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第四章 女王

96.己の弱さ(マッティア視点)

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 ベアトリーチェの気配が消えた。
 今日は神殿へ行く用はなかった筈だが、近くに寄ったので、叔父である公爵に挨拶にでも行ったのだろうか……。



 私はベアトリーチェが外に出る時は、ベアトリーチェに守護の魔術をかけ、常に何処にいるのかを把握出来る様に、己の魔力で包んでいる。
 だが、そんな私の魔力が届かぬ場所……、それはプロヴェンツァの息がかかる場所だ。神殿はプロヴェンツァの領域故に、例え私でも不可侵なのだ。悔しいが……。


 私が、そんな事を考えていると、ベアトリーチェが行方不明だと報された。



 その一報を聞いた時、目の前が真っ暗になった……。
 まともに息が出来ず……眩暈がして立っているのもやっとだった……。


 私は急いで、王都中に魔力を行き届かせ、ベアトリーチェを探した。だが、いくら探しても見つける事は出来なかった。



 ペガゾは神殿内のアディトンにいると言ったが、神殿に連絡を入れても、今日は来ていないと言われ、私は吐き気を抑えられず吐いてしまった。



 ベアトリーチェを失う訳にはいかぬ。
 あの人は私の全てなのだ。憧れていて諦めていた時とは違う……私の妃として迎え入れ、受け入れられた今となっては、ベアトリーチェは私にとって唯一無二の存在なのだ。



 そのベアトリーチェを失う事は私にとっても、我がエトルリアにとっても歩みを止める事を意味する。
 以前、ベアトリーチェが、私がいないと生きていけないと言ってくれたように、私も彼女がいないと生きていけないのだ。



 何度も何度も、魔力を張り巡らせようとも、見つける事は出来なかった。この短時間で、ベアトリーチェを拐い、王都を出る事は考え辛い……不可能だ。
 だが、それを認めてしまうと、それはベアトリーチェの死を認めた事になってしまう。



 私は己の頬を両手で叩き、王都を超えて国中に魔力を行き届かせようとした時、突然ベアトリーチェの存在が確認出来た。
 そして、程なくしてベアトリーチェが見つかったとの報告を受け、私はすぐにそちらへ向かうと告げた。



 慌てて行ってみると、私を見て驚いたベアトリーチェの顔がそこにあったので、私はどこも怪我をしていない事を確認して、ベアトリーチェを抱き締めた。




「ベアトリーチェ、無事で良かった!」


 そう言って、私を抱き締めると小さな声で申し訳ありませんと呟き、私に抱きついてくれたベアトリーチェの体温を確かに感じ、夢ではないのだと……心底安堵した。




「ベアトリーチェ、何処に行っていたのですか?」
「女王陛下はおひとりになりたかったようで、風に当たっていたそうです」
「1時間もか?」


 私が、ベアトリーチェに問うと、騎士がそう報告した事に私は怒りがおさまらなかった。



「護衛対象を見失うなど職務怠慢だとは思わぬのか!? 其方達は何を考えているのだ! 大事だいじになってからでは遅いのだぞ! 何のための護衛騎士だ! 愚か者!」


 私が感情のままに怒鳴り付けていると、ベアトリーチェが慌てて間に入ってきた。



「ま、待って下さい。元はと言えば、わたくしが皆に用事を頼み、その隙に隠れたのがいけなかったのです……。お願い致します。罰はわたくしだけに。騎士の方たちは、何も悪くありません」



 私は、その言葉に目を見張った。
 隠れただと……? 一体何の為に……。


 私がベアトリーチェの真意を探るように見つめると、ベアトリーチェが慌てて目を逸らした挙句、全ての責を己で負うと言い出した。



 私は、この場で話していても埒があかないと思い皆を連れ、城へ戻る事にした。城に戻った後は騎士に謹慎を言い渡し、議官には部屋で話をしてくると告げたあと、私はベアトリーチェを連れ、部屋へと向かった。



 私がベアトリーチェに事の顛末の説明を要求しても、ベアトリーチェは己が悪いとしか言わない……。これには私はカッとなってしまった。



「ならば、ちゃんと説明しろ! 貴方は一体何を考えているのだ!? どれだけ、周りを心配させたのかも分かっていないのか?」



 いけないと思いつつも、怒りが抑えられなかったのだ。どれ程心配したと思っているのだ。どれ程……。
 ベアトリーチェが見つかるまで、息すら出来ない程に苦しかったのに、ベアトリーチェはそんな事にも気付かず、何かをしていたのだ……。


 そう思うと、つい怒鳴り付けてしまっていた。




「わたくし、本当に少しの間……1人になりたくて……。木陰で風に当たっていたら、つい眠ってしまって……」



 それなのに、まだベアトリーチェは私を欺こうとする。私はベアトリーチェが嘘を言った瞬間、ベアトリーチェの頬を引っぱたいていた。
 ベアトリーチェの目が恐怖に揺れていても、私は怒りを抑えられなかった。



 私がもう一度、説明を求めるとベアトリーチェが嘘ではないとふざけた事を言い、目を逸らしたので、私はベアトリーチェの顎を掴み、無理矢理こちらを向かせた。
 そして、教えてやった。どれ程、ベアトリーチェを探したかを……。



「私は貴方が行方不明となった事を知らされた時、王都中に魔力を張り巡らせ、貴方を探したのだ。だが、見つける事は出来なかった」


 その言葉にベアトリーチェは、とても驚いた顔をし、私をじっと見つめた。




「私の魔力が唯一、及ばない場所はこの国でひとつだけだ」



 その言葉にベアトリーチェはビクッとし、明らかに動揺している。目を逸らしたいのに逸らせないと顔に書かれてあった。



 ベアトリーチェに次はないと脅すと、とても怯えた顔をした。そして、ポツリと話し始めた。




「神殿に……アディトンに行っていました」
「何の為に?」
「それは……」



 やっと話し始めたかと思えば、突然口を噤んだ。私はそんなベアトリーチェが腹立たしく、溜息を吐き、ベアトリーチェをベッドに投げてやった。



「きゃっ!」
「言いなさい。何の為に、神託を受けに行ったのかを。そして、どのような神託が下ったのかを」
「それは……あの……受けられなかったのです。何も……あの……本当に……」



 ベアトリーチェの顔は恐怖に満ちていた。
 だが、私を誤魔化したいという心が、はっきりと見えた。


 ベアトリーチェからすれば、私の怒りの理由など分からぬのであろう。どれ程、心配したのかも分からぬのであろう。



「次は許さないと言った筈だ。どうしても言いたくないのなら、無理矢理にでもその体に聞くまでだ。ベアトリーチェ、どうする? 話すかそれとも私により無理矢理吐かされるか、どちらかを選びなさい」



 私が、そう言うと、ベアトリーチェの体が跳ねた。だが、そういう事ではないのだ……。
 交わりに持ち込んで、はぐらかそうと思っているのが見え見えだ。



「何を期待しているかは知らぬが、貴方には褒美となるだろう。今、貴方を抱くつもりはない。私に背中を向けて、ベッドに手を突き立ちなさい」



 鞭を出し、そう命じるとベアトリーチェが信じられないという顔で私を見た。


「マッティア様……ご冗談ですよね? わたくしを拷問するというのですか? わたくしは貴方の妃であり、女王ですよ!」
「ならば、何故女王としての責務を放り出したのだ!? どれほど、私が心配したと思っているのだ!? 貴方が見つかるまで、生きた心地がしなかったのだぞ!」



 私が感情のまま怒鳴ると、ベアトリーチェがやっと心からの謝罪を口にしたので、私はやっと少しは分かって貰えたのだと安堵した。


 本気で鞭で打つつもりなどない。
 強く抱き締めれば手折ってしまいそうなくらい、華奢なベアトリーチェの体に鞭を打つなど出来る訳がない。


 ただ脅しのつもりだったのだ。私の怒りがどれ程強いのかを分からせる為にも……。



 ベアトリーチェが心から謝り、やっと話すと言ってくれたので、私は鞭を消した。ベアトリーチェは、先程から私に抱き付いているが、私はまだ怒っているのだ。抱き締め返してやる気はない。



 やっと話し始めたベアトリーチェは、予想外の事を口にした。



「わ、わたくし……どうしても知りたかったのです。流れてしまったわたくし達の御子が……何処にいったのかを……。あれから一向に懐妊する兆しがないので、帰ってきてくれるのか……、わたくし、どうしても知りたかったのです……」



 そんなにも気にしていたとは……。
 私だとて帰って来てくれるものなら帰ってきて欲しいとは思う……。だが、こればかりは授かりものだ……。



「ですが、わたくしが望んでいた答えは得られませんでした。マッティア様は気になりませんか? あの子が何処に行ったのかを……。帰ってきて欲しいとは思いませんか?」




 ベアトリーチェはそう言うと、私の胸の中で泣いていた。私はそのベアトリーチェが痛々しく、ついいつもように頭を撫でてしまった。


 ベアトリーチェが私をじっと見ている。私は怒りをおさめ、ベアトリーチェを抱き上げ、ベッドへと腰掛け、ベアトリーチェを膝に乗せた。




「ベアトリーチェ、約束して下さい。二度とそのような事はしないと。貴方の気持ちは分かりました。貴方の気持ちも考えずに、怒りをぶつけた事は謝ります。申し訳ありませんでした」
「これからは、ちゃんと相談致します。もう二度と、あのような真似は致しません」



 ベアトリーチェから、その約束を得られただけで、私は安堵し、ベアトリーチェをきつく抱き締め、泣いてしまった。



「本当に良かった……。無事で良かった……。私は貴方がいないと……駄目なのです……ベアトリーチェ、貴方を失う事が恐ろしくて堪らないのです」
「マッティア様、申し訳ありません。本当に……申し訳ありません」



 ベアトリーチェは泣いている私を抱き締めながら、何度も謝り、私を慰めるように髪を何度も撫でた。
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