上 下
101 / 117
第四章 女王

95.マッティアの怒り

しおりを挟む
 わたくしはベレニーチェの事がどうしても気になりました。なので、わたくしは神託を得に神殿へと赴く事に決めました。


 マッティア様には視察へ行くと言って、出かけることに致しました。視察の合間に、護衛騎士を撒くために、わたくしは神殿付近の病院で、騎士の方に患者さんのお手伝いをお願い致しました。
 恐らく、わたくしの姿が一時的に消える事で、後でマッティア様に物凄く怒られる事は覚悟の上です。誤魔化す言葉も考えておかなければ……。





 騎士の方の目が、わたくしから離れたその隙にわたくしは隠れて、転移の魔法陣を始動させました。
 わたくしはあまり魔法陣の扱いが上手くないので、賭けだったのですけれど、どうやら成功したようです。



 わたくしが立っている場所はアディトンでした。そして、わたくしは祭壇の前に跪き、知りたい事を心に思い描きました。




 そして、次に気が付いた時、わたくしは神殿付近の病院でした。どうやら、用が終わった瞬間、元の場所へと戻されたようです。



 ベレニーチェの秘密……。
 わたくしはその驚愕の事実に、その場に座り込んでしまいました。


 ベレニーチェが異世界から来訪せし者。
 異なる世界で19歳まで生きた記憶があるから、7歳なのに、大人びた発言を度々するのですね。



 立ち居振る舞いも、その時の癖が抜けないのでしょう。以前のあの言葉も、ベレニーチェが官能小説を読んだのではなく、自身の経験故なのでしょうか……。



 だからこそ、教えていない料理が出来たり、新しい調味料や料理を作り出したり出来たのですね……。
 料理や絵を、異なる世界で学んでいたのでしょう。



 ベレニーチェは、どうやらあの6歳の事故で思い出してしまったようです……。
 けれど、だから何だと言うのでしょうか……。ベレニーチェが前世の記憶を持っていたとしても、それが異なる世界だとしても、わたくしには関係ありません。


 わたくしが十月十日とつきとおか、お腹で育て、お腹を痛めて産んだのです。その事実は揺るぎありません。


 だからこそ、わたくしはこの真実を一生わたくしだけの心に秘める事に決めました。




「女王陛下! 何処ですか!?」
「女王陛下!」


 騎士たちのわたくしを探す声が聞こえます。
 わたくしは、覚悟を決めて騎士たちの前に姿を現しました。



「陛下! 無事で良かったです!」
「1時間もどちらに行かれていたのですか?」
「もうすぐ国王陛下がこちらにいらっしゃいますので……」


 わたくしは、その言葉に心臓が跳ねました。
 確実に怒られるでしょう。



「本当に申し訳ありません。少し1人になりたくて……風に当たっていたのです」
「1時間もですか? 次からは、一言仰って下さい。皆、とても心配したのですよ」



 わたくしが騎士の方や病院の方たちに心配をかけて、本当に申し訳がなかったと頭を下げていると、マッティア様が到着されました。転移の魔術を使い、突然目の前に現れたので、心臓が止まりそうなくらい驚いてしまいました。




「ベアトリーチェ、無事で良かった!」


 そう言って、わたくしを抱き締めるマッティア様が震えています。その時、初めて己が愚かな事をしたのだと、思い知りました。




「ベアトリーチェ、何処に行っていたのですか?」
「女王陛下はおひとりになりたかったようで、風に当たっていたそうです」
「1時間もか?」


 マッティア様が、騎士の方を睨みました。そして、護衛対象を見失うなど職務怠慢だと怒鳴りつけました。



「ま、待って下さい。元はと言えば、わたくしが皆に用事を頼み、その隙に隠れたのがいけなかったのです……。お願い致します。罰はわたくしだけに。騎士の方たちは、何も悪くありません」



 その言葉にマッティア様が、わたくしを見つめました。わたくしを探るその目が怖くて、つい目を逸らしてしまいました。



「陛下、本当にお願い致します。騎士の方たちに、お咎めなしだと約束して下さいませ。わたくし、どんな罰でも受けるので……」
「女王陛下! それはなりません!」
「いいえ、それで良いのです。わたくしが全て悪いのです」


 マッティア様は、詳しい話は王宮に帰ってからだと仰り、わたくし達を伴い、王宮へと転移なさいました。



 王宮に帰った後、騎士の方たちは沙汰があるまで謹慎だと、マッティア様は仰り、議官の方に色々申し付けられたあと、わたくしをマッティア様のお部屋に連行致しました。




「では、ベアトリーチェ。何故、このような事をしたのか申し開きなさい。場合によっては、騎士の者の処分なしも考えましょう」
「だから、全てわたくしが悪いのです」
「ならば、ちゃんと説明しろ! 貴方は一体何を考えているのだ!? どれだけ、周りを心配させたのかも分かっていないのか?」



 マッティア様がわたくしを怒鳴りつけたので、わたくしは、とても驚きました。
 嫁いでから、例えケンカをしても、わたくしが馬鹿な事をしても、怒鳴るように叱られた事はありましたけれど……。ですが、今みたいにぶつけるような怒りを向けられた事は一度もなかったからです。




「申し訳ありません」
「罰を与えるにしても話を聞いてみない事には判断出来ぬ。包み隠さず、話しなさい」
「わたくし、本当に少しの間……1人になりたくて……。木陰で風に当たっていたら、つい眠ってしまって……」


 すると、マッティア様はわたくしの頬を打ちました。わたくしが打たれた頬を手でおさえながら、マッティア様を見上げると、とても怖い顔をしています。



「マッティア様?」
「もう一度言う。包み隠さず話せ。嘘をつく事は、もう許さぬ」
「嘘じゃ……」


 わたくしがそう呟き、マッティア様から目を逸らすと、マッティア様はわたくしの顎を力任せに掴みながら、マッティア様の方を向かせました。



「痛い……です。マッティア様」
「私は貴方が行方不明となった事を知らされた時、王都中に魔力を張り巡らせ、貴方を探したのだ。だが、見つける事は出来なかった」


 そんな事をしていたとは……。というより、そのような事が出来るだなんて………。
 わたくしはマッティア様を甘く見ていたようです。




「私の魔力が唯一、及ばない場所はこの国でひとつだけだ」



 その言葉にわたくしはドキリと致しました。嫌な汗が頬をつたいます。わたくしは逸らしたいのに、逸らせずマッティア様を揺れる目で見つめていました。



「申し訳ありません……わたくし……」
「悪いと思っているのなら、全てを話せ。次はないぞ、ベアトリーチェ」



 次はないって、一体どうするつもりなのでしょうか……。
 とても怖いのです……いつも優しいマッティア様に恐怖を感じた事なんて……憎んでいたあの時でもなかったのに……。



「神殿に……アディトンに行っていました」
「何の為に?」
「それは……」



 わたくしが口を閉じました。するとマッティア様は、溜息を吐き、わたくしを抱き上げ、ベッドに投げました。



「きゃっ!」
「言いなさい。何の為に、神託を受けに行ったのかを。そして、どのような神託が下ったのかを」
「それは……あの……受けられなかったのです。何も……あの……本当に……」



 わたくしを見下ろすように立つ、マッティア様が恐ろしくて、わたくしは寝具をギュッと掴みました。



「次は許さないと言った筈だ。どうしても言いたくないのなら、無理矢理にでもその体に聞くまでだ。ベアトリーチェ、どうする? 話すかそれとも私により無理矢理吐かされるか、どちらかを選びなさい」



 わたくしは心臓が跳ねました。
 ですが、次のマッティア様の言葉に、わたくしは絶望の淵に落とされました。



「何を期待しているかは知らぬが、貴方には褒美となるだろう。今、貴方を抱くつもりはない。私に背中を向けて、ベッドに手を突き立ちなさい」



 そう言ったマッティア様の手には鞭が握られていました。わたくしは、その鞭から目を離せないまま、マッティア様に震える声で尋ねました。



「マッティア様……ご冗談ですよね? わたくしを拷問するというのですか? わたくしは貴方の妃であり、女王ですよ!」
「ならば、何故女王としての責務を放り出したのだ!? どれほど、私が心配したと思っているのだ!? 貴方が見つかるまで、生きた心地がしなかったのだぞ!」



 そう言ったマッティア様のお顔が、とても辛そうでした。とても痛々しくて、わたくしはついマッティア様に抱き付いてしまいました。




「申し訳ありません。本当に申し訳ありません。わたくし、マッティア様に心配をかけるつもりではなかったのです。だけれど、それがどれ程に愚かだったのか、今分かりました。本当に申し訳ありません」
「では、包み隠さず話すのだな?」
「はい……、ですから、怖いので鞭はしまって下さい」



 すると、マッティア様は鞭を消しました。わたくしはホッとして、マッティア様の胸にまわしている腕にギュッと力を込めました。けれど、マッティア様は、わたくしを抱き締め返しては下さいませんでした。





「わ、わたくし……どうしても知りたかったのです。流れてしまったわたくし達の御子が……何処にいったのかを……。あれから一向に懐妊する兆しがないので、帰ってきてくれるのか……、わたくし、どうしても知りたかったのです……」



 わたくしが恐る恐る、マッティア様を見つめると、その目が揺れています。わたくしは嘘だと思われていないと確信し、マッティア様に抱き付いている腕に力を込めました。



「ですが、わたくしが望んでいた答えは得られませんでした。マッティア様は気になりませんか? あの子が何処に行ったのかを……。帰ってきて欲しいとは思いませんか?」




 わたくしは苦し紛れの嘘でありながら、あの子の事を思い出してしまい、涙が止まりませんでした。嗚咽が止まらず、マッティア様の胸で泣いていると、マッティア様がわたくしの頭を撫でました。


 わたくしが、ハッとしてマッティア様を見つめると、先程までの怒っているマッティア様ではありませんでした。
 そして、わたくしを抱き上げ、ベッドに腰掛け、わたくしを膝に乗せました。



「マッティア様? もう怒っていないのですか? あの、わたくし……本当に申し訳ありません。そんなに大事おおごとになるとは思っていなかったのです……。ただ知りたいと思うと、どうしても止められなくて……」
「ベアトリーチェ、約束して下さい。二度とそのような事はしないと。貴方の気持ちは分かりました。貴方の気持ちも考えずに、怒りをぶつけた事は謝ります。申し訳ありませんでした」



 そう言いながら、わたくしを抱き締めてくれたマッティア様に、わたくしもギュッと抱き付きました。


「これからは、ちゃんと相談致します。もう二度と、あのような真似は致しません」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

前世変態学生が転生し美麗令嬢に~4人の王族兄弟に淫乱メス化させられる

KUMA
恋愛
変態学生の立花律は交通事故にあい気付くと幼女になっていた。 城からは逃げ出せず次々と自分の事が好きだと言う王太子と王子達の4人兄弟に襲われ続け次第に男だった律は女の子の快感にはまる。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

宮廷魔導士は鎖で繋がれ溺愛される

こいなだ陽日
恋愛
宮廷魔導士のシュタルは、師匠であり副筆頭魔導士のレッドバーンに想いを寄せていた。とあることから二人は一線を越え、シュタルは求婚される。しかし、ある朝目覚めるとシュタルは鎖で繋がれており、自室に監禁されてしまい……!? ※本作はR18となっております。18歳未満のかたの閲覧はご遠慮ください ※ムーンライトノベルズ様に重複投稿しております

処理中です...