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第四章 女王

83.侍従長から教わる夫のいじめ方

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 わたくしは悩んでいるのです……。
 あの夜、つい何でもすると言ってしまいましたが、恐ろしい約束をしたものです。


 さて……どうしましょう……。


 庭園でお茶を嗜みながら悩んでいると、エフィージオ様が通りかかったので、相談してみる事に致しました。




「坊っちゃまと交わした約束を取り消したいと……?」
「は、はい。わたくしがマッティア様をギャフンと言わせるのを、またもや失敗してしまいまして……、その時にさせられた何でもするという約束を取り消したいのです」



 女官達は、早くすませてしまえば楽ですよと仰いましたけれど、何を要求されるのかも分からないのに……、そんなのイヤです! 恐ろしいのです。


 わたくしの真剣な悩みにエフィージオ様は、ニコニコと微笑みながら簡単ですよと仰いました。



「簡単? ですが……」
「坊っちゃまの弱点はベアトリーチェ様です。それを忘れてはなりませんよ」
「ですが、いつもマッティア様の方が何枚も上手うわてで、わたくし泣かされてばかりです」


 すると、エフィージオ様は女性を泣かせるなどけしからんと仰いました。そして、謝って下さいました。



「坊っちゃまは、安心しているのですよ。何があっても、己を受け入れ愛してもらえると……」
「安心……でも、それはわたくしも同じです。何があってもマッティア様は、わたくしを愛し続けて下さると信じています」



 わたくしが頬を染めながら、そう言うとエフィージオ様が、それで良いのですとニコニコ笑っています。



 マッティア様は最初に比べると、少々子供っぽいところも見えてきました……。簡単に怒りますし……前は、それが怖かったのですけれど、でもきっと拗ねているのだと思えば、寧ろ可愛らしく見えてきます。
 意地悪ですけれど、わたくしの事を本当に好きなのだなという事も伝わってきますし、あんなにも激情的に愛されるのも悪くないものです。



「ですが、今回はそれを利用するのです」
「利用、ですか?」
「坊っちゃまを嫌いだと言って数日程、口をきかなければ良いのです」


 首を傾げていると、エフィージオ様がとんでもない事を仰いました。わたくしが、目を瞬いていると、エフィージオ様は読めない笑みを絶やさず、言葉を続けました。



「勿論、ご政務中は難しいと思われますので、それ以外で無視してやるのです。そうすれば、容易く落ち込み、許してくれと懇願してくるでしょう。その時に何でもするという約束を使えば良いのです」
「なるほど……」



 でも、良いのでしょうか?
 マッティア様を傷付ける事にならないでしょうか?



「ついでに、いつも余裕綽々な坊っちゃまをギャフンと言わせられる事にも繋がります」
「やりましょう!」




 先程まで躊躇していたのに、マッティア様をギャフンと言わせる事が出来ると聞いた瞬間、やる気があふれてきました。




 わたくしがエフィージオ様に御礼を言って、執務室に戻ろうとすると、マッティア様がやって参りました。



「ベアトリーチェ、そろそろ休憩は終わりにして執務室に戻って来て下さい」



 わたくしが、エフィージオ様をじっと見ると、エフィージオ様が頷きました。なので、わたくしはマッティア様にあの言葉を言ってみる事に致しました。



「ベアトリーチェ……どうしました? 戻れますか?」
「マッティア様なんて、もう知りません! 執務室には、わたくし一人で戻ります」



 そう言って背中を向けると、明らかに動揺したマッティア様のお声が聞こえてきました。




「ベアトリーチェ? 何故、怒っているのですか? エフィージオ、何を言ったのだ?」
「爺は何も……。坊っちゃまの普段の行いが悪いのですな」



 わたくしがほくそ笑みながら歩き始めると、マッティア様は慌てて追いかけて来ました。
 わたくしは、それでも無視をして歩き続けます。



「ベアトリーチェ? 私が何かをしてしまったのなら申し訳ありません。ちゃんと謝りたいので、何に対して怒っているのか教えて頂けませんか?」
「………………」
「ベアトリーチェ、お願いです」



 マッティア様の辛そうなお顔を見ると、わたくしも心が痛くなりました。けれど心を鬼にして、わたくしはマッティア様を無視し、執務室へと入りました。


 その後、政務中は普通に接しましたけれど、マッティア様の顔色がとても悪いのです。議官の方たちも、何やらやりにくそうですし。
 それは、わたくしも同じです。とても心が痛いのです。エフィージオ様なら、顔色ひとつ変えずに成し遂げそうですけれど、わたくしには難しいです。



 もうやめてしまいたい……。でも、何でもするという約束をなくしてしまいたい……。その葛藤に揺れました。
 早く許してくれと言って下されば、それを持ち出してやめられるのに……。



 わたくしは、またもやドツボにハマってしまった心持ちでした。マッティア様をギャフンと言わせたいのに、結果己をも苦しめることになっているのだと……。


 これからは、もうこんな子供のような真似はやめようと心に決めました。けれど……、何でもするという約束だけは、どうしても無かったことにしたいのです……。



 難しいのです……。



「あの、女王陛下……」
「え? はい、何でしょうか?」
「ずっと難しいお顔をされていますが……大丈夫でしょうか?」
「女王陛下、差し出がましい事と存じ上げますが、一度陛下と向き合い、充分なまでに話し合う必要がおありかと……」



 そう言って、議官の方たちは仮眠用のお部屋をチラッと見ました。今は、マッティア様を無視せず、政務上必要なことは普通に話していますが、それでも雰囲気は最悪です。
 難しい顔を作っていないと、すぐバレてしまいそうなのですもの……。



「いいえ、今は政務中です」
「ですが、女王陛下。陛下方がいつも頑張って下さっているおかげで、急を要する案件は今のところありません」
「後は、私たちにお任せして、皆の心の平穏の為にも、どうか仲直りされて下さい」



 そ、そんなに……わたくし、ひどい雰囲気を醸し出しているのでしょうか……。
 マッティア様をチラッと見ると、黙々とお仕事をなされていますが、顔色は今にも死にそうです。それを見ると心がとても痛みます……。



 もうこれは正直に話した方が良いのかもしれません。エフィージオ様に頂いた知恵は、わたくし向きではありませんでした。それが、充分骨身に染みて分かりました。



「分かりました。お話を致します」


 その言葉に議官の方たちは喜びました。わたくしは一心不乱にお仕事に没頭しているマッティア様に声を掛け、仮眠用のお部屋に入りました。




「ベアトリーチェ……、何故、怒っているのか教えて貰えるのですか?」
「もう怒っていません。……というより、別に最初から怒っていません。あの、わたくしこそ、申し訳ありませんでした。マッティア様のお気持ちも考えずに……」


 マッティア様は良かったと言って、その場にしゃがみ込みました。わたくしが、ごめんなさいと言うと、マッティア様は突然立ち上がり首を傾げました。



「マッティア様?」
「今、最初から怒っていないと言いませんでしたか?」


 わたくしが笑って誤魔化し、そっと顔を逸らすと、マッティア様はわたくしの顎を掴み、無理矢理目線を合わせました。



「ベアトリーチェ……、では先程の行動について説明願えますか?」
「それは……あの……」


 わたくしが笑って誤魔化そうとしても、マッティア様は誤魔化されて下さいません。わたくしは意を決して、エフィージオ様とのお話を説明致しました。



「成る程、私をギャフンと言わせると共に、この前の約束を無にしたいと……」
「申し訳ありません。……でも無理でした。わたくしには出来ません。とても心が痛いのです」
「当たり前です。そのような事を平然とやってのけられる様な女性にはならないで下さい」



 マッティア様のお顔がとても怖いのです。
 わたくしはマッティア様に叱られる事を覚悟して、深呼吸した後、向き合いました。
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