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前世編

前世の過ち

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 私は宇佐美うさみ里奈りな
 調理師専門学校の2年生だ。


 両親はロシアでお仕事をしていて、私も5歳から18歳までをロシアで育ち、専門学校入学と共に、日本の北海道に住んでいる祖父母の家に居候という形で、日本に留学した。

 そして現在、夏休み中だ。


「ねぇねぇ、おばあちゃん! 夏だし、何処か涼しくなるところない? ちょっと怖めの場所とかだと嬉しいな」


 夏休みの暇つぶし……その少しの興味で、私は祖母に肝試しの場所を尋ねてみることにした。

 日本の夏休みは海外と違って短いし、日本のホラーというものに少し興味があったのもあって……、折角だし日本の夏を満喫してみようと思ったのだ。



「涼しくなるところねぇ。ああ、此処を少し山の方に行ったところに祠と慰霊碑があるんだよ。そこはどうだい?」
「祠と慰霊碑?」
「戦時中に亡くなった人を祀る為のものさ」

 なるほど、戦時中の祠と慰霊碑か……如何にもって感じ。
 悪くはないかも。近くなら、怖い事があっても、すぐ帰って来られるし……。


「ああ、でも、それより奥に行っちゃいけないよ。その奥には、もう使われていない防空壕があって危険だからね。あと、その祠の近くで外国語を話しちゃいけないよ。呪われるって噂があるから」


 私は、既に祠と慰霊碑のことに夢中で、おばあちゃんの忠告が耳に入っていなかった。









「あれ? 祠って何処?」


 私は早々に迷子になってしまったみたいで、見渡しても見渡しても、あるのは緑豊かな土地……もとい人の手が入ってなくて荒れて草ぼうぼうの土地である。


 困ったな……。
 今何時だろうと思い、時計に目をやると時刻は18時を差していた。

 
「うげっ、もうすぐ18時じゃん」

 夏だからまだ明るいけど、こういう昼間から夜に移る黄昏時って日本では逢魔が時って言うんでしょ?
 魔物に遭遇しやすい時間帯かー。肝試しには打って付けかもしれないけど、流石にこれ以上、時間が経つと怖いな……暗くなると尚更だ。


 か、帰ろうかな……。


「あら、梢さんじゃない。こんなところで何してるの?」
「梢?」


 そんな事を考えていたら、なんか古めかしい不思議な格好をした少女に声をかけられた。
 なんて言うの、戦時下スタイル? そういうような格好の少女だ。

 最近の日本って、そんな格好が流行ってるのかな? と思いつつ、彼女の方に体を向ける。


「何処に行くの?」
「……祠を探してるの」
「あら、祠の場所忘れたの? よく一緒に行ったじゃない。梢さんったら、相変わらず頓珍漢ね」

 とんちんかんって……何?


「というか、私梢さんじゃな……」
「ほら、こっちよ!」


 私が言い終わる前に、彼女に腕を引っ張られてしまったので、私は仕方なくその少女について行く事にした。


 とんちんかんって何だろう? 日本語の悪口かな……と、私は首を傾げながら彼女に目をやる。

 幼稚園までは日本で過ごしていたから日本語は普通に話せるけど、ロシアでの生活が長いせいか、早口で喋られたり、普段使わない日本語を使われると……分からなかったりするんだよね。


 でも、何語でも悪く言われているのって、なんとなく分かってしまうものなので、今回の『とんちんかん』は恐らく悪口なのだろうと当たりをつけながら、私の手を引っ張り、グイグイと前を歩く彼女の背に目をやる。



「どうしたの? 着いたわよ」
「えっ? ああ、ありがとう」


 考え事をしていたら、突然彼女が止まる。私がその言葉にキョロキョロすると、不思議そうに顔を覗き込まれた。


 考え事をしていて、周りを良く見ていなかったせいか一瞬でついたような心持ちだ。帰り道も分からないから、後で元いた場所に連れて行ってもらわないと……。


「あ、あの……えっと、貴方の名前は?」
つむぎよ! つむぎ! 本当にどうしちゃったの? 梢さんったら、頭でも打った?」
「あはは、ごめんなさい」


 もういいや、梢で。きっと、すごく似てるんだろうな。
 どうせ、この少しの間だけだし、間違えられていてもいいかな、と思った私は「ごめん、ごめん」と謝りながら笑う。


 すると、つむぎさんが突然祠に手を合わせたから、私も慌ててお祈りをする事にした。
 ただ、私は日本式のお祈りが分からなくて、己の宗教……ロシア正教会のやり方で十字をき、お祈りをする事にする。


 宗教は違えど、祈る気持ちが大切だと思うからだ。


「……この祠はね、ある2人の女学生を想った家族が取り壊さずに残しておいたものなの」
「え?」

 突然、つむぎさんは悲しそうな顔で話し始めた。


 どうやらつむぎさんの話によると、仲の良い2人組がいつも女学校のあとに、此処で他愛無いお喋りをしていたらしい。

 けど、1945年7月14日から15日にかけて北海道に空襲があった。特に軍需産業の生産地であった室蘭市、釧路市、根室市への空襲は大規模だったと言われている。
 でも函館市、小樽市、帯広市、旭川市や戦略上全く意味のない農村部も攻撃され、一般市民を中心に死者2,000人を超える被害を出したと、聞いた事がある……。


 その旭川の空襲で死んでしまった少女2人を悼んだ家族が祠を綺麗にし、戦後も残るようにしたのだと彼女は言った。


 此処、旭川にも空襲が……。
 確かおばあちゃのお姉さんも、その空襲が元で死んじゃったんだっけ。



「可哀想な事にね、もうすぐ20歳になる筈だったの。あと1ヶ月だったのよ。その誕生日を、とてもとても楽しみにしていたの」
「そっか……」

 つむぎさんは、きっとその亡くなった方のご家族なんだろうな……。
 そう思い、私は亡くなった少女2人の魂が迷う事なく神の御許に逝けるようにお祈りをしようと思い立った。


「じゃあ、私がその亡くなった方のご冥福を祈ってあげる! 救いがありますようにって!」
「え?」

 つむぎさんが目をまん丸くして驚いている横で、私はロシア語でお祈りの言葉を唱え、右手の親指と人差し指と中指の先を合わせ、薬指と小指を曲げ、額・胸・右肩・左肩の順に指を動かして十字をいた。


 そして、祠の前でお辞儀をし、「これで大丈夫だよ、きっと」と言って、つむぎさんに笑顔で向かい合う。



「貴方……今……何を……何を……」
「何ってお祈りだよ。私の信仰している宗教のやり方でごめんね。けど、祈る気持ちが大切だと思うんだ」
「…………貴方……」
「でも、本当に酷い時代だったよね。私たちは、平和な今に生まれて良かった。その時代に生まれなくて良かったよね……」
「最低! 最低! 最低! 許さないわ!」

 私の言葉に、突然つむぎさんが髪を振り乱して怒り始めた。そのあまりの変わりように私は面食らう。


 え? 突然どうしたの?
 どうして怒っているの?


「この非国民! 私じゃなくて良かったですって!? よくもそんな事が言えたわね!」
「ちょっ、ちょっと、ゆっくり! ゆっくり話して! 早口じゃ聞き取れないの」
「この非国民! 売国奴! 絶対に許さないわ! 貴方は私が苦しんでいる時、敵に擦り寄り助かっていたのね!」


 いや、マジで何て言ってるか分かんない。
 はぁ。お願いだから、ゆっくり話してよ。ただでさえ、難しそうな単語を並べられてる上に、早口なんて最悪。


 ってか、本当にどうして怒っているの?


 私がそう思った瞬間、今まで閉まっていた祠の扉が開き、中から生暖かい風が吹いたかと思うと、辺りに空襲警報のような音が鳴り響いた。



「えっ? 何? 何の音?」



 私は異様な雰囲気に怖くなってしまった。
 つむぎさんは既に、明らかに生きている人ではない雰囲気を醸し出している。


 まさか……まさか……20歳を目前に死んだ女学生って……つむぎさん?



 そう思った瞬間、私は彼女に背を向け駆け出していた。



「絶対に許さないわ。貴方も私と同じように誕生日を楽しみにして死ねば良いのよ。生きることを切望しながら死んでいけば良いんだわ。絶対に幸せになんてしない。貴方のこれからに血の雨が降り注ぐでしょう!」






 そして、私は闇雲に走り回り、次に気がついた時は病院のベッドの上だった。
 おばあちゃんの話によると、防空壕の近くで倒れていたそうだ。



「どうして防空壕に近づいたんだい? 危ないと言っただろう?」
「ごめんなさい……」
「梢姉さんが死んでいた場所と全く同じ場所で倒れていたから、心臓が止まりそうなくらい驚いたよ」
「えっ!? ま、待って! 今、梢って言った?」

 私は驚きのあまり、体をベッドから起こし、おばあちゃんの肩を掴んだ。すると、おばあちゃんが当時のことを話し始めてくれる。


 おばあちゃんの話によると、梢という名前のお姉さんはいつも仲の良い友達と、あの祠付近で遊んでいたらしい。
 当日は一緒にはいなかったらしいけど、梢さんは私が倒れていた場所で黒焦げになって焼け死に、その友達はあの祠付近で乱暴されて死んでいたと、おばあちゃんは言った。


 2人とも20歳を目前にした夏の出来事だったと……。






 ───────絶対に許さないわ。貴方も私と同じように誕生日を楽しみにして死ねば良いのよ。生きることを切望しながら死んでいけば良いんだわ。絶対に幸せになんてしない。貴方のこれからに血の雨が降り注ぐでしょう!
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