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第三章 聖獣の主

53.目論見

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 昨夜はとても驚きました。マッティア様が、あんなに怒るとは思っていませんでしたし、何よりわたくしの言葉で止まって頂けるなど、更に思っていませんでした。



 わたくしはマッティア様がお部屋から退室していかれた後、ベッドにぼんやり座りながら勝ち得た "産むまで何もしない" とのお約束に安堵すると共に、何故マッティア様があのように怒ったのかを考えておりました。



 マッティア様は、わたくしとペガゾ様との関係を疑っているわけではないのに……、何故一緒に眠るだけで、あのように怒るのでしょうか?


 いえ、きっとあれは引き金に過ぎないのです。マッティア様にも色々と溜まっているものがあるのでしょう。
 マッティア様は、たまにわたくしをたしなめるように叱りますが、あのように感情的に怒る事は今までありませんでした。



 何故でしょう……?



 その時、わたくしはふと一つの見解に思い至りました。
 マッティア様は、いつもわたくしに愛を囁いて下さり、わたくしが過ごしやすいようにいつも配慮して下さっています。



 そんなマッティア様に、わたくしは何かを返した事があったでしょうか?
 わたくしにした事に比べれば、それくらい当たり前だと思っていなかったでしょうか? カルロ様を奪われた償いなのだからと考え、マッティア様をちゃんと労った事があったでしょうか?



 マッティア様に溜まっているのは不安や焦りなのでしょう。いつまで経ってもわたくしとの心の距離が縮められないのに、ペガゾ様がいとも容易くわたくしと仲良くなさっている事に、不安が爆発してしまったのではないでしょうか?



 わたくしは、もう初恋の王子様を愛する事は出来ません。……ですが、今後もマッティア様の寵を利用したいのであれば、適度にマッティア様の自尊心を満たして差し上げる必要があります。



 マッティア様の御心が折れないように……。
 ずっとわたくしだけに、その御心を向けさせる為に……。


 それに昨夜は……マッティア様は、わたくしに最後まではしておりませんでした。ナカに何も出されておりませんし、挿入された記憶もありませんもの。



 ……そのマッティア様は大丈夫だったのでしょうか? 欲望を体に溜め込んでいるのでは?
 あまりわたくしが相手をしないと、マッティア様はどうするのでしょうか?



 面倒なわたくしを遠ざけ、側室など持たれてしまえば、わたくしの女王への道が遠ざかってしまいます。
 今、わたくしに必要なのは絶対的な協力者なのです。その為には不本意でも、マッティア様の自尊心をおとす事などせずに、適度に満たして差し上げないと……。



 …………どうすれば良いのでしょう。ある意味、寝所で甘える事は効果的と言えるのですけれど、先程あの約束を交わさせたばかりで、その約束をわたくしから破る事などあってはなりません。



 ……ですが、絶対に暫く出来ないと思っているマッティア様に、わたくしから誘えば、何よりも効果的かもしれません。
 恥ずかしいし、お腹の赤ちゃんの事も心配ではありますが、其処は今回の事でわたくしに分があると言えます。


 マッティア様に好きにはさせず、マッティア様の欲望を満たしつつ、わたくしが上手くマッティア様を操縦する事が出来れば……。


 ですが、わたくしはマッティア様と枕を交わすと、わけが分からなくなってしまうのです……。そんなわたくしが上手く操縦するなど出来るのでしょうか?
 …………いえ、お腹の赤ちゃんの為と、わたくしの体への配慮をよくよく言って聞かせれば、全力で気をつけながらシテくれそうです。



 恥ずかしいけれど、それが一番なのでしょう。
 そして、後は適度に甘えてみせる事でしょうか? 愛の言葉を囁く事は出来ませんが、そう見せ勘違いさせる事は出来るのでは?



 わたくしとの心の距離が縮まったと思い込めば、マッティア様にも心の余裕が出来、昨夜のような暴挙に出る事もないでしょう。
 適度に自尊心を満たし、わたくしの手のひらで転がされて頂かなければ……。




 早速、わたくしはマッティア様のお部屋に向かう事に致しました。昨夜の疲労は、アリーチェ王妃さまから頂いた疲労回復に特化したポーションで、完全に回復しています。
 懐妊中であっても、母体や胎児に影響はないと仰られていましたし、何より体の疲れや睡眠不足が辛かった事もあり、使うことにしたのです。





「あれ……?」


 ですが、お部屋に行ってみても、マッティア様はいらっしゃられません。表の執務室でしょうか?
 確かに……わたくしとの間に御子が出来ているのですし、暫くは元老院も寝所を共にしろとは言わないでしょう……。


 落ち込んでいると思ったのに、どんな時でもお仕事の事しか頭にないのでしょうか? それとも、お仕事で気を紛らわせているのでしょうか?



 わたくしは、うーんと唸りました。考えていても仕方がないので、マッティア様を待つ事に致しました。
 ベッドに入り込み、マッティア様が帰ってくるまで少し眠る事に致しましょう。





 どれくらい経ったのでしょうか……。わたくしが目を擦りながら体を起こすと、マッティア様が机に向かい、何やらお仕事をされておりました。



「マッティア様?」
「ああ、起こしてしまいましたか?」
「いえ……」


 マッティア様は、わたくしの顔を見て微笑みました。どうやら、いつものマッティア様のようです。


 わたくしがマッティア様を、しげしげと見つめていると、マッティア様が疑問を口に致しました。



「それにしても、何故此処に? 私に何か用でもありましたか? もしや先程、何か言い忘れた事でも?」
「えっと……そうですね。わたくしも悪かったと反省したのです」


 わたくしの言葉に、マッティア様がとても驚いています。わたくしは、そんなマッティア様の傍まで歩み寄り、お召し物の裾を掴みました。



「わたくし、今まで与えて頂くばかりで何もマッティア様に返しておりませんでした。労う事もせず……。それでは、色々と不安になっても仕方ありません」
「ベアトリーチェ……」
「あの……昨夜は大丈夫だったのでしょうか? マッティア様は最後までシテいないのでしょう? それなのに、わたくし……何もするななどと、精神衛生上良くない事を……」



 マッティア様がとても驚き、固まっています。分かりやすいくらい動揺しているマッティア様を見て、わたくしは安堵致しました。



 この方は、まだわたくしの事が、とても好きなのですね。



「ベアトリーチェ、良いのです。私は態度で示すと約束しました。約束した以上は守ります。ですが、貴方が心配をしてくれた事が何よりも嬉しいのです」


 わたくしを抱き締めようとし、躊躇したマッティア様に、わたくしは抱き付きました。
 マッティア様は、またもや動揺しています。わたくしを抱き締めようとした手のまま固まっておられます。



「ベアトリーチェ……あの……よ、良いのですか? 抱き締める事は許して頂けるという事でしょうか?」
「先程も言ったでしょう。反省したと……。わたくし、マッティア様には感謝しているのです。マッティア様がわたくしを大切にしてくれているから、わたくしはこの王宮で平穏に過ごせているのです」



 その気持ちに嘘はありません。マッティア様が先王と同じような方で、わたくしの気持ちを一切省みない方であれば、わたくしの日々は地獄だったのですから……。

 それが寵を頂き、わたくしの意見に耳を傾け、わたくしが過ごしやすいように、常に配慮して下さるマッティア様のおかげで、わたくしはとても自由に穏やかに過ごせています。
 王妃としての地位も盤石にして下さり、権力も与えて下さる。この方以上に、わたくしを想って下さる方など、この王宮にはいないでしょう。



 とても御しやすいと言えましょう。



 わたくしは、そう心の中でほくそ笑み、マッティア様の首元を引っ張り、屈んで頂いて、口付けを致しました。
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