女であることはバレないはずだ。目が覚めたら声をかけてみよう。そう思い、エミリーは彼の寝顔に見惚れた。
「本当に綺麗な方なのです。魅入られるというのはこういうことなのかしら」
「何者だ!?」
「きゃあっ!」
にこにこと微笑みながら、彼の寝顔を見つめていると、突然その男が目を覚ます。そしてエミリーを取り押さえたのだ。そのあまりの早業にエミリーは目を瞬かせた。
(え……!?)
「も、申し訳ございません。わたくし、いつもこの泉の側で本を読んでいるのです。決して怪しい者では……」
「っ、エ……ッ!」
弁解すると、その彼はエミリーの上から慌てて飛び退いた。吸い込まれてしまいそうなほどに美しいピーコックブルーの瞳が大きく見開かれ、エミリーをじっと見る。
その目が今にも泣き出してしまいそうに見えて思わず手を伸ばすと、彼が弾かれたように何度も頭を下げた。
「本当にごめんね。怪我はない。ああ、私としたことがなんということを……」
「大丈夫です。驚きはしましたが、怪我なんてしていません。眠っているところを驚かせてしまったわたくしも悪いのですから、そんなに謝らないでくださいませ」
「ありがとう。やっぱり貴方は優しいね」
そう言って、エミリーの手を掴み起こしてくれる。彼の手を掴んだ瞬間、体温がぶわっと上がった。心臓が痛いくらいに跳ね、なんだか抱きついてしまいたい衝動に駆られる。
(わたくしったら、一体どうしたのでしょうか。ただ起こしてくださっただけなのに。変、変なのです)
「エミリーはここにはよく来るの? ああ、会えて嬉しいよ。今世では顔色は悪くないし、そんなに痩せ細っていなくて安心した」
「え?」
「ううん。ただの独り言」
彼の言葉に違和感を感じ、首を傾げる。彼は誰かと勘違いをしているのだろうか。
(あれ? わたくし名乗りましたか?)
「私はたまに昼寝に来るんだけど、エミリーが来るならこれからは毎日来ようかな」
とても嬉しそうに話す彼に戸惑いを隠せない。なんと返事をしようか迷っていると、エミリーの前に手が差し出された。その手を握ると、やはりなんだか懐かしいものを感じ、無性に抱き締めてほしくなってしまう。エミリーはかぶりを振った。
「えっと、なんとお呼びすればよいですか?」
「レーリオと呼んで、エミリー」
「はい、レーリオ様。これから、よろしくお願いいたします」
エミリーが頭を下げると、「やっと見つけた」と聞こえた気がして顔を上げる。
「今、なんと仰いましたか?」
「いや、素敵な名だねと言ったのだよ。とても可愛く心が洗われるような響きだ。その名をまた呼べることを嬉しく思う」
「……」
レーリオの言葉の端々に違和感を覚える。少し変な人だとは思うが、なぜか目が離せなかった。
それになぜだか分からないが彼の側はとても安心するのだ。このままずっと彼から離れたくない。出逢ったばかりなのに、そう思ってしまった。
これが一目惚れというものなのだろうか。
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