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第四章 女王

74.ぐずるベレニーチェ

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 翌朝、マッティア様がルクレツィオ様を送っていかれた後、その足で農村へと干ばつの理由を調べに行かれました。



 干ばつとは、その地域の水資源の存在量と人間の水需要がアンバランスになることによって発生するため、一概には純粋な物理現象とは言えないのですけれど……。


 それでも長く続かせれば、大変なことになります。井戸水や湧き水も干上がり、民の生活も立ちいかなくなってしまいます。



 マッティア様が調査を終えて帰って来られ、元老院を召集なさいました。



「この干ばつは北部から始まり、冬だというのに夏のような暑さが目立つ。秋から雨が一滴も降っていないというのも気になったのだが……」
「それで、原因は分かりましたか?」



 わたくしの問いかけにマッティア様が難しい顔で首を振りました。


「とりあえずは、私が雨を降らせたのだが……。あくまで応急処置に過ぎぬ。これからも雨が降らぬようでは、また魔力で強制的に降らせるしかあるまい」
「それでは、陛下にかかる負担が大きいです。わたくしにも、何か出来る事はありませんか?」



 わたくしの言葉に元老院の方たちも頷きました。いくら魔力量が多くとも、広大な土地に雨を強制的に降らせるなんて、恐ろしいくらいの負担がかかります。



「そうですね。では、大変申し訳ないのですが、女王には神殿へと赴き、神託を受けて頂きたいのです。この度の原因が何か分かるかもしれません」



 わたくしはその言葉に大きく頷きました。
 わたくし達は政務中は、陛下と女王と呼び合い、公私を分けることにしているのです。





 そして、神殿内のアディトンへと向かったわたくしは干ばつの原因を知るのです。


 それにしても神託とは便利です。以前は未来予知の能力だと思っていたのに、知りたい事を教えて頂けるのですね……。



「この干ばつは、亜熱帯高気圧が平年よりかなり北東に張り出したことで発生したようです。このような気圧配置になると、高気圧の東側に降雨域や低温域が出現することがあるようです。なので、西部では北部と違い寒く、洪水が頻発しているはずです」



 わたくしの言葉にマッティア様が頷き、至急西部への調査を命じました。そして、本当に西部では洪水が頻発していたのです。



 マッティア様は気圧配置を己の魔力で変えてしまわれました。通常の配置に戻ったため、少しずつではありますが、状況が改善しているそうです。


 それにしても驚きました。自然のものにまで干渉できるマッティア様の魔力の多さや強さには、頭が上がりません。素晴らしい力をお待ちです。





「おかあさま、ルクレツィオは? またあいたいの……」



 わたくし達が政務をしていると、4歳のベレニーチェがルクレツィオ様を恋しいと言って、執務室に入って来ました。
 手には先日ルクレツィオ様から頂いたお人形を抱き締めています。



「姫様、殿下はご帰国なされました。寂しいのでしたら兄上と遊ばれて下さい」


 そう言って、議官の方が乳母のステラを呼ぼうとすると、ベレニーチェはいやいやと首を振りました。




「イヤ! ルクレツィオがいいの!」



 そう言って泣く娘をわたくしは抱き上げました。マッティア様の言うように同じ部屋で寝かせたのがいけなかったのかもしれません。


 まだ幼いベレニーチェは、ルクレツィオ様がずっと一緒にいてくれると錯覚したのでしょう。
 帰国して数日経つのに、毎日ルクレツィオ様を探して王宮内を泣いて歩くので、正直なところ大変困っているのです。



「ベレニーチェ、お父様とお母様はお仕事中なのですよ。寂しいのは分かりますが、遊び相手は他にもいるでしょう? 以前のように女官の子供たちとおままごとするのは、どうですか?」
「イヤ! イヤです! ルクレツィオがよいのです!」



 そう言って駄々を捏ねるベレニーチェに、わたくし達はとても困ってしまいました。程なくして、乳母のステラが走って来て、宥めながらベレニーチェを連れて行って下さいましたけれど、このままで良い筈がありません。



「両陛下、このままでは本当にイストリアとの婚姻が成立してしまいます」
「プロヴェンツァの血を外に出す事はなりません。今のうちからベレニーチェ様には分かって頂かないと……」
「まだ4歳なのに、一人前に恋をするのですな」



 元老院の方たちが次々と苦言を呈します。
 ですが、まだ4歳です。今は身近な対象がルクレツィオ様なだけで、大きくなると気持ちもまた変わってくるかもしれません。


 それに変わらないのでしたら、その時はベレニーチェの心を応援して差し上げたいのです。プロヴェンツァの血に縛られ、泣くのはわたくしの代で終わりにしたいのです。



「それは今考える話ではない。成長と共に気持ちが変わるかもしれぬ」
「ですが、陛下は幼い頃より女王陛下への初恋を引きずっておられました。その執着心が、根強く受け継がれていないと良いのですが……」



 マッティア様も同じ考えなのですね……と思った瞬間、嫌味が飛んで参りました。わたくしはそれには、とても驚き、嫌味を言った議官をジッと見てしまいました。


 まさか、そんな……。あのようなしつこさはマッティア様だけで充分です。



 これには、マッティア様のひと睨みが効いたのか、もう誰も意見を言う者はいらっしゃいませんでした。





「わたくし、嫌です」
「何がですか?」


 夜、寝所で昼間の会話を思い出し、わたくしがついこぼしたのをマッティア様が、すかさず拾いました。


 わたくしはそのマッティア様の問いかけに溜息を吐きました。



「粘着質はマッティア様だけで充分です。ベレニーチェまで、粘着質にはならないで欲しいのです」
「ですが、ベアトリーチェは私のねちっこさが好きでしょう? 悦んでいるように見えますが」
「え?」


 マッティア様の突拍子もない返事にわたくしは首を傾げました。別に嫌いではないですけれど、だからと言って喜んでいる訳ではありません。


 御子も3人いるのですし、少しは落ち着いて欲しいなとも思いますし……。



「あれ、違いましたか? 毎晩、ベッドの中で啼きながら悦んでいると思ったのですが?」


 ニヤニヤと笑いながら、わたくしの腰を抱き、顔を近づけてくるマッティア様に、わたくしは反応しては駄目なのに、つい赤面してしまいました。



「マ、マッティア様の変態! 馬鹿!」
「貴方の前では変態で構いません」



 そう言って、マッティア様はわたくしをベッドに沈めました。


 はぁ、本当に仕方のない方です……。


 わたくしが目を瞑り、マッティア様の口付けを受けていると、突然扉がバンッと開きました。



「おかあさま! おとうさま! ベレニーチェさみしいのです」


 泣きながら部屋に入ってきたベレニーチェを宥めながら、ベッドに座らせると、マッティア様が分かりやすく不満な顔をしているのに気付きました。


「ベレニーチェ、ステラのところで眠れ。父様たちは今忙しいのだ」
「イヤ!」


「ベレニーチェだけズルイよ! 僕も寝る!」


 大人げないマッティア様に呆れていると、次はリッティオまで入って来ました。
 わたくし達は顔を見合わせ、仕方がないと笑いました。



 わたくし達はリッティオとベレニーチェを寝かしつけ、その寝顔を嬉しい気持ちで眺めておりました。



「幸せですね……。貴方が私に嫁いで来た時、此処までの幸せを得られるとは思っていませんでした」


 マッティア様が突然そう仰ったので、わたくしは驚いてしまったのですけれど、すぐにわたくしは頷きました。



「それは、わたくしも同じです。あの頃は絶望しかなかったのに……。今、とても幸せなのです。いつも変わらずマッティア様が、わたくしを愛して下さったからこそ、今のわたくしがあるのです」
「ベアトリーチェ。愛しています。これからも変わらず、私の愛は貴方のものです」



 そう言って、わたくし達は口付けを交わしました。軽く啄むような口付けを楽しんだ後、マッティア様が大きく溜息を吐きました。



「今宵はサルヴァトーレが産まれた後、やっと侍医より下りた許可の日だったのです。まさか、御子たちに潰されるとは思っていませんでした」



 そうなのです。今日は侍医のオズヴァルド先生が産後の診察でやっと交わりを許可して下さったのです。それには、マッティア様が大喜びをしていたのですが……、仕方ありません。



 子供たちがいるという事は、全て思い通りにはいかなくなるという事でもあるのですから。
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