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第三章 聖獣の主

61.わたくしを苛むもの

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 困りました……。マッティア様も議官の方たちも、全然引いて下さいません。
 まあ、心配をかけたわたくしが悪いのですけれど……。


「あ! 外交のお話をしませんか? ノービレ学院に入れて頂くにあたって、イストリアと話し合わねば……」
「まだ産まれていないどころか、授かってすらいないのです。仮定で、あちらに迷惑をかける訳にはいきません」


 そんな…………。確かに、そうですけれど……。
 産まれるかもしれないから、よろしく……だなんて言われても困るだけです。

 分かりますけれど……、話を逸らしたいのです……。



「イヴァーノ国王陛下から、『妃たちの楽しい時間をわざわざ濁す必要もあるまい。わざわざ、そのような事をせずとも、両国の関係は盤石で強固なものとなるだろう』とのお言葉を頂いております。今、蒸し返すのは得策ではありません」


 わたくしがしょんぼりしていると、議官の方たちが何か心配事や悩み事があるなら、吐露するだけでも変わりますよと、励まして下さいました。


 皆の優しさが、心に刺さります。
 違うのです。そんな大きな悩みではなく……、ただペガゾ様にマッティア様とのことを言われ、動揺しただけなのです。



 でも、既にそんな事を言える雰囲気ではありませんし、逆に苦し紛れの嘘にも聞こえそうです。



 それに、マッティア様に惹かれているとか、抱いて欲しいとか、そんな事は口が裂けても言えません。第一、惹かれていませんし。わたくしの愛する人はカルロ様だけですし。
 ただ、産後……から既に3ヶ月以上経ちます。それなのに、マッティア様は何もしてこないのです。いつものマッティア様なら、そろそろ我慢が出来なくなっていそうなのに……。



 そのせいなのか……何なのかは分かりませんが、最近抱いて欲しいなと思う事がたまにあって……。


 その瞬間、わたくしはハッと致しました。


 いえいえ、そんな事ありません。違います。それじゃあ、わたくしが淫らになったみたいではありませんか!  違うのです。


 顔を真っ赤にして首を横に振っているわたくしの光景が異様だったのか、またもや心配されてしまいました。



「国王陛下、此処で皆がいると話しづらいのかもしれませんぞ。王妃陛下が、ゆるりと話せるように今すぐにでも時間を設け、お2人で話された方が良いかと……」
「そうですな。どちらかのお部屋で話すと良いのかもしれません」



 議官の方たちも、皆でうんうんと頷いています。マッティア様も、このままでは埒が明かないと思ったのか、議官の方たちの言葉に頷いています。


「イヤです。わたくし……、大丈夫です」
「そんなに警戒しなくとも、ただ話をするだけですよ。それとも私には、悩み事を打ち明ける価値すらありませんか?」
「え? そ、そんなことはありません!」
「では、話して下さいね」


 わたくしが慌てて否定すると、マッティア様が胡散臭いばかりの笑みをたたえながら、そう仰いました。


 うぅ……、己の単純さを恨みます。



 わたくしは、マッティア様のお部屋に連行される道中、どうしようかと……、どうやって逃れようかと……そればかりを考えていました。



「…………処刑場に向かう心持ちです」
「そんな、大袈裟な。一体、どうしたのですか?」
「………………」



 わたくし、きっと疲れているのです。だから、変なことばかりを考えるのです。なので、もう眠る事に致しましょう。



 マッティア様の部屋に入るなり、わたくしはベッドへと入りました。



「わたくし疲れました。おやすみなさい」



 この行動には、流石にマッティア様も面食らったようです。かなり動揺しています。


「ま、待って下さい。疲れたのなら休む事は構いませんが、話が終わってからにして下さい」
「イヤです。わたくし、眠りたいのです」



 分かっています。バカな事をしている事くらい。こんな事で逃げられる訳がない事も分かっています。



「一体、何があったのですか?」


 マッティア様はベッドに座り、寝具を頭まで被って隠れるわたくしの頭を、寝具越しに撫でながら、とても優しい声でそう仰いました。


「木に頭を打ち付けるほど悩む事があるのなら、話して欲しいのです。1人で抱え込まないで欲しいのです」


 その優しいお声に、わたくしはバッと起き上がり、言ってしまいそうになりました。……ですが、いざ言おうとすると、恥ずかしくて、どうしても言葉が出てきません。


 わたくしが口をパクパクさせていると、マッティア様はまたもや優しく「ん?」と聞いて下さいました。


 欲求不満だなんて、そんな事を言えないわたくしは、苦し紛れにお父様の夢の話を、咄嗟にしてしまいました。



「夢を見たのです!」
「夢ですか?」


 マッティア様が目を瞬いています。分かっています、突然夢などと言われても困ってしまいますよね。


「まだリッティオを身篭ってすらいなかった時です。神殿で倒れてしまったあの日……、お父様の夢を見たのです」


 マッティア様は、わたくしの話を静かに聞いて下さっています。このまま話せば、いけると思ったわたくしは話を続けました。



「そこでわたくしがマッティア様に嫁ぐのは宿命さだめだと……決まっている事だと仰っていました。神託は、マッティア様の仰られていた通り、やはり本当だったのです。だけれど、お父様は王族からの婚姻の申し入れを退けました」



 マッティア様が、とても驚いた顔をなさっています。当たり前ですよね、わたくしも驚きました。
 マッティア様が突き止めた神託の内容を、確信づける夢を見たと言うのですものね……。



「その時に既に、ベアトリーチェは神託を受けていたという事ですか? それは真実を知りたいと願ったベアトリーチェに、アディトンが応えたという事ですか?」
「それは分かりません……。マッティア様……、わたくしが憎しみに狂い、王統を血で支配し女王となる為には、お父様たちやカルロ様の犠牲が必要だったと、そこでお父様は仰っておりました……」



 マッティア様が腕を組み、難しい顔をなされています。




「わたくしの産んだ子が王統を継ぎ、プロヴェンツァを継ぐ……これは揺るがない事実なのだと確信致しました」
「はぁ、それならば……あのような犠牲を出さなくとも、普通に嫁がせれば良かったのでは? 非効率的ではないですか? いや、ニコーラの矜持か……」


 マッティア様の言葉に、わたくしは俯き、寝具をギュッと掴みました。



「わたくしが悪いのです。お父様はわたくしが、普通にマッティア様に嫁ぎ、マッティア様に大切にされているだけでは、事を成せないと考えたのです。きっと、わたくしは貴方に愛される事を疑問にも思わず、寧ろその平穏を幸せに感じ、女王になりたいなどと思わなかったでしょう」



 お父様は、それを全てお見通しなのですと、わたくしが困った顔をして、そう言うとマッティア様の目が揺れました。動揺の色を含む瞳に、わたくしは苦笑致しました。



 当たり前です……、こんな話……困って当然です。



「わたくしがカルロ様を愛し奪われた事を怒り、現状を憎み、夢見がちな己と決別し、己の力と足で立つ為に、お父様は敢えてこの道を選んだのです。だけれど、夢の中では何故お父様がそこまでして、わたくしが女王になる事に拘っているのかまでは分かりませんでした」


 自然と涙が溢れてきます。わたくしが、そのような甘い性格でなければ、起きなかった悲劇なのかもしれません。



「だけれど、わたくしは最近思います。お父様が望んだから、カルロ様の死を無駄にしたくないから、ではなく、己自身が何故女王になりたいのか……どういう女王になりたいのか……。憎しみではなく、己自身の意志で考え、奮い立ちたいのです」



 マッティア様は、わたくしの涙を何も言わずに拭って下さいました。その手がとても優しくて、わたくしはまた泣いてしまいました。


 苦し紛れに出した話なのに、話し始めると何故か止まりません。わたくし……思った以上にお父様の夢が重くのし掛かっていたみたいです。




「ペガゾ様も神託は一種の指針だと仰っていました。進む道や心によって、また変わってくると……。わたくしも、今は憎しみにただ囚われているだけではありません。わたくしを取り巻く状況も変わって参りました」
「ベアトリーチェは、今はどう思っているのですか?」



 マッティア様の瞳には不安の色があります。わたくしは困ったように俯き、その問いかけに答えました。



「今は、それほど憎しみに囚われておりません。わたくしが弱くなければ、甘くなければ、カルロ様と出会う事もなく、彼を不幸にしなかった……という後悔の方が大きいかもしれません」
「ですが、それはベアトリーチェのせいではありません。皆の思惑が複雑に交差し、結果としてあの悲劇を産んだのです」



 マッティア様は、わたくしを慰めるように抱きしめて下さったので、わたくしはマッティア様の腕の中で、涙を拭いました。



「ペガゾ様も仰っていました。最初からマッティア様に嫁いでいればマッティア様を好きになっていたのではないかと……。確かにそうでしょう。わたくしは初恋の王子様である貴方に嫁ぐ事を、ずっと夢見ていたのですから……」



 だって、こうやって抱き締められるのも嫌ではなくなっているのです。最初から何もなければ、わたくしは幸せになれていたのかもしれません。
 カルロ様を不幸にしていなかったのかもしれません。


「わたくしが強ければ、カルロ様を……あの優しい方を……巻き込まなかったのに……それだけが……どうしても……どうしても……」
「もう良いです、ベアトリーチェは何も悪くない。そのように己を責めないでください」



 マッティア様は泣いているわたくしを力強く抱き締めて下さったので、わたくしはマッティア様の、腕の中で子供のように声を出して泣きました。
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