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本編
14.イレーニアの学習方法・後編(ルクレツィオ視点)
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「えっと……これと、これは殿下のサインが必要ですね」
「では、私が行ってきましょう。妃殿下は少しでも休まれて下さい」
「いえ、そういう訳にはいきません。こんな朝まで手伝って頂いたのです。後は、私が責任を持って殿下のサインを頂いてきます」
「ですが……」
はぁ、またサインか……。
そもそも、此処で共に執務をしていれば、わざわざベレニーチェがサインを求めに行く事もないのに……あのクズは……。
私だとも思いたくない……。ベレニーチェは一睡も出来ていないのだぞ。
ベレニーチェがビクビクしながら、私を探している。本当は会いたくない、会うのが怖いという気持ちがひしひしと伝わってくる。
「ルクレツィオ、愛しているわ」
「私も愛している」
そんな事をベレニーチェが思いながら、私を探し歩いていると、私とエドヴィージェが、前から歩いて来てしまった。
ベレニーチェは絶望したが立て直し、大きく深呼吸をした後、私に話しかけた。
まあ、どうせ最初は無視されるのだろうな。この私は人間のクズだからな。
「殿下、国王陛下に至急上げなければならない書類へのサインをお願い出来ないでしょうか?」
ベレニーチェがカーテシーを行い、そう問いかけても、案の定無視だ。エドヴィージェは、ずっとクスクス笑っている。
何というか、エドヴィージェも私を諌める事すらせずに、寧ろ増長させているような……何故だ? エドヴィージェは性格はキツめだが、決して根は悪い人間ではない。他者を虐げるタイプではない筈なのに……。
2人揃うからか……? 私とエドヴィージェは、お互いが共にいると、悪い結果しか生まないのではないだろうか……。
本当は優しいエドヴィージェを、このようにしたのは確実に、この私だ。
そう思うと、王位継承権が取り上げられ、エドヴィージェが私から離れたのは逆に良かったのかもしれぬ。
私はベレニーチェとエドヴィージェの未来を狂わせてはならぬ。
ベレニーチェが心の中で、サインくらい、にこやかにして、私の仕事を増やさないで欲しいと考えているが、まったくもって、その通りだな。
名を書くくらい、惜しまずしてやれば良いのに……。
「殿下! 国王陛下への書類なのです! 至急、お願い致します!」
そう言った瞬間、また私はベレニーチェの頬を思いっきり引っ叩いた。よろけながら、何とか持ち直すと、その私はとても己の妃を見るような目をしていなかった。幼馴染を見る目でもない。
そう、邪魔者を見る目だ……。
「空気を読み、私の望むように振る舞う事こそ、王太子妃としてのあるべき姿ではないのか?」
は? 此奴は何を言っているのだ?
こんなにも王太子妃として、身を粉にして働いているベレニーチェに言う言葉がそれか……。
「……それを言うのなら、殿下こそ王太子としての責務を果たされて下さい。元々、この書類は王太子が担うべき執務です……それに……」
「それに……なんだ?」
「私たちは同盟国の王子と王女です。私たちの婚姻は、同盟強化の為のものです。そして両国の絆となる御子をなす事も、また私と貴方の責務です」
その瞬間、私の眉間に深い皺が刻まれた。
ベレニーチェの心の中は国を担った上での婚姻故の責務についての葛藤があった。この同盟の強化を何としてでも成し遂げなければならぬという葛藤と、子を持てば変わってくれるのではという淡い期待。
ベレニーチェは、私に良き王太子となって欲しいのだな。
「子供ではないのですから、良い加減王太子としての自覚をお持ち下さい」
そして、義務でも責務でも良いから、私に抱かれたいという純粋な恋心があった。
これ程までに、どうしようもない私を見捨てる事なく、未だに愛してくれているのだ……涙が出そうだ……。
やはり、ベレニーチェは何があっても私を想うてくれる……その気持ちは間違いではなかったのだな。
私が暖かい気持ちに包まれていると、次に私から信じられぬ言葉が聞こえてきた。
「では、ドレスをたくし上げて足を開け」
「は?」
一瞬、聞こえ間違いをしたのかと私もベレニーチェも思った。
それくらい信じ難い言葉が、目の前の私から飛び出したのだ。
「子供が欲しいのだろう? 作ってやるから、さっさと足を開け」
「いやいやいや、何を言ってるの? 此処は廊下で、誰が通るかも分からない場所なのよ。品位を問われるよ、ルクレツィオ……っ!」
ベレニーチェが取り乱し、以前の口調へと戻ると、私は容赦なく、ベレニーチェを殴り飛ばし、床に倒れたベレニーチェの髪を力一杯引っ張った。
なんとも言えない痛みが走り、ベレニーチェは震えながら、私の手を離させようとしたが、更にグッと引っ張られてしまった。
「言葉遣いには気をつけろ。其方などに名を呼ばれるのも汚らわしい」
「汚らわしいって何ですか? 殿下はいつもそう言うけど、私が何をしたというのですか? 何故、突然そんな事を言うの……私は貴方の幼馴染なのっ……ちょっ、やめてっ、何するのよっ!」
何故、汚らわしいというのだ……。
ベレニーチェから、殿下と呼ばれる事のほうが嫌なのに……この私はそうではないのだな……。
こんな私……私ではない……。
ベレニーチェが踠き、暴れると、私はベレニーチェの腹を殴り、痛みにうずくまった瞬間、エドヴィージェと一緒になってベレニーチェを押さえ込んだ。
この顔は今から女性を抱く男の顔ではない。
まるで、拷問でも始めるかのような顔だ。
そしてそう思った瞬間、慣らされていないベレニーチェのそこに、私は容赦なく挿入した。とてつもない痛みが体を走り、息がまともに出来なかった。
恐ろしいほどの激痛が体を支配していく。これが、ベレニーチェが言っていた凌辱か……。
痛みとその悲しい事実にベレニーチェが、どれ程泣いていても……泣きながら何度も痛いと、やめて欲しいと伝えても、この私は顔色ひとつ変えずに、この異常な暴力を続けた。
痛すぎて、まともに言葉が紡げないのに、エドヴィージェがベレニーチェの口を塞ぐように、ベレニーチェの顔の上へと座った。
「ベレニーチェ。念願のルクレツィオの味はどうかしら? それなのに、貴方ったら色気のない声ばかりをあげて。こんなのだと興醒めしちゃうわ」
「エドヴィージェ、口付けを。其方を想わねば、このような汚らわしい女などと到底出来るものではない」
痛い……苦しい……息ができない……助けて……誰か……。
ベレニーチェの悲痛な叫びが心の中に響き渡る。それなのに、私は目の前の己を止める事すら出来ぬ。殴り飛ばして、ベレニーチェを助け出してやりたいのに……それをする事すら叶わぬ。
それなのに、この私は容赦なく己の欲望をベレニーチェのナカに吐き出し、汚らわしいと言った。
「この汚らわしい女のせいで血塗れだ。汚いな……」
「ルクレツィオ、一緒に湯浴みでもしましょう。わたくしが清めてあげるわ」
終わった後、痛みとショックに動けないでいるベレニーチェを、平気でこの私達は踏みつけた。
「ほら、書類だ。そのようなところで寝転がっていないで、さっさと父上に渡して来い」
だが、悲劇はこれだけでは終わらなかった。ベレニーチェはこれで懐妊してしまった。こんな最低な行為で懐妊してしまうなど……。
これが、ベレニーチェの言っていた両国の絆となる腹の子か……。
懐妊が分かり、母上と父上はとても喜んだ。
そして、私は2人の前ではまた優しいフリをした。とても優しい声で喜び、ベレニーチェの体を労うその薄寒い行動に、恐怖すら覚える……。
そして王太子宮へと戻った瞬間、エドヴィージェと一緒に汚らわしいと言ってベレニーチェを、冬の冷たい池の中に突き落としたのだ。
通常時でも、どうにかなってしまいそうな程に冷たい水の中に落とされた身重のベレニーチェの体に、形容し難い痛みが襲う。
息がまともに出来なくなり、動けないベレニーチェに私とエドヴィージェは、ずっと見下すように笑い続けている。
早く池からあげてやらねば、腹の子だけではなく、ベレニーチェまで失うことになるぞ! 分かっているのか!?
心の中で何度叫んでも、この私には届かない。
私は無力だ。ベレニーチェひとり守ってやる事も出来ぬ。
「ベレニーチェ様!」
その瞬間、悲痛なほどにベレニーチェを心配する声が聞こえた。
ああ、良かった。これでやっとベレニーチェが助けてもらえる……。
「王太子殿下! これはどういう事ですか?」
「あ、いや……ベレニーチェが足を滑らせて池に落ちてしまったのだ」
エトルリアの女官長がベレニーチェを池から引きずり上げてくれ、私を咎めてくれている。
「王太子殿下。これは我が国の王に報告させて頂きます」
「いや、待ってくれ。おじ様には……」
「黙りなさい! 貴方がした事は今までご両親が、時間をかけて築いてきた両国の平和にヒビを入れる行為です」
私の顔が真っ青だ。
まさかバレるとは思っていなかったのだろう……。愚かな事だな。
「至急、王宮へご連絡を。王妃陛下に来て頂きましょう」
「いや、待て! 母上を呼ぶ事はならぬ!」
本当に愚かな事だ。今回ばかりは、露見しなければならぬ。他国の王女でもあるベレニーチェを殺そうとしたのだ。重罪だ。極刑となってもおかしくはない。
「父上や母上の耳に入れる事は勿論の事、おじ様へ報告する事も許さぬ」
「では、どうされますか? 此処で私を消しますか?」
それなのに、この私はエトルリアの女官長を殺し、証拠隠滅をはかろうとした。何と愚かな……そのような事をすれば、エトルリアと戦争になってしまう。
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ベレニーチェもそれを考えているようだった。父上やおじ様、皆の努力の結晶でもある今日の揺るぎない同盟を守りたいと強く願っている……。
その為かベレニーチェは激痛に耐えながら体を起こし、転移の魔法陣を描いた。
このような状態で転移の魔法陣のような大きな魔力を使えば、ベレニーチェの命はない。
だが、ベレニーチェに添うように魔力を流そうとしても、私は干渉する事が出来ぬ。
駄目だ、ベレニーチェ! 今、魔力を使うと死んでしまうぞ!
「ベレニーチェ様! そのような出血量で魔力を使われてはなりません。命に関わります!」
「だ……い、じょうぶ……。腐って……も、わ……たしは……エトル、リアの……おう、じょ……なの」
だが、エトルリア王女としての矜持で、ベレニーチェは転移の魔法陣を見事に始動させた。
「destinazione エトルリア王宮執務室」
「ベレニーチェ、待て! 私は、そのような事は許さぬぞ!」
ベレニーチェが私を拒絶する意味が分かった。この時、私の手を二度と取らぬと決めたのだな……。
それなのに、結局は私と優しく話してくれる……ベレニーチェは本当に優しいな……。
嗚呼、何と愚かな……何と取り返しのつかないような事をしたのだ、この私は。
◆
そして、突然政務をしている執務室に、ベレニーチェや女官長達が現れたので、おじ様達はとても驚かれていた。
だが、ベレニーチェはもう立ち上がれなさそうだ。
「ベレニーチェ! 何があったのだ!? ペガゾを呼べ! こうなっては私の治癒魔術では、どうにもならぬ! 血だけでなく、魔力も枯渇しそうだ!」
ベレニーチェの命が終わった……。
最期までベレニーチェは同盟強化の役目を果たせなかった事を悔いていた……。
ベレニーチェが悔いる事などないのに……。
悪いのは全て私なのに……。
涙が止まらない……私がベレニーチェと腹の子を殺した……この私が、ベレニーチェを……。
「では、私が行ってきましょう。妃殿下は少しでも休まれて下さい」
「いえ、そういう訳にはいきません。こんな朝まで手伝って頂いたのです。後は、私が責任を持って殿下のサインを頂いてきます」
「ですが……」
はぁ、またサインか……。
そもそも、此処で共に執務をしていれば、わざわざベレニーチェがサインを求めに行く事もないのに……あのクズは……。
私だとも思いたくない……。ベレニーチェは一睡も出来ていないのだぞ。
ベレニーチェがビクビクしながら、私を探している。本当は会いたくない、会うのが怖いという気持ちがひしひしと伝わってくる。
「ルクレツィオ、愛しているわ」
「私も愛している」
そんな事をベレニーチェが思いながら、私を探し歩いていると、私とエドヴィージェが、前から歩いて来てしまった。
ベレニーチェは絶望したが立て直し、大きく深呼吸をした後、私に話しかけた。
まあ、どうせ最初は無視されるのだろうな。この私は人間のクズだからな。
「殿下、国王陛下に至急上げなければならない書類へのサインをお願い出来ないでしょうか?」
ベレニーチェがカーテシーを行い、そう問いかけても、案の定無視だ。エドヴィージェは、ずっとクスクス笑っている。
何というか、エドヴィージェも私を諌める事すらせずに、寧ろ増長させているような……何故だ? エドヴィージェは性格はキツめだが、決して根は悪い人間ではない。他者を虐げるタイプではない筈なのに……。
2人揃うからか……? 私とエドヴィージェは、お互いが共にいると、悪い結果しか生まないのではないだろうか……。
本当は優しいエドヴィージェを、このようにしたのは確実に、この私だ。
そう思うと、王位継承権が取り上げられ、エドヴィージェが私から離れたのは逆に良かったのかもしれぬ。
私はベレニーチェとエドヴィージェの未来を狂わせてはならぬ。
ベレニーチェが心の中で、サインくらい、にこやかにして、私の仕事を増やさないで欲しいと考えているが、まったくもって、その通りだな。
名を書くくらい、惜しまずしてやれば良いのに……。
「殿下! 国王陛下への書類なのです! 至急、お願い致します!」
そう言った瞬間、また私はベレニーチェの頬を思いっきり引っ叩いた。よろけながら、何とか持ち直すと、その私はとても己の妃を見るような目をしていなかった。幼馴染を見る目でもない。
そう、邪魔者を見る目だ……。
「空気を読み、私の望むように振る舞う事こそ、王太子妃としてのあるべき姿ではないのか?」
は? 此奴は何を言っているのだ?
こんなにも王太子妃として、身を粉にして働いているベレニーチェに言う言葉がそれか……。
「……それを言うのなら、殿下こそ王太子としての責務を果たされて下さい。元々、この書類は王太子が担うべき執務です……それに……」
「それに……なんだ?」
「私たちは同盟国の王子と王女です。私たちの婚姻は、同盟強化の為のものです。そして両国の絆となる御子をなす事も、また私と貴方の責務です」
その瞬間、私の眉間に深い皺が刻まれた。
ベレニーチェの心の中は国を担った上での婚姻故の責務についての葛藤があった。この同盟の強化を何としてでも成し遂げなければならぬという葛藤と、子を持てば変わってくれるのではという淡い期待。
ベレニーチェは、私に良き王太子となって欲しいのだな。
「子供ではないのですから、良い加減王太子としての自覚をお持ち下さい」
そして、義務でも責務でも良いから、私に抱かれたいという純粋な恋心があった。
これ程までに、どうしようもない私を見捨てる事なく、未だに愛してくれているのだ……涙が出そうだ……。
やはり、ベレニーチェは何があっても私を想うてくれる……その気持ちは間違いではなかったのだな。
私が暖かい気持ちに包まれていると、次に私から信じられぬ言葉が聞こえてきた。
「では、ドレスをたくし上げて足を開け」
「は?」
一瞬、聞こえ間違いをしたのかと私もベレニーチェも思った。
それくらい信じ難い言葉が、目の前の私から飛び出したのだ。
「子供が欲しいのだろう? 作ってやるから、さっさと足を開け」
「いやいやいや、何を言ってるの? 此処は廊下で、誰が通るかも分からない場所なのよ。品位を問われるよ、ルクレツィオ……っ!」
ベレニーチェが取り乱し、以前の口調へと戻ると、私は容赦なく、ベレニーチェを殴り飛ばし、床に倒れたベレニーチェの髪を力一杯引っ張った。
なんとも言えない痛みが走り、ベレニーチェは震えながら、私の手を離させようとしたが、更にグッと引っ張られてしまった。
「言葉遣いには気をつけろ。其方などに名を呼ばれるのも汚らわしい」
「汚らわしいって何ですか? 殿下はいつもそう言うけど、私が何をしたというのですか? 何故、突然そんな事を言うの……私は貴方の幼馴染なのっ……ちょっ、やめてっ、何するのよっ!」
何故、汚らわしいというのだ……。
ベレニーチェから、殿下と呼ばれる事のほうが嫌なのに……この私はそうではないのだな……。
こんな私……私ではない……。
ベレニーチェが踠き、暴れると、私はベレニーチェの腹を殴り、痛みにうずくまった瞬間、エドヴィージェと一緒になってベレニーチェを押さえ込んだ。
この顔は今から女性を抱く男の顔ではない。
まるで、拷問でも始めるかのような顔だ。
そしてそう思った瞬間、慣らされていないベレニーチェのそこに、私は容赦なく挿入した。とてつもない痛みが体を走り、息がまともに出来なかった。
恐ろしいほどの激痛が体を支配していく。これが、ベレニーチェが言っていた凌辱か……。
痛みとその悲しい事実にベレニーチェが、どれ程泣いていても……泣きながら何度も痛いと、やめて欲しいと伝えても、この私は顔色ひとつ変えずに、この異常な暴力を続けた。
痛すぎて、まともに言葉が紡げないのに、エドヴィージェがベレニーチェの口を塞ぐように、ベレニーチェの顔の上へと座った。
「ベレニーチェ。念願のルクレツィオの味はどうかしら? それなのに、貴方ったら色気のない声ばかりをあげて。こんなのだと興醒めしちゃうわ」
「エドヴィージェ、口付けを。其方を想わねば、このような汚らわしい女などと到底出来るものではない」
痛い……苦しい……息ができない……助けて……誰か……。
ベレニーチェの悲痛な叫びが心の中に響き渡る。それなのに、私は目の前の己を止める事すら出来ぬ。殴り飛ばして、ベレニーチェを助け出してやりたいのに……それをする事すら叶わぬ。
それなのに、この私は容赦なく己の欲望をベレニーチェのナカに吐き出し、汚らわしいと言った。
「この汚らわしい女のせいで血塗れだ。汚いな……」
「ルクレツィオ、一緒に湯浴みでもしましょう。わたくしが清めてあげるわ」
終わった後、痛みとショックに動けないでいるベレニーチェを、平気でこの私達は踏みつけた。
「ほら、書類だ。そのようなところで寝転がっていないで、さっさと父上に渡して来い」
だが、悲劇はこれだけでは終わらなかった。ベレニーチェはこれで懐妊してしまった。こんな最低な行為で懐妊してしまうなど……。
これが、ベレニーチェの言っていた両国の絆となる腹の子か……。
懐妊が分かり、母上と父上はとても喜んだ。
そして、私は2人の前ではまた優しいフリをした。とても優しい声で喜び、ベレニーチェの体を労うその薄寒い行動に、恐怖すら覚える……。
そして王太子宮へと戻った瞬間、エドヴィージェと一緒に汚らわしいと言ってベレニーチェを、冬の冷たい池の中に突き落としたのだ。
通常時でも、どうにかなってしまいそうな程に冷たい水の中に落とされた身重のベレニーチェの体に、形容し難い痛みが襲う。
息がまともに出来なくなり、動けないベレニーチェに私とエドヴィージェは、ずっと見下すように笑い続けている。
早く池からあげてやらねば、腹の子だけではなく、ベレニーチェまで失うことになるぞ! 分かっているのか!?
心の中で何度叫んでも、この私には届かない。
私は無力だ。ベレニーチェひとり守ってやる事も出来ぬ。
「ベレニーチェ様!」
その瞬間、悲痛なほどにベレニーチェを心配する声が聞こえた。
ああ、良かった。これでやっとベレニーチェが助けてもらえる……。
「王太子殿下! これはどういう事ですか?」
「あ、いや……ベレニーチェが足を滑らせて池に落ちてしまったのだ」
エトルリアの女官長がベレニーチェを池から引きずり上げてくれ、私を咎めてくれている。
「王太子殿下。これは我が国の王に報告させて頂きます」
「いや、待ってくれ。おじ様には……」
「黙りなさい! 貴方がした事は今までご両親が、時間をかけて築いてきた両国の平和にヒビを入れる行為です」
私の顔が真っ青だ。
まさかバレるとは思っていなかったのだろう……。愚かな事だな。
「至急、王宮へご連絡を。王妃陛下に来て頂きましょう」
「いや、待て! 母上を呼ぶ事はならぬ!」
本当に愚かな事だ。今回ばかりは、露見しなければならぬ。他国の王女でもあるベレニーチェを殺そうとしたのだ。重罪だ。極刑となってもおかしくはない。
「父上や母上の耳に入れる事は勿論の事、おじ様へ報告する事も許さぬ」
「では、どうされますか? 此処で私を消しますか?」
それなのに、この私はエトルリアの女官長を殺し、証拠隠滅をはかろうとした。何と愚かな……そのような事をすれば、エトルリアと戦争になってしまう。
大切な親友の国であり、幼い頃より良くしてくれていたエトルリアと……戦争になるのだぞ……。
ベレニーチェもそれを考えているようだった。父上やおじ様、皆の努力の結晶でもある今日の揺るぎない同盟を守りたいと強く願っている……。
その為かベレニーチェは激痛に耐えながら体を起こし、転移の魔法陣を描いた。
このような状態で転移の魔法陣のような大きな魔力を使えば、ベレニーチェの命はない。
だが、ベレニーチェに添うように魔力を流そうとしても、私は干渉する事が出来ぬ。
駄目だ、ベレニーチェ! 今、魔力を使うと死んでしまうぞ!
「ベレニーチェ様! そのような出血量で魔力を使われてはなりません。命に関わります!」
「だ……い、じょうぶ……。腐って……も、わ……たしは……エトル、リアの……おう、じょ……なの」
だが、エトルリア王女としての矜持で、ベレニーチェは転移の魔法陣を見事に始動させた。
「destinazione エトルリア王宮執務室」
「ベレニーチェ、待て! 私は、そのような事は許さぬぞ!」
ベレニーチェが私を拒絶する意味が分かった。この時、私の手を二度と取らぬと決めたのだな……。
それなのに、結局は私と優しく話してくれる……ベレニーチェは本当に優しいな……。
嗚呼、何と愚かな……何と取り返しのつかないような事をしたのだ、この私は。
◆
そして、突然政務をしている執務室に、ベレニーチェや女官長達が現れたので、おじ様達はとても驚かれていた。
だが、ベレニーチェはもう立ち上がれなさそうだ。
「ベレニーチェ! 何があったのだ!? ペガゾを呼べ! こうなっては私の治癒魔術では、どうにもならぬ! 血だけでなく、魔力も枯渇しそうだ!」
ベレニーチェの命が終わった……。
最期までベレニーチェは同盟強化の役目を果たせなかった事を悔いていた……。
ベレニーチェが悔いる事などないのに……。
悪いのは全て私なのに……。
涙が止まらない……私がベレニーチェと腹の子を殺した……この私が、ベレニーチェを……。
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