上 下
85 / 117
第四章 女王

79.娘の変化と夫への苛立ち

しおりを挟む
 あの噴水に落ちた事件から、ベレニーチェが変なのです。何が変と言われれば、難しいのですけれど……。感覚的に変なのです。勿論、見た目は普通に見えるのですけれど……。



 まずは、言葉遣いです。まだ6歳で拙い部分もあったのに、まるで大人のように、とても流暢に話すのです。言葉遣いは、まだ子供のようですが、たまに驚くほどに大人びた発言をすることもあるのです。



 そして教えたこともないのに、王宮の料理人に引けを取らないくらいの料理やお菓子を作り出すのです。
 ベレニーチェは、食い意地が張っているからと笑っていましたが、そんな事で教えてもいない料理を作れるものなのでしょうか? 料理長もとても驚いていましたし……。



 それに、聞いたこともない料理名や調味料の名を口にし、その調味料や料理を作り出してしまいました。今まで口にした事のないような、味付けや食感に、わたくしだけじゃなく皆も驚いていました。


 そういえば、マッティア様がベレニーチェが倒れた時、うわ言のように呟いた言葉が聞いたことのない言語だと申しておりました。……それは、これと関係があるのでしょうか?






「ベレニーチェは、あの事故の時に何かが……あったのでしょうか? 例えば……前世の記憶を思い出したとか……?」



 わたくしの呟きに政務中のマッティア様や議官の方たちが、クスクスと笑い出しました。
 わたくしはムッとして、執務机をバンっと叩き、つい反論してしまいました。



「笑っていますが、ではどうやって、最近のベレニーチェの行動を説明するのですか? 前世に異国の料理人だったと疑いたくなるような料理スキルなのですよ! 発言だって、たまに大人のような物言いをしますし」
「はっ、くだらない。女性は夢見がちだからいけないのです。異国の料理についての本でも読んだのでしょう。それに、ただ背伸びをしたい年頃なだけですよ」



 マッティア様が、わたくしの話を一蹴してしまいました。わたくしは、そのマッティア様のご様子に苛立ちを覚えました。


 どうせ、わたくしは夢見がちな女です。砂糖菓子のように甘い考えの女です。


「どうせ、わたくしは見た目通りの考えしか出来ない子供です」
「いえ、そこまでは言っていませんが……。ベアトリーチェ? 怒ったのですか?」
「別に怒ってなどいません。さあ、政務でもしましょう」



 わたくしはマッティア様を睨みながら、政務に取り掛かりました。わたくしだとて、大人ですし女王という責任のある任についているので、お仕事中は感情的にはなりません……。けれど、嫌味くらいは言いたいのです。




 いえ、嫌味だけでは気がすみません。ギャフンと言わせてやらないと……。……ですが、落とし穴を掘ると、わたくしが泣かされるだけですし……。
 それに、ペガゾ様はマッティア様が怖いと言って、もう何も手伝ってくれなさそうですから、協力は望めそうにありません。



 聖獣のくせに不甲斐ないことです。
 …………一体どうしたら良いのでしょうか?




「どうすれば、マッティア様をギャフンと言わせられると思いますか?」



 わたくしが、アニェッラとベルタに相談すると、またですか……と呆れた顔をされました。



「ここ数年、落ち着いていましたのに、また悪戯の虫でも騒いだのですか?」
「やめておいた方が良いですよ、どうせ泣かされるだけなのですから」
「だって、マッティア様ったら腹が立つような事ばかり言うのですよ! ギャフンと言わせてやらないと気がすみません」
「ベアトリーチェ様の趣味に口を出すつもりはありませんが、もう少し平和な趣味でも作って下さいな」



 わたくしの憤慨に、2人は相手にしてくれません。毎回、失敗しているので、どうせ今回も成功しないと思われているのです………悔しいのです。



 それに趣味って何ですか?
 マッティア様をギャフンといわせる趣味……確かにもうそうなっているのかもしれません……成功しないので、満たされない趣味ですが……。




「では、閨で仕返しをして差し上げればよろしいのでは?」
「「「きゃあっ!」」」



 またもや、突然の女官長に、わたくし達は驚いてしまいました。女官長は、何やら悪そうな笑みを浮かべておられます。



「閨で優位に立ち、陛下を泣かせてやれば宜しいのです」


 簡単に言いますが、それこそ無理な話です。いつもいつもベッドの中で泣かされているのはわたくしの方です。マッティア様は最近特に意地悪になりましたし……。
 そりゃあ、わたくしだとて一度くらいはマッティア様より優位に立ってみたいです……。ですが、いつも訳が分からなくなるのは、わたくしの方で、マッティア様はいつも余裕がありそうです。



「ですが……、わたくしには男性を悦ばせるテクニックなんて持ち合わせていません。いつもマッティア様のペースなのですもの……」



 わたくしが恥ずかしそうに、ゴニョゴニョと呟くと、女官長が大丈夫ですと仰いました。



「私が持つ閨でのテクニックを、少しばかり伝授して差し上げましょう」


 その言葉に、わたくし達3人は息をのみました。
 それから、わたくしは女官長に教わることに致しました。かなり、恥ずかしいのですが、一度くらいベッドの中で主導権を握ってみるのも良いのかもしれません。



 ですが、この方法は実は、かなり難しいのです。男女の交わりには快楽が伴いますが、そこに溺れてしまうと、結局いつも通りとなってしまいます。
 わたくしが気をやらず、マッティア様の快楽をコントロールする……、口で言うのは簡単ですが、とても難しいのです。



 女官長が教えて下さったのは、口でのやり方や女性上位での腰のつかい方です。口でやらされた事はありますが、気持ち良くさせられた事はありませんし、上に乗ってわたくしが動いても、マッティア様は余裕たっぷりの顔をされていました。
 いつもいつも、わたくしだけが恥ずかしい思いをしている気が……。わたくしだとて、マッティア様に恥ずかしさを味わわせてみたいです。


「騎乗位で、男性の精を漏らさないように交わる事です。女王陛下が、陛下の絶頂をコントロールするのです。もうイカせてくれと言わせれば、こちらの勝ちです」



 む、難しいのです……。
 ですが、この方法だとマッティア様のご機嫌を損ねる事なく、マッティア様の泣き顔が見られそうです。



 ですが、とても難しいのです。色々と教えて頂きましたが、どうも身についているとは思えません。……いいえ! 弱気になってはいけません! 恥ずかしい思いをして練習したのですから、わたくし絶対成し遂げてみせます。




「ベアトリーチェ様、あの本当に宜しいのですか? 私、どうも女官長に揶揄からかわれているだけだと思うのですが……」



 ベルタが、冷静になって下さいという顔をしています。
 ですが、これ以外にマッティア様に勝つ方法が思いつきません。



「わたくし、絶対マッティア様を泣かせてみせるのです!」
「ですが、きっと泣かされるのはベアトリーチェ様の方ですよ」
「ふ、不吉な事を言わないでください!」



 わたくしがそう言うと、ベルタは溜息を吐きました。


「まあ、一度経験してみないと分からない事もあるでしょう。ベアトリーチェ様は、今頭に血がのぼっている様なので……」
「ベルタ……?」
「明日の朝の結果報告を楽しみにしています。まあ、予想通りでしょうけれど」



 そう言って、ベルタはわたくしの夜の準備をして去って行きました。今日は、わたくしの部屋でマッティア様をお招きするのです。
 ここ何年も、マッティア様の部屋でばかりなので、たまには雰囲気を変えてみるのも良いですし……、それに催淫作用のあるお香も焚いてみたのです。





「何やら、不思議な香りがしますね」


 部屋に入ってくるなり、マッティア様がそう仰ったので、わたくしは嬉しさのあまり頷きました。



「女官長に教えて頂いたのです。リラックス作用があるそうですよ。いつも、マッティア様はお仕事ばかりしていますから……」
「ありがとうございます、ベアトリーチェ。昼間、拗ねていたようですが、機嫌はなおったのですか?」
「ええ」


 なおっていません。


 ふふっ、わたくしの嘘にマッティア様は、喜んでいます。こういうところは、チョロイのですけれど……。



「ベアトリーチェ……」


 マッティア様がわたくしの腰を引き寄せ、艶っぽい声で、わたくしの名を呼びました。それだけで、体の中から何かが湧き上がってくるような変な感覚が致します。


 マッティア様が、わたくしを片手で抱き上げ、口付けをしながら、胸に手をのばしたので、わたくしは慌ててマッティア様を止めました。


「ま、待って下さい! 今日はわたくしが致します!」
「ベアトリーチェが?」


 マッティア様が、とても驚いています。わたくしは恥ずかしいという気持ちを何とか抑え込み、ベッドに腰掛けているマッティア様の足の間に座り込みました。



「ベアトリーチェ、本当に?」
「本当です! わたくしだって、たまにはマッティア様に気持ち良くなって頂きたいのです。いつもわたくしばかりでは……何やら悪いですし……」



 わたくしの言葉にマッティア様が感動しています。そして、床に座り込んでいるわたくしを突然抱き上げました。


「ま、待って下さい! 今日はわたくしが……」
「分かっていますが、せめてベッドの上で……。床に座ったままだと、体が冷えてしまいますよ」



 そう言って、マッティア様が優しく微笑み、わたくしの髪を撫でました。その気遣いに、少し心がチクリと痛みました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺

NOV
恋愛
俺の名前は『五十鈴 隆』 四十九歳の独身だ。 俺は最近、リストラにあい、それが理由で新たな職も探すことなく引きこもり生活が続いていた。 そんなある日、家に客が来る。 その客は喪服を着ている女性で俺の小・中学校時代の大先輩の鎌田志保さんだった。 志保さんは若い頃、幼稚園の先生をしていたんだが…… その志保さんは今から『幼稚園の先生時代』の先輩だった人の『告別式』に行くということだった。 しかし告別式に行く前にその亡くなった先輩がもしかすると俺の知っている先生かもしれないと思い俺に確認しに来たそうだ。 でも亡くなった先生の名前は『山本香織』……俺は名前を聞いても覚えていなかった。 しかし志保さんが帰り際に先輩の旧姓を言った途端、俺の身体に衝撃が走る。 旧姓「常谷香織」…… 常谷……つ、つ、つねちゃん!! あの『つねちゃん』が…… 亡くなった先輩、その人こそ俺が大好きだった人、一番お世話になった人、『常谷香織』先生だったのだ。 その時から俺の頭のでは『つねちゃん』との思い出が次から次へと甦ってくる。 そして俺は気付いたんだ。『つねちゃん』は俺の初恋の人なんだと…… それに気付くと同時に俺は卒園してから一度も『つねちゃん』に会っていなかったことを後悔する。 何で俺はあれだけ好きだった『つねちゃん』に会わなかったんだ!? もし会っていたら……ずっと付き合いが続いていたら……俺がもっと大事にしていれば……俺が『つねちゃん』と結婚していたら……俺が『つねちゃん』を幸せにしてあげたかった…… あくる日、最近、頻繁に起こる頭痛に悩まされていた俺に今までで一番の激痛が起こった!! あまりの激痛に布団に潜り込み目を閉じていたが少しずつ痛みが和らいできたので俺はゆっくり目を開けたのだが…… 目を開けた瞬間、どこか懐かしい光景が目の前に現れる。 何で部屋にいるはずの俺が駅のプラットホームにいるんだ!? 母さんが俺よりも身長が高いうえに若く見えるぞ。 俺の手ってこんなにも小さかったか? そ、それに……な、なぜ俺の目の前に……あ、あの、つねちゃんがいるんだ!? これは夢なのか? それとも……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

処理中です...