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本編

21.ビアンカの婚約

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 それからは目紛しかった。イストリアとエトルリアの協議の末、ビアンカとリッティオ兄様は婚約することになったのだ。
 何度も協議を重ねる為に、お父様がイストリアに来ていたし、婚約することが決まってからは、イストリアで婚約式、エトルリアでも婚約式と、色々と忙しかった。立場的に、私も出席させてもらえたし。



 実際、嫁ぐのはビアンカがノービレ学院を卒業する7年後だけど、ビアンカにはすぐにエトルリアの正妃教育が施される事になった。
 エトルリアより教師が送られ、すぐに正妃教育が始まるらしい。特に、リッティオ兄様の正妃は、いずれ王妃となる。だから、ビアンカは物凄く大変だと思う。




 私も前回受けたけど、死にそうなくらいキツかった。忙しくて、遊ぶ暇もなくなるし……。
 それでも好きな人と添えるなら、嬉しい悲鳴だ。ビアンカには是非とも頑張ってもらいたい。



 その為、ビアンカは私の護衛騎士を辞めることになったのだ。



「本当にごめんなさいね。せめて、1年くらいは護衛騎士としての務めを果たしたかったのだけれど……」
「そんな事気にしないで下さい。ステファノもいてくれるし……。それに、私たち姉妹になるのですから、遠慮はなしですよ」
「ベレニーチェ、ありがとう。嬉しいわ」



 私とビアンカが寮の談話室でお話していると、突然エドヴィージェの姿が見えた。隣にルクレツィオはいないようだ。


 きっと部屋で課題でもこなしてるのかな?



「あら、ビアンカ。婚約おめでとう。エトルリアの次期王妃になるのですって? 従姉妹として、わたくしからもお祝いをさせて下さいな」
「ええ、ありがとう。エドヴィージェ」



 エドヴィージェも、ルクレツィオが絡まないと普通の子だな……。高飛車なところもあるけど。



 私は何となく、ずっと気になっていたことをエドヴィージェに聞いてみることにした。



「エドヴィージェは、ステファノ狙いなんですか?」
「ええ、そうよ」


 エドヴィージェが満面な笑みを浮かべ、そう言ったから、私はステファノがサディストって事を教えてあげようと思った。



「ねぇ、ステファノ。ルクレツィオも継承権を失い、ビアンカも嫁ぐのなら、次の王は貴方に決まりね」


 そう言って、エドヴィージェはステファノに擦り寄った。……教えてあげるのやめようかな? もしかすると、一度痛い目を見たほうがいいかも……。




「さあ、そんな事は分からないよ。兄上は最近、名誉挽回の為に死に物狂いで頑張っているし、あの調子だといつか父上の怒りもとけるかもしれないかな」
「あら、そんなの無理よ。一度でも汚点がついた王子が王になんてなれる訳ないわ」
「そう? けど、兄上は変わったよ」



 興味なさそうに鼻で笑ったエドヴィージェは、ステファノの腕に己の腕を絡め、肩に頭を置いた。



「ねぇ、ステファノ。わたくしも貴方のお嫁さんになりたいわ」
「エドヴィージェ! でも、ステファノは……」
「ベレニーチェ姫? ステファノが何かしら?」
「……えっと」


 私がついエドヴィージェのドレスを引っ張ると、ステファノが皆に見えない角度で私の事を凄い目で見た……。



 これは言うなという事だろうな……。言ったら、あとで怒られるのかな?




「エドヴィージェ、すまない。私には、もう好きな女性がいるんだ。申し訳ないけど、貴方の願いは受けられない」
「まあ! 女性に恥をかかせるなんて!」



 ステファノがキッパリと断ると、それに怒ったエドヴィージェは談話室から出ていってしまった。



 あー、また言えなかった……私がステファノにビビったから……。




「ねぇ、ベレニーチェ?」
「え? な、何ですか?」



 私がボーッと去りゆくエドヴィージェを眺めていると、ステファノが私の名前を呼んだ。その笑みを恐ろしく感じるのは気のせいじゃない筈……。



「私の好きな女性は何度も言うけど、ベレニーチェだよ。もし私が王になれたら、私の想いを受けてくれないかな?」
「え?」
「それに、ベレニーチェは絶対虐められるのが好きだと思うんだ。私が新しい世界を教えてあげるよ」


 突然、耳元でそう囁かれて、私は全身をゾワッと寒気が走った。



 怖っ! 怖すぎる……うえーん、助けて、ルクレツィオ。貴方の弟、どうなってるの?



「ごめんなさい! 私、将来は神子になりたいのです! だから、誰とも結婚出来ません。ステファノの気持ちは嬉し……いや嬉しくはないけど、本当にごめんなさい」
「神子? ベレニーチェが?」



 ステファノだけじゃなく、ビアンカも驚いている。そりゃそうだろう。一国の王女が神子になりたいだなんて……。出家するみたいなものだし、驚くと思う。



「私、神様に仕えたいんです。私が生涯仕えるのは神様だけと決めているのです。だから、ごめんなさい」
「それはエトルリアに帰って、おば様の実家を継ぐって事かい?」
「いいえ、プロヴェンツァを継ぐのは弟のサルヴァトーレです。なので、私はただ神子として神殿で、お仕えしたいだけなのです」



 私の言葉にステファノが納得出来ないという顔をしている。もしかすると、体良ていよく断る理由にしていると思われているのかもしれない。


「分かったよ。以前のように、兄上しか見えていないって訳でもないみたいだし、今回は退くけど……。私は諦めないよ、絶対ベレニーチェを啼かせてあげるから」


 そう言ってステファノは、私の手の平にキスを落とした。確か手の平のキスは所有したいという心の表れだった気が……。


 ってか、目標がおかしい。マジで、私を巻き込まないで欲しい。



「ねぇ、ステファノ。ベレニーチェを標的にするのはやめなさいな」
「そんな事はビアンカには関係ないだろう?」
「あら、エドヴィージェとの方が、ステファノはお似合いだと思うわ」
「は?」



 私とステファノは、ビアンカの言葉にとても驚いた。ビアンカは、何故突然エドヴィージェを売るような真似を……。



「だって、エドヴィージェみたいな勝ち気な女性が、涙に濡れた顔で貴方に縋りつき、許しを乞うのよ? ゾクゾクしない?」
「…………確かに強気な女性を屈服させるのは、征服欲が満たされるけど」
「ほら、エドヴィージェを落としてみなさいよ。それとも自信がないの? 怒られそうで怖い? エドヴィージェは強いものね」
「そんな事はないよ! 良いよ。エドヴィージェを屈服させてみせるよ!」



 おおう……ステファノが、その気になったようだ。流石、双子。ステファノのそそのかし方がお上手。



「ビアンカ。何故、そのような事を? エドヴィージェが可哀想ですよ!」
「え? 良いじゃない? エドヴィージェはステファノとの婚姻を望んでるのよ。お互いが望んだ形におさまるほうが良いと思わない? それに、私……ベレニーチェが泣かされるなんて嫌なの」



 ベレニーチェには幸せになって欲しいからと言ってくれたビアンカに嬉しくもあったけど、複雑でもあった……。
 私のステファノ回避は、エドヴィージェの苦労の元に成り立つんだ。何て事だろう。




 はぁ。私は今回は、恋愛に縛られずに悠々自適に楽しく神殿で、我が子の事だけを考えて能天気に生きるのが目標なのに……。




 私は居た堪れなくなって、その後護衛を断り、首座司教様からの課題に悲鳴をあげているだろうルクレツィオの部屋に向かった。


 ルクレツィオは、ノックをすると笑顔で迎え入れてくれたので、私はそんなルクレツィオにお礼を言って、部屋に入った。



「何かあったのか?」
「何もありません。ただ、談話室だと少し気が滅入ったので、此処で休みたくなったのです。ルクレツィオは気にせず、課題を続けていて下さい」



 此処は楽だ。私に将来の決断を求めたりしない。変な性癖を押し付けてくる事もない。全てを知っているルクレツィオの側にいるのは、とても楽。
 そして、あの後悔からか……ルクレツィオはとても優しい。甲斐甲斐しく世話をやいてくれるし、いつも気遣ってくれる。


 ああ、努力しているんだなって分かる。
 私の心のケアを最優先に考えてくれるから、今のルクレツィオの側にいるのはとても楽なのだ。ついつい甘えてしまう。



 ルクレツィオは、ソファーに寝転がっている私に、私の好きなお茶を淹れたあと、何かあったら呼んでくれと言って、頭を撫でて机に向かった。



 ステファノに頭を撫でられるのは、本当に嫌悪感しかないけど、昔からルクレツィオに頭を撫でられるのは不思議と嫌じゃないんだよね。



 私は頑張っているルクレツィオの背中を見つめながら、ゆっくりと微睡まどろみの中におちていった。
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